“ガタガタガタガタガタガタ”
土の街道を幌馬車が進む。俺は牽き馬のロシナンテに語り掛けながら青空を眺める。
「ドレイク村長、随分と道が荒れてますけど、これって合ってます? っていうか里帰りって何年ぶりになるんですか?」
「何年ぶりになるのかな? 旅立ちの儀を終えて家を出て以来だから三十年以上、四十年はいってないと思うんだけど。それと道は合っているはずだよ?」
指を折り曲げながら「シンディーにつかまったのが確か二十代の終わりだったから」と計算するドレイク村長、怒涛の人生だったドレイク村長が咄嗟に正確な年数を出せないのも何か分かる気がします。
思えば俺も怒涛の人生だったからな~、まだ十代なのに。既に人生三周目って感じがするのは気のせいじゃないと思います。実際には二度目ですが。
馬車は進む、ガタガタと音を立てて。俺は空を飛ぶビッグクローに目を向け“なんか平和だな~”と思いながら、馬車の揺れに身を任せるのでした。
――――――――――――
「ケビン君、収穫期で忙しいところすまないけど、頼みたいことがあるんだがいいだろうか?」
それはあなた様への報告やら最強生物への報告やら御神木様を含めた従業員たちへの説明会を終えて、嫁さん方へのご機嫌伺が一通り済んだある日のこと。ホーンラビット伯爵閣下からの呼び出しにお屋敷の伯爵執務室に向かった俺を待っていたのは、伯爵閣下からのお願いの言葉でした。
「えっと、今度は何でしょうか? 金貨二百万枚でもどうにもならないような望みは、ちょっと俺でも無理かと思うんですが」
「あっ、うん、金銭的な問題じゃないから安心してほしいかな。というかあのお金の使い道なんてホーンラビット伯爵家騎士団の皆さんの論功行賞以外にないから。後はケビン建設への支払いかな? 展望台や監視所の建設の費用をまだ支払っていなかったしね。
武功第一位のケビン君には一体何を贈ったらいいのか、本当に難しいよね」
そう言い乾いた笑いを浮かべるホーンラビット伯爵閣下に、「別に何でもいいですよ~、俺はホーンラビット伯爵閣下の身内なんで後回しでも問題ないですから~」と軽く答える俺氏。
論功行賞に於いて評価されるべきは家臣、頑張った村人たちを優先的に評価するのは当然のこと。義娘であるパトリシアの嫁ぎ先であるワイルドウッド男爵家は後回しにされるのが普通。
まぁ俺は個人的にあちこちで稼がせていただいたんで、褒賞無しでも全く問題ないんですけどね。魔王討伐軍が狼藉を働かないようにと街道沿いの各貴族家に配った食料品やら王都商業ギルドに格安で卸した野菜類の差額分等々の持ち出しは、ボルグ教国聖教会からガッツリ回収させていただきましたし? 王都教会での人材紹介料やら王都商業ギルドでの勇者関連グッズの売り上げの受け取り分やらでかなりウハウハ、働いた分はきっちりいただいたって訳でございます。
「それでお願いというのは私の実家であるブラウン男爵家のことでね、以前から一度訪れてビッグワーム農法を届けたいと思ってはいたんだけど、私の立場がとんでもない事になってしまっただろう? 下手にかかわりを持つと兄に迷惑を掛けると思ってね、半ば諦めていたんだよ。
ただ今度の騒ぎでホーンラビット伯爵領は独立領となった、今後は本当にかかわる事が難しいとなると王都貴族社会が混乱している今を措いて機会はないと思うんだ。
ケビン君には働かせてばかりで申し訳ないと思うんだけど、手を貸してもらえないだろうか」
そう言い頭を下げるホーンラビット伯爵閣下。ずるいわ~、こんなお願い断れる訳ないじゃないですか~。
オーランド王国から飢えをなくしたい、ビッグワーム農法の普及は人生を掛けた一大事業。ドレイク村長の志は、少年ケビンの心に今もなお強く息づいているんですから。
「畏まりました、ホーンラビット伯爵閣下。いや、ドレイク村長と言った方がいいですかね? でもお貴族様になったことは手紙で伝えているって言ってませんでしたっけ?」
「あぁ、アルバート男爵家に婿に入った報告をね。農業重要地区入りの功績とビッグワーム農法とホーンラビット牧場の功績が認められて、グロリア辺境伯閣下からマルセル村を領地として賜ったことも知らせたよ。
あの時はグロリア辺境伯家とランドール侯爵家との戦いの後で子爵位を賜っていたんだけど、王家への届け出はまだだったから正確には男爵だったんだよ。
