“魔王の発生が確認された”、ボルグ教国聖教会から発せられたその知らせは魔王協定により世界各国の教会組織に送られ、直ぐさま各国の指導者たちへと知らされる事となった。
魔王の発生先、被害状況、確認された魔王の個体情報。ボルグ教国から齎された情報を受け取った各国の反応は、いたって冷静であった。
“あぁ、いつもの奴か”
ボルグ教国から発表される魔王発生情報は大きく分けて二つのタイプに分かれている。
一つは人類の存続にかかわる危険性を孕んだ非常事態級の魔王、過去報告されたものとしては幾つもの都市を飲み込んだ暴食の魔王グラトニースライム、大地を埋め尽くす数の暴力で国を飲み込み続けたゴブリンの魔王ゴブリンエンペラー、大地を穢し全世界を浸食せんとした最悪の魔王デビルトレント。
魔王発生が人類の滅亡に直結するような大厄災そのものであった場合、発生先や現在進行形の被害状況、魔王の特徴や形状といった異端審問官たちが多大な犠牲を払い集めた情報が共有され、最善策を話し合う国家間協力が即実行に移される。
魔王とはそれ程の脅威であり、どれ程の大国であろうと逃れることのできない悪夢なのである。
もう一つが作られし魔王。国家や組織を維持するという事は綺麗事では済まされない、時に民衆を煽り、鼓舞し、国家への忠誠心を高める必要がある。また国家運営に対して邪魔な組織や存在はそうした際の生贄の羊として、女神様に捧げる供物のように多くの者たちにより魔王として祭り上げられる。
彼らは儀式の象徴にして華、その抵抗が大きく劇的であるほど勝利した者たちは英雄と称えられ、求心力が高まり国家の力が増すと言われている。
ボルグ教国が各国から寄付を受け国家として安定した財政を維持できることの背景には、異端審問官により世界を裏側から監視し脅威となる物の芽を摘み続けてきた実績と、魔王認定を行う事の出来る利便性と危険性が大きく影響しているのであった。
“ドタドタドタドタ、ガチャッ”
「マリアーヌ、アリシア、大変だ。マルセル村が、俺たちがお世話になった村人たちが」
宿屋の一室、慌てた様子で扉を開けたユージーンは、焦りの表情を浮かべパーティーメンバーに声を掛ける。その手には商業ギルド発行の情報紙が握られており、何事かと顔を向けるマリアーヌとアリシアをテーブルに呼ぶと、大きく広げて記事を指し示す。
「オーランド王国に魔王発生の知らせ? 光の勇者グロリアス・ブリッジ率いる魔王討伐軍がボルグ教国より出発って何なんですかこれは。まさかこれってユージーンが言っていた魔王の話じゃ」
聖女マリアーヌは幼少の頃より共に過ごしていた賢者ユージーンが話す未来の物語を、ただ一人まともに取り合った人物であった。周囲が勇者病と冷ややかな目を向ける中、共に学び苦楽を分かち合ったユージーンの心の支えであった。
「いや、そうじゃないんだ。俺が恐れていたのは暗黒大陸の魔王アブソリュート、四天王を率い異形たちを従えて中央大陸に攻め入る強大な武力集団。でもこの記事を見てくれ、ボルグ教国から魔王が発生した地域として発表された場所、そして魔王とされた者を」
魔王発生というセンセーショナルな見出しに驚いていた二人は、ユージーンの言葉に今一度記事を読み始める。
「“魔王の発生が確認された地域はオーランド王国北西部ホーンラビット伯爵領、魔王は人々を欺き、ホーンラビット伯爵家を操り聖地“祝福されし礼拝堂”を含むホーンラビット伯爵領全体を支配下に置いている模様”。これってどういう事よ、何故ホーンラビット伯爵領が魔王に支配されているという事になるのよ!!」
戦士アリシアが読み上げた記事に憤りを露にする。ホーンラビット伯爵領マルセル村は自身の旅の目的であったハイエルフの姫アナスタシア・エルファンドラが暮らす地であり、自身に新しい生き方を気付かせてくれた思い出の場所。
そんな恩人のような村が魔王に支配されていると聞かされて、冷静でいられるわけがない。
「アリシア、落ち着いて、問題はそこじゃない。重要なのはボルグ教国が魔王として認定したのが、勇者物語に登場するような化け物じゃなく一人の貴族だって事なんだ」
そう言い記事の一点を指差すユージーン、そこに記されていた名前に動きの止まるマリアーヌとアリシア。
「“狡猾の魔王”、その名はケビン・ワイルドウッド男爵。俺たちにエリクサーを与え、この世界の強さを示し、前世の記憶に縛られていた俺の心を解放してくれた人物。俺たちを鍛え上げ、世界を旅する冒険者としての力を与えてくれたばかりか、王家にエリクサーを献上する段取りまでつけてくれた。
俺たちが今こうして金級冒険者パーティー“賢者の杖”として活躍出来ているのも、マルセル村で過ごしたあの夏のお陰に他ならない。そんな俺たちの恩人がホーンラビット伯爵領を支配する魔王の訳があるはずないじゃないか!!」
テーブルを強く叩き怒りを露にするユージーンに、「そうですね、私も聖女として教会に抗議しないと」と同意を示すマリアーヌ。そんな中、アリシアは一人顔を逸らし視線を伏せる。
「どうしたんだアリシア? 額から汗が噴いてるぞ?」
「そうよアリシア、あなただって酷い話だと思うでしょう?」
心配げに顔を向けるユージーンと同意を求めるマリアーヌ、アリシアは「ハハハ」と乾いた笑いを浮かべながら口を開く。
「えっと、これは私たちエルフの考え方だからそういう意見もあるくらいで受け止めてほしいんだけど、エルフ族にとって魔王は決して絶対悪じゃないのよ。確かに世界を破滅に導くようなものは別よ? ゴブリンエンペラーやデビルトレントなんかは私たちエルフ族も討伐に手を貸した記録が残ってるし。
でも剣の勇者が討伐したオークの魔王みたいに、私たちからすればむしろ英雄と言ってもいい魔王も数多く存在するのよ。普人族たちにとっては邪魔でしかない者、忌むべき存在、過去ボルグ教国はそうした者たちを必要に応じて“魔王”と認定してきた。その事はユージーンもあの夏ケビンさんに聞かされたはずよ?
ただ今回は、相手が悪いっていうか、本物なのよね~。
巨大なワイバーンを使役し、私たちが半年以上掛けて命懸けで向かった世界樹にわずか二日で到着する。世界樹のドラゴンは
メイド長をされているダークエルフの月影さんが言っていたのよ、“ケビン様こそが我らを救う真の魔王である”って。エルフの里で見せた振る舞いはまさに圧倒的な力を持つ魔王そのもの、ハイエルフ様方が一切手出しできない絶対的な存在の違いを見せつけておられたわ」
そう言い愛用の木剣を取り出すアリシア、剣にして魔法杖でもあるそれは、アリシアのエルフとしての才能を十全に発揮する事の出来る最強の武器。
「この記事にはボルグ教国が勇者パーティーに三種の神器を貸与したって書かれてるけど、“狡猾の魔王”はその神器に匹敵するような世界樹の枝で作られた武器を気軽に寄越す存在よ? 勝てると思う?」
「「・・・さて、ご飯でも食べに行こうか(行きましょう)」」
賢者ユージーンをリーダーとする金級冒険者パーティー“賢者の杖”の面々は、光の勇者グロリアスの魔王討伐に沸き立つ街の人々の姿に“これって後でどんな顔をするんだろうな”と他人事のような事を考えながら、お気に入りの食堂に足を向けるのだった。
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“コンコンコン、カチャッ”
「失礼いたします。朝食をお持ちいたしました」
部屋の扉が開かれ、執事が朝食を載せたワゴンを押しながら入室してくる。窓からは明るい日の光が差し込み、テーブルから漂う紅茶と焼き立てのパンの香りが、穏やかな朝の一時を演出する。
ナイトドレスの上にストールを羽織った女性が椅子に座り、今朝売りに出されたばかりの情報紙に目を向けている。
「ついに始まるわね、グロリア辺境伯様からは敵対しないよう指示が出ているけど、こうして見せられるとあまり気分のいいものではないわね」
テーブルに置かれた情報紙に書かれていたものは、教会から公表されたボルグ教国聖教会の発表した魔王発生の知らせについての記事。
「シンディー様、いかがいたしましょうか? 我々はシンディー様のお言葉一つでいつでも動き出せるように準備しております」
ティーカップに注がれる紅茶が豊かな香りを広げる。カップを手に取り口に運んだシンディーは、小さく息を吐いてから執事に顔を向ける。
「皆に伝えなさい、私はこの件に関して動きません。勇者と共に魔王討伐に立つ事も、故郷マルセル村を守る為たとえ汚名を懸けられようとも剣を取ることも。
ホーンラビット伯爵様からは、マルセル村に何が起きようとも決してかかわらないようにとの手紙をいただいています。今回の事が起きるであろうこと、その原因については事前にグロリア辺境伯様より聞かされています。全ての原因である“祝福されし礼拝堂”とケビン・ワイルドウッド男爵の事についても。
彼らがどれだけの苦難を背負い今のホーンラビット伯爵領を築き上げたのか、私たちマルセル一族では成し遂げることの出来なかった村の発展、今更どの面下げてマルセル村に向かえと?
以前ホーンラビット伯爵様にお伺いした事があります、何故村の名前を変えないのかと。今ではホーンラビット伯爵領として独立した貴族領、領主であるホーンラビット伯爵様には自由に村名を変える権限がある」
見上げた瞳、その美しい輝きに静かに礼をする執事。
「忘れない為だそうです。辺境の地を開墾し村を造り上げた人々の努力を、飢えと寒さに震え亡くなっていった多くの同胞の思いを、マルセル村を最後の地とし懸命に生き抜いてきた村人たちの人生を。
マルセル村という名前を変えてしまう事は、先人たちが造り上げ引き継いできた思いを踏みにじってしまうと。村人にとってマルセル村という名前は既にマルセル一族を現すものじゃない、村人一人一人の人生を懸けて築き上げた誇りなのだと」
“コトッ”
テーブルに置かれたティーカップ、シンディーは柔らかい笑みを浮かべ執事に答える。
「信じましょう、彼らマルセル村の人々の誇りを。私たちに出来ることは彼らの戦いを最後まで見守ること、余計な手出しをして村人たちを困らせることは私の本意ではありません。
それにそんな事をするお祖母ちゃんはマイケルの子に嫌われちゃうでしょう?」(ニコッ)
まるで少女のように可愛らしい笑顔を浮かべるシンディーに、部屋に控えていたメイドの一人が崩れ落ちる。「シンディー様、尊い❤」と呟くメイドを同僚のメイドが支え、部屋を下がっていく。
執事は静かに礼をすると、黙って給仕の続きを務める。孫を愛でることで柔らかな対応を身に付けたシンディーの周りには、これまでよりも多くの者たちが彼女を崇拝する信者のごとく集まっているのであった。
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グロリア辺境伯領の都市ミルガル、多くの人と物とが行き交う中継都市であるこの街を守る冒険者ギルドのギルド長執務室で、届けられたばかりの情報紙に目を通したエミリアギルド長は席を立つと棚に納めてあるサーベルに手を伸ばす。
「ちょっと待てエミリアギルド長、サーベルなんかに手を伸ばしてどうしようって言うんだ? この後今年のオークの森の間引きについての会議があるんだが?」
「事情が変わりました、冒険者ギルドミルガル支部ギルド長として至急確認しなければならない事態が発生しました。後のことはスポイル副ギルド長に任せます、私はこれより現場の視察を“スパーーーーーン”#$%&@+*%$#!!」
魂に直接響く痛みに頭を抱え床を転げるエミリアギルド長。肩にハリセンを担いだロイド特別監察役は、そんな彼女に呆れの視線を送る。
「痛いじゃないのよロイド、いつも言ってるでしょう、それ止めてって!!」
「それはこっちのセリフだ、いい加減まじめに仕事をこなしやがれ。お前はギルド長、ミルガルの顔役、お前の仕事はオークの間引きで魔王退治じゃない、分かったか!!」
涙目になりながら上目使いで文句を言うエミリアギルド長にズバッと正論をぶつけたロイド特別監察役は、「さっさと立て、とっとと会議室に行くぞ!!」と言って手を差し伸べる。
「・・・ロイドの意地悪、おこりんぼう、もっと優しくしてよ」
「やかましい!! 文句言うならまずは私生活をどうにかしろ、私生活を。なんで毎回俺が呼び出されてお前の部屋の掃除をしなくちゃいけないんだよ、大体飯なんか前は外で食べてただろうが、“お腹が空いたから何か作って”って、俺はお前の母親か!! お前の方が年上だろうが!!」
ロイドの怒鳴り声にシュンと下を向くエミリアギルド長。ロイドは頭をがりがり搔きながら「分かったよ、飯ぐらい作ってやるからそんな顔をするんじゃねえ、会議に行くぞエミリアギルド長!!」と言葉を向ける。
エミリアは「えへへへ、ロイド優しい~♪」と言って後ろから抱き着くと、「ホーンラビット肉のスープでお願いね」と言って機嫌よさげにギルド長執務室を後にする。
そんなエミリアの後を「何処に行くつもりだ、会議室は逆だろうが、逃げるな!!」と言って追い掛けるロイド。
「スポイル副ギルド長、エミリアギルド長とロイド特別監察役との甘々をどうにかしてくれという苦情が受付職員から多く上がっております。個人的な意見を言わせていただければ、とっとと一緒になっちまえ馬鹿野郎と言いたいです。本気でどうにかしてください」
「ハハハハハハ、うん、申し訳ない。確かにあの甘々な雰囲気はきついよね、あれでエミリアギルド長に自覚がないのがまた・・・。私の方からロイドに言っておくよ、このままでは冒険者ギルドの業務に支障が出かねないからね」
スポイル副ギルド長はここ数年ですっかり後退してしまったおでこを摩りながら、「ロイド特別監督役のお陰でエミリアギルド長の仕事の効率が格段に上がったってのも事実なんだよね」と何とも言えない表情を浮かべため息を吐くのだった。
いってらっしゃい。
by@aozora