“アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア”
恐怖の夜が明ける。終わる事のない狂気、内から溢れる負の感情は心を侵し、精神を砕き、大地を朱に染める。
魔王討伐軍侵攻作戦に参加した八万七千の従軍者は、等しく死を繰り返した。上空から落下する超重量の大岩に潰され、風属性魔力の魔力球に吹き飛ばされ、剣で切られ、大規模魔法に消され、炎龍に焼かれ、ホーンラビットに貫かれ、魔法弾に撃ち抜かれ、巨大な骨に吹き飛ばされ、影から伸びた槍に貫かれ、この世のものとは思えないような神話級の魔獣の群れに蹂躙され、大地の怒りにより消し炭にされた。
それは戦いと呼べるようなものではなかった、一方的な虐殺、作業のように殺され続けた魔王討伐軍に待っていたものは、受け続けた死の恐怖によって生じる負の感情の清算であった。
戦いの果てに待っていたもの、それは逃れようのない本当の地獄であった。誰も救う事は出来ず、誰も救いの手を差し伸べてはくれない、そんな終わりのない無間地獄。
それは永遠とも思える一夜であった、悪夢そのものであった。
殺し殺されるも、何度でも蘇る。狂気は狂喜を呼び、大地に撒かれた糞尿と吐瀉物は、鮮血の花により彩られる。
『アー、アー、コホンッ。皆さんおはようございます。今朝の目覚めはいかがでしたか? 朝の光の眩しさに、生まれ変わったかのような感覚を覚えた方も多数おられたかと思います。
そんな皆さんにささやかな贈り物がございます。先ずはその身を整えましょうか、<広域浄化・エリアクリーン・エリアキュア・エリアパーフェクトヒール>』
“ブワ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~”
眩いばかりの光が草原に広がる。柔らかく温かいその光は、擦り切れた心を優しく包み込む。
『さて、どうですかね。ボルグ教国の騎士と兵士の方々は流石ですね、この過酷な試練を乗り越えられた方が多数見られますね。義勇兵の方々の中にも頑張られた方が結構いるようですね、素晴らしい。
勇者パーティーの皆様は・・・あまりよろしくないようですね。勇者グロリアスは流石です、あなたは今回一番多くの死を経験したにもかかわらず、立ち上がった。その気高き姿は称賛に値します。
皆様が相当な痛手を負いながらも立ち上がろうとする姿は本当に美しい、私はそんな皆さんを応援していますよ?
さて、肝心の贈り物をお渡ししましょう。大丈夫、この日の為に全員に行き渡るよう準備しましたので。<広域個別結界>、ではその手に取ってお楽しみください』
それは直径二メート半、高さ三メート程の筒状の結界。その中に一人一人が閉じ込められ、地面が黒い影に染められる。そして影の中から布状の何かが姿を現した次の瞬間。
““““““““““グウォォォォォォォ、バタバタバタバタバタバタ””””””””””
唸りを上げ、のた打ち回り、白目を剥き口から泡を吹いて倒れる人々。それは屈強なボルグ教国の守護騎士たちも例外ではなく、地獄の一夜を乗り切ったナミビア王国の希望、光の勇者グロリアス・ブリッジですら一瞬にして意識を失うほどの物であった。
『眠れ戦士たちよ、嘗て魔国で開かれた魔都総合武術大会において猛威を振るい国内持ち込み禁止を言い渡された最臭兵器“ハイパー腰巻DX”。これはそんな危険物にドラゴンの涙と世界樹の葉の煮出し汁を加え、嗅覚麻痺を癒す事で常に新鮮な腰蓑ワールドを体感できるように改良を加えた至高の逸品、“ハイパー腰巻DXアルファー”。
副次的効果として持続的に精神の傷も癒してくれる優れ物、心行くまで堪能して欲しい』
影が広がる、草原の倒れる魔王討伐軍八万七千の従軍者が、結界と共に影の中に沈んでいく。
祭りの終わり、オーランド王国の最果てホーンラビット伯爵領マルセル村の夏祭りは、こうして幕を閉じたのであった。
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“パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ”
ホーンラビット伯爵家本邸前には騎乗した騎士が揃い、当主ドレイク・ホーンラビット伯爵の言葉を待つ。
屋敷玄関前に立つホーンラビット伯爵は、騎士たちの顔を見回してから口を開く。
「ホーンラビット伯爵家騎士団の皆さん、この度は初めての夏祭り、お疲れ様でした。正直このような催しはあまり胃によくはないのですが、こればかりは相手あってのこと、ホーンラビット伯爵領を預かる者として甘んじて受け入れなければいけませんね。皆さんの中からは毎年の恒例行事にしたいとの声もお聞きしておりますが、負担が大き過ぎます。
今後このような祭りが開催されない事を切に願わずにはいられません。
さて、これからの予定ですが、夏祭りの結果をお知らせしなければならない方々がおりますので、王都へ向かう事となります。
報告会自体は然程時間は掛かりませんので、終了後は王都観光をお楽しみください。
ではケビン・ワイルドウッド男爵、後を頼みます」
挨拶を終え、騎乗されるホーンラビット伯爵閣下。俺は後を引き継ぐ形で簡単な説明を加えます。
「はい、ホーンラビット伯爵家騎士団の皆さん、昨日はお疲れ様でした。というか一番大変だったのは俺です!! しかもこの後各方面にご挨拶に行かないといけないって言うね、本気で誰か代わって欲しいくらいですよ、まったく。
ではいつもの影移動です、中にマルセル村に避難していたワイルドウッド男爵家王都屋敷の者たちがおりますので、暫くそちらでご休憩ください」
“スーーーッ”
地面から立ち上がる黒い壁、ギースさんの「総員、出立!!」の声に、颯爽と影壁の中に入っていくホーンラビット伯爵家騎士団の面々。
「それではミランダ奥様、デイマリア奥様、ロバート様、バーミリオン様、マリアンヌ様、王都へ行ってまいります。
何か不測の事態がございましたら、妻パトリシアにお申し付けください。
パトリシア、後のことを頼む」
「はい、旦那様。無事なお帰りをお待ちしております」
“スーーーッ”
影壁が消える、俺は上空へ飛び上がり、王都に向け飛び立っていく。
家族の無事を祈る者がいる、故郷に待たせている者たちがいる。
俺は必ず無事に帰ってくると心に誓い、マルセル村の空を後にするのだった。
――――――――――――
その日、王都の空は晴れ渡っていた。夏の空は深い青に染まり、疎らに浮かぶ雲は、強い日差しを浴びより一層その白さを際立たせる。
「おい、アレは何だ?」
王都北街門、そこから続く街道に突如現れた真っ黒な何か。北街門を守る門兵は、すぐさまその異変を上司に知らせ、異変の発生は王城へと送られる事となった。
“パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ”
それは馬の蹄の音、真っ黒な何かから次々と現れた者は、騎乗した騎士の一団。先頭を行く者は旗竿を掲げ、夏の街道に長旗を靡かせる。
「誰か、あの長旗に描かれた紋章を確認しろ!!」
「ハッ、<遠見>・・・盾の中に横向きのホーンラビット、ホーンラビット伯爵家の紋章を確認!!」
ホーンラビット伯爵家、それは辺境の蛮族と呼ばれ、王都の兵士たちから最も恐れられている狂人の集まり。
「ホーンラビット伯爵家だ、急ぎ王城に伝令を走らせろ!! 北門前の馬車を退けさせろ、場所を開けるんだ、急げ!!」
「隊長、門はどうしますか、今からなら閉門も出来ますが」
「・・・止めておこう、どうせアイツらに破られる。一年戦争の時、南門前を全王宮騎士団員と貴族の私兵によって塞いだ結果がアレだ、無駄に被害を増やすことは避けたい。やたらに門を閉めたりすれば、怒りに任せて破壊しかねん」
門兵隊長の声が北街門前に響く。門兵たちに誘導され門前の馬車が退けられた時、彼らはそこに現れた。
「注目!! 我らはホーンラビット伯爵家騎士団の者である。
我らはホーンラビット伯爵家に仇なす者を許しはしない、どのような大義名分を掲げようとも、我らは我らの暮らしを奪おうとする者に決して屈したりはしない!!
クロッカス第三王子並びにマルス侯爵をはじめとした王都中央貴族の者たちは、ホーンラビット伯爵領を、我らの故郷を蹂躙せしめんとした。この罪、万死に値する。
我らは命を賭し、ホーンラビット伯爵家の名誉を守る為戦う者である!!」
““““““““““ブウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォぉォォォォォォォォォ””””””””””
力が爆ぜる、ホーンラビット伯爵家騎士団たちから膨れ上がった膨大な覇気と魔力、その荒れ狂う激流が、王都北街門を起点として王都を飲み込んでいく。
男も女も、年寄りも子供も、騎士や冒険者、商人や役人、貴族も学生も王族さえも、一切の区別なく力の奔流に包まれる。
「なぁケビン君、今更こんなことを言うのもなんだけど、これって大丈夫なのかな? 周りの人たちがみんな腰を抜かしてるんだけど」
ホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビット伯爵は、先頭の旗竿を持つ騎士ケビン・ワイルドウッド男爵へ心配げに言葉を向ける。
「ご安心ください、我が家の残月とトライデントが皆様の覇魔混合を絶妙に調整し、全ての王都民が小便ちびってガタガタ震える程度になるように、個々人に対する圧を変更しておりますので。絶対に気絶などさせないことをお約束いたします。
残月、トライデント、一人たりとも逃がすなよ? 四歳以下は免除で」
「「畏まりました、御主人様(マスター)」」
ワイルドウッド男爵のすぐ傍に音もなく現れ、慇懃に礼をする執事姿の男女、ホーンラビット伯爵は「いや、そういう事じゃないんだけどな~、まぁケビン君だし」と呟き顔を引き攣らせる。
「我らホーンラビット伯爵家、王家の真意を問う為王城へ登城する、道を開けられよ!!」
“““““ガサガサガサガサ”””””
腰を抜かし道に倒れる門兵たちが、慌ててその場から這って逃げる。オーランド王国が決して怒らせてはいけない者たちを刺激してしまったという事実を知る者たち程、その恐ろしさを理解する。
一年戦争の時、十二万の貴族軍をたった二万足らずの兵士たちで殲滅したダイソン公国軍、そんな悪魔のような軍勢をたった三十騎の騎兵で屈服せしめ、王都に残る兵力をたった八騎で戦闘不能にしたホーンラビット伯爵家騎士団。
その刃が明確な敵意を持って王都に向けられた。
彼らは止まらない、止められない。一度標的を決めたら最後、目的を果たすまで突き進む。それがどれほど荒唐無稽と笑われるようなことでも関係ない、彼らがそうすると決めた以上それはなされるのだ。
道が割れる、人々は畏怖の気持ちを抱きながら、彼らが立ち去ることを心から願う。ホーンラビット伯爵家騎士団の一行は、まるで無人の荒野を行くがごとく、王城に向け馬を進めるのであった。
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「なに、ホーンラビット伯爵家が来たと申すのか」
この時がついに訪れた。
魔王討伐軍の侵攻、オーランド王家は王国としてボルグ教国の決定に反対し、協力を拒絶した。これはホーンラビット伯爵家を恐れてといったものだけでなく、ボルグ教国の在り方が余りに自分勝手であり、オーランド王国の主権を無視した一方的なものであったからに他ならなかった。
だが、国内貴族を抑える事が出来なかった。中央貴族派閥に属する者たちは第三王子クロッカスを担ぎ上げ、教会の枢機卿たちと手を組み自分たちこそが次代の指導者であると豪語してはばからなかった。
「すべては一年戦争から、いや、あの戦いが起きた時点でこの結末は決定していたのやもしれん」
一年戦争以前、王国内の貴族権力は強大であり、たとえ王家であるとはいえ貴族の声を軽視できない状態であった。元はそうした貴族の声を抑え誘導する役割であったバルーセン公爵家は貴族たちの象徴として権力を振るい、最も強い声を持つ貴族家として王家と並び立つ、いや、王家を抑え込む立場を作り上げていた。
一年戦争により貴族社会の権力構造は一新された。これまで強い権力を振るっていた大物が全て戦死し、貴族社会は大混乱に陥った。
だがこれはある意味絶好の機会であった。オーランド王国を作り変える、周辺国と連携し、バルカン帝国の脅威に対抗する。旧体制を脱却し、より活性化した国家に。
急性な変化は多くの反発を生む。これまでバルーセン公爵家をはじめとした大物の下、番犬のような立場に甘んじていた軍閥貴族が牙を剥いた。
第二王子ブライアントを担ぎ上げ、王家に反旗を翻す。それがバルカン帝国の掌の上で踊らされていたという事も知らぬまま。
王都へのドラゴン襲来、時を同じくしたバルカン帝国の侵攻、オーランド王国は滅びかけていた、完全に詰んでいた。
「この終焉は必然であったのやもしれんな」
国内貴族を抑え込み、時に謀略を誘発させその力を削ぎ落す。王家を維持させ、オーランド王国を一つにまとめる為に、貴族に強い権限を与え続ける。国家運営における二重基準は疑念と疑惑、暗躍と暗闘を生み、より貴族社会を複雑なものとした。
“スッ”
「国王陛下、どちらに?」
「謁見の間に向かう。レブルやメルビア、ヘルザー、主だった者たちに伝えよ。ホーンラビット伯爵家の者たちを謁見の間にて迎えると。彼らはすぐにでも城にやってこよう、急ぎ参集せよとな」
立ち上がり国王執務室を出る。執事たちが各所へと連絡に走る。重い空気が城内に広がろうとしていた、そんな矢先であった。
“ブウォッ”
「クッ、遂に始まってしまったか」
一年戦争の時、王城を襲った強大な覇気、ドラゴン襲来の時の絶望を思い出させるような絶対的な強者の威圧。
ガタガタと震える奥歯をグッと噛みしめ、震える膝を前へと進める。これは意地、オーランド王国最後の王として、最低限の矜持を示す為に。
果てしなく感じる謁見の間への道筋、オーランド王国国王ゾルバ・グラン・オーランドは、震える身体を壁にもたれながら、一歩ずつ前へと進んでいくのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora