それは突然であった。
“ブワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ”
全身を蝕む恐怖がまるで嘘のように消えていく。覇気と魔力の重圧により地面に蹲り、嘔吐し、幼子のように泣きじゃくり、性別年齢関係なく下半身を汚物塗れにしていた者たちが、立ち竦みブルブル震えていた牽き馬たちが、王都の全てが清廉で温かい光に包まれる。
「俺たちは・・・助かったのか?」
王都の人々は立ち上がり天を見上げる。そこは美しい光に彩られた王都民たちを優しく見守る女神様の奇跡に溢れた空。
「王城が光り輝いている? それじゃこの光は王城から」
一人、また一人、王都民たちは膝を突き王城に向け祈りを捧げる。王都を襲った恐怖の重圧、そんな王都の終わりを救った王城の光の奇跡。
オーランド王家は女神様に祝福された、オーランド王国は再びの奇跡を授けられた。
そして人々は気が付く、自身の身体が軽いことに。汚物塗れだった衣服はまるで初めて袖を通した仕立服のように美しく、自身の髪も肌もまるで若返ったかのように艶めき、街中の建物から何からが美しく輝き、排水路には清流の如き澄んだ水が流れる。
女神様は私たちの穢れを取り払い、清く美しい王都をお与え下さったのだと。
王都民は徐々に消えていく女神様の奇跡に涙し、王城に向けいつまでも祈りを捧げ続けるのであった。
――――――――――――――
“パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ”
王城を後にした俺たちホーンラビット伯爵家騎士団の一行は、街中がお祭り騒ぎのようになっている王城前大通りを抜け、王都の高級住宅地である商人街へと向かうのでした。
「ベルツシュタイン伯爵閣下、凄い騒ぎでしたね」
「そうだね、あの覇気と魔力の重圧から解放されたどころか王都中が生まれ変わったかのようにキレイになって。私も長年王都に住んでるけど、王城の周りの堀の水があれほど美しく輝いている光景は初めて見たよ。
王宮前広場なんか祈りを捧げる王都民でいっぱいだったし、これって全部ワイルドウッド男爵のせいだって自覚してる? 君はアレかな? 魔王を辞めて聖人にでもなるつもりかな? 一度詳細人物鑑定でもしてみるかい? とんでもない称号が付いてると思うよ」
ベルツシュタイン伯爵閣下の言葉に思わず顔を引き攣らせるも、俺の称号はバレないんだったと思い出し平静を取り繕う。
「でもあれだよね、鬼神ヘンリーは流石に容赦ないよね。あれだけ敬虔な祈りを捧げている王都民に対して、「退け、邪魔だ」の一言と共に強烈な覇気をぶつけるんだもん。彼ら必死になって逃げ回ってたからね、私もあの様子には同情したよ」
うん、でもあれは仕方がないよね、実際道を塞いだ群衆のせいで前へ進めなかったし。鬼神ヘンリーと黒龍号が前を先導してくれなかったら、俺たち未だに立ち往生してただろうからね。「私たちは女神様に救われたんじゃなかったの!?」とか言ってるご婦人がいたけど、残念、それ俺っす。女神様は誰もお救いになられておりません。
あの御方が出張って来たら超ヤバいんで、今回の魔王討伐軍派兵の最大の原因はあの御方のお茶目ですからね? 人類が頼るのはせめて天使様方くらいにしてください、神々は危険ですから。
俺は“そういえば前にジミーが扶桑国の鬼神様とやり合ったって言ってたよな”と思い出し、引き攣り笑いを浮かべる。世界は危険に満ちている、油断、駄目、絶対なのです。
到着したのは商人街の外れ、王都民から商人街の悪夢と呼ばれる貴族屋敷、ワイルドウッド男爵家王都屋敷ですね。俺は周辺を覆っていた結界を解くと、鉄柵門を開け中に入ります。
そこは半年間放置で荒れに荒れた庭と、屋敷が建っていただろう場所にぽっかりと空いた穴。俺はその穴を覆うように影を広げると、影空間に収納していたワイルドウッド男爵家王都屋敷の建物を移転し直すのでした。
「伊織、敷地内を掌握、環境を整えろ。ドーバン、庭の整備を頼む。闇喰らいを置いていく、協力して整備を行ってくれ。闇喰らい、王都屋敷の整備と、周辺警備を頼む。
アーメリア、ジェームス、ホーンラビット伯爵家騎士団の世話を頼む」
「「「「「畏まりました、旦那様」」」」」
俺の指示にテキパキと動き出す使用人たち、俺は彼らに後のことを任せると、精霊の鍵を使い馬たちを精霊の庭にしまい込みます。
「うん、何度見ても異常だね。ワイルドウッド男爵の影魔法と精霊の庭に繋がる精霊の鍵だっけ? それだけで軍の展開はガラリと変わるよね、それこそマルセル村の厄災級魔物を一瞬にして王都に攻め込ませる事も可能な訳でしょう? こんなのどう考えたって勝てないよね、本当にゾルバ国王にはドレイク・ホーンラビット伯爵との関係構築を頑張ってほしいものだよ」
引き攣った顔を浮かべるベルツシュタイン伯爵閣下の言葉に、俺は「そうですね、そうなるといいですよね」と相槌を返す。
ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下、本日は王城にお泊りです。お付きの係は執事長のザルバさんとグルゴさん、選定としては無難なところでしょう。どうもゾルバ国王陛下としては王権をホーンラビット伯爵家に譲り渡す気だったらしく、その件に関してはホーンラビット伯爵閣下が断固固辞、「私には辺境の小領の維持が精々でございます」と冷や汗を隠しながら笑顔で返答なさっておられました。
俺は当然無理ですから言うまでもありませんね、大物二名からチラチラ視線を向けられましたが、無視です、無視。俺の辺境スローライフ計画を邪魔する事は、誰であろうと許されないのです。
というかここまでやらないと辿り着けないスローライフって、正直無理ゲーだよね。やっぱり小説やアニメの主人公様方って凄いわ~、憧れちゃうわ~。ケビン・ワイルドウッド男爵、頑張って皆様方の背中を追い掛けます!!
「それじゃベルツシュタイン伯爵閣下、軍馬の引き渡しに参りましょうか。義勇兵の使っていた馬は全て引き渡すという事でいいんですよね?」
「そうだね、ここ王都では馬の取引も盛んだからね、軍で保持できない分は売却するから問題ないよ。支払いは貴族家からの賠償金と一緒にホーンラビット伯爵家に届ける形でいいのかな? 商業ギルドの口座に預けることもできるけど」
「はい、ご足労をお掛けしますが、届けていただけると助かります。何事も形式は大事ですので。
それと名目上ホーンラビット伯爵家の口座は空になっている方が都合がいいんですよ、少なくとも償還期限の十年間はそのままにしておくという事で商業ギルドとも話は付いていますので。
商業ギルドには利子等で負担を掛けますが、その分マルセル村の高級野菜を直接下ろす事で相殺させていただきますし、王都経済の様子を見ながら返済という形の融資を行う事も許可しています。
今回の騒ぎは王都にそれなりの痛手を与えると思いますが、回復も早く済むはずです。何せ
俺の言葉に「ハハハハハ、そうだね、小競り合いだったね。今後馬鹿が出ない事を祈るよ」と言葉を返し、胃のあたりを押さえるベルツシュタイン伯爵閣下。俺は常備してある胃薬と水筒を差し出すと、「もう少しの辛抱です、あと一息頑張りましょう」と励ましの言葉を向け、ロシナンテに王都の軍施設に向かうよう指示を出すのでした。
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「ルビアン教皇猊下、王都全体の被害は先ほどの奇跡により完全に終息を見せました。助祭、シスター、司祭からの報告では、王都北街門を起点として拡大した覇気と魔力による威圧は王都全域を完全に制圧、約一時間半に渡り王都機能を完全に停止させていたことが分かっています。
その後王都に広がった奇跡の光の発生源が王宮であること、王都全域がまるで神聖な聖域のように清浄化されたこと、王都民、特に病弱であった者たちが完全回復を見せたことから、天使による奇跡が行使されたのではないかとの解釈が最も有力と考えられます。
現在王都内は奇跡の喜びを女神様に祈る市民で溢れており、王都教会大聖堂にも多くの信者が詰め掛けております。
ルビアン教皇猊下に於かれましては、彼ら王都民の前にお越しいただき、お言葉を賜りたくお願い申し上げます」
王都教会大聖堂、王都民の心のよりどころであるその施設に隣接する形で立てられた建物の一角教皇執務室で配下の報告を聞くルビアン教皇は、立て続けに発生した一連の事態を深く考察し一つの結論を導き出す。
「大聖堂に詰めかけた王都民たちに告げよ。王都教会はこれより女神様に対しこの度の奇跡を齎したくれたことに感謝の念を送るべく特別な儀式を行う。これは儀式参加者の高い集中力を必要とするものであり、一時的に大聖堂を封鎖すると。助祭、シスター、司祭を総動員し、王都民にこの事を徹底させよ。時間がない、直ぐに大聖堂から人を退去させるのだ」
「あっ、いえ、しかし、それでは王都民が納得しません。せめてルビアン教皇猊下に一度お姿をお見せいただき、信者たちにお声をお掛けいただきませんと、暴動に発展しかねません」
ルビアン教皇の言葉に驚きつつも、慌てて現状の打開策を提案する配下。ルビアン教皇は苦々しげな表情をするも、致し方がないとばかりに席を立つ。
「あぁ、そこまで慌てなくてもいいですよ、ルビアン教皇猊下。私もあれほど盛り上がっている王都民を追い出すような野暮なまねはしませんから」
その声は部屋の中、教皇執務室の来客用ソファーから聞こえてくる。ルビアン教皇と配下の者が咄嗟に視線を向けると、声の主はゆっくり立ち上がりルビアン教皇に言葉を向ける。
「まずは教皇就任、おめでとうございます。ルビアン教皇猊下とは就任前に一度お会いしておりますね、ホーンラビット伯爵家旗下ケビン・ワイルドウッド男爵、教会的には“狡猾の魔王”といった方が通りはいいでしょうか。
本日はこの度の魔王討伐軍による魔王討伐が失敗に終わったご報告と、この騒動に参加したオーランド王国王都教会に所属する者たちの処遇について、ルビアン教皇猊下のご意見をお伺いしたく足を運ばせていただきました」
突然現れ自らを“狡猾の魔王”と名乗る人物に、警戒を向けジリジリと距離を開けようとする配下の者たち。いかにして外部に今事態を知らせようかと行動する彼らを、ルビアン教皇は声で制する。
「止めよ、今はその時ではない。それよりも飲み物を頼む、そうだな、カモネールのお茶を出してくれるか? 先程の指示は取り消す、それと大聖堂の件は少し待つように」
ルビアン教皇の落ち着いた口調に冷静さを取り戻した配下たちが、指示に従い動き出す。
“カチャッ、カチャッ”
受け皿に載せられたティーカップからカモネールの爽やかな香りが漂う。口腔内に清涼感を齎すカモネールのお茶は、夏の暑い季節には欠かせない一杯と言ってもいいだろう。
「ハァ~、やはりこの時期はこのいっぱいに限りますね。煮出した物を井戸水に浸け冷やしても格別なんですよ、この時期のマルセル村は収穫のため畑に出ることが多いですからね、身も心も落ち着けてくれるカモネールは夏に欠かせない飲み物なんです。
他にも麦を炒った物を煮出す麦茶もいいですよね、熱く火照った身体を冷やしてくれる素晴らしい一杯です」
ケビン・ワイルドウッド男爵はそう言うと、ティーカップを受け皿に戻し、本題とばかりに話を切り出す。
「さて、先ほどの話に戻りますが、この度ホーンラビット伯爵領に対し行われた魔王討伐軍による侵攻は、ホーンラビット伯爵家の勝利で幕を閉じました。オーランド王国王家並び王都教会は一貫してボルグ教国の魔王討伐軍派遣を非難し、反対の立場を取ってこられた。我々ホーンラビット伯爵家としてもこの点を高く評価しており、オーランド王国王家並びに王都教会に対し敵対的意思を示すつもりはありません。
ただし問題はこの魔王討伐軍に現役の枢機卿や多くの教会関係者が参加してしまっているという事実です。この事は口では上手いことを言いつつも実質的に剣を向けている事と何ら変わらない、要するに貴族の面子にかかわる問題という事です。
ルビアン教皇猊下はこの点をどうお考えでしょうか?」
ケビン・ワイルドウッド男爵の言葉は至極尤もなこと、魔王討伐軍八万七千を打倒したという信じがたい話を横に置いておくとしても、一貴族家に対し教会が堂々と喧嘩を売ったという事実には変わりがない。
「まずはオーランド王国王都教会所属の者たちがホーンラビット伯爵家に対し多大なご迷惑をお掛けしたことを、オーランド王国教会組織の長として深くお詫びしたい、本当に申し訳ない事をした。
その上でその者たちの処分であるが、正式にオーランド王国王都教会から追放処分とする。またその者たちの私財の一切を没収し、ホーンラビット伯爵家への賠償の一部とする。正式な賠償金に関しては、今後ホーンラビット伯爵家との交渉を以って決定したいと思うがいかがだろうか?」
ルビアン教皇の言葉はホーンラビット伯爵家に対する全面降伏、そのあまりにあっさりとした決断に配下の者たちは目を見開く。
「流石はベルトナ教皇猊下が後継者として指名した御方、ルビアン教皇猊下は一国の宰相としても辣腕を振るえるほどの決断力と交渉力をお持ちだ、とても私などでは歯が立ちません。
ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下の名代として、ケビン・ワイルドウッド男爵がそのご提案をお受けしたことをここに宣言いたします。ホーンラビット伯爵家はこの度の件に関し、今後一切の不平を言わぬことを保証いたしましょう。
さて、必要なことが決まったところでご提案いたします。治療術が使える元シスターや元司祭はいりませんか? 教会としてもそうした人材はあって困らないかと。何でしたら契約で縛ってしまってもいいわけですし、今回の件で発生した負債の一部を月々の給料から天引きするなりなんなりしてもいいわけですし? 地方教会への治癒術師派遣任務に就かせるにももってこい、便利使いすればいいんですよ。
別に全員を引き取れと言ってる訳ではないんです、欲しい人材だけ抜き取ればいい、ルビアン教皇猊下でしたらそうした名簿も御作りになられているのではないかと。よろしければ面接でも致しますか? 彼らは現在私の影空間で反省中ですので」
そう言いニヤリと笑うケビン・ワイルドウッド男爵。ルビアン教皇は思う、“狡猾の魔王とは言い得て妙であるな”と。
どちらからともなく差し出された手、両者は固い握手を交わすと、人材獲得の為の面接を行うべく広さのある別室へと移動するのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora