転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第890話 蛮族の宴、夢の終わり

風が流れる、広く果てしない草原はまるで海原のように波立ち、天より注ぐ月明かりがその幻想的な光景を照らし出す。

そこは戦場、侵略者の侵入を防いでいた長大な街壁も、魔王の威厳を讃えていた魔王城の威容も、人類と魔王軍との戦いの中で崩れ去った。

男たちは何を思い戦いに臨んだのか、女たちは何を願い戦いに散っていったのか。

(つわもの)どもが夢の跡、街壁の残骸も、魔王城の城跡も、その痕跡の一切が消えた大地では、夜風に吹かれた草原がざわざわと音を立て波間を形作る。

 

“コトッ”

草原の隅、マルセル村の村門脇に聳える展望塔、その屋上展望台のテーブル席に腰を下ろし、静かにワイングラスを傾ける者が一人。

中空には幾つものモニター画面が広がり、夜風に揺れる月夜の草原の様子を映し出す。

 

激しい戦いがあった、人類の存亡を賭けた絶望的な戦場、戦士たちは剣を振るい、魔法を放ち、己の持てる力を賭して戦いに臨んだ。

戦い、傷付き、それでも戦う事を諦めなかった者たちが最後に見たものは、大地から吹き上がる原初の炎に焼かれ滅びていく魔物の姿と蒸発するように燃え落ちる自分たち、そしてそのような豪炎の中でも楽しげに笑みを浮かべる超常の大厄災の姿であった。

 

「ここは一体・・・、我々は、戦いは終わったのか」

天に煌めく美しい星々、降り注ぐ月明かりが、夜の暗闇の中でも自身の姿をはっきりと映し出す。

戻る意識、そこで初めて自身の違和感に気付く。その身を覆っていた頑強な甲冑は消え、腰のロングソードも見当たらない。装備はなく、騎馬もおらず、簡素な衣類と布の靴を履いた自身の姿に、これまでとは違う何かが起きていることに気付かされる。

 

草原にざわめきが広がる、八万七千の戦士たちは、自身の置かれた状況に戸惑いつつも、自分たちが敗北したのだという事を理解する。

 

“パンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッ”

人々が戸惑う中、何処からともなく拍手の音が響く。音のする場所を探していた者たちは、上空に浮かぶ巨大なモニター画面とそこに映る漆黒のコートを着た黒ずくめの人物を視線に捉える。

 

『やぁ、魔王討伐軍の皆さん、お疲れ様。素晴らしい闘志、素晴らしい闘争、始まりの動機がどうであれ、最後に見せたあの戦いは魔王討伐の歴史に残すべき伝説的なものであったとこの僕が保証するよ。

本当にいい物を見せてもらったよ、この戦いを後世に伝える手段が乏しいことが悔やまれる、僕は歴史研究家のような描写力も吟遊詩人みたいな文章力もないからね。歴史的な事実を叙情的に謳い上げ後世に長く伝える吟遊詩人たちの才能って本当に凄いよね、僕も初めて聞いたときは感動したものだよ、街の片隅の酒場が王都の大劇場のように思えたからね』

巨大モニターの男は、楽しげに、地獄の戦場で起こったすべての出来事を愛おしそうに振り返る。

 

『この戦いの始まり、それはボルグ教国の大聖堂で行われた魔王発生と魔王討伐軍発足の発表。聖剣バルボアを掲げ勝利を誓う勇者グロリアス・ブリッジの姿は本当に格好良かったよね~。旅の末辿り着いたスロバニア王国王城の夜会で行った演説やオーランド王国王都での出発行列の光景は今でも目に焼き付いているよ。

多くの人々に慕われ困難に挫けず前に進む勇者グロリアスの姿は、まさしく人類の希望そのものだった、僕も陰ながら応援した甲斐があったってものだよ』

 

モニターの人物の言葉、それはこの戦いの始まりから自分たちはずっと観察され続けていたというもの。

 

『信じられないかな? てっきり君たちも気が付いているものだと思っていたんだけど。冷静に考えて八万七千もの軍勢が、街道沿いの各貴族家や地域住民となんの諍いもなくこの地に辿り着くだなんてありえないからね?

