「アリス・ブレイク先輩、勇者グロリアス様が王都に到着された際は、叔父であるマルス侯爵閣下のお口添えによりここ王都学園にご訪問してくださることとなっています。我々に任せていただければ勇者グロリアス様とのお引き合わせも可能なのです。
勇者との面識を得る事、更に言えばこの度の魔王討伐軍に参加できることは女神様に仕える我々にとって何物にも代えがたい栄誉、ご実家であるブレイク男爵家にとってはこれ以上ない喜びとなることでしょう。
この先このような機会は二度と訪れることはないのです、我々と共に華々しい未来を築こうではありませんか」
王都学園の一角、校舎脇に作られた花壇には季節の花々が美しい彩を見せ、その世話を行う用務員と言葉を交わすアリスは見事な花々の美しさと花壇を管理する用務員の技術の素晴らしさに感嘆の声を上げていた。
そんなアリスのひと時を邪魔するように掛けられたオルト・ラーゲンの言葉は、普段誰に対しても優しく温厚なアリスの心を不快にさせるのに十分なものであった。
「ごきげんよう、ラーゲン様。お声掛けいただき感謝いたします。ですが私は今回の魔王討伐軍の派兵に反対の立場を取っております。ご存じのように私はアルデンティア第四王子殿下の派閥に所属し、アルデンティア殿下の庇護下にある身でございます。
度重ね足を運んでいただいておきながらこのようなことを申し上げるのは心苦しいのですが、謹んでお断り申し上げるとともに今後このような勧誘は控えていただくよう強くお願いいたしたく存じます」
深々と礼をし再び花壇に顔を向けるアリスに顔を引き攣らせるオルト。
「貴様はこちらが下手に出ていれば付け上がりおって、貴様は全く分かっていない、貴様のような弱小男爵家の小娘が誰のお陰で伝統ある王都学園に通う事が出来ていると思っているのだ。貴様だけではない、貴様の家族ともども消し去ることなど我らにとっては造作もないという事も想像できんとは、貴様はこの王都学園でこれまで何を学んできたというのだ!!」
堪忍袋の緒が切れたとばかりに苛立たしげに声を荒らげるオルト。そんなオルトの言葉にピタリと動きを止め、ゆっくり顔を向けるアリス。
「ハハハ、なんだ今頃気が付いたのか、まったく面倒を掛けさせる。貴様のような低俗な者を相手に高度な交渉などするべきではなかったという事か、これは私の不明であったな。互いの立場の違い、立ち位置の違い、まったく王家も名目とはいえ立場を越えた交流などと馬鹿なことを謳う。低俗な者たちに察しろという事自体が間違いであったのだ、初めからはっきりと告げておけばよいのだ、貴様ら下民は我らの言う事に従う事こそが幸福であるのだという事を“ドスッ”グハッ」
アリスによる突然の凶行、その場の者たち全員がありえない光景に呆気にとられる中、容赦ない拳がオルトを襲う。
「な、一体何をしているんですか!! たかが男爵風情の小娘がオルト様を殴りつけるなど」
「・・・治療です。ラーゲン様はどうやら深刻な精神疾患を患っておられる、これは命にかかわる大事、すぐにでも治療を施さねば手遅れになります」
“ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス”
飛び散る深紅の液体、その液体に交じるように飛んだ何かの欠片がすぐ傍の女子生徒の顔に張り付き、ヒッという悲鳴と共に崩れ落ちる。
「フゥ~、これでひとまずは大丈夫でしょう。<クリーン>、それと<リフレッシュ>」
短縮詠唱で唱えられた光属性魔法の<クリーン>と<リフレッシュ>、それは短縮詠唱が行えるほどこの二つの魔法に熟達しているという事を示すもの。それはつまり・・・。
「ウッ、ウ~ン。私は一体・・・」
「大丈夫ですか、ラーゲン様。ラーゲン様は相当にお疲れが溜まっておられたのか、身体中に滞りが発生していたようです。今のご気分はいかがですか?」
アリスから掛けられた言葉に軽く身体を動かし体調を確かめるオルト、滑らかな動き、これまで感じていた不快感がすっかり取り除かれ、まるで生まれ変わったかのような爽快感に驚きを示す。
「あ、ありがとう。今日のところはこれで失礼させていただこう」
「そうですか、お役に立てたようでしたらこれに勝る喜びはございません。よろしければお付きの皆様方も治療いたしましょうか? 見たところお疲れが溜まっているせいか思考の偏りが見られるようですし」(ニッコリ)
“ブンブンブンブンブンブン”
全力で首を横に振る生徒たち、気が付けばその場から走り出していることに一人として異論を唱える者はいない。
“アリス・ブレイクにかかわってはいけない、アレは人の皮を被った死神だ”
彼らの網膜に焼き付いたアリスの治療風景は、彼らの魂に権力の及ばない狂人が存在するという現実を刻み付ける。
「一体何だというのだ・・・」
「さぁ、勇者様の訪れを前に気持ちが高ぶっていらっしゃるのでしょうか?」
配下たちの奇行に首を傾げるオルト、アリスは不思議そうに言葉を返すと、花壇の花々に優しげな笑みを向けるのであった。
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「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、勇者様パーティーの肖像画の新作だよ~。これは隣国スロバニア王国の王宮を訪問された勇者様方のお姿を描き記した傑作、華やかな貴族の皆様方にも負けぬ勇者パーティーの皆様の魅力をあなたのお手元に!!
他にも魔王討伐軍の天幕で真剣に話し合われる勇者様のお姿や騎乗される勇者パーティー、迫力の魔王討伐軍といった充実の品揃えだ!!
この肖像画は今を逃したら一生手に入らないお宝だよ、買った買った~!!」
王都の街並みに広がる喧騒、そこはついにやって来る光の勇者グロリアス率いる魔王討伐軍に沸き立つ民衆で埋め尽くされ、勇者関連商品は飛ぶように売れていた。中でも肖像画や魔王討伐軍の軍行風景は売れ筋で、他には絵皿やカップ、三種の神器を模したおもちゃなど多種多様な商品が店先に並んでいた。
王都商業ギルド会長ベルナール・アパガードは、窓の外に広がる王都の街並みを眺めながら複雑な気持ちを抱えていた。王家側からの暗黙の了解は得ているとはいえ、自分たちの行いは本当に正しいのか、王都民や多くの国民を騙しているだけではないのか。
現在王都で行われている勇者関連商品を使った商売は無暗に王都民を煽っているだけではないのか、冒険者ギルド本部前で起きた冒険者の大量捕縛事件、彼らが凶行に及んだのは自分たちが彼らを煽ったからに他ならないのではないのか。王都民の熱狂を見るたびに自身の行いを責める気持ちに苛まれる。
「ベルナール会長、そのように窓の外に目を向けられて、どうなさいましたか?」
不意に掛けられた声に振り向けば、そこにはやや草臥れた雰囲気を纏った壮年の男性。
「ネイチャーマン先生、いつからそこに。この執務室には許可のない者は誰も入れないはずなのですが」
「ハハハ、それはまぁ“目覚めたスキルは一生”と申しますし、こっそりとお邪魔することは得意なのですよ」
そう言いニコリと微笑むネイチャーマンの姿に、こめかみを揉むベルナール会長。
「しかしよろしいのですか? 教会からの情報では勇者グロリアス様率いる魔王討伐軍はすぐ目前に迫っているはずですが」
「はい、今日はその事で少々お願いがございまして。実は魔王討伐軍に思いもよらぬ問題が発生しているのですよ、そこでベルナール会長には王都商業ギルドとしてその問題の解決に名乗りを上げて欲しいのです」
ネイチャーマンの言葉に視線を鋭くするベルナール会長。
「ほう、それは一体どのようなお話しなのでしょう、私どもでお力になれる事でしたら良いのですが」
「はい、これは今回の魔王討伐軍の遠征がボルグ教国聖教会の上層部によるホーンラビット伯爵領の占有にある事に起因するのですが、これまでの魔王討伐との大きな違いは何であるのか、ベルナール会長にはお判りになりますでしょうか?」
ネイチャーマンからの問い掛けに暫し考えを巡らせたベルナール会長は、眉間に皺を寄せながら口を開く。
「周辺国の協力を得られないという事でしょうか?」
「おぉ、流石はベルナール会長、全体の流れを明確に捉えていらっしゃる。簡単に言えば“被害がない”という事です。
これは持論なのですが、歴史上の魔王は主に三つの種類に分類できます。一つは厄災の魔王、多くの国や地域が協力して対処しなければどれ程の被害が広がるのか見当もつかない本物の厄災です。例を挙げれば最悪の魔王デビルトレントやゴブリンの魔王ゴブリンエンペラーなどがこれに当たります。
もう一つが作られし魔王、国や地域にとって邪魔な者、排除すべき敵を魔王として討伐するというもの。亡国の王・冥王グレイシス、オークの魔王などがこれに当たります。
最後に自称魔王というものもあります、この場合勇者が出るまでもなく各地の英雄と呼ばれる者に討伐されたり勇者パーティーがその国の軍隊を率いて倒したりといった場合が殆どでしょうか。
ボルグ教国が正式に魔王として認定する場合は初めの二つ、厄災の魔王と作られた魔王となります。
これら魔王の共通点は権力を持つ者にとって邪魔であり排除すべき対象であるという点です。つまり勇者パーティーはそうした権力者からの援助を受ける事が出来、魔王討伐軍は多くの者の支援の下魔王討伐に臨む事が出来るのです」
ネイチャーマンはそこで言葉を切ると“お分かりになりますか?”とばかりに返答を促す。
「今回の討伐軍はボルグ教国聖教会の思惑によるもの、つまり利害関係が生じない以上支援も受けにくいと」
「その通りです。確かにオーランド王国はここ数年激動期を迎えはしましたが、その中に魔王による攻撃は皆無、主に暗躍していたのはバルカン帝国です。そんな状態で聖地が見つかったから土地を寄越せ、そちらの男爵の一人が魔王であるから討伐に手を貸せと言われてはいそうですかと答える馬鹿な国はない。被害がないのに寄付を迫られても負担が増えるだけ、得をするのがボルグ教国聖教会だけであるのならなおさら納得は出来ないでしょう。
ボルグ教国もそれが分かっているから遠征用の物資は各自のマジックバッグに用意して魔王討伐軍を編成した。しかしここで誤算が生じた、それが義勇兵です。
魔王討伐などと言う絶好の機会を自身に箔を付けたいと思う者たちが逃すはずがありません。冒険者や貴族家の私兵、名誉を求める貴族たちも加わり膨れ上がったお荷物は二万五千人に達しています。
更にここに中央貴族たちが自分たちの勢力を加えようとしている。魔王討伐軍はホーンラビット伯爵領に辿り着く前に内側から瓦解しようとしているのです」
ネイチャーマンの言葉に口を開けたまま呆けるベルナール会長、あまりの馬鹿さ加減に文字通り開いた口が塞がらない。
「ですがこれはいけない、これでは事態がより悪化する。食料を失い暴徒と化した八万の軍勢、魔王討伐という正義の下ゴブリンエンペラーの大侵攻よろしく全てを食い尽くしていく様子が容易に想像できる。
既に魔王討伐軍が進む街道沿いの各貴族家には、ホーンラビット伯爵家より魔王討伐軍用の食糧を支援してありますが、食料の心もとない彼ら、特に義勇兵がどう動くのか見当が付きません。
そこで王都商業ギルドより勇者グロリアスに対する援助として格安で大量の食糧を融通する交渉を行って欲しいのです。これは寄付ではない、あくまで販売するという事が重要です、決してタダでは与えないでください。
彼らは一度でも調子に乗せてしまえば際限なく要求してきます、交渉は勇者グロリアスとのみ行うようにし、他の者の介入は避けてください。
街道沿いの貴族家にもなるべく販売するように伝えてありますが、状況によっては寄付してもよいと伝えてあります。最終的に被害を最小限に納めることが目的ですので。
王都商業ギルドにはマルセル村の新鮮な野菜や小麦を卸しましょう、商業ギルドの損失分は支払代金から差し引く方向で」
ネイチャーマンからの提案は王都商業ギルドに多大な利益を齎すもの、マルセル村の野菜は王都でプレミアムが付く高級食材、アパガード商会商会長としてこの取引を逃すことなど考えられない。
固く握られた握手、利益の共有は商取引の基本。ベルナール会長はこの戦いの勝敗の揺るぎなさを感じつつ、中央貴族の負債をいかに回収していくのかに思考を巡らせるのであった。
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“ザッザッザッザッザッザッザッザッ”
勇者グロリアス率いる魔王討伐軍がスロバニア王国王都ハーベストを出立して一月、それは草原の街道に現れる。
「第三王子殿下、ついに辿り着きましたな」
「フフフ、この私が返り咲くにふさわしい舞台、この戦いが終わった暁には英雄としての凱旋が待っている。そうなれば父上も私のことを無下に扱う事が出来なくなる。これで皆の名誉も回復されるというもの、皆の者、気を引き締めよ!!」
「「「「オォーーー!!」」」」
騎馬と歩兵、総勢七万五千の軍勢がオーランド王国王都バルセンを目指し行軍する。魔王討伐軍の侵攻、オーランド王国史に残る他国の兵力による大侵攻が、王都目前にまで迫っているのであった。
いってらっしゃい。
by@aozora