それは会食の席でのことであった。スロバニア王国王都ハーベスト、芸術の都とも呼ばれる華やかな街の象徴的な建物である王城で開かれたその席には、隣国であり軍事同盟国でもあるオーランド王国から侯爵家へ嫁いだ元第四王女カルメリア・マルローニ夫人と夫のニールセン・マルローニ、オーランド王国から訪問している第五王女フレアリーズと婚約者のアルジミール・マルローニが呼ばれ食事を楽しんでいた。
「ハハハ、フレアリーズ第五王女殿下、どうであるかなハーベストでの生活は。オーランド王国王都バルセンとはまた違った趣があると思うが」
「はい、この街は様々な芸術に溢れており、楽しく過ごさせていただいております。特に素晴らしいのが街を流れる水路や掛けられた橋の細部に亘る作り込みでしょうか。見えない部分にまでも職人の拘りが窺え、街そのものが完成された芸術といっても差し支えありません。
大通りばかりでなく裏路地や建物の雨どいといった生活のちょっとした点に至るまで、これはハーベストの人々が息をするように芸術と共にある証。“芸術とは人々の生活と共にある”という国王陛下のお考えが反映さてているものと、敬服した次第でございます」
フレアリーズ第五王女はにこやかに微笑みながら、その時の情景を思い出したように声を弾ませる。
「ほう、我が町をそのように捉えてくれるとは嬉しい限り。多くの来賓は劇場の素晴らしさや歌劇団の演出の見事さを口にするが、フレアリーズ第五王女殿下は王都民の生活の中に芸術性を見出されたか」
スロバニア王国国王は嬉しげに相好を崩し、それでも「ですが警護の者はしっかりと付けるように、フレアリーズ第五王女殿下の身に何かがあってはゾルバ国王に面目が立たぬでな」と言葉を添える。
そんな二人の会話を聞きながら、フレアリーズ第五王女の婚約者であるアルジミールは冷や汗を流す。
“すみません国王陛下、フレアはジミーから貰った目立たなくなるスカーフと組紐を付けて使用人の恰好で遊び歩いています。因みに街の水路に詳しいのはスライムを探し歩いてるからです、下水道に潜らないように引き留めるだけで限界なんです!!”
人の思いはそれぞれ、フレアリーズ第五王女は両国の絆を強固にするというオーランド王国王女としての責務も果たしつつ、ハーベストでの生活を満喫しているのであった。
“ブワッ”
そんな和やかな会食の席に突然走る悪寒、肌が粟立ち背筋をゾクりとした寒気が走る。
“カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ”
王宮の廊下に響く靴音、やけに耳に残るその音は会食の部屋の前で止まり、扉が静かに開かれる。
“ブワ~~~~~~”
室内に流れ込む強烈な覇気と魔力、その場の者たちは凍り付き、一瞬で己の死を幻視する。
そんな中ただ一人、第五王女フレアリーズだけが席を立ち、現れた脅威に向かい声を掛ける。
「こんばんは、ケビン・ワイルドウッド男爵様。本日は突然どうなさいましたか? そうそう、一つお聞きしたいことがあったのですがよろしいでしょうか。ハーベストで出会ったスライムちゃんたちのことなんですが、お友達としてお迎えしたく思っているのですけれどどうしたらよいのかご意見を伺いたく・・・」
「あっ、それはですねってちょっと待ってくださいね、今いい感じの演出をしていたところだったんですよ。というか何でフレアリーズ第五王女殿下が王城に? カルメリア夫人やニールセン侯爵子息殿下、アルジミール侯爵子息殿下もおられるということはオーランド王国との関係強化の外交中であったのでしょうか? でしたら申し訳なくここに謝罪いたします。
ですがこちらといたしましても火急の用件と申しますか、引くに引かれぬ事情がありまして・・・おそらくですがフレアリーズ第五王女殿下は何らかのテイム系スキルか魔物と意思の疎通を行うことの出来るスキルに目覚められている可能性がございます。一度教会で詳細人物鑑定をお受けになり、スキルの使い方を見直されることをお勧めいたします。
それとお友達のスライムたちにご相談されてはいかがかと。スライムのことはスライムが一番よく分かっています、何かうまい解決法を示してくれるやもしれません。
