真っ暗な夜の闇を疾走する一台の荷馬車。突然の事態、予測不能の危機。
「エミリーちゃん、ライトの魔法を出して、暫くの間だけでいいから」
ケビンはエミリーに魔法の指示を出すと、自身のカバンを漁り目的のものを取り出す。エミリーの出すライトの魔法により明るさの灯る荷台、混乱する暗闇から解放され安堵する子供たち。
「ジミー、これを御者台脇の柱に括り付けて。俺はこっちを縛っちゃうから」
「了解、ケビンお兄ちゃん」
そんな明るくなった荷台の上で、ヘンリーさんちの兄弟が何やら作業を開始する。
「よし、完了。それじゃエミリーちゃん、今度はこの紐を握って頭の中でライトって唱えてみて、詠唱はしなくてもいいから」
ケビンお兄ちゃんからの指示に、エミリーは紐を握ってからコクリと頷く。
”パーッ”
すると先程柱に括り付けたモノ、ケビン特製の照明の魔道具が眩い光を放ち、暗闇の街道を昼間のように明るく照らし出した。
「ボイルさん、この明るさなら大丈夫そうですかね?」
「あぁ、走るのには問題ないけどこの速度はまずい、いつ車輪が壊れてもおかしくないぞ!」
先程より全力で走り続ける荷馬車、元よりそれ程の速さで走る事を前提に作られていない上にいくら整備されてるとは言え所詮土と石の街道、激しい揺れと振動は車軸や車輪に深刻なダメージを与えていた。
「はぁ~、そうですよね、では少し速度を落としてください。でもなるべく早くこの場を離れる感じでお願いします、出来るだけ遠くまで。ボビー師匠、少しいいですか?」
流れる緊張感、それは事態がいまだ予断を許さない状態にある事を示していた。
「なんじゃケビン、状況はそれほどなのか?」
「まぁそうですね、あれには獲物として認識されてるでしょう。おそらくはこの子らの魔力を覚えられてしまったかと。ある程度まで引き離せれば大丈夫でしょうが、今のままだと追い付かれますね」
「ではどうすると言うのじゃ、先ほどの話しではこれ以上速く荷馬車を走らせこの場を離れることは難しいのであろう?」
「えぇ、ですので少々小細工を施して奴を足止めしようかと。俺一人でならいくらでも逃げられますんで。伊達にホーンラビットの群れを横断してませんから」
「ブッ、お主一体何をやっておるんじゃ。しかもその顔、一回や二回ではあるまい、今度ヘンリーによく言っておかねばならんな。それでお主は大丈夫なのであろうな」
「ハハハハ、まぁ頑張りますよ、本当は嫌ですけど遅かれ早かれでしょうから。なら逃げだせる可能性の高い方に賭けたいじゃないですか」
「ふむ、倒すと言わんところがお主らしいの。分かった、こ奴らの事は引き受けよう。ケビンも無事戻って来るんじゃぞ?」
「当り前じゃないですか、俺はマルセル村で孫やひ孫に囲まれて老衰するんです。この程度の修羅場、するっと潜り抜けて見せますよ」
「ほんにお主は・・・。心底お主らしいわい、無事にマルセル村に辿り着いたらしっかり剣術の稽古をせんとの」
「え~、そこは“お主なら大丈夫じゃ、剣術無しでもやっていけよう”とか言って免除の流れじゃないんですか?今凄く良い場面ですよね?セリフ間違えてないですか?」
「馬鹿もん、あれほど言っておるのに碌に顔を見せんで好き勝手しおって。これは強制じゃ。ドレイク村長代理の許可も貰っておる」
“なんてこった”、がっくりと肩を落とすケビン。
彼は落ち込む心に気合を入れて、作戦行動を開始するのであった。
「ブー太郎、大丈夫か?」
“ブフ、ブヒブヒ”
「あぁ、ここから先はずっとこの速度だから何とかなると思うけど、疲れたら渡した干し肉を食べるんだぞ、後飴も。おそらくそれで何とかなるから。俺はあのおっかないのを足止めするから、村のみんなを頼んだ」
“フゴフゴ、ブヒー”
「ふっ、頼もしいじゃないか。それじゃボビー師匠、後をお願いします。なるべく早く合流しますんで。ジミー、二人の事はお前が守れ、頼んだぞ」
“バッ”
走る荷馬車から飛び降りたケビン、彼は背中の触手を巧みに操り街道に着地すると、一人ナニカに向けて走り出すのだった。
―――――――――――――――
“ふむ、中々に味わい深い、貴様らは相当悪事を重ねたと見える。その魂にこびり付く恨み辛み、闇の魔力で塗れておるではないか。甘露甘露、だが我の器としては相応しくはないか。より強大な力を持つ者でなければ、我が器足りえんからな。”
「はぁ、それであの子らが狙われたと言う訳なんですか」
“ふむ、あ奴らは中々に良い魔力を内包しておった。あの大河を彷彿とさせる淀みない流れ、我を見て驚きこそすれその魔力に乱れは見られなかった。質・量ともに我が器に相応しいものと言えるであろう。その様な出会いはそれこそこの身体を見つけて以来。今を逃せば今後何百年経とうと出会えぬかもしれぬ極上品”
「うん、褒められてるはずなのにあまり素直に喜べない。これが食べられる側の気持ちなんだろうか。今後角無しホーンラビットに”美味しくな~れ❤”って言うのは止めよう。なんか凄い罪悪感が湧いて来ちゃった」
“む?貴様いつからそこにいた。と言うか何故平気な顔をして我の傍に佇んでいる事が出来るのだ!我が闇の力は全ての者から魔力を奪い去るマジックドレイン、その力は人であろうと魔物であろうと抗う事叶わず。リッチキングの即死魔法の様に魔力量の多寡でレジスト出来る様な紛い物とは違うのだ、なのに何故平気な顔をして立っておる、平伏し地に伏せよ!”
ナニカの身体から大量の闇が噴き出しケビン少年に襲い掛かる。それは濃密な闇の魔力、その魔力は全ての者から魔力を奪い去る究極の魔法。その力の前にレジストなどと言う事はあり得ない。全ての者が自身の魔力を吸い取られ、その悉くが地に倒れ伏すのだ。
「どりゃ!」
だが少年ケビンにその様な常識は通用しない。彼は背中から伸ばした巨大な触腕に闇属性魔力を纏わせ“同属性の魔力であれば掴んだり弾き返したり出来る”と言う魔力の性質を利用し全てを叩き落としたのである。
「あ~、なんかチビッ子たちが魔力量が多いからって狙われたみたいなんでお知らせいたしますが」
“ブワ~ッ”
「実は僕の方が魔力は多かったりします」
そこにいたのは大量の闇属性魔力を纏った者、先ほどの子供たちなど問題にならない、何十倍もの魔力を身に纏った存在。
“クククククッ、アッハッハッハッハッ、何と言う僥倖、
“ズゴオオオオオオオオ!!”
立ち昇る漆黒の闇、上空へと舞い上がったそれは形を変え、漆黒の龍へと変貌する。
“我こそは闇の魔力の化身成り。我が肉体よ、今ここに一つとならん”
天空より響く声、そしてケビンを目指し落下する漆黒の龍。
「いでよ、魔剣“黒鴉”」
その両手に握られたのは黒鞘の直刀、ケビンが直刀の柄に手を掛ける。
“ハハハハハハ、その様な玩具を取り出してどうすると言うのか。精々足掻くがいい”
「“黒鴉”、踊り食いだ、全部食べちゃっていいからね♪」
“スーッ”
封印の魔方陣が刻まれし漆黒の鞘より引き抜かれた美しい刀身は、暗闇の中僅かな光を反射し、妖しい輝きを見せた。
“ゴゴゴゴゴゴゴ”
“うおおおおおおお、何が起こっていると言うのだ!我の身体が、我の魔力が、全てが吸い取られて、うおおおおおおおお!!”
「あ、魔力の腕輪さん、周りに散らばったカスの処理と周辺の除染をお願いします。結構ガッツリ汚染されちゃってるんで、皆吸い取っちゃってください」
それは教会で出会った何かから譲られた余剰闇属性魔力回収装置、試験導入の為に作られた試作品の性能は、その大きさからは考えられない程の力を発揮する。
”
“ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ”
“我が魔力が、我が呪いが、我が宿願が、わが・・・・・”
“ゴゴゴゴゴゴゴシュッ”
“カチンッ”
音を立て黒鞘に戻る魔剣。心なしか満足気なそれを腕輪収納へと仕舞い、周囲を見渡す。闇魔法や呪いの気配は皆無、吸引力の変わらない掃除機二台のお陰で大変綺麗な状態でございます。これなら後でこの街道を走る馬車があっても影響はありませんね。それで襲撃者様方ですが、皆さん逝かれてしまわれた様です。惜しい練習役を無くしてしまいました。(合掌)
倒れた盗賊をすべて腕輪に収納、後でゴミ出しに行かないと。後は細々とした忘れ物を回収しこれで終了・・・って誰かいるし。
「えっと、どちら様?」
“強き少年よ、礼を言います。貴方のお陰で私は解放された、ありがとう”
真っ暗な宵闇の中、薄ぼんやりと身体が光り、なんか背後が透けて見えるお方にお礼を言われてしまいました。こんな感じの方って最近あった事があったよな~、あそこは色とりどりの花が咲いていて綺麗だったよな~。
「え~っと、何度も聞いて申し訳ないんですけど、どちら様でしょうか」
“私はイザベル。賢者にして偉大なる大賢者シルビア・マリーゴールドの最後の弟子”
「はっ?大賢者シルビア・マリーゴールドって大森林にある花園の主じゃん。と言うか最後の弟子ってどこぞの勇者と一緒に旅立って、帰って来てからお墓と結界をこさえた魔法使いだっけ?なんでまたそんなお方がこんな所に?」
“えっ、師匠をご存じなのですか?いえ、そんなはずは、師匠はとうにお亡くなりになっているはず、少年が知るはずはありません”
「あぁ、シルビアさん、お弟子さんが作った魔物避けの結界が優秀過ぎてお墓のある花園から出れなくなっちゃったみたいでしたよ?“退屈だ~”って唸ってましたから。それとそのお弟子さんの心配をなさってましたね」
“なんと言う事に、私が余計な事をしたばかりに師匠を苦しめてしまうだなんて。私は、私は”
「あぁ、そんなに自分を責めなくても大丈夫ですって。シルビアさんはそれなりに楽しんでいるみたいですから。こないだ花園にやってくるフォレストビーを使役してみたら?って勧めたら“これで森の様子が分かる”って言ってはしゃいでましたし。もっとも“なんでもっと早くにこの方法に気が付かなかったのよ、私!”って呻いてもいましたが。それでこの腕輪がその時貰ったものですね」
そう言い右腕に嵌めた収納の腕輪を見せると、“確かにそれは私が墓標に納めた品”と言ってワナワナ震えるイザベルさん。まぁ、これで俺の言っている事が嘘では無い事が分かって貰えた様です。
「で、イザベルさんはこの後どうします?成仏するのならシルビアさんに伝言でも伝えましょうか?」
“私を解放してくれたばかりかその様なお心遣い、本当にありがとうございます。では師匠に<貴女と過ごした日々が私の人生で最も幸せな時間でした>と言っていたと伝えて頂けないでしょうか?”
「確かに承りました。大森林の花園に行って、イザベルさんがちゃんと天に旅立ったとお伝え致します」
“ありがとう、強き少年よ。貴方の冒険者人生がより素晴らしいものとなることを、遥か天界より祈っています”
イザベルさんはそう言うとゆっくりと中空に浮かび上がり、淡く光る身体をより激しく輝かせるのでした。
さようならイザベルさん、貴女の想い、確かにお伝えします。でも俺は村人ですから、冒険者にはなりませんから、空気を読んで黙ってますけどね!
なんかイザベルさんが盛り上がっている様なので、邪魔をしてはいけないとお口にチャックの俺、大人だな~。
そして幻想的な光を放ったイザベルさんは光の粒子となり夜の闇に溶けて消え、溶けて消え・・・どうしましたイザベルさん?
“いえ、あの、成仏ってどうやるんでしょうか?私長いことあの存在に縛られていたのでその辺が・・・。先程は光属性魔法のターンアンデットを行ったんですが、効果がなかった様でして・・・”
・・・賢者様、成仏失敗。
なんとも言えない空気が流れる現場。そんな二人を、夜空に煌めく星々はただ優しく見守るのでした。
本日一話目です。