夜が明ける、白みだした空は徐々に明るさを増し、眩しい朝の光が大地の向こうから昇り始める。
“ガタガタガタガタ”
街道を走る馬車、荷車に新鮮な野菜を乗せた村人たち、多くの人と物とが朝の訪れと共に街門の中へと入っていく。
ナミビア王国王都マドレーヌ、ナミビア王国の政治経済の中心地であるそこは、他の国にはないある一点に於いて注目される場所でもあった。
「次、身分と目的を述べよ」
「お努めお疲れ様でございます。私は調薬師のケビンと申します。ボルグ教国よりお届け物がありやってまいりました。
それで少々お伺いしたいのですが」
俺はさりげなく門兵に近付くとその手に銀貨五枚を握らせる。
「届け物というのが聖教会から勇者グロリアス・ブリッジ様のご自宅宛てのものでして、何でも母上様にお渡し願いたいとのことなんですよ。
書状がありますので引き渡し自体は大丈夫だとは思うんですが、ご自宅の場所を知りません。簡易地図的なものがあると助かるのですが」
「ふむ、ちょうど夜番の者が交代で衛兵事務所に戻るところだ、案内に付けさせよう」
「本当でございますか、これは心強い。案内の方にはよくお礼をしなければなりません」
「ほう、よい心掛けだ、すぐに呼んでこよう」
そう言い別の門兵に声を掛け、案内の方を呼んで下さる門兵様。金は天下の回り物、物事を進める潤滑油。各国から寄付金の集まるボルグ教国には当然ナミビア王国の硬貨もある訳でして、サクッと有効活用、やっぱりお金の力は偉大です。
「話は聞いた、ボルグ教国から勇者グロリアス・ブリッジ様のお母上様に届け物をもってやって来たとか、遠いところご苦労だったな」
「いえ、私など大したことはございません。勇者グロリアス様は世界の為に魔王討伐へ赴かれた御方、そのような御方のお役に立てるのでしたらそれに勝る喜びはございません」
俺は案内の門兵様にも銀貨を五枚手渡し、「よろしくお願いします」と頭を下げます。
「ふむ、まぁ勇者グロリアス・ブリッジ様のご自宅はこの王都で知らぬ者などいないのだが、案内ついでに屋敷の門兵に口添えしてやろう。
勇者グロリアス・ブリッジ様に御近づきになろうとする者が多いせいで、屋敷の警護は厳重だ。門兵に頼ろうとしたお前の判断は正しかったという事だ」
そう言い俺を先導する門兵様、これは女神様のお導きに違いない。俺は門兵様に深く頭を下げ礼の言葉を向けると、徹夜明けのテンションもそのままに後を付いて勇者グロリアス・ブリッジ様のお宅へと向かうのでした。
「よろしいか、私は王都西街門のものだが旅の者を案内してきた。聞けばボルグ教国から勇者グロリアス・ブリッジ様のお母上様へ届け物を持って来たとのことだ。詳しい事はこの者から聞いて欲しい。
では私はこれで失礼する」
「本当にありがとうございました、心より感謝申し上げます」
俺はここまで案内をしてくれた門兵様に深々と礼をすると、屋敷の門番に街門で行った説明を繰り返し、返事を待つのでした。
「調薬師のケビンとはあなたですか? 何でもボルグ教国より勇者グロリアス・ブリッジ様からの届け物を持って来たとか」
屋敷内に通された先の部屋にやって来た人物は、いかにも執事長といった雰囲気を醸し出す初老の男性。
「はい、私は調薬師のケビンと申します。冒険者ではなく調薬師の私が届け物を持って来たことを疑われるのは尤もなこと、理由は私に紐付けされた魔道具にございます。
早速届け物のお引き渡しと行きたいのですが、魔道具使用の為にここの扉をお借りしてもよろしいでしょうか?」
俺が指差したのは隣の部屋との通用口となっている壁際の扉、何かがあった際にはここから屈強な兵士が飛び込んでくる手はずになっているのだろう。
「そうですね、先ずは見てみないことには話になりませんし、どうぞお使いください」
執事長(仮)に許可をいただいた俺は、懐から取り出した精霊の鍵を扉の真ん中に突き立てます。
“ガチャッ”
鍵を捻ると施錠が解かれたかのような音が響きます。
「<オープン>、“カチャッ”、お~い、紬~、残月~、皆さんを連れてきてくれ~」
扉の向こう、そこは風そよぐ緑の草原。その光景を目にした執事長(仮)は、まるで幽霊でも見たかのように目を見開き驚きを露にしています。
でも執事長(仮)、驚くのはこれからですよ?
“キュキュ~、キュイ”
「御主人様、お待たせいたしました」
扉の向こうから現れた二人の女性が、俺に向かい礼をする。っていうか何で紬がそんな挨拶をしてるの? 残月に教わったんだ。流石残月、卒がない。
「ここは・・・、タイラー、タイラーなのか!?」
「!? グロリアス様、これは一体。何故グロリアス様が、それにその御姿は・・・」
勇者グロリアスを先頭に、次々と扉から現れる勇者パーティーの皆さん。その光景に唯々呆気にとられる執事長(仮)。
まぁここナミビア王国では勇者は国を代表する英雄、輝かしい栄光に彩られた光の勇者グロリアス・ブリッジ様と勇者パーティーの美女軍団が、みすぼらしい簡素な布の服姿で現れたら、そりゃ驚きますよね~。
「こちらが勇者グロリアス・ブリッジ様のお母上様へのお届け物となります。この後王家への報告など、様々な手続きがあるとは思いますが、一旦お任せします。
昨夜から徹夜でしてね、少々眠気が。紬、戻るよ。残月は悪いけど連絡係を頼む、何かあったら知らせてくれ」
俺はそう言うと後のことを勇者グロリアスに丸投げし、精霊の庭に引っ込むのでした。自動回復スキルなしの徹夜はマジキツイ、しかも精神的な疲れやら肉体的な疲れがドッと出るっていうね、やっぱスキルは偉大だわ~。取り敢えず精霊の庭の屋敷で寝ます!! ビバ・お布団様、キャタピラーに、俺はなる!!
―――――――――――――
「グロリアス様、それに皆様も、これは一体どういう・・・」
突然屋敷に現れた私たちに驚くタイラー、ブリッジ子爵家の執事として長年仕え、私が勇者として王家からの信頼を得るようになっても変わらず接してくれる数少ない人物。
「ただいま、タイラー。詳しい事は後で話そう、先ずは着替えを頼む。
彼女達の分もメイドたちに手配してくれ」
私の言葉に慌てて走り出すタイラー、その姿に自分は本当にナミビア王国へ帰ってきたのだと実感する。
「グロリアス、この後はどうするつもりか。王都に戻ってきたのであれば王城に報告へ向かわぬ訳にもいくまい」
「そうですね、私も王都教会へことの詳細を報告しに行かねばなりません。魔王討伐の失敗とボルグ教国聖教会の崩壊はいずれ世界に伝わります、その時騒ぎに巻き込まれないよう、事前に関係各所へこの事態を伝え、私たちの立場を確固たるものにしなければなりません」
魔王討伐は失敗した、いや、この魔王討伐自体が誤りであったと、天使様方により裁定されてしまった。
女神様の威光を笠に事実を捻じ曲げ、独自の解釈で暴走したボルグ教国聖教会。その事実に気付きながらも既に止める事は出来ないと加担した私たち勇者パーティー。
「勇者の地位は剥奪されるだろう。残月さんの話では、ケビン・ワイルドウッド男爵は教皇猊下に今回の魔王認定が間違いであったことを公表する約束を取り付けたとか。
そうでなくとも八万七千の兵力を以って惨敗し、あまつさえ全員の傷を癒したうえでボルグ教国へ送り届けられ解放されたとあっては、聖教会の面目は丸つぶれだ。無論それは魔王討伐軍を率いていた私や勇者パーティーも同じ事、国としてそのような汚点の付いた勇者を優遇する意味がない。
だが放置する訳にもいかない、勇者の力は強大であり、言葉を変えればそれだけの脅威でもあるのだから。
よくて飼い殺し、最悪暗殺も考えられる。過去にはそうした例もあったことだろう」
私の言葉が部屋の中に広がる。パーティーメンバーは誰一人口を開かず、静かに自身の置かれた立場を受け入れる。
「なぁ、グロリアス、ホーンラビット伯爵領へ向かわないか? あそこには大剣聖クルーガル・ウォーレンもいる、彼に頼めば私たちを受け入れてくれるかもしれない。あまり記憶にないが、優しい父であったと聞いている」
コーネリアの言葉に、残りの三人も頷きを示す。だが私は首を横に振り口を開く。
「すまない、コーネリアの言葉は嬉しいが、その提案を受け入れることは出来ない。コーネリアもそうだが私には王都に住む父と母がいる、ブリッジ子爵家を継ぐ兄がいる。私の勝手で家族を苦しめる訳にはいかない」
私の言葉に辛そうな表情になるコーネリア。彼女の生家であるマーベル伯爵家は勇者パーティーに所属する剣聖を輩出した貴族家として名声を高めた家であり、実母が存命である以上貴族家の柵から逃れることは出来ない。
“コンコンコン”
「失礼いたします。グロリアス様、皆様の御着替えの準備が整いました」
「分かった、直ぐに取り掛かってくれ。皆、この話は後だ、先ずは着替えを済ませよう」
扉を開き現れたタイラーとメイドたちに連れられ着替えに向かう私たち、部屋の中には精霊の庭で私たちの世話をしてくれた残月さんが残される。
「グロリアス様、あちらの方は」
「あぁ、その件も含め話をしよう。着替えが終わったらお茶の準備を頼む、母上も心配なされているだろうからな」
私の言葉に口を噤むタイラー、私は扉を閉めると久々の自室へと向かい、改めてこれが夢ではないのだと実感するのであった。
「母上、ご心配をおかけしました。グロリアス、パーティーメンバーと共に無事帰ってまいりました」
着替えを済ませた私たちが向かったのは庭の見える広間、昔はよくこの部屋で家族と集まり談笑したものだと思い出す。ブリッジ子爵家は所謂官僚貴族、地方に領地を持つ貴族家ではないものの、それなりに裕福な暮らしをしていたと思う。
父は出世欲こそ薄いものの周囲の動きに敏感で世渡りが上手な部類であったし、母も見栄よりも穏やかな生活を好む質であった。そんな家の次男であった私が勇者の職を得たことで、家族には大きな負担を掛けたことだろう。
こうして真っ直ぐ母上の顔をみると、どれ程の苦労をお掛けしたのかがよく分かる。私は自身のことばかりを考えていて、周りが何も見えていなかったのだということも。
「グロリアス、突然のことで驚きました。ボルグ教国聖教会から私宛に届け物が届いたと聞かされた時は何のことかと思いましたが、それがあなたたちのことであったとは。あなたがここにいるという事は魔王討伐が終わったという事、ですがそれならばこのような形の帰国は様子がおかしい、一体何が起きたのですか?」
相変わらず母上はお優しく聡明だ、私は心配そうにこちら視線を向けるタイラーをはじめとした使用人たちに目を向けてから、母上のご質問にお応えする。
「端的に申し上げれば、魔王討伐軍はホーンラビット伯爵家に完敗いたしました。ボルグ教国からの兵が五万、途中から加わった義勇兵の数を含め八万七千の兵力を以って戦いに挑みましたが、完膚なきまでの大敗北。
更に言えば予め仕込まれた儀式魔法のような物により四度の全滅を経験いたしました。私個人で言えば二十回以上は殺されたでしょうか、パーティーメンバーも同様に少なくとも十回以上は殺されていました。
私の話を敵に見せられた幻覚によるものであったのだろうと言われても否定のしようはありませんし、その言葉を否定するつもりもありません。私自身そうであったのならどれ程よかったのかと何度も思いましたので。
この後王城からの呼び出しで向かう事になるでしょうが、その結果どのような裁定が下されるのか分かりません。父上、母上、兄上、義姉上にはこれまで以上のご迷惑をお掛けしてしまい心苦しく思います。申し訳ありませんでした」
私は謝罪の言葉を口にすると深々と頭を下げる。他にどうしていいのかが分からない、魔王に破れた敗北の勇者、女神様の御意思に逆らった不心得者、今更起きてしまった事実は変えようがない。
「頭を上げなさいグロリアス、あなたがこのような嘘を吐くとは思っていません。この話を信じられるのかと聞かれれば理解が及んでいないのが正直な感想です。
ですが一つだけ言えることはグロリアスが無事に生きて帰ってきてくれたということ、私はそれだけで十分、他には何も望んではいないのですから」
そう言い優しく微笑む母上の姿に、無意識のうちに頬を涙が伝う。私はこれまでどれ程この心優しい人を苦しめてきたのか、子の無事を祈る母親の気持ちをどれ程踏みにじってきたのか。この胸を締め付ける苦しみなど、母上が抱えてきた苦悩の万分の一にも満たないというのに。
「失礼いたします。グロリアス様、王城より迎えの馬車が参りました」
「わかった、直ぐに向かうと伝えてくれ。タイラー、応接室の残月さんに知らせを、どうするのかを伺って欲しい」
門番からの連絡に席を立つ。心配そうな視線を向ける母上に一礼し、パーティーメンバーに目配せをする。
「グロリアス、一つ聞きたいのですが、あなたたちを屋敷に連れてきた調薬師とは一体」
「・・・あぁ、あの方ですか。お名前はケビン・ワイルドウッド男爵様、私たちが魔王に仕立て上げ討伐しようとした相手。もっともその正体は魔王など及びもつかないとんでもない御方でしたが」
思わず口元に漏れる笑み、本当にとんでもない御方に当たってしまった。
私は小さくため息を吐くと気持ちを切り替え、王城よりの馬車の下へ向かうのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora