スロバニア王国王都ハーベスト、長年平和を保ってきたスロバニア王国の象徴的な都市であり、その威厳ある街並みはスロバニア王国を訪れた多くの人々を魅了する芸術の都でもある。
その王都ハーベストに、これまでのスロバニア王国の歴史の中でも例を見ない騒動が巻き起こっていた。
ボルグ教国から旅立った総勢五万の魔王討伐軍はサルベール女王国、スロバニア王国国内を移動する中で規模を膨らませ、義勇兵一万五千を加えた大規模な遠征軍へと変わっていった。
規模の拡大、それは魔王討伐軍に新たな問題を引き起こす事となった。それは食料と規律であった。ボルグ教国の魔王討伐軍は訓練された精鋭である。全員が女神様に仕える己というものを常に意識し、自らの行いは女神様に捧げる信仰の証という信念のもと、自身を律することを旨としている。
その為野営地における動きも的確で、場を荒らすような行いは一切しない。食料も予め遠征に必要な分の用意があり、地域住民に負担を掛けることなく任務を遂行する心構えが出来ている。
これは魔王が人類の敵であり周辺地域に甚大な被害をもたらす存在であることに起因する。魔王により生活に苦しめられ明日の食糧もないような土地に出向きなけなしの食べ物を奪うなどあってはならないこと、魔王討伐軍が魔王よりも人々を苦しめては本末転倒、食料を援助し人々を救うくらいの余裕を持たなくてはならないという考えが深く浸透している証左でもあった。
魔王討伐軍がその遠征に伴い各国の支援を必要とする理由は別にある。それは義勇兵の存在と難民への対応である。魔王により踏み荒らされ土地を追われた人々、彼らを救うため多くの国の支援を必要とすることは説明するまでもないだろう、そして自ら立ち上がり共に戦う決意を決めた勇敢なる者たちの食生活を支えることもまた、魔王討伐軍に課せられた使命であるともいえるのである。
「勇者様、義勇兵の食糧ですが、サルベール女王国より提供された分がすでに三分の二ほど消費されております。このままではオーランド王国王都バルセンに到着する前に底をついてしまいます。
この調子で向かえば魔王討伐の前に食糧問題によって力尽きてしまう可能性が高くなってしまいます、いかがいたしましょうか?」
勇者グロリアスはボルグ教国守護騎士隊を束ねるサルーン騎士団長の言葉に眉根を寄せる。
「スロバニア王国王家の決定ですか。魔王討伐軍に対しスロバニア王国として資金援助並びに食糧支援は行わない、各貴族家の判断は尊重するとしながらも王家が支援を拒否する姿勢を表明している以上、各貴族家が消極的にならざるを得ない。ここにきてオーランド王国までの距離と時間が最大の障害として立ち塞がってくるとは。
我々ボルグ教国の精鋭たちだけであれば何も問題ないのでしょうが、義勇兵として名乗りを上げた戦士たちを無視することは後々の問題になりかねない。
“狡猾の魔王”、何処まで卑劣なまねを」
「しかしこれは敵兵力を削る為には有効な手段かと。国家の立場と国際協調という話を出されては我々魔王討伐軍であっても強く出る事は出来ない。何かしらの妨害を受けているのではなく、寄付をしないというだけなのですから。
野営地に関しても指定場所での野営は許可されていますし、街に入ることが禁止されている訳でもない。だからこそ義勇兵の行動が住民に大きく印象付けられてしまう」
サルーン騎士団長の言葉に何かを察したのか額に手を当てる勇者グロリアス。疲れた表情で「今度は何があったんですか」と問う勇者グロリアスに、サルーン騎士団長は言葉を返す。
「王都騎士団から義勇兵の王都入街を禁止する旨の通達が、理由は王都内の酒場や商店でのいざこざです。彼らの言い分は“魔王を討伐する為に命懸けで出兵する我らを蔑ろにするとは何事か”というものです。要はちやほやされない、思っていたのと違うといった酷く幼稚で我儘な主張です。魔王討伐軍に参加しているという思いが気を大きくしているのかそうした問題行動を起こす者が一定数見られます」
「それは、我々で取り締まるしかないという事でしょうか? そのような者は我々魔王討伐軍に不必要な者たちです、すぐに追放してしかるべきなのではないですか?」
勇者グロリアスの言葉に大きくため息を吐いてから首を横に振るサルーン騎士団長。
「王都騎士団側からは“スロバニア王国内にごみを捨てないように”と釘を刺されてしまいました。連れてきた以上ちゃんと面倒を見て元いた場所に返してこいとの事のようです。スロバニア王国にとって我々は歓迎すべき救世軍などではなく、早く立ち去って欲しい邪魔者でしかないという事です」
世界の為、女神様の剣として魔王を打ち倒す為に立ち上がった自分たちがなぜそのような扱いを受けなければならないのか。深い憤りを感じつつ勇者グロリアスとサルーン騎士団長は現実の問題に目を向ける。
「分かりました、今夜の王家主催のパーティーで我々の現状を訴え協力を求めることとしましょう。スロバニア王国の方針は別としてもパーティーには多くの高位貴族家当主の方々が出席される、彼らの協力が得られれば少なくとも食糧問題には目処が立つでしょう」
勇者グロリアスの言葉に静かに頭を下げるサルーン騎士団長。これまでとは異なる魔王との闘い、訓練されていない義勇兵という名のお荷物を抱えての遠征に頭を抱えつつ胃のあたりの痛みに無意識に手を添える勇者グロリアスとサルーン騎士団長なのであった。
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勇者パーティーの訪れ、王城で開かれる夜会に出席する彼らを一目見ようと多くの貴族たちが集う中、カルメリア・マルローニは不安な心を押し殺し人々の様子を静かに見守る。
「カリー、大丈夫かい? 気分が悪かったら別室に移ってもいいんだ、何もカリーが無理することはないんだから」
背後から掛けられた声に振り返ると、そこには心許せる大切な人。
「ありがとう、ニール。でも大丈夫、私はオーランド王国とスロバニア王国を結ぶ懸け橋として、今夜の夜会を最後まで見守らないといけない。そこで何が起きようとその事を受け止めないといけないと思っているの」
「分かった、でも本当に無理だけはしないでくれ。カリーは一人じゃない、俺や俺の両親、マルローニ侯爵領の領民全てがカリーの味方だってことを忘れないでくれ」
そう言いカルメリアの肩をそっと抱き締めるニールセン。見つめ合う二人、新婚ならではの甘い空気が二人を包み込む。
「オホンッ、兄貴、カルメリア様との仲が順調なのはいいけど、場所を考えよう、場所を。そういう事は屋敷に帰って二人きりになってからやってくれ、正直刺激が強すぎる、特にライオネスに」
「アルジミール様、お戯れを。失礼いたしましたニールセン様、どうぞ続きをごゆっくり。アルジミール様とフレアリーズ様はもう少し男女の仲を学ばれた方が良いのです。
オーランド王国の国内情勢から逃れる為スロバニア王国への逃避行という絶好の機会であったのにもかかわらず、この朴念仁は。そんな事だからフレアリーズ殿下が「スロバニア王国のスライムちゃんはどういったものなのでしょう」とか言ってスライム探しを始められてしまうんです」
「な、それって俺のせいじゃないよね? フレアがスライムに夢中なのは昔からだし、俺がどうこうできる話じゃないんだけど? いずれはスライム研究所の所長になるって本気で考えてるんだけど?」
突然現れて漫才を始める弟に思わず吹き出すカルメリアとニールセン。“弟はオーランド王国に行って逞しくなったのだな”と、アルジミールの成長に頼もしさを感じ目を細める。
“ザワザワザワザワ”
会場のざわつきが一段と大きくなる、スロバニア王国国王をはじめとした王族たちが会場入りし、ゲストとして魔王討伐隊を率いる勇者パーティーの来場が知らされる。
整った面立ち、サラリと流れる髪、自信に満ち溢れた光の勇者グロリアス・ブリッジの歩みに、会場に詰めかけた者たちの口からどよめきにも似た感嘆の声が漏れる。
その後ろには白い修道服を纏った聖女セレーナ・ピケル、ローブ姿の大賢者バニア・ルーベル、騎士服に身を包んだ剣聖コーネリア・マーベル、美の象徴でもあるエルフ族弓聖オルガノが続く。
「あれが勇者パーティー、本当に物語から飛び出たかのような見た目だな」
「そうですね、光の勇者グロリアスの美貌と溢れんばかりのカリスマ、パーティーを固める見目麗しい女性たち。周りの貴族たちが少しでもお近づきになりたいと目の色を変えているのがここからでも分かります」
アルジミールとライオネスの言葉に、ごくりと唾を飲むカルメリア。今からでもスロバニア王国を挙げて魔王討伐に協力しようと言い出す貴族がいたらオーランド王国とスロバニア王国との関係はどうなってしまうのか、不安な気持ちが再燃し、無意識に自身を抱き締める。
“ギュッ”
「大丈夫だ、スロバニア王国とオーランド王国との関係はこの程度で揺らぐものじゃない。確かにバルカン帝国の脅威が収まった今、両国間の協力に以前ほどの緊急性はないかもしれない。だが隣国として互いに支え合う事が周辺国との平和に繋がることは紛れもない事実、その事は国王陛下もよく分かって下さっている。
マルローニ侯爵家は今も、これからも両国間の懸け橋としての役割を果たしていく。決して両国の関係が崩れることのないよう全力を尽くす」
不安に振るえるカルメリアの肩を力強く抱き寄せ、真っ直ぐな瞳で語り掛けるニールセン。
「そうですよ、カルメリアお義姉様、カルメリアお義姉様にはニールセン兄貴だけじゃない、このアルジミールやフレアリーズが付いている。
マルローニ侯爵家とオーランド王国王家との繋がりは強固なんです、王家が下手な方針転換をしないようしっかり見守っていきますから」
アルジミールはウインクをすると、カルメリアに安心するようにと言葉を向ける。
「スロバニア王国の皆さん、女神様の下共に世界秩序を支える同胞としてお願いします。我々魔王討伐軍は女神様の神託に基づき綿密な調査を行い、魔王の発生を確認した。これはボルグ教国聖教会の正式な声明です。
ボルグ教国聖教会はこの世界に発生する魔王に対抗する為、常に世界中に目を光らせその動きを監視し続けています。
近年スロバニア王国の隣国であるオーランド王国では大きな内乱が頻発した、このようなことがこれまでのオーランド王国の歴史の中で起こっていたでしょうか? この異常なまでの混乱の発生、これこそが“狡猾の魔王”が秘かにオーランド王国内に手を広げていた証拠なのです。
奴はこれまでのどの魔王とも違う、これまでの魔王は魔物を使い、国や人々を支配し、滅ぼしてきた。だが“狡猾の魔王”は姿を隠し、周囲に影響力だけを残し静かに侵食していく。
分かり難く目に見えにくい敵を認識することは難しい、だが我々は奴を侮ってなどいない、その為の魔王討伐軍であり五万の兵力なのです。
そんな我々の志に共感し共に声を上げてくれた戦士たちがいる、義勇兵、彼らこそ真の英雄であり女神様に仕える私たちの希望なのです。
どうか皆さん、私たちに力を貸してください、皆さんの支援が、魔王の脅威から世界を救う力となるのです。どうかよろしくお願いいたします」
夜会会場に集まった人々の視線が集まる。世界の平和の為、女神様に仕える信徒の一人として、勇者グロリアスの真摯な言葉が人々の心を動かしていく。
「勇者グロリアス、我が家が食糧の支援を行おう」
「では私は金銭的な援助を募ろう、皆、勇者グロリアスと魔王討伐軍の為に一肌脱ごうではないか」
頭を下げ支援を求める勇者パーティーの者たちに、多くの貴族が賛同し協力の声を上げていく。
「これが勇者グロリアスの力、これまで何処か冷ややかだった貴族たちが一気に協力に走り出している」
「そうだな。って言うかあそこで周囲に援助を呼び掛けてるのって第三馬鹿王子じゃないのか? カルメリアお義姉様の件で病気療養させられてたんじゃなかったのか」
ライオネスの呟きに応えたアルジミールは、予想外の人物の姿に驚きの声を上げる。
「こら、アルジミール、言葉に気を付けろ。それと病気療養は春前に終えられ王城に戻られている、ただあの様子では完治はしなかったようだがな。
それよりも先程からフレアリーズ第五王女殿下の姿が見えないのだが来られていないのか? カリーが会いたがっていたんだが」
「そういえば一緒に来たのにどこに行ったんだかって誰と話を・・・」
「それでオニキスちゃんとトパーズちゃんが頑張ってくれたんです。フレンズちゃんはいつも二人の面倒をみてくれるし、とっても頭がいいんですよ。
そうそう、今度皆に何かご褒美を上げたいんですけど何がいいと思いますか?」
「う~ん、そういう事だと魔力の籠った物がいいと思うんだけど、そうだな~。そうだ、サンダーディアの角があるから、今の騒動が終わったらジミーに渡しとくよ。王都学園でアルジミール君に渡すように言っておくから、それをあげるといいよ。魔力水もそうだけど、スライムは魔力豊富なものが大好きだからね、おまけに大森林深層部の癒し草も付けておくから、食べさせてあげて。三体とも喜ぶと思うよ」
フレアリーズと楽しげに会話するどこかで見たことのある貴族の姿に、顔を引き攣らせて言葉を失うアルジミールとライオネス。
「えっ、何であの方がこの会場に? どうやってこの場に来られたんですの?」
困惑の声を上げるカルメリアに何事かと男性に視線を送るニールセン。
「ん? あぁ、すみません。アルジミール様、大変申し訳ありませんでした。こっそりと参加していたはずなのですが、フレアリーズ第五王女殿下に見つかってしまいまして。ご婚約者であるアルジミール様のご許可もいただかずお言葉を交わしてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます」
「いや、それよりもなぜあなたがこんなところに。というか駄目じゃないですか、見つかったらどうするんですか!!」
顔を引き攣らせ注意を伝えるアルジミール、だが男性はにこやかに言葉を返す。
「ハハハハ、大丈夫です、そう簡単に見つかることはないですから、フレアリーズ第五王女殿下が凄まじいだけですから。本当に恐ろしい才能です。
カルメリア様、お久し振りでございます。それとご婚姻おめでとうございます、お幸せそうで何よりでございます」
男性の物言いにカルメリアと面識があると感じたニールセンは、周囲の不可解な反応に訝しみの視線を送る。
「失礼、私はカルメリアの夫でニールセンという。不躾とは思うが名前を窺ってもいいだろうか? 弟のアルジミールとも面識があるようなのだが」
「これは失礼いたしました、マルローニ侯爵家次期当主であらせられるニールセン様から直接のお声掛けをいただけるとは光栄の至りでございます。私はケビン・ワイルドウッド男爵、ホーンラビット伯爵家の騎士を務める者でございます。本日は王城に勇者グロリアス様方が来られるとお聞きして様子を見に来たのですよ。こっそり覗いて帰るはずが見つかってしまいましたが。
それでは私はこの辺で失礼させていただきます、皆様のご迷惑になっては申し訳ないですから」
そう言い忽然とその場から姿を消すケビン・ワイルドウッド男爵。
「アルジミール、今の男は一体」
「ハハハ、本当に恐ろしいですよね。あんな人物を相手に、勇者グロリアスはどう戦うというんでしょうかね」
流れる冷や汗、引き攣る笑顔、そんな中フレアリーズの「もう少しスライムちゃんのことについてお話ししたかったです」という場違いな呟きだけが、皆の耳に響くのであった。
いってらっしゃい。
by@aozora