「ジェイク、王都は大変だと思うが頑張れよ。ケビンも言っていたが、ジェイクが<勇者>の職業を授かってしまったことは変えようのない事実だ。
世の中が混乱した時人々が<勇者>にどういう目を向けるのか、期待し、願望を重ね、少しでも外れれば罵声を浴びせて失望する。
勇者物語には描かれていない<勇者>の現実が広がっている、それが今の王都だ。
お前たちの安全を考えれば王都学園なんかには戻らずこのままマルセル村に残った方がいいに決まっている、でもお前たちは世界を見に行くんだろう? だったらまだケビンの手が届くオーランド王国で多くを経験しておいた方がいい、いつかの夢じゃないが、後悔しない為にもな」
トーマスお父さんは俺の胸に拳を当てると、真剣な表情をして「無事に帰って来いよ」と呟く。
「ジェイク、私の可愛いジェイク。あなたはいつまでも私たちの可愛い息子なの、嫌なことがあったらすぐに帰ってきてくれていいのよ?
<勇者>の職業が何だってのよ、ナミビア王国の<勇者>だって結局ボルグ教国に踊らされてマルセル村に攻めてこようとしてるのよ?
職業は所詮職業、別に<勇者>だからって戦いに参加しないといけない、人々を守り世界を救わなくちゃいけないなんて事はこれっぽっちも無いんだから。魔道具職人のマルコお爺さんなんかエール工房の所長なのよ? ジェイクだったらホーンラビット牧場のお世話や畑仕事、蒼雲さんのところでお茶職人を目指すのもいいかもしれないわね。
お母さんが何を言いたいのかといえば、<勇者>の職業に縛られないでジェイクはジェイクの思うように生きなさいって事。
お母さんたちは冒険者を辞めてマルセル村に来たことを後悔していないわ。可愛いジェイクを授かって、チェリーちゃんという天使を迎えることが出来て。お母さんとお父さんはこれ以上ないくらいに今が幸せなの。
だからジェイク、あなたもあなたらしく生きなさい、難しい事は全部ケビンに丸投げしちゃえばいいのよ」
そう言い俺を抱き締めてくれるマリアお母さん。
俺は自分が本当に愛されているんだと感じ、涙が溢れそうになるのをグッと堪える。
「ジェイクお兄ちゃん、マルセル村のことは心配しなくてもいいからね? マルセル村の空は、私たちマルセル村航空隊が絶対に守り抜くから。
“マルセル村航空隊心得の条!!
我らは風、天空を駆ける盾にして刃。
我が命、我が物と思わず。
女神様の教え、あくまで陰にて。
己の器量をもって、密命いかにても果すべし。
なお、死して屍を拾う者なし!!”」
「チェリーちゃん、それ、<異端審問官~傾国の黄昏~>の決め台詞そのままだから、少し変えてあるだけだからね。今回の魔王討伐軍にはその異端審問官も混じってると思うけど、その辺はいいの?」
チェリーちゃんは「死して屍を拾う者なし!!」を連呼しながら凄く楽しそうにしている。分かっているんだか分かっていないんだか甚だ疑問だけど、変に落ち込んだり怖がったりするよりかはずっとましなのかな?
「トーマスお父さん、マリアお母さん、チェリーちゃん、俺、行ってくるよ。ちゃんと自分の目で見て、耳で聞いて、確り考えてくる。
俺はホーンラビット伯爵家騎士団所属騎士ジェイク・クロー、決して自分を見失わないように、俺が俺である為に」
玄関の扉を開ける、そこにはエミリーが、ジミーが、フィリーが、ディアが、俺の仲間たちが待っていてくれる。
「みんなお待たせ、それじゃ行こうか」
「ううん、全然だよ。ケビンお兄ちゃんがうちの前で馬車を用意して待ってくれているよ」
「そうだな、俺よりも全然早かったと思うぞ、正直俺はこのままマルセル村に残ろうかと思ったくらいだからな」
「「そうですね、ジミーはミッシェルちゃんとエッガードに抱き付かれてメロメロになってましたから。そんなジミーも可愛らしかったですけど」」
うん、ジミーの気持ちはよく分かる。エッガード可愛いもんね、男の子の夢をギュッと詰めたようなチビッ子ドラゴン、そんな存在が可愛らしく愛嬌を振り撒く。
もうね、怖いとかそんなの全く感じない、唯々愛おしい。しかもそんな存在が実の妹と戯れてたら、“尊い”って言葉しか出ない。チェリーちゃんとエッガードの戯れ、思い出しただけでもトリップできるわ。
「でもエッガードにはびっくりしたよね、前から“空飛ぶ卵って一体何?”って思ってたけど、まさかドラゴンさんの卵だったなんて。
でもなんでマルセル村はドラゴンさんの卵があったのに親ドラゴンに襲われなかったんだろう? 王都はあんな騒ぎになったのに」
エミリーの素朴な疑問に、“そういえばなんで?”って気持ちが沸き起こる。
「あぁ、それはケビンお兄ちゃんが親ドラゴンから直接託された卵だったかららしい。前に暫くエッガードが里帰りしていた時があってな、帰って来たら今のチビッ子ドラゴンになってたんだ。
その時親ドラゴンが挨拶に来たんだよ、エッガードが世話になってるからって言ってな。正直意味が分からなさ過ぎて俺とヘンリー父さんは身動きできなかったんだが、メアリーお母さんは何か楽しそうに会話していたな。あの時はメアリーお母さんには一生勝てないって思ったよ」
「・・・ごめん、ジミー、情報量が多過ぎて意味が分からない。ケビンお兄ちゃんはドラゴンと親しくしていて、卵を託された上に生まれた子供の世話もしてるって事なのかな?」
「それは少し違うかな? エッガードがミッシェルの世話係りらしい。今は親ドラゴンと一緒に暮らしていて、ミッシェルの部屋にある扉から朝出勤してきて、一日の仕事が終わると扉から帰っていくって生活だな。
護衛と世話係を兼ねているって感じだな、報酬は月額制の魔力払いとケビンお兄ちゃんから聞いている」
・・・エッガードさん、社会人だったよ。あんなに可愛いマスコットが実は通い労働者だったなんて、ネズミーランドのニッキーに中の人はいないんじゃなかったの? ニッキーさん、実は通いだったの? そろそろ定年とか言わないで~~~!!
ジミーの何気ない一言に改めて自身がファンタジーなどではなく泥臭い現実に生きているという事を実感させられた俺は、更なる現実を直視する為、仲間と共にケビンお兄ちゃんの待つホーンラビット伯爵邸へと向かうのだった。
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季節は変わる、ホーンラビットたちは長い冬眠から目を覚まし、癒し草の若葉が顔を見せ始める。春祭りが終われば畑の作付け、マルセル村の村人たちは、また忙しい一年の始まりに慌ただしく動き出す。
「それじゃ皆、決して無理だけはしないように。一応学園長には直ぐにでも休学できるように手配してあるからね、危険を感じたらグロリア辺境伯家王都屋敷に向かうんだよ?」
王都学園の冬季休みでマルセル村に帰ってきていた若者軍団も、三学年の卒業式の手伝いを行う為に新学期を前にマルセル村を旅立っていく。
とは言っても今回は俺が送るんであっという間に着いちゃうんですけどね。どうも、マルセル村のトランスポーター、ケビン・ワイルドウッド男爵です。
在りし日の記憶にあるあの映画、めっちゃ格好良かったよな~。黒のBMWで街の通りを爆走するカーチェイス、最高!! オマージュって事で足回りを魔物鉄でフルチューンナップした幌馬車を闇属性魔力を使って作り上げた目立たない装備専用ブラックインクで染め上げて、黒龍号に牽かせればワンチャン・・・駄目だな、色んな所から怒られそうだから止めておこう。
俺は仮性な妄想を脇に置き、真剣な表情でホーンラビット伯爵閣下のお言葉を聞くジミーたちに、簡単な諸注意を行います。
「え~、王都学園に帰られる皆さんに幾つか聞いて欲しい事があります。
まず一つ、現在王都はナミビア王国の勇者グロリアス・ブリッジ率いる魔王討伐軍の到来を前に、ある種の熱狂に包まれています。
街中の各商店では光の勇者グロリアスの肖像画を始め様々な勇者関連商品が置かれ、昨年のドラゴン襲来の恐怖を吹き飛ばすように声高に魔王討伐が叫ばれています」
俺はそう言うと皆にお土産で買ってきた光の勇者グロリアスの肖像画(横顔)を配ります。実はこれ、俺が仕掛けました。
商業ギルドのベルナール・アパガード会長に商品サンプルを持ち込んで“この祭りに乗らない手はない”と提案、モルガン商会やバストール商会といったグロリア辺境伯領から王都進出を果たしている商会には積極的にこの流れに参加するよう提案しておきました。
暴走した民衆は何をするのか分からない、グロリア辺境伯領から支店を出す地方商会というだけで攻撃の的になりかねない現状、民衆の意識を逸らす努力は必要です。
その結果。王都では一大勇者ブームが起きており、神器を授けられた光の勇者グロリアス、大賢者バニア・ルーベル、弓聖オルガノの名声はとんでもないことになっております。
そして商業ギルド公認勇者グッズの売り上げの五パーセントは私の懐にですね。ベルナール会長はそんなに少なくていいのかって言ってましたが、今は商機、グッズ展開なんて勇者が到着した時点で終わりなんだから下手な利権を騒ぐよりガンガン売ってもらっちゃったほうがいいに決まってます。
そんで売り上げはケビン調薬店の口座にですね、もう笑いが止まらないとはこの事です。
「うわ~、凄くよく描けてる肖像画ですね。手に握ってるのが聖剣バルボアですか? かなり細かい描写だけどよく教会が聖剣バルボアの資料を提供しましたね」
「ん、それ? 俺が描いた。いや~、凄かったよ、ボルグ教国の魔王討伐軍の出立式。大聖堂が爆発したんじゃないかってくらいの大歓声、あれは一生に一度見れるかどうかってくらいの盛り上がりだったな~。
勇者パーティーの他のメンバーの肖像画もモルガン商会王都支店から販売されております。学園に戻った際は是非ご購入を」
俺の言葉に何故か無言になる皆さん、あれ? 俺何か変な事言ったんだろうか。
「駄目だよ、ケビンお兄ちゃんがケビンお兄ちゃんだよ」
「諦めろジェイク、目の前にいるのはただの魔王じゃない、理不尽だ」
何故かジミーたちからディスられてるんですけど? ホーンラビット伯爵閣下が頭を抱えておられるんですけど?
「うん、まぁ、無理せず頑張って。それじゃケビン君、後は頼むよ」
「お任せください、ホーンラビット伯爵閣下。必ずやエミリーお嬢様をはじめとしたマルセル村の若者たちを無事に王都学園へお届けいたします。それじゃ皆箱馬車に乗ってくれる? 出発するから」
俺の掛け声に扉を開け箱馬車に乗り込む若者たち、御者台には安全確保のため残月が待機しています。
‟シュインッ、ガタガタガタガタガタガタガタガタ”
突然現れた黒い壁、動き出した箱馬車は壁に向かい進み、壁に呑み込まれるように姿を消していく。箱馬車の消失と共に黒い壁は姿を消し、俺は一礼と共に空へと飛び上がる。
「天候は晴れ、風は微風、<精霊化>。目標、王都バルセン。ケビン・ワイルドウッド、いっきま~~~~す!!」
“シュンッ”
駆け抜ける閃光、俺は物理法則を無視し、音を置き去りにする速度で東南の空へ飛び去っていくのでした。
――――――――――――
“ガタガタガタガタガタガタガタガタ”
王都の石畳を一台の箱馬車が走る。進んだ先は商人街と呼ばれる王都の高級住宅地、その一角にあるとある屋敷に向かっていた箱馬車は、路上を埋め尽くす屈強な冒険者たちの姿に動きを止める。
「すまないが一つ聞いてもいいだろうか、この騒ぎは一体何があったのか。見たところ皆冒険者のようであるが」
「あん? なんだあんた、ここがどういった場所か知らないで来たのか?」
箱馬車から掛けられた御者の声に、一人の冒険者が訝しげに顔を向ける。
「いや、この先に王都三大禁足地の一つ“商人街の悪夢”と呼ばれる化け物屋敷があると聞いてな。王都学園に向かわれるお嬢様がどうしてもその化け物屋敷をご覧になりたいと仰せだったのだが」
「あぁ、そういう事か。だったらもしかして魔王発生の知らせも知らなかったりするのか?」
「なっ、冗談であろう? 魔王発生などここ百年以上なかった事ではないか」
「それが冗談じゃねえんだよ。発表からはまだ一月も経ってねえんだが、“辺境の最果て”ホーンラビット伯爵領マルセル村に魔王が生まれたとボルグ教国の教会が正式に認定したんだわ。それでその魔王ってのがホーンラビット伯爵家旗下騎士ケビン・ワイルドウッド男爵、魔王が人の振りして潜り込んでいたって訳よ。
ゾルバ国王閣下はこの発表を否定し“これはボルグ教国の内政干渉である”って言ってるがよ、ボルグ教国からは光の勇者様率いる魔王討伐軍まで出発してるんだぜ? 間違いでそんな事する訳ないだろうがよ。
それでここの話に戻るんだが、実はこの化け物屋敷がそのケビン・ワイルドウッド男爵の王都屋敷だったってわけよ。教会じゃ“狡猾の魔王”って呼んでるみたいだが、既に王都に拠点を持ってたなんてな。しかも有名な化け物屋敷を配下に置くなんて、まさに“狡猾の魔王”って話だろうが」
冒険者は見てみろと言わんばかりに顔を屋敷方向へ向ける。そこには魔法使いの冒険者が屋敷の門に向け攻撃魔法を放とうとしている姿が。
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を貫け、ファイヤーランス”」
“バシューーーーー、ズド~~~ン”
立ち昇る炎、激しい爆発音が閑静な住宅地に響く。
「あ~、やっぱり駄目か。なんかあの屋敷、強力な結界に覆われているみたいでよ、以前は庭先だったら入れたのが、今じゃ門に触ることも出来なくなってるんだわ。まぁこれだけ冒険者が集まってりゃ逃げ出す事も出来ねえだろうし、魔王の手先共もこれでお終いだけどな」
「そうか、我々は知らずにそんな危険な場所に向かっていたのだな。危うくお嬢様を危険に晒すところであった、礼を言う。これは少ないが謝礼だ、魔王討伐という危険に挑む勇敢なる冒険者よ、王都の平和の為頑張ってほしい」
「おいおい、大銀貨かよ、なにかすまねえな。おいお前ら、お貴族様の馬車がお帰りだ、道を開けやがれ」
向きを変えその場を離れていく箱馬車に、冒険者たちの興味は薄れ次の攻撃に取り掛かっていく。箱馬車の中では街の様子について一人の若者が解説を加える。
「見てもらったように、ワイルドウッド男爵家王都屋敷は近付く事が出来ません。もっともあの結界が破られたとしても敷地内には既に何もないんですけどね。中身は幻影魔法で作り出した幻、本物はマルセル村のワイルドウッド男爵屋敷の隣に移築済みです。
それといざとなった時にはモルガン商会やグロリア辺境伯家王都屋敷じゃ対処不能かな、皆が追い込まれるって事は相当だからね。前にも言ったけど、その場合はネイチャーマン先生に頼ってね。彼には色々と頼んであるから」
王都の現実、自分たちの置かれた立場。マルセル村の若者たちは実際に目にした光景に息を飲み、人々の無邪気な狂気にゾクリとした恐怖を覚えるのであった。
いってらっしゃい。
by@aozora