王都の夜が更ける、窓辺から覗く星空は美しく瞬き、この地に生きる人々を優しく見守っている。
あの人は今どうしているのか、あの人も同じようにこの星空を眺めているのだろうか。
王都学園で見せた別れ際の笑顔が、私の胸を締め付ける。
“コンコンコン”
「失礼します。ラビアナ様、お部屋にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
部屋の扉、入室の許可を求めてきたのはアリス。この子との付き合いも二年以上になる、今では親友といってもいい間柄だ。
「どうぞ、それとそんなに畏まらなくてもいいわよ? ここはバルーセン公爵家王都屋敷、他の者の目があるわけじゃないのだから」
私の言葉に恐る恐るといった調子で扉を開けたアリスは、“緊張するなって、そんなこと無理です!!”と言わんばかりの潤んだ瞳を私に向けてきます。
「ラビアナ様、お部屋をご一緒させてください、あんな豪華な客間を与えられたって全然落ち着きません!! せめて使用人部屋を」
「馬鹿な事言わないの、そんなことしたら我が家が他の貴族家からどんな嘲笑を受けるのか分からないでしょうが!!
それにアリスは普段からアルデンティア第四王子殿下やラグラ様、カーベル様とご一緒なさっているでしょう? 今更我が家ごときで緊張してどうするんですか」
「我が家ごときって、公爵家ですよ? 公爵閣下ですよ? 私なんか男爵家の三女ですよ? マッシュとビッグワームがお友達な名ばかり男爵令嬢ですよ? 緊張するなというほうが無理ですよ~。
私、あとどれくらいこちらのお屋敷にお世話になるのでしょうか? せめて何かお仕事を~!!」
アリスはこの二年ですっかり貴族令嬢らしさを身に付けたと思っていたのですが、相当に無理をしていたようですね。そうした意味では同じ聖女でもエミリーのほうが度胸があるというか、肝が据わっているというか。
あの子、一年の時に王城のフレアリーズ第五王女殿下のお部屋にお邪魔したことがあるのよね。あの時は“スライムの大きなぬいぐるみがあって、凄く癒されるの~”とかのんきなことを言ってたけど、後からカルメリア第四王女殿下絡みで大騒ぎを起こしていたって聞いたときは、この子の心臓はアダマンタイトでできているのかしら? って本気で心配したものよ。
「そうね、勇者グロリアス様率いる魔王討伐軍がホーンラビット伯爵領へ到着するのに早くて一月、魔道具を介して戦況が王都に齎されるのはそこから五日ほど見たほうがいいでしょう。その結果王都がどういった騒ぎになるのかが分からない以上、状況が落ち着くまで我が家にいた方がいいわ。
心配しなくとも私も一緒します、アリスはゆっくり高位貴族家での暮らしに慣れることです。アリスが明確にアルデンティア第四王子殿下の派閥に属していると宣言した以上、殿下の付き添いとして夜会に顔を出す機会も増えることでしょうから。
そうですね、せっかくの機会ですし社交界のマナーを学びましょう、コリアンダ、手配してくれるかしら?」
「畏まりました、ラビアナお嬢様。アリス様、どうぞよろしくお願いいたします」
唐突に決定したアリスの社交界マナー教室、アリスの引き攣り顔にニコリと微笑みを向けるラビアナ。
「・・・・・・」
「ラビアナ様、ジミー君のことがご心配ですか?」
ふとした隙に顔を見せる感情、心の奥の不安が、急に胸を締め付ける。
「なんだ、心配してくれるのか? そんな不安そうな顔をしてラビアナらしくもない。お前はもっと堂々としてろ、口うるさい自信家ってのがお前のいいところなんだからよ。
大丈夫だ、俺たちはすぐに帰ってくるさ。そうだな、俺が帰ってくるまでこれでも預かっててくれ、大事なものだからなくすなよ?」
王都学園でのジミーたちとの別れ際、彼がよこした物はいつも手首に嵌めているミサンガのような組み紐。ジミーが自身の手首から外し私の手首に付け直してくれたこの組み紐は、ジミーと私とを結ぶ唯一の繋がり。
無意識に伸びる手が、ジミーのくれた組み紐をそっと撫でる。
“ガシッ”
突然抱き着いてくるアリス、私が驚いて顔を向けると、アリスは鼻息を荒くし、目を輝かせながら私を見つめてきます。
「ラビアナ様、ものすごくかわいいです、私我慢できません!! ああ、もう、私、ラビアナ様のお部屋に住みます!! ジミー君のことを想うラビアナ様って健気でかわいらしくて、もう最高です!!」
そういい私の胸に顔を埋めてハァハァ言い出すアリス。なぜか私たちに向かいサムズアップするコリアンダ、これってどういう状況?
「アリス様、実はこの後サビア奥様の下で見守る会のご報告会が。よろしければ参加なさいませんか?」
「行きます!! この感動は皆で分かち合うべき文化です!!」
先ほどまでの不安な表情はどこへやら、意気揚々と部屋を下がっていくアリスとコリアンダ。私はそんな二人の様子をただ茫然と見送ることしかできないのでした。
「って言うか見守る会って何!? サビアお義姉様はいったい何をなさっているの? コリアンダ、説明しなさ~~~い!!」
部屋に残された私がはしたなく叫び声をあげてしまったことは、致し方のないことなのでした。
―――――――――――
「一体オーランド王国の者たちは我々を何だと思っているのだ。我々は命を懸けて魔王を討ち果たさんとする英傑であるぞ? オーランド王国に発生した世界の敵と戦う人類の希望であるぞ?
襟を正し最上のもてなしを以って遇するべきところを街の外での野営を強要するなど言語道断であろうが!!」
勇者グロリアス率いる魔王討伐軍の進軍は、勇者グロリアスのスキル<統率>の力によって規律正しく行われていった。魔王討伐軍八万七千の将兵を無駄なく動かすことにより驚くべき速さで進軍する彼らは、騎兵、歩兵、馬車での移動という混成軍であるにもかかわらず遅れを出すことなく移動を果たし、順調に都市周辺部での野営を果たしていた。
この事が魔王討伐軍の統率の取れた動きの素晴らしさに起因するという事は言うまでもないが、魔王討伐軍の進軍に合わせ街道沿いの各街や村間の移動を控えるように領主より通達を行ったり、街や村を通過する魔王討伐軍の流れを邪魔しないように住民たちが積極的に協力したことも大きかった。
「第三王子殿下の仰る通り、オーランド王国の者たちは我々の働きを軽んじているのだ、この事は領主館に乗り込み直接わからせてやらねば気が済まん!!」
だがそんな順調な移動を当然のものと受け止め、自分たちは優遇されてしかるべきであると考える者たちもいる。それは志も戦う意思も持たず、勇者と魔王討伐軍に便乗し自分たちの名声を高める事のみに意識を向ける者たち。
「しかし殿下、よろしいのでしょうか? 義勇兵が街に近付くことはサルーン騎士団長より固く禁止されておりますが。それにオーランド王国のクロッカス第三王子殿下や中央貴族の者たちも勇者グロリアス殿の方針には従う意思を見せております」
「ふん、あの者どもはオーランド王国王都よりの参加であろうが、我らとは魔王討伐軍に対する貢献度が違うわ。第三王子殿下はスロバニア王国王都ハーベストよりの参戦、歓迎されるべき御方でありながら王都バルセンでの勇者歓迎パーティーにすら呼ばれていないのだぞ? このような無礼を受けておきながら貴様は第三王子殿下にこれ以上の屈辱に耐えよというのか、貴様にはスロバニア王国王家に対する忠誠心も貴族としての誇りもないというのか!!」
義を以って立ち上がった自分たちに対するオーランド王国側の対応と、その理不尽に抗議することもしないサルーン騎士団長。日々高まり続ける憤懣に声を荒らげる第三王子の側近たち。
野営続きの毎日に不満を募らせた一部の義勇兵たちが、サルーン軍団長の方針に異を唱え勝手な行動を開始する、魔王討伐軍が正義の執行者から欲の本性を露そうとしたしたその時であった。
「広域癒しの覇気:弱、<広域リフレッシュ:弱>、“人類の救世主、魔王討伐軍、人々の希望ってやっぱり人間が出来てるというか、格好いいよな~。皆の憧れ、魔王討伐軍万歳、義勇兵の皆様万歳、我らが英雄万歳!!”」
どこかからか聞こえる民の声、それは自分たち勇気ある魔王討伐軍へ志願した者たちを讃える賞賛の声。
「フッ、何のことはない、あの者たちは魔王を恐れ我らに協力できぬだけではないか。心の底では我らの訪れを待っていた、仕方があるまい、我らの力を見せつけてやろうではないか」
「「「おぉ、流石は第三王子殿下、慈悲深いお心、感服いたしました」」」
広がっていく決意と称賛の声、魔王の支配地域が徐々に近づく中、魔王討伐軍の者たちの士気も日に日に高まっていく。
「皆の者、体調を整え明日に備えよ。魔王の前に立った時疲れた身体で戦えぬとなっては目も当てられぬでな」
「「「ハッ、第三王子殿下のお心のままに」」」
戦いの時は迫る、魔王討伐軍は着実な足取りでホーンラビット伯爵領に迫りつつあるのであった。
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「「「「「おはようございます、本日もよろしくお願いします」」」」」
「皆おはよう、今日もよろしく頼む。今の時期は茶葉の勢いがいいからな、というかマルセル茶の茶葉は勢いが良すぎるというか、一番茶でも二番茶でも関係ないからな。しかもちゃんと世話をしないと抗議するって、こいつら絶対トレントだよな? 聖茶もおかしいんだが、遂にマルセル茶もおかしくなり始めやがって。
お前ら、茶摘みするから大人しくしとけよ!! 暴れる奴は世話してやらねえからな!!」
“““““ワサワサワサワサ♪”””””
「ワサワサするな~~!! 大人しくしとけって言ってるだろうが~!!
ハァ、まぁ何かあったら言ってくれ、こいつらの世話は慣れてるから」
朝の爽やかな空気が流れる茶畑の丘、茶葉の緑が朝日に煌めき、マルセル村の新しい顔を教えてくれる。
マルセル茶は鬼人族の蒼雲さん白雲さん親子が育て上げたマルセル村の新しい産業、お茶の加工を行う人手が増えたことで本格的な特産品として売り出す事が出来るようになったんだとか。
茶畑の草を取ったり施肥を行ったりと、茶畑の仕事は多岐に亘るとのことでした。
「ジェイク、お茶の葉の木ってトレントだったんだな。トレントと意思の疎通を取るって、白雲さんもケビンお兄ちゃんみたいになってきてないか?」
「あっ、うん。そっか~、トレントだったのか~、世界って謎に満ちてるんだな。というかマルセル村って世界の不思議に満ちてないか? 神聖樹の御神木様とかとんでもスライムの大福とか、どう見てもドラゴンの緑と黄色とか、人型ドラゴンのキャロルとマッシュとか」
「紬ちゃんたちを忘れちゃだめだよジェイク君、紬ちゃんたちって精霊様だよ? 凄いんだよ? その正体はキャタピラーだけど」
「「私たちのお義母さんとお義姉さんは英霊様なんですが、何と言ったらいいんでしょうか?」」
「それを言ったらうちのミッシェルちゃんはドラゴンと戯れてるんだが?」
互いに目を合わせ、改めて“マルセル村ってヤバくね?”という事に気が付く俺たち。
「おはよう、ジェイク、ジミー、エミリーお嬢様、フィリー、ディア。どうしたんだ? そんな深刻そうな顔をして」
そんな俺たちに声を掛けてきたのは、茶畑で働く移住者のグランドさん。外のことを知るグランドさんだったらマルセル村の異常性が分かるかもしれない、俺たちは今感じた違和感をグランドさんに相談してみることに。
「あぁ、うん。それはあれだな、ジェイクたちが王都の環境を知って自分たちの故郷マルセル村のことを客観的に見る事が出来るようになったってことだ、様々な経験を積んで成長したってことの証だからそこまで気にすることじゃないと思うぞ。
人は違う場所から見ることがなければ自身のこともよく分からない、それは今マルセル村を目指している勇者グロリアスと勇者パーティーにも言える事だろう? 自分たちは正しい、自分たちは女神様の教えに適う行いをしている正義なんだ。自身の行いの全ての責任は自分にあるっていうのにその判断基準を女神様に押し付けてしまっている。
そのことが教会からの言葉を盲目的に信じることに繋がるし、誤りを誤りとして認める事が出来ない凝り固まった思考を作り出してしまっている。
これはなにも勇者グロリアスの行動を責めるつもりの言葉じゃない、思考を放棄することの恐ろしさ、俺自身の行いの懺悔って奴だ。
ジェイク、ジミー、エミリーお嬢様、フィリー、ディア。考えることを止めるな、感じる心を忘れるな。世界は本当に広いんだ、その事を確りその目で確かめてこい。お前たちは他人に縛られて人生を楽しむことを放棄するような生き方だけはするなよ? これは嘗て失敗してしまった者からの願いだ。
すまん、なんか説教臭いことを言っちまった。茶摘みの方よろしく頼む、俺たちがちゃんと旨いマルセル茶に加工して見せるからよ」
グランドさんは俺の肩にポンと手を載せると、慈愛の籠った目で俺のことを見つめながら小さく頷くのでした。
「ねぇジェイク君、グランドさんって一体何者だったんだろうね」
「さぁ、マルセル村じゃ過去を詮索しないのが礼儀だから。でもグランドさんの言葉は忘れちゃいけないような気がする、俺たちは俺たちらしく、エミリー、ジミー、フィリー、ディア、これからもよろしくな」
俺からの掛け声に笑顔で応えてくれる皆。俺たちは互いに気合を入れてから、茶摘み作業に取りかかるのでした。
いってらっしゃい。
by@aozora