宿屋、それはRPG好きの者ならば心踊らずにいられないパワーワード。冒険者ギルド、宿屋、漫画肉、これにエールが揃えば役満確定であろう、所謂数え役満と言う奴である。残念ながらお子様であるジェイクはエールを飲む事が出来ないが、成人したら絶対に飲むと固く心に決めている一品である。因みにこの世界の成人は十五歳、あと六年の辛抱となる。
そして宿屋と言えば宿屋の主人。ゲーム、小説、ライトノベル等で様々なタイプの主人が登場してはゲーマーや読者を楽しませてきた。脇役のチョイ役でありながら、強い存在感を人々に与え続けて来た宿屋の主人。寡黙で調理場に籠る元冒険者の大男か、肥えた腹を摩る嫌な感じの中年オヤジか、早死にしたご主人の残した宿を必死に守る未亡人の女主人か。ジェイク少年はその出会いに胸を躍らせ、今宵の宿“ブラックウルフの尻尾亭”に向かうのだった。
「ようこそいらっしゃいました、君がブー太郎君だね、肉屋の主人から話は聞いているよ。黒いフードで顔を覆った大男、いや~、話しの通りだね~。予め話を聞いていなかったらとても従魔とは思えなかったよ、完全に人の社会に溶け込んでいる、本当に頭のいい従魔なんだね。良かったらそのフードを外してもらってもいいかい?」
“フゴフゴフゴ“
「あ、うん、別に取ってもいいよ。ブー太郎の好きにして」
ケビンお兄ちゃんの許可が出た事でゆっくりとフードを外すブー太郎。そこから現れた豚の顔にテンションが上がる宿屋の主人。
「おおお~、本当にオークだよ、あの乱暴者で知恵の廻らないと言われているオークにもこんなに知的で理性的な個体がいるんだね、凄いよ、感動ものだよ。
それで今日はお泊りだったね、えっと六名様に従魔一体って事だね。それで食事はどうするのかな?なんならお部屋に運ぶよ、それなら従魔共々気兼ねなく食事を取れるだろう」
「えっ?イヤイヤイヤ、ブー太郎は馬小屋じゃないんですか?オークを部屋に上げていいんですか?」
「はっ?何を言っているんだい、ブー太郎君はブー太郎君だろう?流石にベッドを使っていただく訳にはいかないが、ちゃんと敷物と掛布団くらいは用意するとも。
逆に馬小屋だとブー太郎君の臭いが付いてしまうからね。馬は魔物の臭いに敏感なんだよ、ブー太郎君程の大きさであれば部屋に入っても大丈夫な造りにはなっているから安心してくれ」
イヤイヤイヤ、ここのご主人従魔好き過ぎでしょう。普通従魔が宿屋に入るのって嫌がるものじゃないの?ケビンお兄ちゃんもその辺を凄く気にしていたはずなんだけど、食事の心配までってあり得ないからね?これってペット同伴可のホテルと同じ感覚なんだろうか。でも従魔だよ?ここのご主人なら緑や黄色も受け入れるのかな?もしかしたら大福も?それはそれで見てみたい気もするけど。
「それでもう一人の方はどうしたのかな?姿が見えない様だけど」
「あぁ、ボビー師匠は教会の司祭様と旧知の仲だった様でして、今夜は飲みに行くと。あ、これ内緒にしてくださいね、司祭様の評判に係わりますんで」
「あぁ、大丈夫だよ。司祭様が昼間は真面目な人格者で夜は無類の遊び人って言うのはこの街じゃ有名な話だからね。それでいて変な不正などは一切しない素晴らしい方なんだ。お酒の席でも周りを楽しくしてくれる本当に面白い御方さ。
でもそうだな、それだと朝帰りは確実なんじゃないのかな。だったらそのお連れさんの分はもし泊まったら追加で頂く事にするよ。夕食朝食付きで御一人様銀貨二枚、ブー太郎君は銀貨一枚貰うね。その代わりブー太郎君にはたくさん食べてもらうつもりだから安心してくれ。ブー太郎君は何か食べれない物とか肉は生じゃないといけないとかあるのかな?」
“フゴ、フゴフゴ”
「あ、ブー太郎は基本好き嫌いなく食べれます。肉は火が入ったものでお願いします。こいつすっかり人の食事の味を覚えてしまって。生肉だったらしっかり下処理をしてとか言い出すんですよね」
「ハハハ、ブー太郎君は美食家だね~、私も腕の振るい甲斐が有るよ。それじゃ大銀貨一枚と銀貨一枚、確かに受け取りました。これ受取証ね。で、これが部屋の鍵、一番奥の大部屋だよ。夕食は出来次第お持ちするからゆっくりしておいてくれ」
「あぁケビン君、私はこれから少し帰りの分の薪の買い足しと、村長に頼まれた細々とした物の買い出しに行って来るから部屋で休んでいてくれ。今日は君が一番疲れただろうからね」
「それだったらジミーを一緒に連れて行ってください。ジミーはどう見ても成人に見えますからね。ボイルさん一人より問題も少なくなると思いますんで。ジミー、頼んだぞ」
「任せてよ、ケビンお兄ちゃん。ボイルさん、よろしくお願いします」