いくら勇者グロリアス・ブリッジの<統率>が優れたスキルだからってこんなにお行儀のいい行軍は不可能だから。

でもそんな汚い大人の事情なんて、勇者や魔王討伐軍に憧れる子供たちに聞かせる訳には行かないでしょう? 夢は夢のままに、憧れは永遠に、僕も頑張らせていただきました』

 

勇者グロリアスとサルーン騎士団長は戦慄する、これまで謎であった順調過ぎる行軍の秘密、それはまさに目の前の人物による干渉であったのだから。

 

『それとね、この戦いにも少し手を加えさせてもらったんだよね。君たちは不思議じゃなかったかな? なんで何度も死を経験しているはずなのに自分たちは立ち上がる事が出来たのかって。

普通そんなことはないよね、大きな盗賊団の討伐で奇跡的に命の助かった騎士が翌日から原隊に復帰するなんてことがどれほど凄い事か、魔獣の討伐で運よく全滅を免れた冒険者が復帰せずに別の道に進むなんてことはよくある話だもんね。

だから僕の方で君たちの精神状態にある種の干渉を行わせてもらったんだよ。この戦場で受けた精神的負担がある一定を超えた場合、それをこちら側で引き受けるっていうね。

弓聖オルガノだったら知っているんじゃないのかな。“平常心の指輪”、森を愛し自然と共に生きるエルフ族が、己の心の弱さを克服するために作り上げた魔道具。罪悪感や恐れ、恐怖や戸惑い、戦場に於いて余計とされる負の感情は、こちらで肩代わりさせてもらっていたって感じかな。

それでも勇者グロリアスが壊れちゃったときには本当に焦ったよ、何事も絶対はないってことを勉強させてもらったよ』

それは信じられない告白、自身の実力であると信じて疑わなかった勇敢な戦いは、目の前のナニカによって支えられていたという事実。

 

『装備がないのは最後に放たれた原初の魔法によって消滅しちゃったからだね。アレは駄目だね、神器に関しては急いで回収したからから無事だったけど他はね。本当に人間って凄まじいよね、だから君たち人間を見続けるのは止められないんだよ。愛すべき人類って奴だね』

“ガタッ”

ナニカは椅子から立ち上がり、鷹揚に両手を広げる。

 

『戦いは終わった、君たちの魔王討伐軍としての役割は終わりを迎えた。残念ながら今回は敗北に終わってしまったけど、君たちはまだ生きている。志があるのなら挑むがいい、農閑期のホーンラビット伯爵領は君たちの訪れを歓迎することだろう。

恐れを、焦りを、憎しみを、ありとあらゆる負の感情を制約してしまったことを心から詫びよう。この地で感じ取り学んだことは全て君たちのものだ、こちらの都合でどうにかしていいものではなかった。

今こそ返そう、君たちの戦いの証を。心の試練を乗り切り、真の戦士として歩み出してほしい。

愛しき人間たちよ、これからもその眩しいばかりの命のきらめきを僕に見せつけてくれ』

“フッ”

中空の巨大モニターが消える。その場に残された者は、八万七千の敗者たち。

 

「「「「「「「「「「・・・あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、苦しい苦しい苦しい苦しい、ギヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」」」」」」」」

上がる悲鳴、轟く叫び声、助けを求め、苦しみもがき、泡を吹き白目を剥き、身体を震わせ全身をビクビク痙攣させるも、終わることのない負の感情の流入。湧き上がるそれは、本来自身が感じていたはずのもの、戦う上で負担になると判断され抑え込まれてきた思い。

 

「「「「「「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」」」」」」」

暴れ回り、自身を傷付け、周りの者に襲い掛かり、噛み付き、絞め殺し、他者を攻撃することで自身の安らぎを得ようとするさもしい行動。

その光景を展望台から見下ろすナニカは、懐かしいような優しげな視線を向けながら背後に控える者に言葉を向ける。

 

「トライデント、彼らのことを頼めるか? おそらく今夜いっぱいは掛かると思うが、様子を見て駄目そうなら例の物で強制的に終了させることとしよう。

しかしアレに精神的損傷の修復と緩和なんていう医療効果があるって知った時は腹を抱えて笑ったけどね。鑑定のお礼に壺に詰めて厳重に密封したものをジェイク君にあげたけど、いつか活用してくれると嬉しいかな?

アレは僕の大傑作だからね、明日の朝がどうなっているのか、ちょっと楽しみではあるかな?」

そう言いニコリと微笑むナニカに執事は慇懃に礼をすると、「後のことはすべて滞りなく」と言葉を返しその場を離れていく。

 

星々が煌めき美しい月の輝く夜、祭りの余韻はいつまでも草原に響き渡るのであった。

 

―――――――――――――

 

「おはようございます、長らく不自由をお掛けし申し訳ありませんでした。一応の決着が付きましたので、再び王都にお戻りいただけるようになりました。ことの詳細は伊織を通じお知らせしてありますが、これからもワイルドウッド男爵家王都屋敷での業務の方、よろしくお願いします」

農家の朝は早い、朝露がきらめく果菜類の収穫作業を終えた俺は、畑脇に建つ二つの屋敷のうちの一つを管理する妙齢の女性に声を掛ける。

 

「いえ、不自由など。この数カ月のマルセル村での日々は、私に新しい世界を教えてくれました。大賢者シルビアと賢者イザベルの教えは生涯の宝、とはいっても私はすでに亡くなっているのですが」

そう言い柔和な笑みを浮かべるアーメリア様。いつの間にかアンデットジョークも覚えられた模様、これ絶対シルビア師匠が教えたでしょう、まぁマルセル村の暮らしを楽しんでいただけていたのならいいんですけどね。

 

「伊織、ジェームス、ドーバン、これより王都へ戻る。後のことは昨日話した通りだ、よろしく頼む」

「「「はい、旦那様」」」

屋敷前で慇懃に礼をする王都屋敷の使用人たち、俺は彼らと屋敷を影空間にしまい込むと、次の目的地に向け歩を進めるのであった。

 

「御神木様、おはようございます。司祭やシスターたちもおはよう。前にも話したが君たちには国へ帰ってもらうことになっている。その後君たちがどうするのかは君たち次第だ、ただ御神木様より教わった信仰に対する向き合い方については、今後ともよく考えてほしい」

俺は礼拝堂に着くと、朝のお務めを行っているご神木様と異端審問官たちに声を掛ける。

 

「うむ、おはようケビン。こちらの準備は出来ているぞ」

御神木様がサッと手を上げると礼拝堂前に集まる異端審問官たち。

 

「御神木様、短い間でしたが我々をお導きくださりありがとうございました。御神木様からいただきました教えを胸に、これからも女神さまと共に歩んでいきます」

「「「「「御神木様、本当にありがとうございました」」」」」

御神木様に対し深々と礼をし、これまでの感謝を伝える異端審問官たち。御神木様は小さく頷きながら、「元気で暮らせよ」と短い言葉を贈る。

 

“カチャッ、スーーーーーーッ”

俺は魔力障壁結界で扉を作ると、そこに精霊の鍵を差し込みゆっくりと開く。開かれた扉の向こうにはどこまでも広がる広大な草原と小さな池、池の隣には二階建ての屋敷が佇んでいる。

 

“““““ドコドッ、ドコドッ、ドコドッ、ドコドッ、ドコドッ、ドコドッ”””””

そして草原を駆ける何十何百という馬の群れ、草を食みのんびりとするものや並足で散歩するものなど過ごし方は様々。

この馬たちは皆今回の魔王討伐軍遠征に使われた軍馬たち、一度はその命を儚くしたものの、秘かに救出しフィールド型ダンジョンの隔離エリアで治療を施していたものたちです。

 

それじゃ第一回以降の戦闘で使われていた馬たちは何かと言えば、ダンジョンにより精巧に作られたコピー、正確には馬型ダンジョンモンスターだったんですね~。コピーを作るにも一度ダンジョンに取り込む必要があった為、馬さんたちには一回亡くなってもらう必要があったって訳です。

馬さんたちには可哀想なことをしましたが、こうして回復してくれてよかったよかった。昨夜のうちに回収し、例のリュック装備の精霊の庭に移っていただいておりました。

 

「それでは皆さんをボルグ教国までお送りいたします。こちらの扉から精霊の庭に移動してください、到着いたしましたらお知らせいたします」

俺からの掛け声に、それぞれの荷物を抱え精霊の庭に入っていく異端審問官の方々。俺は最後の一人が中に入ったことを確認すると、扉を閉め、魔力障壁結界を消し去ります。

 

「ケビンよ、してこの後は予定通りであるのか?」

「そうですね、臭いの元はしっかり断たないと、馬鹿は馬鹿を繰り返しますから」

俺はそう言うと、この場での最後の仕上げに取り掛かるのでした。

 




おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora
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