その後マルセル村に冒険者が押し寄せたり、王家からの視察があったり一年戦争があったりと色々あって、結局実家に行きそびれてしまったんだよ」
そう言い疲れた表情をするホーンラビット伯爵閣下。えらい人は案外自由が利かないっていうことの典型例ですね。
「分りました、ドレイク村長。それじゃ俺の方も色々準備してきますよ。出発は明日でいいですか? いきなりどこかに行くと、またパトリシアたちに怒られますんで」
俺の言葉に「お互い妻には頭が上がらないね、私もミランダとデイマリアに許可をもらうことにするよ」と言って頭を掻くホーンラビット伯爵閣下。“家庭円満の秘訣は夫が妻の尻に敷かれていることだ”とは誰の言葉だったか・・・あっ、トーマスおじさんの言葉だったわ。
酒の席で父ヘンリーとトーマスおじさんが真剣な顔で教えてくれたんだった。
先人の教えに耳を傾け実行できるものは稀有である。人は自身が痛みを伴った時、初めて先人の教えの重みを知るのだ。このところ痛い目に遭いまくっている俺氏、先人の教えに従いたいと思います。
俺は伯爵執務室を後にすると、様々な準備を行う為家路を急ぐのでした。
―――――――――――――
「こんにちは~~、どなたかいらっしゃいませんか~~」
そこは男爵家とは名ばかりの平屋の家、昔のドレイク村長の家と大して変わらないお宅でございました。
「はい、どちら様ですか?」
呼びかけに応え玄関扉を開けて顔を出したのは、やや疲れた表情ながらも凛とした雰囲気を漂わせた初老の女性。
「失礼します、俺は調薬師のケビンと言います。こちらはブラウン男爵様のお屋敷で間違いないでしょうか?」
「はい、確かにうちはブラウン男爵家ですが、どういったご用件でしょうか?」
やや警戒した口調ながらも薬師ギルドカードを見せ調薬師と名乗った為か、話は聞いてくれるようです。やっぱり信頼の薬師ギルド、世界に通用する後ろ盾は偉大です。
「はい、御当主のドミトリウス・ブラウン男爵様にご挨拶とお届け物がありまして。御当主様は御在宅でしょうか?」
「主人ですか? でしたら家におりますが。ただ少々足を悪くしてしまいまして、申し訳ありませんがお話は家の中でお伺いしてもよろしいですか?」
「よろしいのですか? 突然お訪ねしておきながら、本当に申し訳ありません」
何と自宅の中に案内して下さるとは、流石は薬師ギルドの信用、御当主様が足を悪くなさっていたことで話がいい具合に進んだようです。
こうして俺は幌馬車の荷台から降りた連れと一緒に、奥様の後に従い家の中に入っていくのでした。
“コツッ、コツッ、コツッ”
「あぁ、お待たせしてすまなかったね。すっかり膝を悪くしてしまって部屋の移動も一苦労なんだよ」
通された部屋はイスとテーブルと小さなキャビネットが置かれただけの質素な雰囲気の客間、杖を突いて現れたのは大分草臥れた感じの老人で、俺たちに「どうぞ座って下さい」と声を掛けると直ぐに椅子へ座られるのでした。
「ハハハハ、年は取りたくないものだよ、あちこちガタが来て大変だ。それでケビンさんといったか、私に届け物があるとの話だが、一体誰からのものなのかな?」
「はい、これは義父からの頼まれ物でして、ドレイク・ブラウン様からであると告げていただければ分かるはずと申しておりました」
俺は肩掛けカバンに手を入れると、中から二冊の本を取り出します。それはモルガン商会発行の「ビッグワーム農法指南書」と「生活魔法と応用」。
「これを、ドレイクが。確か五年前に再婚したミランダさんの家の爵位を相続して男爵になったと知らせてきていたが、その後音沙汰がなくて心配していたんだよ。
そうか、ドレイクが。ドレイク男爵殿はご壮健であらせられるかな?」
「はい、前の奥様であるシンディー・マルセル様とご結婚されていた頃はぽっちゃりとした体形をなさっておられましたが、今ではすっかり細身の筋肉質な身体付きになられ、年も十歳は若返ったように見受けられます。
ですがお貴族様になられたことで色々とご苦労も多いのか、「村長に戻りたい」と愚痴を呟かれておられるようですが」
俺の言葉に大笑され、「まぁ村を維持することも大変だが土地を持ち領民の命を預かることも大変であるからな。ドレイクにも私の苦労が少しは分かったのだろうさ」と笑顔を見せられるドミトリウス様。
“カチャッ”
「あなた、何か凄く楽しげでしたけれど、どうかなさいましたか?」
「あぁ、今こちらのケビンさんにドレイクの近況を聞いていてな。アイツも爵位を継いで苦労しているようだったものでついな」