「ジミー君か、これは心強い。それじゃまた夕食の時にね」
こうして俺たちはそれぞれ別れ、夕食の時間までゆっくりと過ごすのでした。と言っても俺はこの世界に来て初めてのフカフカベッドに一瞬で意識を持って行かれて気が付いた時には夕食の時間だったんですが。もうね、ビックリですよ。藁のベッドと綿のベッドがここまで違うだなんて思いもしませんでした。あのケビンお兄ちゃんですら“これは盲点だった~!”と言って頭を抱えたくらいでしたから。エミリーちゃんとブー太郎ですか?まだ寝ぼけた顔をしております。うん、仕方がないよね、お布団最高。
それで夕飯のメニューですが、ホーンラビットのシチューにキャベットの酢漬けと芋の肉炒め、それとパンですね。それでこの芋の肉炒めに使われてるお肉、ビッグワーム干し肉ですね。そうか、遂に宿屋でも取り扱う様になったのか~。これからどんどん需要が増えるとなると、色んな村でビッグワーム農法が行われる事になるんだろうな~。ケビンお兄ちゃんが驚いてるくらいだし、これって凄い事なんだろうな~。
所でケビンお兄ちゃん、色々聞きたい事があるんだけどいいかな?もうね、この旅で疑問が山ほどなんです、僕たち。出来れば最初から説明して欲しいくらいなんです。
「あ、うん、まぁ、そうだよね。色々あると思うよ。
それじゃ、なるべくわかり易く説明するけど僕自身分かってない事も多いからその辺は勘弁してね。先ず最初はどうしてグラスウルフの接近に気が付いたのかだったよね。ジェイク君たちは団子や太郎の事は知ってるよね?あいつ等って遥か彼方の敵を察知したり警戒したりするんだよ。太郎の場合は音や臭いだったりする事もあるんだけど、それにしても探知範囲が広いんだ。
でも団子の場合角が無かった頃はそんな事は出来なかった。つまりあいつは角って言う感覚器官で音以外の何かを感じ取っているって事なんだよ。それは何かって考えた時、それって相手の放つ魔力なんじゃないかって思ったんだ。
さっき教会で司祭様にあった時、司祭様も言っていただろう?ジェイク君、エミリーちゃん、ジミーの三人は魔力量が多いって。それってスキルかも知れないけど魔力を感じ取っているって事なんだ。
そこで僕は魔力を感じ取る訓練をしたんだよ、方法はちょっと危険なんで話せないんだけどね、君たちが十歳になってどうしても覚えたいってなったら言って、お父さんお母さんの許可が下りたら教えてあげるから。最初に許可を貰ってから来てね。
で、話しは戻るけど魔物や人はその辺の動物や植物よりもずっと大きな魔力を持っているんだよ。そんなものが集団で移動してきたら警戒するだろう?それがグラスウルフの集団を雇った経緯だね」
・・・なんかとんでもない話しなんですけど。ジミーやエミリーだけじゃなくてボイルさんですらスプーンの動きが止まっちゃってるんですけど。これって宿屋の一室の夕食時に聞いていい話しじゃないよね?しかもそんな技術がスキルじゃなく訓練で身に付いちゃうって、他所にバレたらケビンお兄ちゃん攫われちゃうよ?良くて幽閉軟禁だよ?
「それとこれも聞かれたんだけどどうやって魔物と意思の疎通を取ってるのかだったよね、これに関してはなんとなくとしか言えないんだ。
家に帰った時お父さんやお母さんが何を言いたいのかなんとなくわかる時ってあるよね。みんなも泥だらけで家に帰った時とか怒られると思って急いで着替えたりした事があるんじゃないかな?そうじゃなくても何かワクワクしているとか悲しそうとか、そう言った感情って言葉にしなくても伝わって来るよね。僕も初めはその程度だったんだよ。
ずっと大福や緑や黄色と遊んでいたら、何となくあいつらが何を言いたいのかが分かる様になって来た、そのうち初めて出会う魔物とも何となく意思の疎通の様な事が出来る様になってきた。
始めは魔物ってみんな人間の言ってる事が分かってるのかとも思ったんだけど、そんな明確なものじゃなく向こうも何となく分かってるって程度らしいんだよ。ただそれを長年続けてるとより明確に分かる様になる。
その代表例が大福だね。アイツ人間が何を言いたいのか、何を言ってるのかが完全に分かってるから。アイツの学習能力半端ないよ?俺よりも頭は良いんじゃないかな。
それとブー太郎だけど、オークって魔物は元々そこまで知能は悪くない様なんだよね、棍棒などの道具を使ったり衣類を羽織ったりするぐらいだからね。ただ欲望に忠実で考えなしなんだけどね。だからそのオークから欲望に忠実って部分を削ぐとブー太郎になるんだよ。
でもここで間違えちゃいけないのは人間と魔物は基本的に思考の仕方が違うって事。例えばフォレストビーたちは女王蜂の為なら命なんてすぐに捨てるしそこに恐怖なんて感情はないんだよ。ブー太郎だって自分が穏やかに飢える事なく暮らせればいいと思っているだけであって、そこに責任感や常識、道徳的なものは一切ないんだ。理性的ではあるけどね。
僕と魔物たちの関係は明確な上下関係だったり互いの利害関係が確り出来上がった上で成り立っているんだよ。変に慣れ合って甘やかす様な関係を築くのなら魔物との関係は作らない方がいい。そこには互いにとっての不幸しか生まないからね。
冷たい様な言い方だけど、所詮動物、所詮魔物、所詮人間。種族の違いはどうしようもないんだよ。物語の中には魔物や動物に囲まれて幸せに暮らしましたって言うものもあるけど、それって男女や家族的なそれとは違うから。どちらかと言えば組織や群れと言った話だから」
あ、はい。その辺は俺も何か勘違いしてる所があったかも。太郎や団子と遊んでるケビンお兄ちゃんを見て俺もあんな相棒が欲しいとか思っていたけど、今の話しだと結構ドライな関係だったのね。その上で信頼を築いていくって事なんだろうか。
エミリーが凄いショックを受けた顔になってるんだけど。エミリーさん、角無しホーンラビットでも飼おうとしてたんだろうか。ウサギさん、ストレスでお亡くなりになっちゃうと思・・・いえ、なんでもありません。
「後は冒険者ギルドの覇気の話しかな?簡単な概要は荷馬車の上で話したけど、そんな達人の技をどうして僕が察知出来るのかが気になったんじゃないかな?
あれはね・・・、全部あの耄碌じじいが悪いんだよ!あのじじい、俺に襲い掛かって来る時バンバン覇気飛ばしてくるんだよ!こっちは授けの前のお子様だと何度言えば分かるんだっての、俺は今も将来も一介の村人なの!冒険者にはならないの!事あるごとに覇気を飛ばしてこられていい加減覚えたわ!
武術の達人でもないのに覇気を強制的に覚えさせられた俺って一体。これって虐待だよね?衛兵さんに訴えたら捕まえてくれるかな?修行の一環とか言って逃げられそうな気はするけど、俺弟子じゃないんだけど」
“ブフォ”
なんかしょうもない理由だった。ボビー師匠、一体何やってるんですか。ケビンお兄ちゃんが病んだ眼になってるじゃないですか。“畑仕事の最中やホーンラビットの解体の最中にやられると手元が狂いそうになるんだよな~。”って虚ろな目になってるし。戻って来て~、ケビンお兄ちゃ~ん。
「あ、ごめんね。なんか嫌な事を思い出しちゃって。でもこれ位かな?」
ケビンお兄ちゃんが話の締めに入りそうになった時、ボイルさんが声を上げました。
「なんか話の最中に悪いね、私からも一ついいかな。
ずっと気になっていたんだが、街の中でブー太郎に付いて一切奇異の目が向かなかったのはなんでなのかと思ってね。
だってブー太郎の格好って見るからに魔物のオークだよね。まぁ基本大人しいし騒いだりはしないけど、こんな大男がいれば気になるだろうし足なんか裸足だよ?少なくとも町場に相応しい格好ではないし、いくらここが交易都市ミルガルでも視線の一つは送ると思うんだよ。フードを被ってるだけだしね。
後このフード、どうして顔が見えないの?そこまで目深に被ってないよね?前も見えてるし。口元が影で見えないっておかしいよね?」
あ、確かに言われてみれば。俺たち三人もボイルさんに言われて初めてハッとした顔になる。これっておかしいよね?
そんなボイルさんの質問に、いい所に気が付きましたねと言わんばかりの笑顔になるケビンお兄ちゃん。
「ボイルさん鋭いです。確かにボイルさんに言われるまでもなく凄い不自然ですよね、でも誰もその不自然さに気が付かない上にそれを自然と流している。全てはブー太郎に被せてるフードの効果ですね。
あれ、正確には俺用のフード付きの外套です。大きさの関係で頭巾の様になっていますが。闇属性魔力のインクで染めた目立たなくなるための装備ですね。まだ試作段階ですが効果のほどは見ての通り。本来は僕が羽織って実験するつもりだったんですが、良い検証結果が得られました。これで僕の“路傍の石計画”が一歩前進ですよ。いや~、良かった良かった」
・・・ボイルさんの質問に、サラッと飛び出したとんでもアイテム。これってもしかしなくても国家軍事機密クラスじゃん。
ボイルさんと僕らチビッ子軍団は無言で目を合わせ頷き合うと、ある魔法の呪文を唱えるのでした。
「「「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」」
本日二話目です。
気が付いたら投稿始めてから一月超えてた。
定期的に読んでくださる方もおられるみたいで、良かった良かった。
これからもよろしくお願いします。
いってらっしゃい。
by@aozora