転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第876話 訪れる波、それぞれの思い

「我らは光の勇者グロリアス様率いる魔王討伐軍である。我らの通過を許可されたし」

王都バルセンを旅立った魔王討伐軍は長い行軍による疲れを見せる事無く、“狡猾の魔王”の影響を最も強く受けているとされるオーランド王国の自治領グロリア辺境伯領に到着した。

グロリア辺境伯領は魔王討伐軍の目指すホーンラビット伯爵領に隣接する貴族領である。現在ホーンラビット伯爵領とされるマルセル村を中心とした草原地帯は元々グロリア辺境伯領の一地域であり、ホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビット伯爵の第二夫人として、タスマニア・フォン・グロリア辺境伯の妹であるデイマリア・ホーンラビット伯爵夫人が嫁ぎ両家の絆をより強固にしている事からも、グロリア辺境伯家内部に“狡猾の魔王”が深く影響を与えていることが窺えるだろう。

勇者グロリアスは王都バルセンからの順調過ぎる程の移動に言い知れぬ不安を抱えながらも、既にこの場は敵地であるとより一層の警戒を強めるのであった。

 

「ついに来たか、先頭に立つ人物がナミビア王国の勇者、光の勇者グロリアス・ブリッジ、その後に続く女性たちが勇者パーティーだな。モルガン商会から売りに出されていた肖像画はかなり誇張されたものかと思っていたが、実物を忠実に描いていたということか。肖像画から感じでいたあの凛とした雰囲気は、実際にその目で見て描写したとしか思えぬ素晴らしいものであったからな」

グロリア辺境伯領領都グルセリア、グロリア辺境伯領の政治経済の中心地であるこの街を横断するように、魔王討伐軍はそれぞれの旗を靡かせ行進を続けていく。それはボルグ教国の旗であり、スロバニア王国の旗であり、オーランド王国の旗であり。各貴族家の紋章の旗を掲げる者、オーランド王国王都教会の教会旗を付けた馬車、様々な勢力が様々な思いを胸に魔王討伐という目的の下突き進む。

 

「これ程の軍勢がホーンラビット伯爵領に駐留する、そうなればグロリア辺境伯家を中心に纏まることで安定的な成長を遂げた我ら北西部貴族連合に様々な要求を突き付けることは明白。我がヘルマン子爵家も身の振り方を考えねばならんということか」

数とは力である、総勢八万七千という兵力の行軍という光景は、地方貴族家の者たちに大きな不安と動揺をもたらし、先々の不安からグルセリア領都教会に仲立ちを求める者たちが殺到する事態を引き起こす事となった。

ヘルマン子爵家次男バーナード・ヘルマンもその一人であり、彼は当主の命を受け、教会のメルビン司祭長に面会を求める為領都グルセリアに赴いていたのである。

 

「そうですね、確かにこの光景を見せられてしまえばその圧倒的な戦力に平伏したくなるのも当然かと。ですが相手はあのホーンラビット伯爵家、私はランドール侯爵領戦役に向かった際のアルバート男爵家騎兵隊の姿しか知りませんが、あの時の鬼神ヘンリーの迫力は忘れがたい物がありました」

そんなバーナードの言葉に応えたのは彼の腹心であり、ヘルマン子爵家の外交担当として頭角を現したハリー・ファン。ハリーは魔王討伐軍の行進を眺めながら、その顔触れに眉根を寄せる。

 

「それでも数の暴力という言葉もありますから決して侮っていいということはありませんが、問題は魔王討伐軍に参加する義勇兵の顔触れです。その服装からの推測となりますが、オーランド王国国旗を掲げる勢力の先頭に立っているのはクロッカス第三王子殿下ではないかと。そしてスロバニア王国国旗を掲げている勢力の先頭も高位貴族家、もしくは王族である可能性すら考えられます。そんな者たちが戦場において自己の主張を抑えることが出来るでしょうか?

戦場において軍隊が最も重要とするものは統率です。皆が指揮官の指示の下まるで巨大な生物のように作戦行動を熟す、軍隊に必要なのは指揮官の指示を的確に実行する戦士であって、英雄ではないのです。

翻ってこの魔王討伐軍はどうでしょうか、行進の様子から一見統率の取れた軍勢のように見えます。ですがいざ戦いが始まったとしたら、相手は聖者の行進により一万を超えるダイソン公国軍をたった三十騎で屈服させたホーンラビット伯爵家騎士団です、一騎当千は当たり前の戦士たちです、個の戦力が桁違い、数対数のぶつかり合いではなく圧倒的な個の戦力対数による消耗戦なのです。

それにホーンラビット伯爵家には三英雄の一人パトリシア・ワイルドウッド男爵夫人や片手間でスタンピードを制圧するケイト・ワイルドウッド男爵夫人もいる。噂では王都から勇者ジェイク・クローも戻っているとか、そう簡単に話が進むとはどうしても思えないのです」

様々な方面と繋ぎを持ち情報収集に余念のないハリーは、客観的な視点からこの戦いが定石通りには進まないであろうと予測する。

 

「そして気になるのが街道沿いの各貴族家の動きです。これだけの勢力が進行しているというのに静か過ぎるんです。まるで予め何者かが意思の統一を図ったかのように、一切の抵抗や問題を起こす事なく通過を許している。これは略奪や女性に対する暴行、戦いを前に気の高ぶった男たちが起こしそうな問題が全く表面化していないということ。

いくら公明正大な光の勇者グロリアスが率いている魔王討伐軍であるとはいえ、これは異常と言わざるを得ない。何者かによって仕組まれた茶番であると言われた方が納得できるんですよ」

ハリーの言葉に腕組みをし難しい顔になるバーナード。

 

「いや~、鋭い。流石は稀代のツッコミ師ハリー・ファン殿、その鋭い観察眼から繰り出される流れるようなツッコミは民衆の心を摑んで離さない!!」

「いや~それ程でも。でもこの話術のお陰で多くの会談を成功に導いたのは確か。これも領都学園時代にツッコミ師としてケイト相手に研鑽を積んだお陰? ケイト・ワイルドウッド男爵夫人には感謝してもし足りませんよ~、アッハッハッハッハッって誰がツッコミ師だ、誰が!!

俺はバーナード様の腹心、ヘルマン子爵家の文官だから、大道芸人や酒場のお笑い吟遊詩人じゃないから、こないだも是非パーティーで講演会をって言われたけどそれってお笑い目的だよね? にこやかな笑顔で「ご活躍は常々お伺いしております」ってどんな噂が出回ってるの? なんか有無を言わさぬ笑顔って目茶苦茶恐いんですけど~!!」

 

横合いから掛けられた声に反射的に言葉を返すハリー・ファン、その流れるような返しにガシッと両手を摑み感動を伝える闖入者。

 

「素晴らしい、やはりあなた様は百年に一人、いや、千年に一人の天才だ。私はあなた様と同じ時代に生まれることが出来たことを光栄に思います。

あっ、バーナード・ヘルマン様、お久し振りでございます。以前お会いしたのは妻の領都学園卒業式以来ですから、二年振りになりますでしょうか? 本当にバーナード様が羨ましい、ハリー・ファン殿はヘルマン子爵家の宝、今後とも大切にツッコミ師として育てていって「だから違うから、ツッコミ師じゃないから、外交担当の文官だから、文官。政務に関わる目茶苦茶重要な仕事なの、その役割はヘルマン子爵家の今後に大きく影響するの、日々頑張ってるのよ?」・・・だからツッコミ外交を「しねえよ? 他領の担当官にツッコまねえよ? なぜか残念そうな顔をされるけどみんなちゃんとお仕事しよう? 俺っちただの文官だから~~!!」・・・感動。今日は素晴らしい日だ、魔王討伐軍なんか放置して家で祝杯を挙げよう」

思わず怒涛のツッコミを返してしまい肩で息するハリー、そんなハリーの姿など関係ないとばかりに感動に打ち震える闖入者、そして突如始まった腹心と闖入者の漫才に呆気にとられるバーナード。

 

「って言うかなんでこんな所にいるんだよ、思わず叫び声を上げそうになっただろうが!! ケイトは何をしてるんだ、ケイトは、無軌道な旦那をしっかり押さえるのが妻の役割なんじゃないのかよ!!」

「なるほど、ミッキー夫人がしっかり者でハリー殿は尻に敷かれてると」

 

「そうなんだよ~、ミッキーが家計を握ってるもんだから中々お小遣いを上げてくれなくってさ~。こないだも帰りが遅かったら浮気だ~って言って正座でお説教を。あの正座って剣の勇者様が広めたものらしいんだけど、何あの拷問。足が痺れるはツンツン突かれた時の何とも言えない苦痛が「あ、ケイト。こっちこっち」ってちょっと待って、何でケイトが領都にいるの? 今の話はミッキーには内密に~!!」

突然正座し頭を下げるハリーと腕組みをしウンウン頷く闖入者、そしてそんな二人に近付く幼子を抱いた美しい女性。

バーナードはこの混沌とした状況に何をどうすればよいのか分からず、唯々立ち竦むことしか出来ないのであった。

 

――――――――――

 

「エミリアギルド長、勇者グロリアス率いる魔王討伐軍が南街門に到着しました」

「そうですか、分かりました。冒険者たちには決して手出しをせず大人しく通過を見守るように再度通達を、それとミルガルの住民が行列に巻き込まれないように警備を厳重に行うよう、警備担当に就いた冒険者たちに注意を促すこと。

例え勇者グロリアスが率いているからといって全ての者が正しく理性的な行いをするとは限りません、決して気を抜くことがないように」

「「「はい、エミリアギルド長!!」」」

冒険者ギルドミルガル支部のギルド長執務室に響くギルド長の言葉、ギルド職員たちはこの歴史的な一幕を滞りなくやり過ごす為、一丸となって動きだす。

 

「エミリアギルド長、監督官並びに商業ギルド、教会、衛兵事務所への連絡は問題ない。ことが起きるとすればウチの馬鹿どもが馬鹿をやった時くらいだが、それもギルド長の説得が効いたのか今のところ問題なさそうだ」

冒険者は自己顕示欲が強く、己の実力を過大評価しがちである。その為自身の名を売る為に魔王討伐軍に余計なちょっかいを掛ける可能性も否定できない。

 

「自分たちのことを魔王の配下と嘯く阿呆が現れた時は頭を抱えたわ、あの根性の捻じ曲がった“狡猾の魔王”がたかが街の冒険者を配下にする訳ないでしょうに。本当にあのクソガキは、なんで冒険者ギルドの職員は討伐軍に参加しちゃ駄目なのよ、あのクソガキを直接痛い目に合わせられる絶好の機会だったのに~!!」

先程までの凛とした態度は何処へやら、自身が暴れられないことに不満の声を漏らすエミリアギルド長。そんなエミリアに呆れた視線を送るロイド特別監察役は、ため息を吐いてから言葉を掛ける。

 

「あのな、それは当たり前だからな? 俺たち冒険者ギルドは国家間の紛争には非介入、各貴族家同士の争いにも冒険者ギルドとして介入する事はない、この事は国際的な冒険者管理組織としての大原則なんだぞ?

今回の魔王討伐に関してはオーランド王国王家が公式に“ボルグ教国の内政干渉である”と反対の声を挙げている。冒険者ギルド総本部からはオーランド王国の声明を受け今回の魔王討伐を国家間紛争として扱うとした通達が来ているだろうが。

大体ミルガル支部を預かるギルド長が他領で行われる戦闘に参加できるわけないだろうが」

ロイド特別監察役から告げられたド正論に悔しげに唇を嚙むエミリア。

 

「そんな顔しても駄目だからな、どうしても行きたかったらギルド長の職を辞して、一冒険者として参加すればいいだろうが。その先どうなろうが俺は知らん」

「ロイドの意地悪。そんな言い方しなくたっていいじゃない、私だって頑張ってギルド長業務を熟してるんだからね? 前みたいな悪戯だってしてないし」

そう言い不満ですといった上目遣いで、頬を膨らませロイドを睨むエミリア。

 

「当たり前だ、大体“天然の殺し屋”とまで呼ばれる受付職員を平然と使い続けるって正気の沙汰じゃないからな? シャロンの奴だっていい迷惑だっただろうさ、今じゃ包容力のある旦那と上手い事やってるようだからよかったが、あのままだったら嫁の貰い手がなくなるところだったんだぞ?

お前は少し周りの人間の気持ちを考えろ、お前は冒険者ギルドミルガル支部にとってなくてはならない存在なんだからな?」

ロイド特別監察役は真剣な瞳で言葉を向ける。それはエミリアに対する(更生して欲しいと願う)熱い思い。

 

「・・・ロイドも私にいて欲しいと思ってるの?」

「当たり前だろうが。俺にはお前が必要なんだ、その為に俺はここにいるんだぞ?」

それはロイドの(特別監察役としての)本心、一切の嘘のない真っ直ぐな言葉。

 

「フフ~ン、そう、ロイドは私が必要なんだ。エヘヘへ」

「ん? なんだ、急に背筋に悪寒が。まぁいい、魔王討伐軍が完全に通過しきるまで油断は許されない、よろしくお願いします、エミリアギルド長」

 

「えぇ、分かっているわ、ロイド特別監察役。情報は逐一私の下に届けてちょうだい、皆にも徹底するように」

「了解しました、エミリアギルド長」

一礼の後執務室を後にするロイド特別監察役、ロイドが執務室を離れたことを確認したエミリアは時折「エヘヘへ♪」と気持ち悪い笑い声を発しながら鼻歌交じりに書類整理を行っていく。

その後砂糖を吐きそうな程の甘々なギルド長の姿を目撃した多くのギルド職員たちが、“とっととギルド長をどうにかしてくれないかな?”と真剣な表情でロイド特別監察役に迫ったことは当然の要求と言わざるを得ないのであった。




いってらっしゃい。
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