“コトッ、コトッ、コトッ”
テーブルに置かれたティーカップからは偽癒し草の香りが漂い、何か懐かしい気持ちにさせてくれます。
「いただきます。はぁ~、うちも子供の頃はずっとこの偽癒し草のお茶を飲んでいたんですよ。最近はこのビッグワーム農法のお陰で生活が楽になったので、ちょっと贅沢に癒し草の煮出し茶を飲むようになりましたが。
子供の頃は癒し草は貴重な収入源でしたからね、煮出し茶にして飲むなんて贅沢は考えられませんでしたけど、これもビッグワーム農法を広めて下さったドレイク村長のお陰ですよ。
あっ、すみません。お貴族様に村長呼びは失礼でした、どうかお許しください」
「いやいや、気にしなくともよい。それだけドレイクが村長として頑張ってきた証拠、私は弟が今でもこうして慕われていることを誇りに思うよ」
そう言いにこやかに微笑むドミトリウス様の姿に、本当に仲のよい兄弟だったんだなと心が温かくなる。
「お義父さん、聞きましたか? ドミトリウス様がドレイク村長のことを誇りに思って下さっているようですよ?」
「ケビン君、これって結構照れ臭いと言うか、恥ずかしいと言うか。お久し振りです、ドミトリウス兄さん」
路傍の石計画第四弾、“目立たなくなる普通の見た目の外套”のフードを外し、目の前の老人に挨拶するドレイク村長。ドミトリウス様は暫く“誰?”といった顔をされるも、その正体に気が付いたのか「はぁ!? お前、ドレイクか!!」と大きな声を上げられます。
「ハハハハ、最初はあまりに老けちゃってるから心配したけど、元気そうで良かったよ。本当にご無沙汰しておりました、このドレイク、三十数年ぶりに帰ってまいりました」
「帰ってまいりましたじゃないわ、ちゃんと連絡しろっていつも言ってただろうが!! 心配ばかりさせやがって、何にしてもドレイクの元気な姿を見ることが出来てよかったよ、これで死んだ母上にもちゃんと報告することが出来る。ドレイク、俺が生きているうちに帰ってきてくれてありがとう」
そう言い立ち上がろうとして「アイタタタタ」と椅子にへたり込むドミトリウス様。
「そうそう、ドミトリウス様と奥様に特別な贈り物があったんです。これはマルセル村に来られた賢者様が下さったもので残り僅かしかなかったんですが、ぜひドレイク村長のご実家の方々に召し上がっていただきたいと思いお持ちした品なんですよ」
俺はそう言うと、肩掛けカバンから皿に盛られた焼き立てのビッグワーム干し肉を取り出します。
「ケビンさん、そのカバンは」
「世の中には便利な魔道具が沢山ありますよね。俺も子供の頃はドレイク村長の持っている時間停止機能付きのマジックバッグに憧れたものです。
夢は諦めなければ叶う、これも俺に目標を与えてくれたドレイク村長のお陰ですかね。あっ、ナイフとフォークが出てませんでしたね」
俺は再び肩掛けカバンに手を入れると、ナイフとフォークを取り出し「どうぞ召し上がってください」と勧めます。
““パクッ、ハムハム、#$%&‘+*#$%!?””
一口口に含めば我を忘れる天上の味覚、あなた様お墨付きの珍味、ポーションビッグワーム干し肉の旨さは無敵です。ドレイク村長がいつか食べた味覚を思い出したのか、物欲しそうな顔を向けてきますがあげません!!
「いや、すまない、あまりの美味しさにお客様がいることも忘れて夢中になってしまった。これは一体・・・」
「はい、これは賢者様が特別な方法で作り出したものではありますが、元々はドレイク村長が提唱したビッグワーム農法で作られるビッグワーム干し肉だったものです。流石にその製造方法までは教えてもらえませんでしたが、効果のほどは教えてくださいました。
簡単に言えば食べるハイポーションです。今お身体に何か不調はありますか?」
俺の言葉に何を馬鹿なことを言っているんだといった様子で膝を伸ばされたドミトリウス様。
「はぁ!? 痛くない、それどころか身体中の軋みがなくなって、今にでも走り出せそうじゃないか」
「あなた、私も腰の痛みがすっかり。なんということでしょう、こんなことって・・・」
イスから立ち上がり身体を動かして体調を確かめるドミトリウス様と奥様。俺はドレイク村長に顔を向けると、「上手くいきましたね」と囁くのでした。
おはようございます。って朝から煮える。
暑さ対策は重要です、目茶苦茶重要です。
熱中症に気を付けて、いってらっしゃい。
by@aozora