「何処からか流れ込んだ爽やかな風が頬を撫でる。謁見の間に広がる澄んだ空気、肺の奥が洗われ、一呼吸ごとに身体が活力に満ちていく。
ここは王城、謁見の間。オーランド王国の最高権力者にして国家の象徴、ゾルバ・グラン・オーランド国王陛下が居られる特別な場所。
このような素晴らしい機会に恵まれた私は、この感動をどう表現したら」
「ケビンお兄ちゃん、浸ってるところ悪いけど、心の声が漏れてるから、王城の皆様が困惑してるから。
ゾルバ国王陛下、メルビア王妃殿下、レブル王太子殿下、兄ケビン・ワイルドウッド男爵が大変失礼いたしました。兄は重度の勇者病<仮性>を患っておりまして、悪気なく唐突な行動に出ることがあるのです。
弟として心からお詫び申し上げます」
ジミーがメガネのレンズをキランと光らせてから深々と礼をする。そんなジミーに合わせるかのように背後に控えるフィリーとディアもレンズをキランと光らせてから頭を下げる。
クッ、この三人、地味メガネを使いこなしている。俺は激しい嫉妬心に焼かれながらも、メガネのお約束をマスターした三人に称賛を送る。
ちくしょう、お前たちには負けたぜ!!
「えっと、ケビン君とジミー君たち、持ちネタの披露はそろそろいいかな? 一応ここは真剣な場所だからね?」
「「「「はい、満足しました」」」」
俺たちはホーンラビット伯爵閣下に一礼するとお話の続きを促します。
「ゾルバ国王陛下、ホーンラビット伯爵家騎士団の者が大変失礼いたしました。先ずは膝をお上げになり玉座にお戻りください。メルビア王妃殿下にレブル王太子殿下、ヘルザー宰相閣下をはじめとした皆様方も、どうぞ元の席にお戻りください。
それではお話をさせていただきますがよろしいでしょうか?
先ず先程も申し上げたように、ホーンラビット伯爵領における魔王討伐軍との戦いは我がホーンラビット伯爵家の勝利で終了いたしました。詳細につきましては登城する際に同行をお願いしたベルツシュタイン伯爵閣下と、ホーンラビット伯爵家に派遣されています王都諜報組織“影”所属の耳目であるガーネットにお聞きください。
予め申し上げておきますが、ガーネットの報告があまりに荒唐無稽で信じがたい物であったとしても、ガーネットを責めるような事はなきようお願い申し上げます。それは偏にあの戦いの激しさを物語るもの、決してガーネットが意図的に虚偽の報告を上げているのではないという事を、ホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビット伯爵の名において保証いたします」
流石は我らがホーンラビット伯爵閣下、詳しい説明はガーネットさんに丸投げと、更にはベルツシュタイン伯爵閣下を保証人として付けることで説得力を持たせるこの作戦、そこに痺れる憧れる!!
「結論から申し上げますが、この度の魔王討伐軍の襲来に関し、我がホーンラビット伯爵家がオーランド王国王家に何らかの要求をする事はありません。はっきり申し上げればお互い災難でしたねといったところでしょうか。
ですがその戦いに王都中央貴族の方々やクロッカス第三王子が参加されていたという事実は非常に遺憾であり、ホーンラビット伯爵家として見過ごす訳にはまいりません。これはホーンラビット伯爵家の矜持の問題、これをなかったことにしては、今後ホーンラビット伯爵家がどのような誹りを受けるのか分からない。その点はご理解いただきたい」
ホーンラビット伯爵閣下のお言葉は、“こっちとしては別に気にしてないけどなあなあは駄目だよね”というもの。貴族社会はきっちり落とし前を付けないと駄目って奴ですね。
「うむ、その点は理解している。オーランド王家としてはホーンラビット伯爵家からのどのような要求も甘んじて受ける用意がある」
それは完全な敗北宣言、ゾルバ国王陛下が切った白紙の全権委任状。
「ではまず一つ、ホーンラビット伯爵領は独立領となることを宣言いたします。これは国家ではありませんが、オーランド王国から離れた国外となる宣言、オーランド王国のあらゆる権威も我が領では通用しないとお考え下さい。
この宣言に伴い、王家主催のオークションも終了となることをご理解いただきたい、我が領とオーランド王国は一から関係を造り上げなければならない、そのようにご理解いただければ幸いです」
ホーンラビット伯爵閣下の宣言、それはオーランド王国からの独立、一地方領地が独立を宣言するなど、国家として由々しき事態。だがこれはドレイク・ホーンラビット伯爵閣下の最大の譲歩にして慈悲、今回の騒動は国家分断に繋がりかねない重大事であったという事をゾルバ国王陛下はご理解しているのだろうか。
「相分かった、ドレイク・ホーンラビット伯爵殿の心遣い感謝する。そして我が息子、クロッカス第三王子が掛けた無礼、心から詫びるものとする」
そう言い深々と頭を下げるゾルバ国王陛下とメルビア王妃殿下、そしてそれに倣うかのようにレブル王太子殿下やヘルザー宰相閣下をはじめとした重鎮の方々が頭を下げられます。
これはホーンラビット伯爵閣下が独立を宣言した事でオーランド王国貴族でなくなった証拠、自国の貴族に国王が頭を下げる訳にはいかずとも、戦勝国である国外の長に頭を下げることは敗戦国の王として許されるという、非常に面倒臭い貴族のしきたりからの行動でしょう。
「それとクロッカス第三王子殿下並びに王都中央貴族の皆様の処遇です。ケビン」
「ハッ、ベルツシュタイン伯爵閣下にお話を聞き、主だった貴族家当主の選別は済ませてありますが、いかがいたしましょうか?
事態を治めるにあたり、王家としてはどうしても血を流す必要があると思われますが」
それは処罰の確認、オーランド王国国王として罪に向き合う覚悟への問い掛け。
「一つ聞きたい、その者たちは生きているのか? 生きているのであれば最後に話をしたい」
ゾルバ国王陛下は事実と向き合う覚悟をなされたご様子、俺はホーンラビット伯爵閣下に確認を取ると、謁見の間に影を伸ばし、影空間に閉じ込めていた加害者の皆さんをお出しします。(注:ハイパー腰蓑DXアルファーの香りは影空間の中で残月とトライデントに処理してもらっています。人物確認をしていただいた王都諜報組織“影”の皆さん、ご協力ありがとうございました)
「ウッ、ここは・・・国王陛下、王妃殿下、それに兄上。という事はここは王城の謁見の間、我々は・・・」
影空間から現れた多くの人々、皆上下布地の簡素な衣服を纏い、布製の靴を履いたいかにも囚人といった格好。彼らは周囲を見渡しこの場が王城の謁見の間と知ると安堵の表情を浮かべるも、ホーンラビット伯爵家騎士団の姿を認めるやその場に膝を突き小刻みに震え始める。
う~ん、これは治療時間が足りなかったかな? もう少しハイパー腰蓑DXアルファーの香りを嗅いでいれば症状の改善が・・・。
「ケビンお兄ちゃん、また何かよからぬことを考えてない? ちゃんと謁見に集中しないと駄目だよ?」
「あぁ、すまないジミー、影空間から出した王都中央貴族の方々が我々に怯えていたものだからね。今は謁見に集中する事にするよ」
チッ、相変わらずジミーは鋭い。俺ってそんなに分かり易いんだろうか? 後でケイトに聞いておこう。
「クロッカスよ、状況は理解しているか?」
