「ジェイク君、ジミー君、お疲れ様。その黒い壁に入ってもらえますか? 二人にはお分かりと思いますが、中はブラッキーの影空間になっています。既にエミリー嬢とアリス嬢には中で待機してもらっています、少々状況が危険ですのでこのまま王都学園に戻らせていただき、アルデンティア第四王子殿下にアリス嬢の保護をお願いした後、マルセル村の皆さんには避難していただくことになります。
フィリー嬢とメイドのディアさんは王都学園での合流となりますのでそのつもりでお願いします」
武術学園武術修練場で行われた王都学園代表生徒と武術学園代表生徒との学園交流会はつつがなく終了した。特別に行われた光の勇者グロリアス・ブリッジ様とオーランド王国の若き勇者ジェイク・クロー君との模擬戦は、勇者グロリアスの指導試合といった様子で武術学園の生徒達にも良い模範となった事だろう。勇者同士の模擬戦の後、両者の健闘を称える為闘技舞台に降りられたクロッカス第三王子殿下から掛けられたお言葉に、ジェイク君とジミー君が感激のあまり言葉なく下がってきてしまった事は、致し方のない事なのでしょう。
私ビーン・ネイチャーマンはそんな繊細な心の生徒達を温かく迎え入れ、こちらに走ってくるクロッカス第三王子殿下のお付きの方々に礼を以って敬意を表すのでした。
「そこの者、今こちらに勇者ジェイク・クローが来たはずだが」
「はい、あちらに歩いていきました。しかし先程の模擬戦は素晴らしかった、勇者グロリアス様相手にも委縮せず、自分の出せる精一杯の力を発揮していた。我々教育者としては、これ以上の喜びはありません。彼は本当に毎日頑張って「おい、行くぞ」いたんです」
話の途中で立ち去るとは、マナーのなっていない方々です。私は闘技場に戻ると未だ勇者グロリアス様と言葉を交わすクロッカス第三王子殿下を横目に、引率のケベック先生へ残りの代表生徒たちの事をお願いすると、一人王都学園へと戻っていくのでした。
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「どういうことだ、勇者ジェイクばかりか聖女エミリーも姿が見えないとは」
王都学園と武術学園との学園交流会は無事に幕を閉じた。学園関係者ならびに生徒・生徒保護者は勇者グロリアスと勇者パーティーの者たちを拍手で見送り、クロッカス第三王子殿下はじめ中央貴族の重鎮たちは大いに面目を保つ事となった。
「ハッ、ご報告申し上げます。武術学園の武術修練場より姿を消した勇者ジェイク・クロー、聖女エミリー・ホーンラビット、聖女アリス・ブレイク、剣天ジミー・ドラゴンロードの四人はその後王都学園敷地内で目撃されています。
聖女アリス・ブレイクは王都学園に到着後アルデンティア第四王子殿下と合流、そのままバルーセン公爵家王都屋敷へと向かい匿われたものかと」
「クッ、バルーセン公爵家、一年戦争の大敗を引き起こした腰抜け共が、何処までも邪魔をする。
して、勇者ジェイク・クローと聖女エミリー・ホーンラビットはどうであった」
王城内の自室で報告者の言葉を聞くクロッカス第三王子は、苛立たしげに報告の続きを促す。
「ハッ、それが一切姿が見えません。学園生徒として内部にいる者たちに探らせましたところ、各教室や学園大図書館、学生寮や教務棟にも姿はなく、学園ダンジョンに侵入した形跡もないとのことでありました。
唯一の手掛かりとして、勇者ジェイク・クローが武術学園から姿を消した後にあの場からいなくなった学園講師ビーン・ネイチャーマンの消息を探したところ、一人王都内の自宅に戻った姿が目撃されていた為住居を捜索、すると地下下水道へと続く隠し扉が発見されました」
「なんだそれは、それではその学園講師が勇者ジェイクと聖女エミリーを逃がしたとでもいうのか」
「おそらくは。聖女エミリー・ホーンラビットはホーンラビット伯爵家の次女、勇者ジェイク・クローはホーンラビット伯爵家の騎士、魔王の関係者であるこの二人をゾルバ国王派閥で庇う訳にはまいりません。そこで王都学園に潜入させていた王都諜報組織“影”の者を使い王都外へ逃がしたものかと。
勇者ジェイク・クローと聖女エミリー・ホーンラビットが魔王討伐軍に加わることはゾルバ国王陛下の発言の正統性を揺るがすことに繋がりかねませんので」
報告者の言葉に苦々しげな表情をするクロッカス第三王子、それは自身の華々しい初陣を邪魔するすべての物事に対する苛立ちの表れ。
「失礼いたします。クロッカス第三王子殿下、ゾルバ国王陛下から至急会議場へ参るようにとのお言葉でございます」
国王ゾルバ・グラン・オーランドの呼び出し、部屋に入ってきた伝令の言葉にうんざりといった表情を浮かべ軽く手を振るクロッカス第三王子。
「分かった、直ぐにいくと伝えろ。こちらはそれどころではないというのに全くしつこい事だ」
「いえ、このままご同行をお願いいたします。これはゾルバ国王陛下のご命令でございます」
国王の命令、その強い言葉に眉根を寄せるクロッカス第三王子。
「分かった、では参ろうか」
クロッカス第三王子の言葉に深々と礼をする伝令、クロッカス第三王子は側近の者たちと共に部屋を出ると、ゾルバ国王の待つ会議場へと向かうのであった。
「クロッカス、よう参った、先ずは座るがよい」
案内された会議場にはゾルバ国王、レブル王太子、メルビア第一王妃、ヘルザー宰相といつもの顔触れが揃い、クロッカス第三王子の訪れを待っていたのであった。
「ゾルバ国王陛下に於かれましては御機嫌麗しく。早速でありますがどのようなご用件によるお呼び出しかお聞かせ願えますでしょうか?
ご存じのように現在王都には魔王討伐軍を率いる勇者グロリアス殿がお見えになっておられる。私は勇者様の無事な出立をお手伝いするため少々多忙でして」
「うむ、そのようであるな。その方らが武術学園において勇者パーティーと学園生徒との交流を図った話は聞き及んでおる。
話というのは他でもない、昨日も告げたようにクロッカスが犯した罪についてである。その方らは我が許しを得る事無く犯罪者として鉱山労働に従事していた囚人たちを無断で解放し、此度の魔王討伐軍の兵として参加させた、これは明らかな越権行為である。
またオーランド王国の方針としてボルグ教国の魔王討伐を名目とした遠征と、ホーンラビット伯爵領の占有に反対の立場を取っていることは既に承知していよう。
その方の行いは国政に対し真っ向から反逆の意思を示していると何故わからん。クロッカスには国内貴族を纏めレブルの助けとなるよう申し付けていたという事を忘れた訳ではあるまい」
それはゾルバ国王の悲しみと憤りが籠った言葉、だがクロッカス第三王子は不機嫌さを隠すことなくゾルバ国王を睨み返す。
「失礼と存じますが、ゾルバ国王陛下にお言葉を返す御無礼をお許しください。
陛下、現実をご覧ください。陛下が何を以ってしてそこまでホーンラビット伯爵家を恐れているのか理解に苦しみますが、ボルグ教国聖教会が正式にケビン・ワイルドウッド男爵を魔王として認定した事は覆しようのない事実なのです。
これは既に全世界へ向け発表されたこと、オーランド王国に魔王が発生した事は世界が知るところであり各国がオーランド王国の動向を見守っているのです。
ボルグ教国は動きました、勇者グロリアス率いる総勢五万の魔王討伐軍、そしてその志に共鳴した義勇兵が加わりその数は七万五千に膨らんだ。当事者である我々オーランド王国がその思いに応えぬ事は恥以外の何物でもない。
彼らはそんな私の言葉に応えてくれた、鉱山労働者に身をやつしながらも厚い憂国の気持ちは失われることがなかった。さらに多くの冒険者が我々に賛同してくれた、総勢一万二千位及ぶ者たちが新たに加わることで魔王討伐軍は比類なき強さを手に入れることが出来た。
ゾルバ国王陛下、時代の流れを読めぬ者は国を危うくします。魔王討伐が為された時、国民は、国内貴族たちが誰を支持するのか。
私は行きます、オーランド王国の未来を作る為に。
メルビア第一王妃殿下、レブル王太子殿下、次にお会いする時は新しいオーランド王国の在り方についてお話しいたしましょう。
では失礼させていただきます」
それは険しい戦いの道、されど栄光へ続く英雄の道。クロッカス第三王子は話はそこで終わりとばかりに踵を返すと、側近たちと共に会議室を後にするのであった。
「レブル、メルビア、これは認めるしかあるまい。我は、オーランド王国王家は取り返しの付かぬ過ちを犯してしまったと」
「そうですね、陛下はオーランド王国最後の王、私は亡国の王子といったところでしょうか」
「子育てとは本当に難しい、幸い陛下とレブル王太子殿下、それとアルデンティア第四王子殿下は自らの道を取り戻すことが出来た。ブライアントは新たな生き方を示された、でもクロッカス第三王子殿下は。
この事は第二王妃、第三王妃にも伝えねばなりません。我が国は、オーランド王国王家は終わるのだと」
訪れる静寂、自分たちはいつから間違えてしまったのか、後悔してもしきれぬ自責の念が、その場の者たち全員の胸を締め付ける。
「だがこのまま終わりを待つわけにはいくまい、自らの後始末は付けるべきであろう。国民に負担を強いることは最後の王として看過する事は出来ぬのでな。
ヘルザー、商業ギルドからの申し入れは全面的に受け入れよ、多額の借財を貴族というだけで踏み倒し続けてきたのだ、貴族でなくなるのであれば当然その責任は取るべきであろう。財務監察局、王都諜報組織“影”、王宮騎士団合同での違法行為摘発を徹底させよ。
負の遺産はないに越したことはない、王都の闇を引き摺り出しても構わん、王家の威信など今更というもの、全ては我の不明として歴史に残すのだ。
国が滅びようともこの地に生きる者に罪はない、我々が全てを背負う事こそが我らの存在意義となるのだからな」
国家は生まれ、いつかは滅びる。栄枯盛衰は世の習い、その最後の後始末こそが自らの使命である。
“魔王討伐、これは我らの驕りが呼び寄せた罰なのであろうな”
クロッカス第三王子が立ち去った扉を見つめていたゾルバ国王は、最早会う事も叶わないであろう我が子との最後の別れに、静かに目を閉じるのであった。
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「全体、列を乱す事なく進行せよ、自らが女神様の剣であり人類を守る盾である事を各々の胸に刻み付けよ!! 出立!!」
“ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ”
王都南街門の門脇で野営を行っていた魔王討伐軍が、暫しの休憩は終わったとばかりに動き出す。
ボルグ教国聖教会より聖剣バルボアを託されし光の勇者グロリアス・ブリッジを先頭に、聖杖グランディアを託されし大賢者バニア・ルーベル、聖弓アテナを託されし弓聖オルガノ、聖女セレーナ・ピケル、剣聖コーネリア・マーベルという見目麗しい勇者パーティーの面々、そして七万五千の魔王討伐軍がそれに続く。
南街門から続く大通りは王都の街並みを抜け、王都大聖堂の前を通り、王宮前広場を横切ってきた街門へと抜ける。王宮前に広場にはクロッカス第三王子とライトニー・マルス侯爵をはじめとした中央貴族派閥の者たちが率いる一万二千の義勇兵たち、彼らは魔王討伐軍に合流すると自分達こそが新しい時代を切り開くオーランド王国の英雄であるとばかりに胸を張り堂々と行軍を開始する。
街道の両脇には多くの王都民が集まり、勇者グロリアスや勇者パーティーメンバーの名を叫び歓声を上げる。
魔王討伐軍の出立、それは多くの困難に晒されたオーランド王国が新たな時代を切り開く第一歩である。王都の人々は輝かしい未来の訪れを信じ、全ての希望を勇者グロリアスと魔王討伐軍に参加する英雄たちに託すのであった。
「行ったようであるな」
「あぁ、行っちまったな。勇者パーティー率いる魔王討伐軍総勢八万七千、中々派手な行列だったじゃねえか。しかしよかったのか? “伯爵”は中央貴族派閥に属していたんだろう?」
大通りを見渡す建物の一室、魔王討伐軍の行列を見守っていた男達がボツリと口を開く。
「構わんさ、我は表向きゾルバ国王陛下の派閥に属していたのでな。中央貴族連中には国王陛下派閥の内部情報を探る為の間者として動いている事となっている、それに連中は我のような裏の働きをする者に利益や名誉を与えるような真似はせん、当然今回の行軍も王都での警戒に当たるよう指示を出されている」
「ハッ、そいつは笑えるな。留守に残った伯爵がこれから何をするのか全く気が付いてねえってんだからよ。それで、俺たちはいつ動き出したらいいんだ?」
「三週間後であるな、連中が事態に気が付き伝令を走らせたところでその知らせが届くころには引くに引けぬ位置に達するのがその辺りであるのでな。これは“影”からの事前情報だそれまでに品定めは済ませておけとの事であろう」
「“ヒュ~”、そいつは何ともありがたいお達しで。“鬼蜘蛛”の奴が貴族出身の蝶は受けがいいとか言ってたからな、既に目星は付けてるんだろうが。没落貴族ってのは大変だろうさ」
派手な行軍の裏で静かに近付く破滅の足音。王都の裏の顔は獲物を捉える捕食者のように、彼らが立ち去る姿を見つめ続けるのであった。
いってらっしゃい。
by@aozora