それは始まった。
「俺は、生きている? でもさっき俺は・・・」
多くの者が混乱していた。彼らがいた場所、そこは戦場。広大な草原に進軍を果たした魔王討伐軍八万七千と魔王を擁護するホーンラビット伯爵家騎士団との戦い。
彼らは魔王の術中に嵌り、空から降り注ぐ大岩と大爆発を起こす魔力球による攻撃により殺される悪夢を見せられた、そう思っていた。
あのようなことが現実で起こりうるはずがない、あれは戦いでもなんでもない、一方的な虐殺、あのようなことが許されるはずがない。その証拠に自分たちは生きている、壊れ吹き飛んだはずの装備もそのままにこの戦場に立っているではないか。
誰ともなく口にしたその分析は瞬く間に拡散し、彼らは“狡猾の魔王”の卑劣な精神攻撃に憎悪にも似た敵意を膨らませた。
“ドグォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン”
天が落ちた。前線に出現した大規模な火炎魔法の壁、それは最早断崖と呼んでも差し支えのない長大で巨大なものであった。その炎が天空に吹き飛ばされた。
形を失い霧散する事なく、炎は空を焼き、渦を描いて巨大な炎龍へと姿を変えた。
届く熱風、これは夢でも幻覚でもない、紛れもない現実。
巨大な炎龍の顎は大地を覆い、ボルグ教国守護騎士団とボルグ王国軍五万を一瞬にして呑み込んでしまった。
あまりの光景に呆気にとられる義勇兵たち、彼らが撤退を決意するのに然程時間は掛からなかった。
だが魔王の手が彼らを逃がすことはなかった。降り注ぐ<ダークランス>が、荒れ狂う巨大な<ウインドカッター>が、無数のホーンラビットの突進が彼らの行く手を阻み、全ての命は刈り取られた、その筈であった。
「俺たちは、また魔王によって悪夢を見せられた、そういう事なのか?」
頬を撫でる夏の風、草原の草の香りが鼻を突く。見上げた空は青く、明るい日の光が・・・。
「なぁ、あれっておかしくないか? 俺たちがこの草原に到着したのって昼よりも全然前だよな。何で既に日が傾き始めているんだ?」
それは誰の指摘であったのか、大幅な時間の経過、陽光の位置は、それだけ時が過ぎていることを明確に示していた。
「・・・さっきまで俺たちが見ていた光景は幻覚なんだよな? 魔王に依って見せられた幻なんだよな? あの恐怖も、あの痛みも、俺は死んでなんかいない、俺は死んでなんか・・・俺はどうなっちまったんだ?」
そこは戦場、彼らは戦士、戦場で迷いを抱くこと、疑問を抱くことは多くの者に死を引き寄せる害悪。
“キュキューーー、キュイッ!!”
それは後方より聞こえた魔物の鳴き声。
“ピョコッ、ピョコッ、ピョコッ、ピョコン、キュキュ? コテンッ”
それはその場にはあまりにも似つかわしくないキュートな存在。
“““““ピョコッ、ピョコッ、ピョコッ、ピョコン、キュキュ?”””””
それは問い掛け、それは誘い、その存在は心の揺れる彼らに呼び掛ける、“一緒に遊ぼう?”と。
“フラ~”
一人、また一人と可愛らしい生き物に引き寄せられる義勇兵たち。心がすり減り限界を迎えてしまった彼らに、“可愛い”に抗う事など出来はしない。
“キュキュッ、キュキュイーー!!”
“シュタンシュタンッ、ドスッ、バタン、シュタンシュタンッ、ドスッ、バタン”
一体のホーンラビットの号令により走り出す複数のホーンラビットたち、彼らは無防備にもフラフラと近寄る義勇兵たちを、一人一人確実に始末していく。
“クワッ、クワックワッ!!”
“““““クワックワックワーーー!!”””””
戦場に小さな黒い影が走る。
“““““シュパンッ、ズパンッ、シュタッ、ズパンッ”””””
ズングリムックリとしたおよそ飛べるとは思えない鳥型の何かは、大地を蹴り、宙を走り、すり抜け様に義勇兵たちの息の根を止めていく。
「クソッ、あれは魔王の魔物だ、遂に魔王が本性を現しやがったんだ。お前らしっかりしろ!!」
「うるさい、あんなに可愛らしい存在が魔王の手先の訳ないだろうが!!
お前は敵だな、俺の天使を攻撃しようとするやつらは皆敵だ!!」
各所で始まる同士討ち、彼らには既に何が正しく自分たちが何故この場にいるのかも分からない。
“クワックワーー”
“““““クワックワックワーーー!!”””””
“““““ズドーーン、バゴーーン、バシーーン”””””
ぶちかまし、張り手、叩き落とし、突如始まるぶつかり稽古。大型コッコである首の輪コッコの洗礼は、命のやり取りを軽視した愚か者どもを、思惑ごと粉砕する肉体言語。
「クッ、またか。急ぎこの場を脱出する、我らは既に囚われている。これまでの悪夢をただの幻覚だと思うな、我らは我々は「クロッカス第三王子殿下、そのようなお寂しい事を。折角我がホーンラビット伯爵領にお出で下さったのです、心行くまで戦いをお楽しみいただきませんと、当主ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下が笑われてしまいます」・・・」
その美しい声は、混乱するその場の者たちの耳に溶け込むように入り込む。
「お、お前は、パトリシア・ジョルジュ嬢!!」
「嫌でございますわ、クロッカス第三王子殿下。先程も申し上げました通り、私は嫁いだ身。今の名はパトリシア・ワイルドウッド、ケビン・ワイルドウッド男爵様の妻でございます。
“我は剣、我は盾、我はこの大地を守りし戦士にして共にある者”」
“ブオッ”
突如パトリシアの背後に現れたもの、それはその場の者たちを見据える巨大なホーンラビットの幻影。
「“思いは形に、思いは力に。我が友よ、愛しきホーンラビットの御霊よ。我に宿り、共に我が敵を討ち滅ぼさん。憑依武装・兎月幻夢”」
巨大なホーンラビットの幻影がパトリシアに覆い被さる。瞬間パトリシアの身体が光輝き、ホーンラビットの戦士が顕現する。
“ブワサッ”
靡くマント、頭部からは長い兎耳が生え、額には特徴的な一角が現れる。
「あぁ、これがラビちゃん達の世界。周囲にいる人や馬、あらゆる存在が手に取るようにわかる。クロッカス第三王子殿下、王都学園在学中は大変お世話になりました。
学園卒業のパーティーで婚約破棄された時、あなた様は大変冷静であられた。あなた様はご存じだったのですね、ランドール侯爵家の計略も、王家の思惑も。
世間知らずの私はそうとは知らず大変取り乱してしまいました、今思えばとても見苦しい真似をしてしまったと汗顔の至りです。
ランドール侯爵家との戦い、一年戦争、王家は変わられたと思っていたのですが、ブライアント第二王子殿下の造反すらあなた様の御心には響かなかったのですね」
「パトリシア、私は・・・」
急ぎ何かを話そうとするクロッカス第三王子、パトリシアはそんな第三王子に柔和な笑みを向け、そっと口を開く。
「お別れです、クロッカス第三王子、そして側近の皆様。これは現実、幾度となく蘇ったとしても、それは決してあなた様方が祝福されているからではない。
あなた様方は確りと心に刻まなければならない、自分たちの愚かな選択が何を齎しているのかを」
“シュピンッ、ズサッ”
何かがクロッカス第三王子の身体をすり抜ける。冷たい感覚が、胸の奥を支配する。
「すぐに皆様も後を追う事になるでしょう。蹂躙は始まったのだから」
“““““ブモォォォォォォォォォォ、ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド”””””
土埃が立ち、巨大なグレートボアの群れが突進を開始する。
“““““ガァォォォォォォォン”””””
白く美しい巨大な魔獣レッサーフェンリルの群れが、凶悪な爪と牙で魔王討伐軍を惨殺する。
振るう剣は届かず、一方的に殺され続ける、これが自分たちの選択。
“シュパンシュパンシュパンシュパンッ、ズバズバズバズバ”
「ラビちゃんたち、頑張って~。ラビちゃんの敵は、ぜ~んぶ叩き切ってあげるからね~。アハハハハハハハ」
兎は跳ねる、狂乱の戦場を。パトリシアの笑い声は、混乱の極みに陥る義勇兵たちの心に深く刻み付けられるのであった。
―――――――――――――
「前面目標<キャッスルウォール>、撃て!!」
“バスバスバスバスバスバスバスバス”
それは不思議な形をした魔法杖であった。
バルカン帝国軍がダイソン公国に齎した石火矢を短くしたような形状、撃ち出された弾丸は全面に展開された<キャッスルウォール>に着弾すると、瞬時に周囲を石化させ、破裂音と共に粉々に破壊する。
「敵防御壁の破壊を確認、一気に中央へと攻め込みます。月白、クルン、自由戦闘を許します。敵を蹂躙し混乱を引き起しなさい。残月は私と一緒に中央を突破し、勇者までの道を切り開くように。
各自、己の役割を忘れぬように、ワイルドウッド男爵家の皆様を憂いなく勇者の下にお連れすることが、私たち使用人の役割と心得なさい。
特殊使用人部隊“月光”、使命を果たすのです」
「「「「「はい、月影メイド長!!」」」」」
・・・えっと、メイドって一体。何かうちの使用人さん方、めっちゃノリノリなんですけど。特殊魔法杖の使い心地は問題ないと、なら良かったです。
この魔法杖、マルコお爺さんと賢者母娘、月影と残月と蒼雲さんと私ケビンというマルセル村の技術者が総力を挙げて作り出した傑作。撃ち出される弾丸は土属性初級魔法の<クリエイトブロック>の応用で実際に弾丸として存在し、そこに各装填弾倉に登録された魔法式が付与される方式。つまり魔法銃って奴ですね。
しかも単一の魔法ではなく回転弾倉方式を採用する事で複数の魔法を状況に合わせて選択可能な優れ物。更に言えば撃ち出しは魔力反発を利用した高速射出方式、単純に弾丸を打ち出すだけで大概のものは破壊できちゃいます。
まさにロマン兵器、こんなもの御神木様に頼んで超高密度木材を作り出して貰わなかったら作れなかったわ。要は俺のロマンステッキの銃版ですね。
魔物鉄で作ればよかったのでは? チィッチィッチィッチィッ、分かってないな~。これは銃ではありません、魔法銃、魔法杖の一形態です。
いや~、あの熱い議論、燃えたね、めっちゃ燃えたね、大人のロマンって熱量が半端ないのね、スゲー楽しかった。
戦争は技術の進化を促すって言うけど、ロマンこそが全ての原点でしょう。ビバ、ロマン兵器!!
“ババババババババババババババババババババババババ”
「交代、魔力の過剰使用に注意せよ!! 次、掃討開始!!」
“ズババババババババババババババババババババババババ”
・・・よし、この兵器はワイルドウッド男爵家のお留武器としよう。こんなの世に放ったらまさに地獄絵図じゃん、在りし日の武器商人誕生じゃん。危ねー危ねー、早めに気が付いてよかったわ。
王都諜報組織“影”の耳目であるガーネットとリンダがモニターで見てるけど、さっき確認したら既に真っ白に燃え尽きてたから大丈夫でしょう。
いや~、これも日頃の行いのお陰だね、結果オーライって事で。
「新月、皆の魔力の方は大丈夫か? 足りないようならこちらから補充するから言ってくれ」
「ハッ、お心遣いありがとうございます。ですがまだ魔力の腕輪の魔力量は十分ですので大丈夫かと、念の為ベルガとルインどちらかの魔力残量が半分を切った段階でご報告させていただきます」
俺の言葉に敬礼しながら報告を返す新月、危ないからちゃんと周りを気にしなさい、周りを。因みにベルガさんとルインさんはお茶農家チームだと足手纏いになるからと使用人チームでの参加です。
まぁこっちは最新兵器での蹂躙の上、魔力が少なくても魔力の腕輪で補充されますからね。元々ダンジョン利用魔力徴収用に作った魔力の腕輪ですが、流用が効いて良かった良かった。って言うかこの最新兵器とのシナジー効果がヤバい。その辺の村人が一瞬にして一騎当千の兵士に早変わり、銃社会って危険だね、うん。
こうして順調に前進を続ける俺たちですが、相手は万の魔王討伐軍、当然生き残りが背後から襲い掛かってくる訳なんですが。
“キュキュキュイ~♪”
“““““キュキュキュ~!!”””””
紬の声掛けに気合を入れる縫製チーム。
“ワシャワシャワシャワシャ、シュパシュパシュパシュパシュパ”
彼女たちの両手から伸びた幾本もの極細の糸が周囲に広がったかと思うと、まるでその一本一本に意思があるように動き出し、襲撃者たちを血の海に沈めていく。
クッ、流石は縫製の専門家の下で修業した精霊女王と最上級精霊たち、糸の扱いが俺なんかより桁違いに上手い。って言うか中空にレース編みを展開しない、目茶苦茶悔しいじゃないか!! え、遊んでる訳じゃない? 周辺に魔法と物理の防御結界を張る魔法陣の役割があるの? アナスタシアから教わったと、へ~、凄いな~。
何か俺の周りが優秀過ぎてやることがない。
・・・これって大丈夫だよね、後から怒られないよね? 大丈夫という事にしておこう、戦争(お祭り)だしね。
こうして魔王討伐軍とワイルドウッド男爵家の対決は、怒号と絶叫の中、順調に進んでいくのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora