勇者グロリアス・ブリッジ率いる魔王討伐軍が王都バルセンを旅立って一月と少し、突如王都を襲った強烈な覇気と魔力は、王都の人々を恐怖と混乱の渦に叩き落した。
それはまるで一年前に起きたドラゴン襲来の再現、狼狽し、絶望し、どうしてこのような目に遭わねばならないのかと世界を呪う。
だが再び救いの手は差し伸べられた、それは世界を包み込む温かな力、光と優しさが王都を包み込み、王都のなにもかもを美しい輝きに満たしていった。
王都の人々は打ち震えていた顔を上げ、世界を照らす奇跡の光を目にすることとなった。そして祈った、光の発生源である王城に向かって、王都大聖堂の女神様像に向かって。
“王城の奇跡”、その出来事は王都民の中で軽視され始めていた王家に対する忠誠心を回復すると共に、現国王ゾルバ・グラン・オーランド陛下に対する信頼を大きく高めることとなったのであった。
「なぁ、聞いたか? 辺境の蛮族の下に向かった魔王討伐軍が全滅したって話」
「あぁ、聞いた。最初は何を馬鹿なことを言ってるんだって思ったんだけどよ、“王城の奇跡”の後、冒険者ギルド本部に鬼神と剣鬼が現れて大暴れしたって話らしいんだよ。
これっておかしいんだよ、何で辺境の蛮族が王都の冒険者ギルド本部にいるんだよ、魔王討伐軍はどうしたんだよ、意味が分からねえよ」
自分たちは女神様に見守られている、自分たちは選ばれた民である。“王城の奇跡”に沸く王都民の中に再び盛り上がり始めた選民意識、だがその思いに冷や水を掛けるように齎された辺境の蛮族が起こした蛮勇の知らせ。
あり得ない人物たちの存在とあり得ない事態。点と点、線と線が結ばれるとき、そこにはさらにあり得ない仮説が浮かび上がる。
“バタンッ”
「大変だ、王城からの発表で、クロッカス第三王子殿下とライトニー・マルス侯爵様をはじめとした中央貴族の方々が処刑されるらしい」
飛び込んだ知らせ、それは王城からの公開処刑の告知。罪状は軍部の物資を勝手に持ち出したばかりか、鉱山で労働刑を受けている囚人たちを組織し脱走させたというもの。
それは王都バルセンから魔王討伐軍に参加した義勇兵たちが鉱山労働刑を言い渡された囚人たちであり、魔王討伐軍として勇者グロリアスと共に旅立ったはずの第三王子と高位貴族が囚人解放の罪によって捕縛されたということ。
「なぁ、もしかして魔王討伐軍が全滅したって噂って・・・」
「ちょっと待てよ、それじゃあの王都を襲った覇気と魔力は蛮族たちの仕業だって言うのかよ。そんな、勇者だぞ、八万七千の魔王討伐軍だぞ、ボルグ教国から三種の神器が貸与されてるんだぞ!?」
「それじゃ冒険者ギルド本部で暴れてたっていう鬼神と剣鬼はどう説明するんだよ。最初からホーンラビット伯爵家側についていたゾルバ国王陛下が奇跡の祝福を受けたのが何よりの証拠なんじゃないのか?
魔王討伐軍と蛮族との戦いは蛮族が勝利した、蛮族はその勝利を以って王家に問い質しに来た。クロッカス第三王子殿下や中央貴族の方々が参戦してたんじゃそうなって当然だよな。
それで両者が和解、王家は祝福を受けることとなった。王家が初めから主張しているようにこの魔王討伐軍の派遣自体が間違いだったってことを女神様がお認めになったってことなんじゃねえのか?」
広がる噂、それぞれの考察、何が正しくて何が間違っていたというのか。
その後王都教会よりボルグ教国聖教会の教皇猊下が正式に今回の魔王討伐軍派遣は間違いであったと認め、ケビン・ワイルドウッド男爵の魔王認定を取り消したと発表されたことで、王都は大混乱に陥ることとなるのだが、彼らはまだその事を知らないのであった。
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「今のは一体・・・。コリアンダ、王都で一体何が起きているのか、至急情報を集めなさい」
「はい、ラビアナお嬢様。ですがあれはマルセル村の・・・」
「その事も含めてです。アリス、大丈夫ですか? 身体に不調な点はありませんか?」
王都全体を襲った恐怖と癒しの現象は、場所や相手を選ばずありとあらゆる者たちの下へ降り注いだ。それは当然公爵家令嬢であるラビアナ・バルーセン嬢の下へも届くこととなり、バルーセン公爵家王都屋敷で匿われていたアリス・ブレイクもその強烈な覇気と魔力、癒しと浄化の力をその身で味わう事となったのである。
「ラビアナ様、今のは一体何だったんでしょうか?」
「はっきりとしたことは言えないけど、恐らく今回の魔王討伐軍派遣が失敗に終わったということでしょうね。先ほど味わった覇気と魔力、アレに近しい力を以前体験したことがあるの。私が冷静に振る舞えたのもそのお陰と言えるわ。
世界にはとんでもない人たちがいる、アリスも一度体験しておくといいかもしれないわね。そうだわ、卒業前の冬季休み、アリスもマルセル村にいらっしゃい。ジミーには私から頼んでおきましょう。
そう、ジミー。彼らが王都に来ているということは、ジミーも無事に。
フフフフ、そうね、あのジミーが勇者グロリアスに負けるはずがないのよ、きっと無事に決まってるわ。だったら学生寮で出迎えてあげないといけないわね、こんな事表立って人には言えないもの、私がジミーの無事を祝福してあげないと」
何か一人で納得し花のような笑顔でぶつぶつ独り言を言い始めたラビアナに、心配そうな視線を向けるアリス。
「あの・・・ラビアナ様?」
「アリス、王都学園に向かうわよ。これで王都の騒ぎはお終いになるはず、アリスが危険に晒される事もなくなるわ。
そうと分かれば寮に帰る準備をしないといけないわね、コリアンダは・・・調査を頼んだのよね。誰か、アリスの荷物整理を手伝ってあげなさい。私はお兄様の下へ向かいます」
「「「畏まりました、ラビアナお嬢様。アリス様、どうぞこちらへ」」」
動き出した時間、王都の騒動は終わりを迎える。ラビアナはホーンラビット伯爵家の勝利を確信すると、口元に笑みを浮かべ当主オルセナ・バルーセン公爵の下へ足を向けるのであった。
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「そうか、クロッカス兄上の処刑が決まったのか。いずれにしても顔を出さねばならないと思っていた、国王陛下にお目通りの許可をもらってくれ」
「それには及びません。ゾルバ国王陛下からはアルデンティア第四王子殿下が王城へお戻りになられ次第お連れするよう申し付かっております」
魔王討伐軍と勇者グロリアス・ブリッジの来訪は、王都の多くの貴族たちに強い動揺を生む事となった。勇者グロリアス・ブリッジと勇者パーティーの放つ存在感は、彼らの率いる魔王討伐軍八万七千の姿と共に貴族たちに強烈な印象を植え付けた。
貴族とは時勢を読み、自身の一族にとって一番利益となる選択をし続けてきた者たちである。確実な勝利が約束されているかのような魔王討伐軍と魔王討伐に参加する義勇兵たちの勇姿は、彼らを見守る貴族たちに自分たちの選択が間違っていたのではないのかとの不安な気持ちを掻き立てる。
王家の者としてゾルバ国王の方針に従い魔王討伐軍派遣に反対の立場を取っていたアルデンティア第四王子は、国王派や自身の派閥の者たちが動揺から軽率な行動をとらぬよう、バルーセン公爵と協力し王都に残る貴族たちへの働き掛けに尽力していたのであった。
「アルデンティアよ、貴族たちへの働き掛け、ご苦労であった。本日は魔法学園と武術学園へ訪問していたと聞いていたがどうであった?」
執事に連れられ向かった先は国王執務室、部屋に入るなりゾルバ国王から向けられた労いの言葉に驚くも、アルデンティア第四王子は落ち着いた調子で報告を行う。
「ハッ、国王陛下にご報告申し上げます。先ず私が訪れたのは武術学園でしたが、やはり魔王討伐軍の進行する光景は生徒達に強い印象を与えたようで、学園内では今回の魔王討伐軍派遣の是非について盛んに議論が交わされていたようです。
ですがその後の大粛清により魔王討伐軍の話題自体が避けられるようになり、あまり表立って話題に上ることはなかったとのことでありました。
ですがそうした動きはある意味問題の潜在化に繋がります。私の両学園への訪問は、そうしたものの対処を目的としていたのですが・・・」
アルデンティア第四王子がそこで言葉を区切ると、ゾルバ国王は皆まで言わずとも分かると言わんばかりに頷きで応える。
「アルデンティアも想像がついていたやもしれんが、王城にホーンラビット伯爵家が訪れた。アレは彼らが北街門で放った合図だ、魔王討伐軍はホーンラビット伯爵家に敗北したというな。
この一月王都は勇者グロリアス・ブリッジと魔王討伐軍の訪れで浮かれていたからな、よい引き締めになったことであろうよ。
ホーンラビット伯爵家騎士団の主だった者たちはワイルドウッド男爵家王都屋敷に引き上げた。王城にはホーンラビット伯爵に残ってもらっており、レブルとメルビアに相手をしてもらっている。
この後アルデンティアにも顔を出してもらうが、その前に我から話をしておかねばと思い席を抜けさせてもらったのだ」
ゾルバ国王はティーカップを手に取り口を付けると、一度ため息を吐いてから言葉を続ける。
「話というのはクロッカスのことだ。既に聞いていると思うが、クロッカスは近いうちにライトニー・マルス侯爵らと共に公開処刑とすることが決定している。明確な国家転覆を謀ったブライアントを追放刑にしておきながらクロッカスを公開処刑にする事を疑問に思うかもしれんが、これには明確な理由がある。
ブライアントの事件自体がバルカン帝国の策略であったことと、ドラゴン襲来により国民が酷く動揺していたこと、ブライアントを処刑することにより他国に与える印象。昨年の時点でのオーランド王国にとって、あの決断は最善であったと今でも考えている。
だが今回は違う、ボルグ教国の魔王討伐軍派遣はオーランド王国に対する重大な内政干渉である、このことはオーランド王国王家の決定として再三に渡り主張してきたことだ。
国王として、オーランド王国王家として、その決定に逆らい中央貴族の者たちを率いて参戦したクロッカスを罰せぬわけにはいかない。
更に言えば王国軍の物資を横領し鉱山犯罪者一万五千を解放しての義勇兵参戦は、王権を揺るがす重大な反逆行為に他ならない」
それは国を治める国王としての決定、自身の子であろうと決して見逃す事の出来ない国王としての責務。
「最後は他国とホーンラビット伯爵家に対する誠意だ。魔王討伐軍派遣を決めたボルグ教国の方針に逆らうことは、魔王に与する国家という汚名を受けることに等しく、そのような国からの要請に応えることは各国にとって危険な選択でしかなかったはずだ。
だが軍事協力を結んだスロバニア王国ばかりかリフテリア魔法王国・ミゲール王国・ヨークシャー森林国・ダイソン公国・バルカン帝国までもがこの魔王討伐に関し不干渉を申し出てくれた。ヨークシャー森林国に至っては抵抗軍の派遣を申し出てきたほどだ。
周辺国のこれ程の協力に対し、身内の造反を見逃すことは我が国の信頼を著しく損なうことに他ならない。
ホーンラビット伯爵家に対する誠意は言うまでもない。一年戦争を収め、ブライアントの造反の時も影で動きダイソン公国に侵攻したバルカン帝国の侵攻軍を押し止め常に我が国を陰から支えてくれた。今度の騒ぎもホーンラビット伯爵家がその気であればオーランド王国はとっくに二分され内乱状態に陥っていただろう。
彼らにとって王都陥落が造作もないという事は証明されてしまった事実であるしな。
ホーンラビット伯爵家は今後独立領となり、オーランド王国の干渉を受けない一地域としての道を歩むとのことだ。これからは交易を通じて交流を持つ国外地域という扱いになる。
王都学園に在籍するエミリー・ホーンラビット伯爵令嬢をはじめとしたホーンラビット伯爵領出身者たちは、国外からの留学生として扱うように。
何か聞きたい事はあるか?」
国王執務室に流れる沈黙、アルデンティア第四王子は俯いていた視線を上げると、静かに口を開く。
「クロッカス兄上と言葉を交わすことは可能でしょうか?」
「・・・そうだな、アルデンティアはあの者と親しくしていたからな。
機会は設けよう、だがあまり長く語ることは出来ぬぞ?」
「ありがとうございます、国王陛下の寛大な御心に感謝申し上げます」
「うむ、では参ろうか、アルデンティアはエミリー嬢やジェイク・クローとは親しい関係を築いていると聞いている。ドレイク・ホーンラビット伯爵殿も娘の学園の様子を聞けば喜ばれる事だろう」
立場の変化、小さいながらも強大な力を秘めた勢力として独立を果たしたホーンラビット伯爵家。アルデンティア第四王子はこの後の会談は自身ばかりでなくオーランド王国王家の存亡が掛かる重大なものであると自身に言い聞かせ、ゾルバ国王の後に従い国王執務室を離れるのであった。
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「ジェイク君、何か凄い久し振りに学園に来た気がするね」
「そうだな、冬季休暇の方がずっと長いはずなのに、随分と久し振りに王都学園の正門を見た気がするよ」
マルセル村の夏祭りの為に帰省していた俺たちは、どこか静まり返った王都学園の正門を前に、全てが終わったんだなと感慨にふけっていた。
「君たち、王都学園はまだ休校中だがどうかしたのかな? 送りの馬車もなく歩いてきたみたいだが」
王都学園の生徒で歩いて登校する者はまずいない。外部から登校する者はそれぞれ王都に屋敷を持つ高位貴族の令息令嬢であり、そうした者たちが徒歩で王都学園に通うことは有り得ない。
「あっ、お務めご苦労様です。俺たち学生寮の寮生なんですよ、今回のゴタゴタでちょっと地元に帰っていたもので」
俺の言葉に何かを察したのか、警戒から確認へ意識を切り替えた門兵たち。
「君たちは、あぁ、そういう事か。という事は終わったという事なのかな?」
「はい、いずれ王城からの発表があると思います。ご心配をおかけしました」
俺からの言葉に「そうか、何にしても無事に帰ってくることが出来てよかった。正門は閉じているから通用門を使ってくれ」と言って中に通してくれる門兵たち。
「さて、この後どうしようか? っていうか学食ってやってるのかな?」
「どうだろうな、学園にいるのは寮生だけだろうし、寮の食堂じゃないと食事は出ないんじゃないのか?」
俺の言葉に仕方がないと肩を竦め言葉を返すジミー。そうして俺たちが正門前から学生寮へ向かおうとしていた時であった。
「ジミー、遅い!! あなたどれだけ待たせるのよ、何で王都に帰ってきていながら王都学園に戻らないで冒険者ギルド本部で暴れてるのよ、しかも白金級冒険者を翻弄するって意味が分からないわよ!!」
それは校舎の方からツカツカと足音を響かせやってきた一人の女子生徒の声。
「大体あなたはいつもそうよ、周りの者がどれだけ心配しているのかなんて考えもしないで自分勝手で戦う事ばかり考えて「ラビアナ!!」・・・」
見つめ合う男女、俺たちは気配を消し、少しずつその場から離れていく。
「ラビアナ、一度しか言わないからよく聞け。学園について最初に会えたのがお前でよかった、正直凄い嬉しいよ、ありがとうな。
それと、ただいま」
「お、おかえりなさい。ウゥ~、言いたい事は他にもいっぱいあったのに何も言えなくなっちゃったじゃない!! ジミーの馬鹿、阿呆、女の敵!!」
「そうか? それじゃ折角だ、俺の話を聞いてくれ。ラビアナに話したい事が沢山あるんだ。食堂のラウンジってやってるのか? ゆっくりお茶でも飲みながら聞いてくれ、時間はたっぷりあるんだから」
そう言いラビアナお嬢様の手を摑み食堂へ向かうジミー、その後ろを顔を伏せ唸りながら付いていくラビアナお嬢様。
「天然ジゴロジミー、その手腕は健在だな」
「私たちはラビアナ様が心配なので参加してきます。ラビアナ様にはジミーの地味装備があまり仕事をしていないようですので」
そう言い後を追い掛けるフィリーとディア。俺はそんな彼女達を見送りながら、無事に王都学園へ戻ってきた実感を深く噛み締めるのだった。
おはようございます。
暑くなりましたね、じめじめしてるし。
体調管理に気を付けて。
いってらっしゃい。
by@aozora