「おはようございます、オルト様」
「「「「「おはようございます、オルト様」」」」」
馬車を降り、王都学園の正門を潜ると、多くの生徒達が頭を下げ声を掛けてくる。
「おはようございます、オルト様。クロッカス第三王子殿下とライトニー・マルス侯爵閣下率いる魔王討伐軍は順調に北上し、グロリア辺境伯領も目前でございますね。これは実質的な国家の平定、王家に反抗的な北西部貴族連合などという地方貴族共が、我ら中央貴族の威光に平伏す姿が目に浮かぶようでございます」
我らの指導者でもあるライトニー・マルス侯爵閣下とクロッカス第三王子殿下が王都を出立されて三週間、統率の取れた軍行で移動する魔王討伐軍は魔王の影響甚だしいグロリア辺境伯領を目前とし、魔王討伐という歴史に名を遺す偉大な功績を打ち立てようとしていた。
「当然のことだ、例え他国から寄せ集まった義勇兵が烏合の衆であったとしても、今頃マルス侯爵閣下のご指導により一流の戦士の心構えを身に付けているであろうことは疑いようがない。
これまでオーランド王国で起き続けていた騒動は全てマルス侯爵閣下が指導者として国政の中心に立たれる為の布石。魔王討伐終了を以ってオーランド王国は大きく転換する、これは時代の必然であり我々は歴史の証人なのだ。
皆も己の使命を胸に刻み勉学に励んでほしい、我々は新たなオーランド王国の歴史を作り出す選ばれし者たちであるのだからな」
「「「「「クロッカス第三王子殿下万歳、ライトニー・マルス侯爵閣下万歳、オーランド王国に栄光あれ!!」」」」」
時代の潮流、その巨大な流れに人々は抗う事など出来ない。我らが輝かしい未来の訪れに沸き立つ中、口を噤み通り過ぎていく敗者ども。
「フッ、大局を読む事も出来ず日和見的にアルデンティア第四王子殿下派閥へと流れた愚か者どもが、変化を受け入れることが出来ず時代に残されたその姿は憐れなものよ。
皆はあのような無様な姿は晒すなよ? 常に考え、正しい道を選び取ることこそが、王都貴族社会を生き抜くための最低条件となるのだからな?」
「オルト様の教えは本当に素晴らしい、我々もオルト様を見習い少しでもマルス侯爵閣下のお役に立てるよう、努力してまいります」
「おいおい、勘違いはするなよ? 我々はオーランド王国の貴族、仕えるべきはクロッカス第三王子殿下なのであるからな? まぁ、言葉と本音を使い分ける事も貴族には必要であると覚えておくことだ」
「「「「「はい、オルト様、ありがとうございます」」」」」
あれから三週間、王都学園の様相はすっかりと変化していた。三学年のアルデンティア第四王子殿下を支えていたラビアナ・バルーセン公爵令嬢とアリス・ブレイク男爵令嬢が姿を消した。
ホーンラビット伯爵領出身の生徒達は言わずもがな、そんな彼らの行動に合わせるかのように三学年・二学年・一学年の国王派閥の生徒の一部が登校しなくなっていた。
王都学園は完全に我ら中央貴族派閥の者たちにより支配されたと言ってもいいだろう。この姿はこれからの貴族社会における構造変化を如実に表しているものでもあった。
「さて、授業を始めるぞ。皆席について静かにしろ~」
基礎魔法学の授業は一学年の必須履修科目となる。講義を行うシルビーナ講師は、王都貴族社会でも広く知られた人物だ。その論理的思考と類まれなる発想は、停滞しがちであった魔法理論を五十年先へと推し進めたと言われている。
“コンコンコン、ガチャッ”
それはシルビーナ講師の講義が中盤に差し掛かった時のことであった。
「なんだ、今は講義の途中だ、関係ない者は出ていけ!!」
「シルビーナ先生、講義中申し訳ありません。大至急お知らせしなければならない事態が発生いたしましたので、急遽講義を中断させていただきました」
講義中の講堂に姿を現した者はシュテル・バウマン学園長、生徒達は一体何事かとざわつき、訝しみの視線を送る。学園長はそんな講堂内の雰囲気など気にする様子もなく、真っ直ぐに壇上へと歩みでる。
「生徒の皆さんに申し上げます。講義の途中ではありますが、只今を以って本日は休校とさせていただきます。授業の再開は現在のところ未定、はっきりとした予定が決まり次第ご連絡させていただく事といたします。
各家庭には学園より連絡を入れてありますので、迎えの馬車が到着次第お戻りいただく事となります」
それは突然の休校宣言、一体何が起きたのかとざわつく講堂の生徒達。
「皆落ち着け、貴族たるもの冷静さを失ってどうする。学園長、お話は分かりました。ですがこれといった理由もなく突然休校と言われても納得できるものではない。どういう事であるのか説明を求めます」
私の声に、講堂に静寂が戻る。学園長は我々生徒たちをひとしきり見回した後、ゆっくりと口を開く。
「そうですね、これはすでに何度もお話しして来た事ですが、もう一度お話させていただきましょう。
皆さんは入学式の際ゾルバ国王陛下の仰っていたお言葉を覚えておいででしょうか?
“現在オーランド王国はボルグ教国からの強い干渉を受けている。これは我が国の在り方に対する挑戦であり、到底受け入れる事は出来ない。今後とも我々は他国による不当な要求や干渉には断固抗議し、国家としての自主独立を守り続けていく”、この言葉はオーランド王国の方針でありゾルバ国王陛下の強い意思の表れです。
我々オーランド王国貴族並びに国民は、ゾルバ国王陛下のお言葉に従い一丸となって国難に挑む義務があった。国政に逆らうという事は国家に対する反逆に他ならないのです。
ですが我々貴族はただ国王陛下のお言葉に従うだけが仕事ではありません。オーランド王国の為、敢えて異議を唱え方針の転換を求める事もまた貴族の役割、こうした事は平民には決して許されていない貴族としての使命であるとも言えるでしょう。
ですがそれは声を挙げるというところまでです。昨年起こったブライアント元王子による造反のように、兵を挙げ、王都を占拠していいというものではない。これは明白な国家に対する反逆です。
残念ながら、今回またそうした事態が起きてしまいました。クロッカス第三王子殿下とライトニー・マルス侯爵閣下はゾルバ国王陛下の許可を受ける事なく独断で鉱山服役者たちを解放し、王国兵の装備品を貸与し兵を挙げた。その際当然のように遠征用の兵士たちの食料も持ち去っています、これは職権乱用や横領などといった範疇に収まらない、完全な国家反逆罪に当たります。この事は貴族教育として国家に対する忠誠について学んできた皆さんでしたら理解出来るでしょう。
本日より三日間、王都の各街門は完全に閉鎖されます。皆さんはそれぞれの屋敷に戻り待機するように、これは王城からの正式な通達です」
それは青天の霹靂、目の前に拓かれた未来への希望の道が、音を立てて崩れ去っていく。
「なんだ、その一方的な通達は!! 我々は王国貴族家の者として、ゾルバ国王陛下の暴政に抗議する、国民は皆我々に賛同し魔王討伐軍を送り出したではないか、これは民意であり国家の意思だ、ゾルバ国王陛下は国民の思いをないがしろにするおつもりか!!」
口を吐いた言葉、それは国民の意思を無視するゾルバ国王陛下に対する怒り、国家の趨勢を決める一戦を前に、国を崩壊させるような決断を下した現政権に対する憤り。
「あぁ、君はオルト・ラーゲン君だね。お父上のナイザック・ラーゲン伯爵殿はライトニー・マルス侯爵閣下の右腕として辣腕を振るっていたそうじゃないか。今回の魔王討伐軍に参加しての遠征においても随分と苦労されたようだね。
つまりナイザック・ラーゲン伯爵殿は王国軍からの装備及び物資の横領と鉱山服役者解放の実行犯という事となる。これがどういう事か分かるかな?」
学園長の言葉に一瞬何を言われているのか分からず固まっていた私は、次第に理解し始めた状況の悪さに血の気が引き、身体が小刻みに震え始める。
私は正しい行いをしたはずだ、私は何も間違ってはいない、私はオーランド王国の未来の為に、私は、私は、私は・・・。
「どうやら理解してくれたようだね。私は王都学園の学園長としてなるべく多くの生徒達の助命を願い出るつもりだ、決して元には戻らないとしても、生きている事で見えてくる世界もあるはずだからね。
だから決して自暴自棄にはならないように。“生きているだけで儲けもの、生きてることがお陰様”、人生とは何が起きるのか分からないものだ、これは君たちよりも少しだけ長く生きた者の言葉として受け止めてほしい。では各自帰りの準備を行うように、寮生は学生寮に戻り寮長の指示に従う事、以上だ。
シルビーナ先生、では後のことをお願いします」
そう言い大講堂を下がっていくシュテル・バウマン学園長、告げられた言葉の衝撃に打ちのめされた私は、その後ろ姿をただ茫然と見送ることしか出来ないのであった。
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“バタバタバタバタバタバタ”
王都の貴族街を走り抜ける多くの兵士たち。
「我々は王宮第一騎士団である、国王陛下の命により全ての者たちの外出を禁止する。執事長は財務監察官の指示に従い帳簿ならびに各所取引名簿、財務状況報告書を提出せよ!!」
貴族屋敷に響く騎士の声に動揺と混乱が広がる。
「ベーゼフ、早く馬車を走らせなさい。一刻も早く王都から脱出するのです。これは一時的なもの、魔王討伐軍が見事魔王を討ち果たした暁には状況が一変します。それまで王都外に身を隠し嵐が過ぎ去るのを待つのです」
「はい、奥様。急ぎ馬車を走らせるんだ、時間はないぞ!!」
持ち出せるだけの財産を馬車に詰め込み、急ぎ屋敷を離れようとする貴族家の者たち。
「おっと、お急ぎでどこに行こうってんだ? まったくあんたら貴族には借りた物を返すっていう当然の常識はないのか? そんなんだから商人たちから俺たちみたいのが回収依頼を受ける羽目になっちまうんだよ。
えっとこのお宅は金貨七万五千枚って、お前ら馬鹿だろう? 領地持ちの伯爵家の年間予算だってそんなにねえぞ。何で役人貴族風情がそんな借財を抱えてるんだよ、意味解らんわ。最初から返す気がないのが丸わかりだろうが」
「何だお前たちは、平民風情が子爵家の敷地に足を踏み入れるとは何たる無礼、即刻立ち去るがいい!!」
激高し声を荒らげる執事に男は呆れた視線を送りながら言葉を続ける。
「あぁ~、残念なお知らせだ。アンタらは間違えちまったんだよ、何でゾルバ国王陛下が手を出すなって言ってるのに辺境の蛮族に喧嘩を売るかな~。しかも自分たちで兵を雇うんならまだしも、鉱山の囚人を勝手に解放しちゃ駄目だろう。更に言えば装備品や食料も王国軍から持ち出すって、勝てば官軍とでも言いたいんかね。
アンタらも当主が魔王討伐軍に参加しなかったら多少の目こぼしがあったのかもしれねえけど、出兵しちまったからな~。この後財務監督官様方もお出でになるそうだから、手っ取り早くこっちの用件を済まさせてもらうわ。
そうそう、アンタらの貴族籍は剥奪されてるからこれって罪にはならないそうだぞ? 同じ平民同士仲良くしようや。
手前ら、時間がねえぞ、隠し金庫を確認したら部屋の中も確り捜索しろよ。ガサツな仕事はするなよ、後で怒られるのは俺なんだからな。
それと馬車の娘はこっちで引き取らせてもらうぞ、借財返済の分、きっちり働いてもらわねえといけねえからよ。
そっちのおばさんはちょっとな~、面倒を見てくれる様な奇特な紳士がいる事を祈ってるぜ」
男の話が終わるや否や行動を開始する無頼漢たち、御者は御者台から引き摺り降ろされ、馬車の扉は強引に引き開けられる。
「イヤー、放しなさい無礼者、お母様、お母様~!!」
叫び声を上げ連れ去られていく令嬢、馬車に詰め込んだ財産を奪い取られ呆然とする子爵夫人。貴族街の各地で上がる悲鳴と叫び、屋敷前を通りかかった兵士たちは、そんな状況にもかかわらずまるで見えていないかのように走り去っていく。
自分達は一体何を間違えてしまったのか、栄光の未来を摑み取ったはずの者たちが、一瞬にしてすべてを失い犯罪者として捕縛されて行く。
ゾルバ国王陛下の下した苛烈なまでの粛清は、貴族たちばかりでなく王都民全体を震え上がらせ、勇者による魔王討伐に沸き立つ王都民に冷たい刃として突き付けられる事となったのであった。
いってらっしゃい。
by@aozora