「月白、僕本当に心配したんだからね。あれほど無茶はしないでって言ったのに、ちゃんと分ってるの? 僕怒ってるんだよ?」
展望台に用意されたテーブルの一つ、多くの料理が並べられたそこでは、席に座るメイドに抱っこされた男の子が声を上げて注意を行う。
「はい、そうでございますね。月白はアルバ様の物、アルバ様にご心配をお掛けするなどもってのほか。本当に申し訳ありませんでした」
メイドは主人である男の子に謝罪の言葉を向けると、抱っこしている腕の力を強くして男の子を確りと抱き締める。
「月白、苦しいから、力入れ過ぎだから。反省してるんならそれでいいから、もうこんな真似をしちゃ駄目だからね」
「も、申し訳ございません、月白はちゃんと反省しております。その償いとして、生涯アルバ様のお傍でお仕えする事を誓います。
はい、アルバ様、ア~~~ン」
メイドはテーブルの料理を手に取ると、まだ幼い男の子の口にそっと向ける。男の子はまだ何か言いたそうな顔をするも、出された料理に口を付けモグモグと咀嚼する。
メイドはそんな主人の様子に相好を崩しながら、「まだまだございますよ、アルバ様」と言って次の料理に手を伸ばすのであった。
「ウ~~~、アルバ君、ママも頑張ったのに、ママもアルバ君に格好良かったよとか言って欲しいのに~~~!!」
「落ち着いて下さいパトリシア奥様、アルバ様はちゃんとパトリシア奥様のご活躍をご覧になっておいででしたから。しかしながら聖剣バルボアを破壊した月白の姿は迫力があったと言いますか、ある種感動すら覚えるものでしたので、普段共に過ごされるアルバ様がご心配なさったことは当然であったかと。
ここは一つ月白の活躍を褒め泰然となさる方が、アルバ様のパトリシア奥様に対する評価が上がるものと愚考いたします」
別の席ではパトリシア・ワイルドウッド男爵夫人が、アルバの世話を引き受けていたホーンラビット伯爵家のメイドに慰められている。
「ヴィーゼ君、お母さんの活躍みていてくれた? お母さん、ヴィーゼ君の為に頑張ったのよ?」
「マンマ、しゅごい」
“ピコピコピコ”
大きな蜘蛛の背中に乗った男の子が、母であるエルフ女性の活躍を褒め称える。その様子を微笑ましげに見つめる村人たちは、“ヴィーゼ君、ウマウマとか言ってずっとお料理を食べてたよね。全然アナスタシアさんの活躍を観てなかったよね”と思いながらも、その言葉をそっと胸の内にしまい込む。
ここは戦士たちの憩いの場、戦場から戻った者たちが己の戦いを振り返り、次の戦場へと気持ちを切り替える場所。
「のうケビンよ、少しよいかの?」
その言葉は次の戦いを待つホーンラビット伯爵家騎士団所属騎士ボビー・ソード男爵から掛けられた。
「先程の戦いじゃがの? 流石に勇者グロリアスが気の毒というか、儂らでもあそこまで勇者の心をへし折りにくるとは思わんかったでの」
「そうだな、ああも廃人のようになってしまった勇者では食い出がない、ゴホンッ、不憫に思えてしまってな。皆とも相談したんだが、ここは一つ趣向を変えた方がいいのではという事になってな」
そこにはホーンラビット伯爵家騎士団の二大巨頭鬼神ヘンリー・ドラゴンロード男爵と剣鬼ボビー・ソード男爵だけでなく、多くのホーンラビット伯爵家騎士団の者たちの姿が。
私、ケビン・ワイルドウッド男爵は「いや、さっきのは事故だったんです、だって聖剣が折れるだなんて誰も思わないじゃないですか。それに俺、ちゃんと直したし、聖剣バルボアにも“問題ない、むしろ生まれ変わったみたいだ”って言ってもらえたんすよ?」と言葉を返すも、何故か皆さんの視線は冷たくなるばかり。「やっぱりケビンはケビンだよ」って何なんですかその残念な物を見るような視線は、結構傷つくので止めていただきたいんですが。
「まぁまぁ皆さんもケビン君も落ち着いて、ケビン君、これまで色々準備をしてきてくれてありがとう。本来であれば私たちは魔王討伐軍に滅ぼされていたか、少なくとも故郷マルセル村を失い放浪の旅に出ざるを得なくなっていただろうことは想像に難くない。
それをこうした祭りという形で村人たちの娯楽に変えてくれた、これは偏にケビン君が齎してくれた功績に他ならない。ホーンラビット伯爵領を治める長として、心から感謝の言葉を送らせてもらうよ。本当にありがとう。
その上でそろそろ今回の祭りを締めにしようという話になってね。これはマルセル村航空隊の子供たちを始め、皆がそれぞれ満足のいく形で活躍してくれた事も大きいかな。
だから最後の締めに相応しい出し物をお願い出来ないかなという話なんだよ」
言葉を向けてきたのはホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビット伯爵。そして何故か俺の斜め後ろに控える月影と残月が、「準備は滞りなく整ってございます」と言って頭を下げる。
「・・・えっ、もしかしていつものアレをやれと? アレをやったら、マジで世界の敵なんですけど?」
「「「「「イヤイヤイヤ、今更だし。誰がどう見てもケビンは魔王様だし」」」」」
そう言い期待に満ちた目を向けるマルセル村の修羅ども。
「あの、一つ確認したいんですけど、皆様は勿論魔王軍に「「「「「我らホーンラビット伯爵家騎士団、人類最後の砦として命を賭して戦い抜く所存!!」」」」」ですよね~、分かってたよコンチクショウ!!
それじゃ、魔王軍対魔王討伐軍って事ですね。でもそうなったら大福先生と畑の守護神たち、他もろもろも参戦しますけど、いいですよね」
「「「「「むしろご褒美です、流石魔王カオス様、懐が広い!!」」」」」
こうして次の対戦を最終戦とすることが決まり、マルセル村の夏祭りはフィナーレを迎えることとなりました。
まぁ本音を言えばいつまでも遊んでばかりもいられないというのが本当のところ、今は夏の収穫期、これから秋の収穫期も待っている。白騎士隊のお陰で暫くは収穫作業をお願い出来ると言っても、頼りきりになる訳にもいきませんからね。
俺は業務連絡で“マルセル村夏祭り最終決戦、参加者募集”の連絡を送ると、第四回魔王討伐軍侵攻作戦の準備に取り掛かるのでした。
――――――――――――――――
そこは何もない暗闇。音もなく、光もなく、自分の存在すら希薄な虚無の空間。自分は一体誰なのか、自分はなぜこんな所にいるのか、そんな疑問を持つ事もなくただこの暗闇に溶けていく。
“わ~~、ちょっと不味かったですかね。一度リセットを掛ければ再起動してくれると思っていたんですけど、甘かったかな~。でもまぁ完全に壊れちゃった訳じゃないんで、声は聞こえていると思いますけどね。
こんにちは勇者グロリアス、自分が信じて疑わなかったものがあっけなく崩れ去ってしまった気分はどうですか?”
その声はこの何もない暗闇に確かに響いている。その声に釣られるように、自分の意識が形を持ち始める。
“勇者・・・グロリアス・・・。そうだ・・・私は勇者、光の勇者グロリアス・ブリッジ。私は一体・・・”
“おぉ、流石はナミビア王国の勇者、人類の希望グロリアス・ブリッジ。精神力の回復も人並み外れてますね。恐らくですが新しいスキルに目覚めていると思いますよ、精神耐性とかね。俺もね、何度かあったんですよ、とんでもない体験をした事が。あの時は酷かったな~、後で調べてもらったら精神耐性系のスキルが上位スキルに変わってましたよ、全然笑えませんけど。
まぁ俺のことはいいんで起きてもらえますか? 勇者パーティーの方々が酷く心配されてますし、説明したい事もありますんで”
声は言う、“勇者パーティーの仲間が心配している”と。バニア、セレーナ、コーネリア、オルガノ、共に戦ってきた私の大切な仲間たち。
“ガバッ”
「グロリアス、大丈夫なのか? 身体におかしなところはないか? いつまでも目を覚まさないから心配したんだぞ」
「よかった、本当によかった。グロリアスがこのまま目を覚まさないのかと思ったら私は・・・。グロリアス、私のグロリアス、あなたのいない世界なんかいらない、私は、私は」
今にも泣きそうな顔をして心配げに私の事を見つめるバニア、泣き崩れ胸にしがみ付くセレーナ、そんな二人の後ろから辛そうな顔をして私を見つめるコーネリアとオルガノ。
「すまない、心配を掛けてしまったみたいで。私は大丈夫だ、本当にごめん、そしてありがとう」
自然と零れる謝罪と感謝の言葉、ゆっくりと身体を起こし周囲に目を向ければ、サルーン騎士団長をはじめとした守護騎士団の者たちが私たちを心配そうに見つめている。
「目を覚まされましたか、勇者グロリアス。一時はどうなることかと心配しましたが、何とかなってよかったですよ」
不意に掛けられた声にそちらを振り向く。聞き覚えがあるものの一体誰のものだか分らず、その人物に目を向ける。
「あぁ、まだ意識が戻ったばかりで状況がよく分からないといったところでしょうか。私の名はケビン・ワイルドウッド男爵、皆さんが魔王と呼んで討伐しにきた者です。無論本人ですよ? どうぞお見知りおきを」
それはあまりにも大胆な宣言、ここは魔王討伐軍の中心、周囲を八万七千の軍勢に囲まれている中自身を魔王と名乗るこの人物は、恐怖という言葉を知らないのだろうか。
「おや、ご心配いただいているようで、何か申し訳ない。ですが既に皆さんは体験なさっているはずです、そして理解されている。この場で殺されたとしてもどうせまた蘇ってしまう、ここは終わりのない戦場であるという事を」
ケビン・ワイルドウッド男爵の言葉にこの場の者たち全員の動きが止まる。そう、ここは終わる事のない戦場、死は人生の終わりでも解放でもない、次の戦場へ向かう入り口に過ぎないという事を思い出させられる。
「えっと、この場の代表者は誰になりますか? 勇者グロリアスは当然として、魔王討伐軍の代表者がおられると思うのですが」
「それは私です。現在勇者グロリアスからの権限移譲を受け、魔王討伐軍の指揮官を務めておりますボルグ王国守護騎士団・騎士団長サルーンと申します。家名はありません、守護騎士団の者は何者にも縛られず女神様にお仕えする為に、家との繋がりを断つ習わしがありますので」
サルーン騎士団長の言葉に「流石は宗教国家ボルグ教国の守護騎士団。俗世を断って女神様に仕えるというその覚悟、見事です」と感心するケビン・ワイルドウッド男爵。
「ではサルーン騎士団長にお聞きします。サルーン騎士団長は魔王討伐と聞かされてどのような物を想像されましたか? これは実務的なものではなく個人的な感想、夢物語でも結構です」
ケビン・ワイルドウッド男爵からの唐突で意味不明な質問に暫し考えを巡らせたサルーン騎士団長は、何かが吹っ切れたような笑みを浮かべると口を開く。
「そうですね、やはり私にとって魔王討伐軍と言われて思い浮かぶものは四千年前の最悪の魔王デビルトレントの伝説でしょうか。強大な魔物、人類の命運を賭け脅威に立ち向かう。この年になってこんな事を言っては笑われてしまいますが、私も勇者の英雄譚に憧れる男の一人ですので」
そう言い照れ臭そうに笑うサルーン騎士団長に笑顔を返すケビン・ワイルドウッド男爵。
「そうですよね、男の子であれば誰しもが一度は憧れるもの、それが勇者であり勇者物語ですものね。かくいう私も昔は勇者物語にどっぷり嵌った口でしてね、村の者たちからは勇者病<仮性>重症患者などと呼ばれたものです。
そう、勇者とは人類の希望、魔王討伐軍と共に強大な敵である魔王に立ち向かってこそ。そうした意味ではこれまでの戦いは趣に欠ける、端的に言えばロマンがない、そうは思われませんか?」
ケビン・ワイルドウッド男爵の言葉に何と言ったらよいのか分からないといった表情になるサルーン騎士団長。そんなサルーン騎士団長の事など構わないとばかりにケビン・ワイルドウッド男爵は言葉を続ける。
「皆さんに一つお知らせします。この度の魔王討伐軍侵攻作戦は、次の戦いをもって終了となります。皆さんがまだ続きをしたいと言うのでしたら別ですが、強制的に繰り返される死は、次の戦いで終わると考えて下さってかまいません」
ケビン・ワイルドウッド男爵は今何と言ったのか、この無限地獄が終わる? 我々は解放されるという事なのか!?
「次の戦いはロマンです。現実であり幻想、皆さんは強大な魔物を率いる魔王カオスと戦っていただきます」
“パチンッ”
“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ”
ケビン・ワイルドウッド男爵の指が鳴らされた瞬間、地鳴りが響き大地から巨大な何かが姿を現す。あれは一体・・・。
「魔王城、やはり勇者と魔王の戦いと言ったら魔王城は外すことが出来ないでしょう。元々勇者ジェイクがマルセル村を旅立つ前に行う劇の為に準備していた物だったんですが、今回急遽使う事としました。
この戦いは魔王軍対人類、ホーンラビット伯爵家騎士団は皆さんの味方として参戦しますのでご安心を。
そして魔王カオス役はこの私、ケビン・ワイルドウッド男爵が務めさせていただきます。
皆さんが夢見た憧れの戦い、本当の地獄の始まりです。どうぞ心行くまでお楽しみください」
ケビン・ワイルドウッド男爵はそう言うや、胸に手を当て静かに頭を下げる。そしていつの間にかその存在は消え、そこには何もない空間が現れる。
「サルーン騎士団長、今の話は一体・・・」
「私には何とも。ただこれまでの経緯を考えますと、ケビン・ワイルドウッド男爵が言った事は実行される、そういう事で間違いないでしょう」
突如出現した城、姿を消したケビン・ワイルドウッド男爵。混乱する私たちに、その声は唐突に掛けられた。
「何か難しそうな顔をしているが、祭りが始まるのは事実だぞ? ホーンラビット伯爵家騎士団及び村人数名、これよりサルーン騎士団長の旗下に入る。敵は強大、様子見などをしようものなら一瞬にして全滅させられるぞ?
日も大分傾いてきた、楽しい宴といこうじゃないか」(ニチャ~)
それは私たちを何度も全滅させてきた狂気の集団、ホーンラビット伯爵家騎士団。私たちはこれから一体何をさせられるのか。
私はこれまで敵として戦ってきた魔王討伐軍の中に堂々と入り込み、共に戦うと宣言し獰猛な笑みを浮かべるホーンラビット伯爵家騎士団の姿に、この先どんな地獄が待っているのかと戦慄せずにはいられないのだった。
八が三つ~、なんか目出度い。
いってらっしゃい。
by@aozora