それはこの場の者たち全員にとって衝撃的な光景であった。女神様を信仰し祈りを捧げ、女神様のお創りになったこの世界をよりよく導かんと集う心ある者たち。己の信仰に命を捧げることを厭わぬ真の信仰者たちが造り上げた国、ボルグ教国。
その信仰対象とも呼ぶべき天使の降臨は、長く信仰を持ち続けた者、より深く信仰を捧げ続けた者ほど魂を揺さぶる感動を以って受け止められた。
だがその信仰対象である天使たちはボルグ教国聖教会が魔王として認定し、勇者グロリアス率いる五万名に及ぶ魔王討伐軍を差し向けた相手、オーランド王国貴族ケビン・ワイルドウッド男爵と親しげに談笑を交わしている。
これは一体なんであるのか、自分たちは一体何を見せられているのか。
勢い勇んで向かった敵地ホーンラビット伯爵領、何度も何度も殺されすべての苦しみをまとめて味わわされた地獄の夜。
苦しみの果てに迎えた朝、意識の朦朧とした戦士たちに与えられた物は、正気を失うほどの強烈な悪臭であった。
次に目を覚ました時に目にしたものは、美しい星空とどこか懐かしい景色。自分たちが生きて故郷の地、ボルグ教国聖教会の大聖堂前広場にいるのだと理解するのに少しの時間を必要としたことは、致し方のない事なのであった。
爆発音と地面の揺れ、そして吹き飛ぶ大聖堂の屋根と壁、目を向けた先に見えたものは宙に浮かぶ天使と屋根を貫く大巨人。巨人は天使を捕まえると黄金色に輝き、光の翼を広げる大天使へと姿を変えた。
動揺と混乱、状況に付いて行けず心は激しく揺さぶられる。気が付けば大聖堂は姿を消し、月明かりと星々の煌めきが夜空を彩っていた。
やはり自分たちは死んでしまったのか、これは故郷へ戻りたいと願う願望が見せた走馬灯の夢なのか。夢であるというのなら吹き飛ぶ大聖堂とその中に現れた天使、そして天使を摑み取った黄金色の大天使は一体何を現していたのか。
呆然としながらも目の前で見せられた光景に意味を見出そうとしていた時、今度ははっきりと天から舞い降りる天使たちの姿を目撃する。
大聖堂前広場に集う人々は皆平伏し、降臨せし天使たちに礼を尽くす。これが夢かどうかなど関係ない、この世界に生きる者にとって天使は創造の女神様の使いであり、絶対的な信仰の対象なのだから。
『いえ、あなたが恐縮する必要はありません。この度の不始末は天上界全体の問題、そのしわ寄せをあなたに押し付けてしまったこと、女神様より地上世界の管理を任された天使の一人として、大変心苦しく思っております』
天使様のお言葉が心に入り込む。それは天上世界の高位存在が矮小なる地上世界の者たちに伝える天の意思。
・・・天使様が謝罪の言葉を向けておられる? しかも一個人を対象に。
人々は疑問と混乱、そして興味と好奇心から不敬であることは承知で顔を上げ始める。
『なっ、馬鹿言ってるんじゃないわよ、今のあなたにそんなことをしたら、あなたとの間に繋がりができちゃうじゃない!! なんで独身の私があなたの母親代わりにならないといけないのよ!!』
??? 天使様? なぜか心に響く街角の雑談のような会話、そして会話の相手は・・・。
「「「「「ケビン・ワイルドウッド男爵!?」」」」」
それは忘れ得ぬ者、辺境の地にて義勇兵を含む魔王討伐軍八万七千を相手に地獄を作り出し続けた狡猾の魔王、考えるのも恐ろしい厄災級魔物の集団を操る真なる恐怖、混沌の魔王カオス!!
『ケビン、大丈夫ですか? だから私が名付けを行おうとしたというのに、相変わらず後先を考えずに無茶をする。
ケビンは天使の最上位、上級天使を調伏したのですよ? それがどれほどの偉業であるか、そのような奇跡を成し遂げた者が普通の存在であるはずがないではありませんか。
自分に名を付けて死にそうになるなどという滑稽なことをする者はあなたくらいですよ?』
それはケビン・ワイルドウッド男爵の行いに呆れながらも心配するような天使様の声音、だがその言葉は何と言ったのか。上級天使を調伏した!?
天使を調伏する、それが一体どのような意味を持つのか。自身の常識で考えれば天使に弓引く行いは女神様に対する反逆行為、この世界に生きる者として決して許されざるもの。
しかし天使様方はそんなケビン・ワイルドウッド男爵の悪行を偉業であり奇跡であるとして肯定なさっておられる。
理解を越えた状況に、自身の心の支えともいうべき信仰心が音を立てて崩れていく。
「いと尊き創造の女神様のご使者でおられる天使様方にお伺いいたします。皆様はそこな狡猾の魔王、ケビン・ワイルドウッド男爵を拘束すべくこの地に降臨なさったのではないのでしょうか!?」
その声は枢機卿の一人のもの、静まり返った大聖堂前広場に広がったその言葉は、人々の心の内を現す最も気になる疑問なのであった。
――――――――――――――
天使の降臨、それは天上界においても特級の緊急事態に対し行われること。過去天使の降臨が記録されたものは暴食の魔王グラトニースライムの討伐、ローレライ大砂漠地帯に存在した帝国への大粛正、最悪の魔王デビルトレントの討伐、教会組織の腐敗に対する大粛清。そのどれもが歴史に深い傷を残す大転換点であった。
「いと尊き創造の女神様のご使者でおられる天使様方にお伺いいたします。皆様はそこな狡猾の魔王、ケビン・ワイルドウッド男爵を拘束すべくこの地に降臨なさったのではないのでしょうか!?」
それは天使たちを前に平伏していた教会関係者の一人から掛けられた言葉、俺は本部長様に下げた頭を上げると、“俺、拘束されちゃうの? もしかしていつか行った天使の仕事場で取り調べ? かつ丼は出るの?”と無言であなた様に問い掛ける。
あっ、あなた様の顔が引き攣ってる。後ろの天使様方が肩を震わせて笑いを堪えてるし。そうだよね~、天使様方が信者の前で大爆笑とかしたら信仰にかかわりますもんね。
“チキチキ、笑ってはいけない降臨現場”、笑うなって言われるほどおかしくなるんですよね、ここにはこの世のすべての社畜の恨みから生まれし暗黒神ブラックシャチクイーンもいますし、しかもあなた様とクリソツですし、同僚の方々の腹筋ダイレクトですし!!
“ツカツカツカ、ガシッ、グリグリグリグリ”
『僕ちゃんごめんね~、今凄くまじめで大事なところだからすこ~し我慢しようね~。ちゃ~んとお話を聞いてくれるとお姉さん嬉しいな~』
「痛い痛い痛い痛い、ごめんなさいごめんなさい、まじめにやります、もうふざけませんから!! こめかみを拳でグリグリするのやめて、神力注ぎ込んで俺の防御抜けてくるの勘弁して~~~!!」
あなた様マジで容赦なし、こんなのリッチエンペラーでも消滅するから、天使様が地上世界の矮小な存在に直接手を掛けちゃ駄目って本部長様に教わらなか、すみませんすみません、本当に反省してます、勘弁して~~!!
“ドサッ”
天上界より降臨した麗しの中級天使あなた様(総合職)に討伐され地に伏せる哀れな地上人ケビン・ワイルドウッド。そんな俺たちのドタバタ劇に小さくため息を吐きながら、本部長様がこの場の人々にお言葉を向けられます。
『まず皆に伝えることがあります。先に行われた“北の大地、厄災の種誕生せり”という神託は、そこの地上人、ケビン・ワイルドウッドにより発生したその日のうちに解決されました。この件によって世界に災いが広がるという事はありません。
その事は実際に異端審問官を送り込み調査を行ったあなた方ボルグ教国聖教会の上層部が一番分かっていたはず、調査を行ったオーランド王国ホーンラビット伯爵領マルセル村は確かに多くの力ある存在が集まっているものの驚くほどに平穏を保っていたと。そしてその平穏の中心には地上人ケビン・ワイルドウッドの存在があったという事を。
天上界はこの特質した人物ケビン・ワイルドウッドを特異点と認定、以前より要監視対象として調査を行っていました。その結果分かったことは、ケビン・ワイルドウッドが陰ながら世界に変革を齎しているというもの、勇者でも英雄でもないにもかかわらず、誰よりも世界に寄り添っているということ。
ステータスに現れた<創造神の加護>は当然の流れであったのです』
本部長様の言葉に驚きの表情を浮かべる教会関係者たち、ですが本部長様はそんな彼らに冷ややかな目を向けておられます。
『しかしあなた方は違った、自らの価値観に合わぬケビン・ワイルドウッドを排除し、女神様が祝福をお与えになったマルセル村の“祝福されし礼拝堂”をマルセル村を占拠することで手中に収めようとした』
「い、いえ、私たちは決してそのような、女神さまのご意思に逆らうような真似など行おうはずもありません。これは全て女神様のお与えくださった奇跡を人類の宝として未来永劫保存していこうと・・・」
口を開いた者は教皇猊下、必死な形相で弁明を試みておられます。
『女神様を信仰せし者よ、その考えが間違っているというのです。あなた方はこの世界の人々は全て自分たちの説く女神様の教えに従わなければならないと考えてはいませんか? その教えは、本当に女神様の教えですか?
女神様より加護を与えられし者が理由なくそのような栄誉を賜ったと本気で考えていたのですか? そこに嫉妬の心がなかったと女神様の下でも嘘偽りなく言い切ることが出来ますか?
マルセル村の礼拝堂に対する祝福はこれまでのケビン・ワイルドウッドの行いに対し与えられたもの、ケビン・ワイルドウッドとマルセル村の人々に対する言祝ぎ。あなたがたは女神様の思いと意思を一方的な思惑で奪い去ろうとした。
そればかりではない、これまでも自らを女神様の代弁者と称し、明らかに世界に対する脅威でも何でもない者に対して“魔王認定”を乱発し続けた』
本部長様から向けられた感情の起伏のない叱責の言葉、ただ事実を積み上げられた聖教会上層部の顔は青を通り過ぎて土気色に変わっておられます。教皇猊下と他数名の偉い方々は大丈夫なんでしょうか、今にも死にそうなんですが。
『本来であればそうした教会の暴走を取り締まる役割を担っていた者がいた、その者たちは上級・中級・下級の天使たち、ボルグ教国の担当者。
ですがその者たちはあなた方のその偏狭な信仰を利用し、自らの思惑の隠れ蓑としていた。
これは私たち天上界の落ち度、私たちは愚かな行いをしていた上級天使を捕らえる為に駆け付けたのです。これで答えになりましたか?』
うわ~、本部長様容赦ね~。聖教会の皆様方を全否定、しかも管理者である天使の方々に利用までされちゃってたって、これから何を信じて生きていけばいいのか分からないって状態になってるんですけど!?
『ケビン・ワイルドウッド、本来の話に戻ります。いくつかケビンにお聞きしたいことがあるのですが、先ずは上級天使##%&がどうなったのかについてです。大聖堂崩壊により上級天使##%&が巨大な騎士により捕らわれたこととその後堕天をむかえたのであろうことは観測されています。詳しい状況に関しては情報の開示を申請しているところです。
問題は赤黒魔法陣により呑み込まれていった堕天使##%&の現状です』
「あぁ、アレですか。あの上級天使にはしっかりと責任を取ってもらおうと思いまして、闇属性魔力の処理場の所長様にお願いして引き取ってもらいました。敵対的な天使の接触は想定していましたんで、最終的な落ち着き先も準備しておいたんですよ。
今頃新人堕天使として所長による新人教育が行われているんじゃないんですかね、前職が上級天使でも堕天使業界じゃぴちぴちの新人ですからね、仕事は山積みらしいんでぜひ頑張ってもらいたいものです」
俺の言葉に何故かドン引きする天使様方。いいじゃんね、再就職先もしっかり斡旋したのよ?
『そ、そうですか、何から何までありがとうございます。それとそちらの方ですが、地上に存在するには力が大き過ぎるかと』
本部長様が向けた視線の先、そこにいた者は暗黒神トワイライト。
「誰が暗黒神よ、誰が。私が神々と同等な訳ないでしょう、私が神ならケビンの方がよっぽど神でしょうがこの理不神」
「やめて? それって俺の心にダイレクトだから。っていうかトワイライトはどうするのよ、当初の予定だとある程度したら元の身体に戻ると思ってたんだけど?」
俺の言葉に肩を竦めるトワイライト。
「本当にそうよね、私の計算でもここまでの事態になるとは想定できなかったわ。天上界って本当にどうなってるのかしら。力の親和性、集まった社畜の嘆きがこの身体に染み込んじゃったのよね。冗談じゃなく個として確立しちゃったのよ。
って事で扉を出してもらえる? 力の制御なんかもあるし暫く島に引き籠るから。十分役割は果たしたし、南の島でのバカンスって事で」
そういいウインクをするトワイライト、こいつってばかなり俺の影響も受けてない? しっかりしているフリをしながらやる気がない辺りがそっくりなんですけど。
俺は収納の腕輪から自己領域の扉を取り出すと、トライデントにトワイライトのことを頼み、二人を中に送り出します。
『そうですか、では私たちも引き上げるとしましょう。地上世界の人々に平和と安寧が訪れることを願います』
次々と浮かび上がり夜空へ飛び去っていく天使様方、あなた様からは“後でしっかり聞かせなさいよ!!”との念話が伝わってきますが、これは居酒屋ケビンを開けってことですね、了解しました。
俺はどんどんと小さくなり光の点になって消えていく天使様方を見送ると、深々と頭を下げ感謝の祈りを捧げるのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora