「マルセル村の皆さん、遠くグロリア辺境伯領北部よりお越しくださりありがとうございます。
本日は村のお子様方が初めて教会に訪れたとか、その信心、女神様もさぞお喜びに成られる事でしょう。そしてマルセル村には新たに四人のお子様が誕生されるとか、そのお手伝いが出来る事は私共にとっても大変な喜びでございます」
そう口上を述べにこやかな笑顔を浮かべるのはここミルガルの街の教会を取り仕切る司祭様、うん、卒がない。そして発言に隙もない。
決してやたらな言質を取られない様にと警戒しつつ穏やかな聖職者然としたその態度や仕草、余裕すらも感じさせるそれは長年の聖職者活動で培った経験と努力の賜物。相当な実力者とお見受け致します。
「これは丁寧なご挨拶、誠にありがとうございます。私はこの度一行の代表を務めさせて頂いておりますマルセル村村長代理ドレイク・ブラウンが名代、ボイルと申します。先程聖堂において女神様の彫像に祈りを捧げる事が出来、子供たちも大変喜んでおりました。
本日は子供たちの初めての礼拝と村で待つご婦人方の安産の為に聖水をお譲り頂きたくご挨拶させて頂きました。村で待つ新たな命を宿した者は四人、幸い我が村には引退された助産婦の方がおられるので出産自体はお任せ出来るのですが、私共男衆が出来る事は少しでもご婦人方の負担を減らす事であると言うのが村長代理ドレイク・ブラウンの言葉であります。
辺境の最果てでの出産は命懸け、願わくば女神様の慈悲を賜りたく司祭様におすがりする次第、何卒よろしくお願い申し上げます。此方は村長代理ドレイク・ブラウンよりの書状とお預かり致しました浄財でございます。どうぞお納め下さい」
返礼の口上を述べるボイルさん、村の現状を訴えつつ司祭様を上げる、上手いやり方です。浄財を渡すタイミングも良いのではないでしょうか、聖職者の方々は大義名分の下いただく袖の下が大好きですからね。
ドレイク村長代理の書状にも美辞麗句と感謝の言葉が書き連ねられているんだろうな~、その辺はまだまだ勉強だよね。俺ってこうした上辺の駆け引きってよく分からないんだよね、季節のご挨拶なんぞ訳分からん。以前お貴族様の手紙って奴を見せて貰ったんだけど、長い文章の手紙なのに言いたい事は一行って意味分からなかったもんな~。
「これはこれは、信仰厚い皆様に女神様の祝福がございます事、ミルガルの教会を取り仕切る者としてお祈り申し上げます。お話しでは状態保存の魔方陣を施した甕をご用意いただいたとか、それでも使用期限と言うものがございますのでその辺は十分ご理解頂ければと思います。
ではその甕をこちらに。シスターケティー、こちらの甕に聖水を用意して下さい」
「はい、司祭様。ではお預かり致します」
司祭様に促されボイルさんが差し渡した甕を、シスターケティーが恭しく受け取り荷台に乗せて運び出します。この一連の流れも聖水の価値を高める為の必要な儀式みたいなものなのでしょう。俺みたいに指先からジョボジョボじゃ、有り難みもへったくれも無いですもんね。
「ところでそちらのお子様方は随分と魔力量が多い様ですが、何か特別な訓練でもなされておられるのでしょうか?」
司祭様はそう言いジェイク君、エミリーちゃん、ジミーの顔を各々覗き込みます。三人は別に怒られている訳でもないのに、ビクッとした顔をして頬を強ばらせました。
「ハハハ、すまないすまない。私は魔力量を何となく感じる事が出来てね、この場所に皆さんが来られた時から君たち三人の魔力が突出している事にとても驚いていたんですよ。君たちはそれだけの魔力量でありながらそれがとても自然に穏やかに身体を覆っている、それはまるで長年修行を重ねた聖職者の様に。これは何か特別な訓練でもされているものかと思いましてね、驚かせてしまって悪かったね」
そう言い優しく微笑む司祭様。そんな司祭様にジェイク君が言葉を返す。
「いえ、司祭様にお褒め頂き感激です。僕たちは幼い頃から剣術の修行をする仲間なんです。僕たちのマルセル村には子供は僕たちとこちらのケビンお兄ちゃんしかいません。ですので小さい頃から剣術の修行が遊びの様なものだったんです。
その中で学んだ精神の修練や心と身体と技術の調和と言う教えが司祭様のご指摘された魔力の安定にいかされているのかと思います。
魔力量に関しては正直実感がわきません。でも司祭様にそう仰って頂き更なる修行の励みに成りました。三年後の授けの儀が今から大変楽しみです」
ジェイク君はそう確りとした言葉で返事を返した後、“ボビー師匠、僕たち司祭様にお褒めの言葉を頂きました”と全ての功績をボビー師匠に擦り付けていました。
うん、彼も成長したものだ、お兄ちゃんは嬉しいよ。そしてボビー師匠は何故チビッ子たちではなく俺を睨むのか、俺この件では無実です、何も仕込んでませんからね。
「そうですか、そちらの御方が皆さんの先生と言う訳ですね。さぞ名のある御方なのでしょう。失礼かと思いますがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、いや、儂なんぞ大した者では。マルセル村で子供たち相手に剣術を教えておるボビーと申す者ですじゃ。司祭様にお会い出来た事、大変光栄ですじゃ」
あ、ボビー師匠が若干テンパってる。ジェイク君のキラーパスがかなりのダメージを与えた模様です。
「ほう、ボビー様と仰られるのですか。ボビー様、ボビー・・・ん?
あ~、お前、“偏屈屋のボビー”か?老けたな~、と言うか懐かしいなおい。あ~、止め止め、終了だ終了~。誰か人数分のお茶持って来てくれ。と言うか何処の爺さんかと思ったぞ、元気な様で何よりじゃないか」
突然の司祭様の変貌に唖然とする一同、そんな中ボビー師匠だけがワナワナと震えだしました。
「貴様は“軟派師メルビン”、何で貴様ごときが司祭なんぞの職に就いとるんじゃ、貴様は教会そっちのけで遊び呆けておったではないか!」
「相変わらず堅いな~、そんなの上手い事すり抜けてやる事やってから遊んでいたに決まってるじゃねえか。難しい事は出来る部下に任せる、きちんと部下を認める事も上役の仕事だぞボビー君」
“ワハハハ”と高笑いを上げボビー師匠を揶揄う司祭様。そんな司祭様にさらにヒートアップするボビー師匠。
「ムカ~、そう言う所が全く変わらないってどう言うことなんじゃ、司祭なら少しは成長しとるじゃろうが!」
「あ、ミッチェルシスターお茶ありがとうね~。
だから落ち着きなっての爺さん、そんなんじゃ頭に血が上って倒れちゃうぞ?そうなったら俺自ら治療してやるよ、金貨一枚ね?いや~、昨日飲み過ぎちゃってさ~懐が寂しかったのよ~、臨時収入は大歓迎です」
そう言い胸を張る司祭様、うん、これは役者が違うね。ボビー師匠翻弄されまくりです。
「ああ言えばこう言う、ほんに貴様は昔から。まぁ良い、儂は田舎の剣術指南の爺で間違いないわい。お主がそんな砕けた態度を取るには何か訳でもあるんじゃろう、話してみい」
「イヤイヤ、今回は別に大した用はないよ、懐かしくてついな。
王都のドロドロに嫌気がさしてグロリア辺境伯領迄来たのは良いけど、ここら辺の人間って妙に王都に憧れてるって言うか、王都を意識して格好付けたがるだろ?
そこに王都から赴いた司祭様、もうね、寄って来るのがギトギトしたオヤジやケバいババアばっかりでさ。辟易としてたんだよ。
そんな時にお前さんを見つけたもんで嬉しくなっちゃってさ。どうせ今日はミルガルに泊まりなんだろう?どうだい一杯?良い店知ってるんだよ、無論お前の奢りで」
「だから田舎の村の剣術指南じゃと言っておろうが、お主の散財に付き合えるほどの金子なんぞ持っておらんわ!以前依頼で手に入れた金貨十枚を一晩で使われた恨みは未だ忘れておらんからな!」
「え~、そんな大昔の事は忘れようぜ~。まあ仕方がないか、俺がその辺の居酒屋に繰り出すとシスターアマンダに叱られるからな~。ここの仕切りって実質シスターアマンダがやってるんだよ、俺はただの看板。まぁそれでも交渉の席とかは俺の仕事なんだけどな」
「何を言っておるか、王都で悪童と呼ばれたお主が、どうせ枢機卿とやらになりたくなくて逃げだしたんであろうが。お主が望めば教皇も夢ではなかったであろうに」
「お前ふざけるなよ、あんな爺共の頂点に立って何が楽しいんだよ。
俺はね、見目麗しいシスターちゃん達とウハウハな生活がしたくて司祭なんぞやってるの、爺さんやギトギトのお貴族様のお世話がしたくてやってるんじゃないの、そんなのお前が一番知ってるだろうが」
「こんな奴が司祭、ここの教会のシスターたちが不憫でならんわい」
・・・ごめんなさい、ついて行けないです。と言うか司祭様砕け過ぎです。背後でシスター様が青筋を浮かべていらっしゃいますが大丈夫なんでしょうか?
それと旧交を温められるのでしたら一晩ボビー師匠をお貸しいたしますのでご自由に。ボビー師匠、オークの売上使っちゃっていいですから、ゆっくり遊んで来てください。
あ、シスター様、聖水をお持ちいただけたんですね、ありがとうございます。念のため蓋に封印を施していただけたと、封印を取らなければ効果の持ちが伸びるんですね、何から何までお気遣いいただきまして感謝いたします。
「ボイルさん、早い所マジックバッグに仕舞っちゃって。それでは私どもはこれで失礼いたします」
こうして俺達マルセル村一行はボビー師匠を教会に残し、今夜の宿に向かい“ガシッ”
「何話しをまとめて逃げ出そうとしておる、ケビン、お主だけは絶対に逃がさんからの」
「嫌だな~、ボビー師匠は懐かしい顔に久方ぶりに出会えたんですから十分に羽を伸ばしてくださいよ~。ほら、今日は色々あって子供たちもお疲れなんですから、早く宿に向かいませんと。
確かに教会は素晴らしい所ですが私たち授けの儀の前の子供にとってはやはり退屈と言いますか、落ち着きのない子供がいつまでもいて良い場所ではないと思うんですよ、騒がしくしてご迷惑になっても申し訳ありませんし」
「そうだぞボビー、折角お許しが出たんだ、今夜は飲みに行くって事でいいじゃないか。
今はオーク肉が高騰しているからいい値段で売れたんだろう?冒険者ギルドでも大銀貨七枚は固い、お前の事だから一匹二匹じゃないんだろう?うん、今夜は良いボトルを降ろせそうだな、お前の奢りで」
「お主らは揃って口の廻る。ボイルさんや、子供らの事をお願い出来るかの?宿は“ブラックウルフの尻尾亭”じゃったな。ブー太郎の事よろしく頼むぞい」
「イヤイヤイヤ、ブー太郎をボイルさんに任せたらだめじゃないですか、一応俺が主人なんですから俺が連れて行かないと。宿屋の主人にもよく話をしないといけませんし。
と言う訳で私はここで。司祭様、本日は貴重なお時間をありがとうございました。ボビー師匠は翌朝までに宿まで届けて頂ければ結構ですので、後の事、よろしくお願いいたします」
俺はそう告げると、恨めしそうな顔をする老人を置き去りにして教会を後にするのでした。
「おいおい、随分さっきの少年に御執心の様だったが、あの子がどうかしたのか?俺にはいかつい顔の子供らしい少年にしか見えなかったんだが、もしかして一番弟子とかか?」
マルセル村一行が去り、出されたお茶を飲みながらボビー老人に話し掛ける司祭。そんな司祭にボビーはため息を吐きながら言葉を返す。
「まぁあの中で一番弟子と言える者を上げるなら一際背の大きな若者がおったじゃろう、あの子じゃな。名をジミーと言ってあれでまだ九歳じゃ。あ奴の父親がまた大柄でな、父親によく似たのであろう。
その隣にいた少年と少女、お主が魔力量が多いと言った三人が儂の弟子じゃな。あ奴、ケビンは儂の仇敵じゃ」
そう言いムッとした顔になるボビーに飲み掛けのお茶を吹き出しそうになる司祭。
「は?仇敵って、さっきの少年確か授けの儀の前とか言ってなかったか?俺の見立てではその辺の子供より少し多い程度の魔力量しかなかったぞ?あの突出した魔力量の三人とは比べ物にならないっての。
あの三人はそれこそ宮廷魔術師のしかも上位者並みの魔力量だったぞ。お前一体どんな教育を施したんだよ」
“は?ケビンの魔力量がその辺の子供より少し多い程度?それこそありえんじゃろう。あ奴魔力を隠した?いや、そうなれば明らかに違和感が出る、それをこの司祭が見逃すはずはないわい。ケビンの奴一体どんなペテンを使ったんじゃ!”
「うむ、子供らの教育と言ってもの。徹底的に基礎を叩きこんだだけじゃからの。
ただ儂の住むマルセル村はこのグロリア辺境伯でも北の最果てと呼ばれるところ、すぐ隣には大森林が広がっておる。魔物の危険は他に追随を許さん危険地帯、そうした事が子供らに影響を与えておるとしか思えんがの」
「ブフォ、大森林の隣って、そうだよマルセル村って言ったらオーランド王国で最も行きたくないと呼ばれる土地じゃないか。どこかで聞いた事があると思ったらあの“辺境の最果て”かよ、貴族令嬢の幽閉の地、貴族の中では有名な話だぞ。
わがまま放題な貴族令嬢がマルセル村送りになりそうと聞いた途端人が変わったようになったとか、マルセル村送りになった貴族令嬢を救出し手を取り合って愛を育んだ貴族令息の話とか。
なんか奢れとか言って悪かったな、お前がそんなド辺境にいるとは思わなかったからよ」
「まあよい、それに思わぬ収入があったのも事実じゃ、気にするでないわい」
“それにいずれケビンの奴の餌食になるのだからの”
ケビンが無駄に金銭を渡すはずも無し、いずれ厄介事に巻き込まれるであろう旧友に、温かい視線を送るボビー老人なのでありました。
本日一話目です。