折角お友達になったのです、何でもご自分で悩まれず、家族のように互いに支え合うことがよろしいかと」
その場の者たちが恐怖に身を震わせる中、何とも親しげにスライム談議に花を咲かせる両者。すると闖入者であるケビン・ワイルドウッド男爵はその身から発する覇気と魔力の暴力を収め、スロバニア王国国王に一礼をする。
「大変失礼いたしました、現在ここスロバニア王国王家と我がホーンラビット伯爵家とは実質的な敵対関係にありましたので、少々気が高ぶってしまいましたことをお詫びいたします。
本日突然お伺いいたしましたのは、ボルグ教国聖教会が中心となってホーンラビット伯爵領に差し向けました魔王討伐軍との小競り合いが終息いたしましたご報告と、この魔王討伐軍に参加されましたスロバニア王国貴族の処遇についてのご相談があってのことでございます。
単刀直入にお伺いいたしますが、スロバニア王国第三王子をはじめとした貴族並びに貴族子弟の方々をどうなさりたいのか、国王陛下のお考えをお聞かせ願いたい」
その言葉は驚きのもの、ボルグ教国の魔王討伐軍が王都ハーベストを出立したのは一月半ほど前の事、その後オーランド王国王都バルセンでクロッカス第三王子を筆頭にした一万二千もの義勇兵が加わり、その数は八万七千にまで膨れ上がったということはハーベストでも広く知られていた。
その魔王討伐軍が敗北し、義勇兵として出兵したスロバニア王国貴族の処遇について尋ねられている。そのあまりに突飛な話の内容に思考が追い付かない。
だが目の前の人物、ボルグ教国聖教会から“狡猾の魔王”と名指しされたケビン・ワイルドウッド男爵が嘘など言っていないであろうことは、圧倒的な覇気と魔力でこの場を掌握したことからも疑いようがない。
「一つ確認してもよいだろうか? その者たちは生きておるのか? また生きておるとするのならどれ程の負傷をしているのか教えていただきたい」
状況の把握、分からない事は聞くしかない。スロバニア王国国王は政治的駆け引きを抜きに、知るべき情報の確保に気持ちを切り替える。
「はい、全員存命です、身体的な負傷は全て回復しております。ですが激しい戦況であった為、精神的に追い詰められた可能性は否定できません。
これは初めて戦いに赴いた新兵などにもよく見られること、その点ご理解いただけますと幸いです。
それと主だった方々についてはこちらでも把握できたのですが、正直ホーンラビット伯爵家で八万七千の敵兵の身元をすべて把握することは不可能です。選定に漏れた方々については他の義勇兵と一緒にボルグ教国へ送り届けることとなっておりますのでご了承下さい」
“ズズズズズズズズズズズズッ”
ケビン・ワイルドウッド男爵の足元から広がる真っ黒な影、その中から押し出されるように現れる何名もの男たち。
「ウッ、ここは・・・父上、それにニールセン。ではここはスロバニア王国、私は国に帰ってこれたのか・・・」
「第三王子殿下、よく無事お戻りになられました。我々一同、殿下の御生還を心よりお喜び申し上げます」
ニールセン・マルローニは侯爵家子息としての礼儀上、第三王子の生還を喜び祝辞を送る。その場の者たちも皆席を立つと、ニールセンの言葉に倣い一礼をして祝の言葉を送る。
「う、うむ。皆の心遣い嬉しく思う。父上、誠に申し訳ありませんでした。父上から幾度となくオーランド王国との関係強化と国際協力の重要性を伺っておきながらこのような勝手なふるまいをしたこと、心より謝罪いたします。
この度の行いに関してはいかような処分も甘んじて受け入れる所存、何なりとお申し付けくださいますよう」
それはこれまで第三王子が一度として見せたことのない態度、自らの非を認め、処分を国王に委ねるなど前代未聞。
「うむ、その方からそうした言葉を聞くことになるとは、相当に厳しい経験を積んだのであろう。少し聞かせてくれまいか」
「・・・ホーンラビット伯爵家は本物であった、“狡猾の魔王”ケビン・ワイルドウッドは本物の「誰が本物なんです? もしかしてまだ
「「「「「すみませんでした、どうかお許しください!!」」」」」
ケビン・ワイルドウッド男爵の一言に、第三王子ばかりでなく影から現れた者全員が床に額を擦り付けガタガタ身を震わせながら許しを請う。その光景に彼らは一体どのような責め苦を受けてきたのかと、その場の者たち全員が戦慄を覚える。
「分ればいいんですよ、分かれば。さて国王陛下、先ほども申し上げましたが我がホーンラビット伯爵家とスロバニア王国は実質的に敵対関係にあります。これは彼ら国家の中枢を担う者たちが魔王討伐軍に加わりホーンラビット伯爵領に攻め入って来たからにほかなりません。
この件の賠償に関しましてはホーンラビット伯爵家との直接交渉ではなく、オーランド王国王家を窓口として賠償金等の交渉を行ってください。
ホーンラビット伯爵家は和平交渉の全権をオーランド王国王家に委ねております。
これは後程知らせが届くことではありますが、同じく魔王討伐軍に加わったクロッカス第三王子をはじめとした中央貴族の者たちですが、爵位剝奪の上斬首が決定しています。ですがこれはオーランド王国の国内問題、スロバニア王国がこの流れに倣う必要はありません。
国王陛下が考えるべきことはスロバニア王国の安寧と発展、この後どのようにこの問題に向き合うのか、国王陛下のご決断を応援いたしたいと思います。
では私はこれで,まだ回らなければならない所がございますので」
ケビン・ワイルドウッド男爵はそう言うと、一礼をしその場を下がるべく背を向ける。
「お待ちいただきたい、ケビン・ワイルドウッド男爵殿。貴殿はこの後どちらへ向かわれるおつもりか」
スロバニア王国国王の問い掛けに、小さく笑みを浮かべるケビン・ワイルドウッド男爵。
「臭いは元から断たないと無くならないと申しますから。物事の始まり、全ての元凶との話し合いに向かおうかと。いつまでも手元に捕虜を抱えてしまいますと、余計な出費が掛かります。我がホーンラビット伯爵家は小領、そのような金銭的負担は避けたいのですよ。ではこれで」
そう言いまるで幻のようにその場から姿を消すケビン・ワイルドウッド男爵、その場には未だに床に額を擦り付けガタガタと身を震わせる第三王子をはじめとした生還者たち。
「この者たちを別室に連れていけ、第三王子はしばらく自室での謹慎処分とし、追って正式な処分を決定するものとする」
「「「「「ハッ、国王陛下!!」」」」」
動き出した兵士たち、その場に伏せた者たちが次々抱え上げられ、部屋から連れだされていく。
「フレアリーズ第五王女殿下、殿下は先ほどのケビン・ワイルドウッド男爵とは親しくされているようであったが、あの者は一体どのような人物なのであろうか?」
スロバニア王国国王は真剣な瞳でフレアリーズ第五王女へ問い掛ける。
「そうでございますね、スライムちゃんのことに関しては大変造詣が深く、私にスライムちゃんとの接し方を指導してくださった素晴らしい御方でございます。ご自身もスライムちゃんを友とされており、名著「スライム使いの手記」で知られますジニー・フォレストビー様とは師弟を越えた友情で結ばれておられるとか。私も是非そのお仲間に加えていただきたいものです。
それに弟のジミー君やその御友人のジェイク君もスライムをテイムされており、生活の様々な場面でスライムを・・・」
フレアリーズ第五王女殿下の口から溢れる止まることを知らないスライム愛に圧倒されるスロバニア王国国王。
“あの威圧の中でも平然としていたのはこの情熱があったればこそ、ケビン・ワイルドウッド男爵との橋渡しはフレアリーズ第五王女殿下にお願いしよう”
フレアリーズ第五王女は無自覚のままスロバニア王国における重要人物として注目されることになるのだが、本人はその事には一切気が付かないのであった。
「私のスライムちゃんはオニキスちゃんとトパーズちゃんとフレンズちゃんというのですけれど、この子たちがとてもかわいらしく・・・」
「フレア、お願い止まって、皆様ついていけてないから、フレア~~~~!!」
危機は去った、だがアルジミール・マルローニの戦いは、まだまだ終わりそうにないのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora