転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第865話 ズレる思惑、それぞれの誤算

“ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ”

振るわれる鍬、耕かされる大地、ビッグワーム肥料を圃場に混ぜ込み、土の栄養を取り戻しつつ余計な雑草を埋め込んでいく。

畔を整え、水路から水を引き、田植えの準備に取り組んでいく。

 

「お~い、休憩にしようや」

「そうだな、無理して腰を痛めちゃしょうがねえもんな」

田んぼの脇、畔に腰を下ろし家から持ってきた水筒に手を掛ける。

 

「しかしとんでもねえことになっちまったな、あのワイルドウッド男爵様が魔王だなんてよ」

「そうだな、役人どもが乗り込んできて今年から税を七割持っていくって言われたときはどうなるもんかと思ったけどな。村長が十年間の免税はどうなったんだって抗議したら“魔王との契約なんか無効に決まってるだろうが!!”とか言って騒ぎ出しやがって。俺たちの生活を一番に考えて生きる手立てを与えてくれたのはワイルドウッド男爵様だってのにな」

“ズズズズズッ”

水筒に入れすっかり冷めてしまった茶で喉を潤す。田起こし作業で火照った体に冷めたお茶が染みわたる。

 

「でもその後が傑作だったよな、ワイルドウッド男爵様がアパガード商会に米栽培の権利をすべて譲渡していたおかげで、役人どもは何も言えなくなっちまって。

オーランド王国でアパガード商会に逆らって無事に済む領地なんざないからな。米を作ったって売れなきゃ領地は潤わない、流通って首根っこを抑えられちゃ強欲な役人どもも引っ込まざるを得ない」

「大体アイツらは農業を嘗めてるよな。去年豊作だったからって今年も上手く行くとは限らない、新しい穀物と栽培方法って言うんだったら尚更だってのに、教会の発表した魔王発生の知らせと名指しされたワイルドウッド男爵様のことを槍玉に上げて自分たちで独占しようだなんて、経験も知識もないのに何がしたかったんだか」

 

「まぁ秋の黄金色の実りが頭から離れなかったんだろうさ、目先の利益に目が眩んで俺たちの暮らしのことなんか二の次だったんだろうよ。

さて、それじゃもうひと踏ん張りするか。でもこのマルセル茶ももう残りが心もとないんだよな、玄才先生に言われて魔力水の練習をしたおかげで上手いお茶が飲めるようになったってのによ」

「まぁそう言うなよ、癒し草の煮出し茶って疲れの取れるお茶の作り方も教わったし、前よりも格段に生活しやすくなってるのは事実なんだ。アパガード商会が付いているうちは俺たちの生活も保障されてるんだ、せいぜい見限られないようにしっかり成果を見せて、いつかワイルドウッド男爵様や玄才先生がいらしたときに胸張って誇れる田んぼを作っていこうや」

 

水筒を片すと腰を上げ圃場整備に戻っていく農民たち、遠くボルグ教国で発せられた宣言は片田舎の農民たちにも影響を与えていく。

彼らはいつか世の中が落ち着いたとき、再び恩人である辺境の男爵に出会えることを信じ鍬を振るう。ともに泥にまみれ、収穫の喜びを分かち合った心優しき魔王の無事を祈って。

 

―――――――――――――――――

 

「何故だ、我がリットン侯爵領に持ち込まれた米栽培技術は順調に領内に広がっているのではなかったのか!!」

オーランド王国南部、領内に湿地帯を多く抱えるリットン侯爵家では、王都屋敷代官マリルドア・リットンが中心となって行っていた新しい湿地用作物の栽培にさして期待はしていなかった。だが予想を超える収量、湿地帯でも耕作可能な穀物であること、アパガード商会が販売流通を確約したという知らせは、領主デリルブル・リットン侯爵の欲をかき立てるに十分な知らせであった。

 

「ハッ、ご報告申し上げます。米栽培の実験場となりました村における収量は想定を大きく上回るものであり、米が有望な主要穀物足り得ることは十分に証明されました。それを受け領内の湿地帯地域で飼料用作物を栽培していた地域を米の重点転作地域として、実験場での圃場整備資料を基に用水路や圃場の整備を行おうとしたのですが・・・」

「何が問題なのだ、申してみよ」

言い淀む侯爵領代官に先を促すリットン侯爵、侯爵領代官は意を決したように口を開く。

 

「はい、先ず圃場整備に関する技術指導者がおりません。米栽培の指導契約を結んでおりましたワイルドウッド男爵家の指導員は此度の魔王騒ぎを受け我が領を去っております。また昨年は何もない状態からの圃場整備と用水路造成の必要からワイルドウッド男爵自らが土属性魔法を駆使し造成を行っておりました。

その作業を我々自身で行おうとしますと途轍もない資金と労力を必要といたします」

「だが昨年度の領内における米栽培の予算はこれといって計上されていなかったではないか、その程度の資金であればすぐに用意できよう」

リットン侯爵の反論に侯爵領代官は首を横に振り言葉を返す。

 

「いえ、それは契約の問題でございます。ワイルドウッド男爵家とは昨年を始まりとした十年間の米栽培に関する技術指導契約を結んでおりました。

米栽培の技術指導および圃場整備指導をワイルドウッド男爵家が行う代わりに、今後十年間の収穫の半分をワイルドウッド男爵家のものとするというものです。ですのでリットン侯爵家からは実験場となった村の土地提供と村人の手配を行っただけで、後は地区監察官が監視を行っていただけであったのです。

村人への食糧の供給、必要な農具や肥料の提供、収穫物の分配は全てワイルドウッド男爵家が行っておりました」

「なんだそれは、それではワイルドウッド男爵家が我が領地で我が領民を使って自分たちの作物を作っていただけではないか。十年間の食糧搾取など断じて許す事は出来んぞ!!」

侯爵領代官の話に怒りの表情を浮かべるリットン侯爵、それは侯爵家がたかが男爵家にいいようにされたという事に対するプライドからの反発。

 

「いえ、そうではありません。これはあくまで新たな穀物を栽培する為の技術移転、湿地帯に適応する作物の栽培が困難であることは侯爵閣下もよくご存じであるかと、その為の啓蒙には少なくとも十年は掛かるだろうとの試算と、米の普及にそれだけの期間が必要であろうとの予測によるものだったのです。

ですが我々はその考えを軽んじた、教会よりボルグ教国の動きを知らされた我々はいち早くワイルドウッド男爵家を切り捨てた、それが今の結果です。

幸いと言ってよいのかワイルドウッド男爵は我々のこの行動も予測されていた、リットン侯爵家における米の栽培の権利をアパガード商会に譲渡していた。契約上米の販売権をアパガード商会に握られている我々は、自分たちで作った米を勝手に他領で売る事が出来なくなっています。アパガード商会が認めたものでなければ流通に乗せる事が出来ないのです。

更に言えば実験農場に関しては一切の口出しができません。あの村は実験場となる代わりに十年間の免税措置を約束しています、よって収穫物に税が掛けられないのです」

「・・・それでは何か? 我が領で作られた米は半分がアパガード商会に持っていかれ、残り半分を村人に押さえられているという事か? それは何の冗談だ?」

「正しくは実験農場に関してはという話になります。失敗の可能性が高いと考えたリットン侯爵家側が一切の負担を追わずに事業を行うためにはこのやり方が最も効率的であったのです。

これから開発される予定の他の農村に関しては税の徴収も出来ますが、あと九年は収量の半分をアパガード商会に差し出す必要があります。その間アパガード商会は米の普及に務め、契約が切れた年以降は我が領主導で米販売を行える形を整える、これがワイルドウッド男爵が描いたリットン侯爵領における米栽培技術普及の全容です」

侯爵領代官の言葉に苦虫を噛みしめたような表情を浮かべるリットン侯爵。自領発展の為には米栽培普及は必須、だがその利益はアパガード商会に持っていかれる上に口出しまでされる。しかもその成功例の村は九年間アパガード商会に支配され続ける。

 

「アパガード商会に圃場整備を行わせることは出来ないのか? 連中にも利益の上がる話なのであろう?」

「難しいでしょう、投資に見合う収益が見込めない。アパガード商会としてはワイルドウッド男爵が整備を行った実験農場の収益だけで十分に利益を上げる事が出来る、彼らは少しずつ米の販売網を構築するだけでいい。彼らの役割は魔王騒動から米を守る事だけなのですから」

 

「では我々はどうしたらいいというのだ、このまま何もせず指を銜えて見ていろとでもいうのか」

苛立たしげに声を荒らげるリットン侯爵、侯爵領代官は難しそうな表情でその問いに答える。

 

「それも一つの方法かと、ワイルドウッド男爵家と和解し圃場整備に手を貸してもらうのが一番いいのでしょうが、彼らにはそれを行う理由がありません。栽培法を指導した、圃場整備と用水路造成も行った、その上で魔王であるからとすべてを奪おうとした。監督官や監察官はこぞって魔王の噂を流し実験農場の村人たちに納税を迫ったそうです。魔王の取り分は我々のものであると言って。

アパガード商会が間に入っていなければ確実にそうなっていたでしょうし、米栽培は衰退してしまった事でしょう。

ですが今手を打てば九年後、我が領は南部地域一の穀倉地帯になる可能性があります。方法はあります、やり方も示されている、後は我々が血を流す覚悟があるかどうかです。侯爵閣下、ご決断を」

失ったもの、失われたもの、リットン侯爵家が後の繁栄を摑み取れるかどうか、それは茨の道を進む今の決断に掛かっているのであった。

 

――――――――――――

 

「勇者グロリアス、お時間をよろしいでしょうか?」

ボルグ教国の首都を出発した魔王討伐軍は、勇者グロリアスの持つスキル<統率>の力もあり、ボルグ教国を抜け隣国サルベール女王国を通過、二カ国目のスロバニア王国へと到達していた。

 

「サルーン騎士団長、いかがなさいましたか? 今のところ行軍は順調に行われているはずですが」

勇者グロリアスは天幕を訪れたサルーン騎士団長に訝しみの視線を送る。勇者グロリアスは<統率>のスキルにより魔王討伐軍全体を支配下に置いている。それは行動を強制するというよりも管理する、全体の状態を把握し行動を促す力に他ならないからであった。

 

「いえ、我が軍に何か問題が生じているという訳ではないのですが、少々気になる事が。先程行ったスロバニア王国の高官との会談なのですが、スロバニア王国としては同盟国でもあるオーランド王国の立場を支持し、ボルグ教国の魔王討伐軍派遣に抗議するとともにオーランド王国に対する内政干渉として認識していると話しておりまして。魔王討伐軍に対する資金援助並びに食糧支援は行わないとの方針を伝えてきたのです」

「それはどういうことですか? スロバニア王国は我々魔王討伐軍と事を構えようと言っているのですか?」

走る緊張、スロバニア王国高官の言葉は“狡猾の魔王”が既にスロバニア王国を支配下に置いていたという事にほかならない。

 

「いえ、そうではありません、ただ援助はしないと言ってきたのです。街道の通過は問題ありませんし、各貴族家が自主的に援助を申し出ることをスロバニア王国として規制することもしないが、正式に“スロバニア王国の方針としてこの度の魔王討伐軍の正当性を容認することはしない”とのことです。

スロバニア王国としてはボルグ教国からの視察団が国を通過者として通行を容認するにとどめるとの返答でありました」

「・・・要するに金も食料も出さないからさっさと出て行けと、スロバニア王国王家はそう言っているのですか?」

勇者グロリアスの言葉にサルーン騎士団長は苦笑いを浮かべながら「有り体に言えばそうなります」と言葉を返す。

魔王討伐という人類の敵との闘い、その最も過酷で最も重要で最も誇り高い行いに対する答えがこれか。勇者グロリアスの中に怒りとも憤りともつかぬ感情が湧き上がる。女神様に仕える民として、魔王に与するようなスロバニア王国の行いを許す事は出来ない。

 

「分かりました、今は一刻も早い魔王の排除と聖地の奪還が急務、戦場において周辺各国の援助が期待できないことなど、想定してしかるべき事態です。

ですがこの事はしっかりと記録にとどめておいてください。スロバニア王国は国として魔王討伐に協力しなかった、これはスロバニア王国の政治姿勢であり女神様に対する背信行為に他ならない。スロバニア王国の行いはしっかりと歴史に刻み付けなければなりませんので」

「ハッ、記録官には公式記録として記載させていますので事態の収拾後スロバニア王国がどう弁明しようとも覆りようはありません」

スロバニア王国の静かな離反、それは人類への、女神様への裏切り行為に他ならない。天幕内に広がった怒りの矛先はこの離反を促したであろう“狡猾の魔王”へと向けられる。

 

「すでに戦いは始まっている、どのような手を使ったのかは分かりませんが、魔王は静かに確実に我々の力を削ぎにかかっている」

「はい、このような魔王の戦略はボルグ教国の長い魔王討伐史においても初めてのもの。これがどういう意味を持つのかは分かりませんが、警戒するに越したことはないでしょう」

“狡猾の魔王”による迂遠な謀略、それが一体どういう意味を持つのか。勇者グロリアスはこれまで対峙したことのないタイプの敵の存在に、この先どう対処したらよいのか深く考えを巡らせるのであった。




いってらっしゃい。
by@aozora
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