ゾルバ国王陛下の冷たく悲し気な声音が謁見の間に響く。
「・・・申し訳ありません国王陛下、正直に申し上げればよく分かってはいません。ですが魔王討伐が失敗したこと、我々魔王討伐軍が完膚なきまでに敗北したという事は理解しております。
我々の行動の是非につきましては理解しているかと聞かれても自信がございません。我々はホーンラビット伯爵家を、ワイルドウッド男爵家を、ケビン・ワイルドウッド男爵を全く理解していなかった。
彼らにとって我々の存在など些事でしかなかった、我々の行いなどドラゴンに短剣で挑むようなもの、結果など語るべくもなかった。ゾルバ国王陛下並びに皆様に多大なご迷惑をお掛けし、オーランド王国を窮地に追い込んでしまった事、心より謝罪いたします」
そう言いどこか憑き物でも落ちたかのように大人しくなるクロッカス第三王子。四回死んだ後にその苦しみを凝縮して注ぎ込まれたことによって、精神に致命的なダメージでも負ってしまったのでしょう。
その上でハイパー腰蓑DXアルファーの芳しい香りを嗅ぎ精神が安定したと、これは光属性魔力マシマシ聖茶に続く新たな性格矯正プログラムの確立かな? 早々検証実験が出来ない事がもどかしい。
「そうか、そこまで理解しているのであれば我から何かを言う事もあるまい。クロッカス第三王子並びライトニー・マルス侯爵を首魁とした王都中央貴族派閥に属する者たちに告げる。その方らの行いはオーランド王国を二分する内戦を引き起こす切っ掛けを作るばかりか、オーランド王国そのものを瓦解させる危険を孕んだものであった。
王家が何故あれ程までにホーンラビット伯爵家に手出しせぬよう声高に忠告していたのか、その方らに弱腰と責められながらも国家の安定を説いていたのか、その答えはその方らが身を以って体験した通りである。
その方らの家には既に処分を伝えてあるが、改めて申し渡す。その方らの爵位を剝奪し、家は取り潰しとする。残った一族の者に関しても、これまでの罪状を精査し処分を決めているところである。
そしてその方らであるが斬首が決定している。明確な反逆行為に加担したブライアントの造反に比べ処罰の重さを感じる者もいるやもしれんが、この度のその方らの行いがそれ程の大事であったことは、身を以って知るところであろう。
八万七千の魔王討伐軍を辺境の一貴族家が打ち破るとはどういうことか、それが一体どういう事を意味するのか、これ以上語る必要はあるまい。
最後にクロッカス、その方の処分だが、彼らと同じく斬首となる。これはオーランド王国国王ゾルバ・グラン・オーランドとしての決定である。王族としての栄誉を与える事の出来ぬ父を恨んでも構わない、無理やりにでもその方を止める事の出来なかった不甲斐ない父であったことを謝ろう、すまなかった」
ゾルバ国王はその場の者たちの処分を告げると玉座を立ち、ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下の下に歩み寄る。
「ドレイク・ホーンラビット伯爵殿、我が国の者たちが貴殿らに多大な迷惑をお掛けしたこと、オーランド王国を統べる者として深く謝罪する。
その上で、独立領であるホーンラビット伯爵領との関係構築を望むものである」
「ゾルバ国王陛下のご決断、確かに受け取らせていただきました。その件につきましては双方が落ち着いてから協議に移るものといたしましょう、今は互いの立場の確認という事で。
これから互いを尊重し、より良い関係が築けることを強く望みます」
交わされた握手、この合意を以って、ここにオーランド王国初となる独立領が正式に発足する事となったのであった。
「あっ、そうそう、お話し中申し訳ありません。今回クロッカス第三王子たちが使用した馬はどちらにお渡しすればいいでしょうか? 流石に数万頭の馬をホーンラビット伯爵領で飼育するわけにはいきませんので。
それと魔王討伐軍の参加者の中に同盟国であるスロバニア王国の第三王子をはじめとした貴族子弟の方々が居られまして、そちらの処分もどうしたらいいものかと。勝手にしてよいと言うのでしたらボルグ教国に捨ててきますが」
俺が慌てて付け加えた言葉、その話のあまりの内容に、ゾルバ国王陛下とヘルザー宰相閣下が盛大にため息を吐かれた事は、致し方のない事なのでありました。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora