転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第868話 近付く足音、進む根回し

“ガタガタガタガタガタガタガタガタ”

冬眠していたグラスウルフが目を覚まし、獲物を求め草原を走り回る。ビッグクローは空を舞い、若葉揺れる草むらからキャタビラーを発見するや、一気に襲い掛かり空腹を満たす。

止まっていた時が動き出し、生命の営みが活発化する季節を迎えると、人々もまた一年の活動を再開させる。

村人は鍬を振るい土を耕し、職人は工房で小気味よい音を響かせ、商人は店先で元気な声を上げる。季節の移り変わりは生命の彩、人もまた自然の一部であり、女神様の懐で生かされている命の一つに過ぎないのだ。

 

「止まれ、ここはホーンラビット伯爵領マルセル村である」

季節が変われば当然物流も盛んになる。整備された街道は多くの馬車を走らせ、人と物とを行き来させる。

 

「これはこれは門兵様、お役目お疲れ様でございます。私共は飛び込みの行商人、こちらが商業ギルドカードとなります。どうぞお確かめを」

街道を走り訪れた馬車は、マルセル村の村門で警備を行う門兵に声を掛けると、身分証明証となる商業ギルドカードを差し出す。門兵はギルドカードを確認すると、御者台に座る行商人に言葉を向ける。

 

「身分は確認された、だがお前はゴルド村のすぐ側に建てられた監視小屋脇の看板を見ていないのか? 現在我がホーンラビット伯爵領はボルグ教国からの侵攻に備えて臨戦態勢に入っている。連中は我がホーンラビット伯爵家旗下ケビン・ワイルドウッド男爵を魔王と断定し、ホーンラビット伯爵領を占領せんと兵を差し向けてきたのだ。

我々はこの暴挙を断じて許す訳には行かない、例え一兵卒になろうとも最後の瞬間までホーンラビット伯爵領の者としての矜持を示すつもりだ。

だがこれは我らホーンラビット伯爵領に住む者たちの話、我らが世界から魔王の配下とみられていることは知っている。

悪いことは言わない、直ぐにこの場から立ち去られよ。我らにかかわる事は、お前たちが魔王にかかわる者とみられる恐れがあるのでな」

門兵はそう言うと、小さく微笑みながら行商人へ街道を戻るようにと促す。

 

「はい、そのことは承知しております。ですが私どものような飛び込みの行商人にとっては今こそが商機、こう言っては何ですが大手商会では今のホーンラビット伯爵家とのお付き合いは難しいでしょう。

だが私どもは違います、一番困っている時こそ関係を作り上げる、信頼とは共に困難を乗り越えてこそと考えているのですよ」

行商人はそう言うと、「ご入用と思われる商品を多数お持ちいたしました」と力強い笑みを浮かべる。

門兵はそんな商人の言葉に下を向くと、小刻みに肩を震わせ声を詰まらせる。

 

「お前は、いや、行商人殿はそのような言葉を掛けてくださるのか。世界中から見放され、ただ滅びを待つ我々にそのような・・・。しばし待たれよ、いま、ホーンラビット伯爵閣下に確認の連絡を入れよう。

グランド、お屋敷に連絡を送れ、それと商人殿にお茶の準備を」

村門脇の門兵詰め所に声を掛ける門兵、すると詰所から一体の白いウルフ系魔物が飛び出し、村に向かい走っていく。

 

「門兵様、今のは」

「あぁ、村のテイマーが使役している伝令ウルフだ。身体に専用のジャケットを着せてあってな、ポケットに手紙を忍ばせる事が出来る。人の脚よりもよほど早いのでな、重宝しているよ。

あぁ、グランド、ありがとう。商人殿に用意したお茶は我がホーンラビット伯爵領の名産品として栽培に取り組んでいるものでな、煮出し茶と違いお湯を注ぎ入れることですぐに楽しむことの出来る一品だ。

王都などでは遠く中央大陸の東の果てから紅茶というものを仕入れて嗜まれているとか。そのような素晴らしい品と比べてしまえばお世辞にも同等とは言えぬであろうが、偽癒し草の煮出し茶などよりかは数段上品な飲み物であることは保証しよう」

門兵詰め所からはグランドと呼ばれた門兵がお盆にコップを載せ現れる。行商人は御者台を降りお盆のコップを手に取ると、匂い立つ香りを鼻腔で味わう。

 

「何とも爽やかな若葉の香りですな。それでは遠慮なくいただかせてもらいます」

そう言い一口口に含む行商人。口腔に広がる爽やかな味わいと上品な甘さ、蜂蜜のような甘味とは違うさりげない甘さは、これまで味わったことのあるどのようなものとも違うと目を見開く。

 

「・・・どうであろうか? 商人殿から見てこの商品は王都で通用すると思われるか?」

「・・・そうですね、正直申し上げてこれまで上流階級の方々が嗜まれていた茶葉とは相当に方向性が異なるかと。ですがこれはこれで新たな流行となるやもしれません。風味や香りもそうですが、身体の奥から温まると申しますか、力が湧いてくるような。

ぜひ私どもでも取り扱わせていただきたい商品ですな」

行商人はコップのお茶を飲み干すと、「大変良い物をいただきました」と満面の笑みを浮かべる。

 

「そうですか、そこまで喜んでいただけると、栽培を行っているお茶農家も誇らしい事でしょう。ところで行商人殿は本日何名でこちらに来られたのでしょうか?」

「はい、私を含め五人です。荷台に二人、隠し収納に三人ですな」

背後の馬車に顔を向け門兵の問い掛けに答える行商人。

 

「そうですか、しかし任務とはいえ大変なものですね。そうそう、お持ちくださった品はどういった物になるのですか?」

「剣や防具、衣料品や調味料などでしょうか。まずは信頼を得ることが重要ですからね、確かな商品を取りそろえさせていただきました」

商人は「目利きには自信があるのですよ」と胸を張りながら言葉を返す。

 

「なるほど、それはありがたい。正直物資の不足はどうしたものかと皆が心配していたところだったのですよ。あぁ、迎えが来たようですね」

門兵が指さした先には村中より村門に向かってくる男性が一人、その隣には白いウルフ種に跨った少女とその隣を浮遊する一体の魔物。

 

「えっ、あの魔物は・・・」

浮遊する魔物の姿に混乱し言葉を失う行商人。門兵はそんな行商人の反応に、“まぁ誰だってそうなるよな”と同情の視線を送る。

 

「ミッシェルちゃん、呼び出して悪かったね。この人たちが新しくマルセル村に来たお客さんだ」

「気にするな、マルセル村防衛はマルセル村航空隊の務め、司令官である私が疎かにするなどありえないからな。エッガード、頼むぞ?」

“ギャウギャウ”

それはドラゴン、少女と変わらないほどの小さなドラゴンが、少女の言葉に応え鳴き声を上げる。

 

「何でドラゴンが、というかドラゴンが人の言う事を聞いている!?」

常識の崩壊、目の前で見せられるおとぎ話のような光景。ドラゴンが人に懐くなどありえるのか?

その奇跡のような出来事に目を奪われた行商人は、ドラゴンを見つめたまま意識を失いその場に崩れ落ちる。

 

「エッガード、お疲れさん。ジェラルド、それじゃ悪いけどこいつらを礼拝堂に連れて行って、転がしておいてくれるか? あとのことは御神木様にお任せすれば大丈夫だと思うが」

「分かった、ギースは引き続き警戒を頼む。グランドさんは報告書を書いたらホーンラビット伯爵閣下に送っておいてください、どうせ異端審問官の工作部隊だとは思いますが、こうしたことはこまめな情報共有が大事ですから」

ジェラルドはそう言うと地面に倒れている行商人を馬車の荷台に乗せ、御者台に上がり手綱を握る。

 

“ガシャガシャガシャガシャ”

走り出した幌馬車、その後を良狼に跨ったミッシェルと宙に浮かんだ子ドラゴンのエッガードが付いて行く。

 

「・・・ドラゴンだよな~」

「ドラゴンですね。ミッシェルちゃんが巨大卵に跨って空を飛んでいた時も大概でしたけど」

その後姿を見送る二名の門兵は、改めて“マルセル村ってヤバイな”と思いながらそれぞれの業務に戻っていくのであった。

 

――――――――――――――

 

グロリア辺境伯領の地方都市エルセル、嘗て犯罪者の巣窟であったこの街は、先代のグロリア辺境伯の尽力もあり、規律ある周辺一の安全な街に生まれ変わっていた。そんなエルセルの街を取り仕切り、多くの諸問題を解決に導いた監督官ストール・ポイゾンは、古くからの友人の訪れに笑顔を浮かべる。

 

「よく来られたドレイク・ホーンラビット伯爵閣下。いや、狡猾の魔王ケビン・ワイルドウッド男爵を従えし智謀の魔王、大魔王ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下と呼んだ方が「やめてください、本当に勘弁してください。近頃胃薬の消費量が大変なことになっているんですから」・・・うむ、すまなかった。場を和ませる冗談のつもりであったのだが、ちと不謹慎であったか、この通り許してほしい」

そう言い頭を下げるストール監督官に慌てて頭を上げるように言葉を添えるホーンラビット伯爵。

 

「頭を上げてください、ストール監督官。いつもお世話になっているストール監督官にそう出られては何も言えなくなってしまいます。それよりも誰ですか、私のことを智謀の魔王だの大魔王だのと騒ぎ立てる輩は。ストール監督官のお耳にそのようなことを「ワイルドウッド男爵だぞ? あの青年は本当に変わらんな、悪戯好きというか人生を楽しんでいるというか。普通であればもっと世界を恨んでもいいと思うのだがな、魔王の汚名を着せられようとそうした点が一切見えないのは美徳と言ってよいのか悩むところはあるがな」・・・ケビン君、ストール監督官に一体何を吹き込んでるんですか~!!」

頭を抱えるホーンラビット伯爵の姿に、腹を抱えて笑うストール監督官。長い付き合いだからこそ気の置けない関係の二人は、ケビン・ワイルドウッド男爵という共通の理不尽の話題に触れ、盛り上がっていくのであった。

 

「ところでストール監督官、その後冒険者や商人の動きはどうでしょうか? 領都グルセリアやエルセルの冒険者ギルドや商業ギルドには、ボルグ教国からケビン・ワイルドウッド男爵に対する魔王認定が出てすぐに入領禁止の知らせを出しておいたのですが」

「うむ、その事であるが、商業ギルドは第一級危険情報として周知徹底しているようであるな。部下の報告では特に騒ぎになってはいないとの事であったか。

冒険者ギルドでも同様に危険情報として冒険者たちに伝えているようなのだが、何故か他所から冒険者が集まってきているようでな。エルセルとしてはゴルド村方面の門兵に無用な通行を禁じるよう指示を出してはいるのだが、聞かぬ者は聞かぬからな。頭の痛い事ではある」

ストール監督官の言葉に苦笑いを浮かべるホーンラビット伯爵、冒険者たちにとっては魔王騒ぎは最高の娯楽、自身の名を売る最高の機会とでも思っているのだろうか? 頭の痛い問題に乾いた笑いが口から洩れる。

 

「それと教会であるが、領都教会のメルビン司祭長の呼び掛けに従い、住民に冷静に行動するよう促しているとの事であった。実際の話ホーンラビット伯爵家が周囲に対して行ったことと言えばランドール侯爵家との紛争にしろビッグワーム農法の普及にしろ、グロリア辺境伯領にとっては益のある事しかないからな。

しかもデイマリア様が第二夫人として嫁がれパトリシア様はワイルドウッド男爵と結ばれている。これほどに関係性の深いホーンラビット伯爵家を我々グロリア辺境伯領の者がないがしろに出来るはずもない。

正直騒ぎを起こしている者はよそ者か、血の気の多い冒険者共ぐらいであるよ」

ストール監督官の言葉にホッと胸を撫で下ろすも、かえって申し訳ない気持ちが膨らむホーンラビット伯爵。

 

「ご迷惑ご心配をお掛けし本当に申し訳ありません。それと魔王討伐軍の件ですが、情報から六月の頭には王都に到着、七月中頃にはホーンラビット伯爵領に来るものと予測されています。

その際には魔王討伐軍の通行を邪魔することなく通過させるよう徹底をお願いいたします。タスマニア閣下にはすでにそのようにお話ししているのですが、エルセルに集まって来ている冒険者がどう動くのか見当が付きませんので」

「そうであるな、その件は我からも直接冒険者ギルドに話を通しておこう。タスマニア閣下からは魔王討伐軍は邪魔せず距離を置くようにとの指示が届いておる。何にしても勇者様の行列には手出しをしないに限るということよ」

そう言い「ホーンラビット伯爵も気苦労が絶えぬの」と同情の言葉を送るストール監督官。

ホーンラビット伯爵は内心“マルセル村の皆さんが暴走しないかといった事の方が心配なんですが”と思いつつ、「ご心配のお言葉、ありがたく受け取らせていただきます」と言って頭を下げるのであった。




いってらっしゃい。
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