「ゴブリンの襲撃が無事に終結したことを祝って、乾杯!!」
「「「「「かんぱ~い!!」」」」」
打ち鳴らされる木製ジョッキ、ゴブリンの群れの襲来というブラウン男爵領最大の危機が回避されたとの知らせは、恐怖に怯える領民を安堵させるに十分なものであった。
彼らは領主ドミトリウス・ブラウン男爵の呼び掛けで男爵邸前にテーブルやイスを持ち寄り、男爵領の危機を救った青年(俺)とドミトリウス男爵の実弟であるドレイク村長に感謝の気持ちを伝える為にと、酒宴の席を設けてくれたのであった。
って言っても酒も食材も俺の持ち出しなんですけどね。調理は男爵領の女衆にお任せ、宴会分を料理しても余りあるほどお渡ししたので、後ほど各家庭に持ち帰ることになっています。
「いや~、ケビンさん、本当にありがとう。これだけの数のゴブリンが攻め込んできていたらどうなっていたことか、想像するのも怖ろしい。ケビン君と従魔のブラッキーがいなかったら、ブラウン男爵家は私の代で終わっていたかもしれない、君たちはブラウン男爵家の救世主だよ」
酒宴の前、どれ程のゴブリンがいたのかとか本当にゴブリンは退治できたのかとかを心配する声があったので、「だったら見てみますか?」と言って肩掛けカバンから出すフリをしつつ収納の腕輪にしまっていたゴブリンを全部取り出してみました。
普通サイズのゴブリンが百六十八体、倍以上のサイズのゴブリンが二十七体。その内の一体がいかにも偉そうな感じの顔付きなので、多分群れのボスだったんじゃないかな? 俺ってあまりゴブリンの分類に詳しくないからよく分かりませんが。
いや、ホブゴブリンとかゴブリンジェネラルとかゴブリンマジシャンとか言われても正直見分けが、何か猟師さんが「これはまさか・・・」とか言って焦ってたけど何があったんだか。いずれにしても周辺の森には他のゴブリンが生息していないだろうことは、ブラッキー先生が確認してくれたので間違いないかと。犬、もとい狼の嗅覚は人の何百倍って言いますしね、俺はその辺よく分からなくなっちゃったんでお役に立てませんが。
以前だったら十キロ以上離れた場所も魔物の気配でも正確に分かったんだけど、今じゃ半径二キロ圏内くらいしか分からないからな~。細かな魔力や気配の判別を自動から手動で行うことの難しさよ、やっぱりスキルのサポートは偉大だったってことですね。
「いえいえ、俺の力というよりブラッキーが頑張ってくれただけですから。ブラッキーにはいつも助けてもらってるんですよ。
俺に出来るのは従魔たちが快適に過ごすことの出来る場所を提供することぐらいですかね、やってることは馬番やフォレストビーの蜂蜜農家と一緒ですから」
どうぞどうぞとエールを勧めながら俺をよいしょするドミトリウス様、どうもドレイク村長からある事ない事吹き込まれたみたいで、すっかり英雄のようにもてなそうとしてくれちゃってます。
「あの、ドレイク村長からどう話を聞いたのか分かりませんけど、俺なんかドレイク村長に比べたらまだまだ小物ですからね? なんせドレイク村長は二人の美しい奥様と二人の連れ子を迎えられて、更には新たに三人のお子様を儲けられた世の男性が羨む英雄であらせられますから。
連れ子のお二人は一人が嫁がれていて、もうひとりは今年学園を卒業されます。お生まれになったお子様は五歳のロバート君と三歳のバーミリオン君とマリアンヌちゃん、この子たちがまた可愛らしくてですね。
男はやはり家庭を支えてこそですよ、奥様方の仲も良好でドレイク村長の懐の広さが「おい、ドレイク、二人目の奥さんってどういうことだ。私は聞いてないぞ!!」・・・」(ニヤリ)
領民たちの視線が一気に俺からドレイク村長へ、ドレイク村長の年齢で美人の奥さんを二人目娶って、可愛らしい子供を三人儲けたなんて話を聞けば、男衆ばかりか女衆も黙ってはいないこと請け合いです。
「いや、まぁ、それはその、流れと言いますか。仕方がなかったと言いますか」
「いや、それよりもその年で子供を三人も。ドレイク様って俺の二つ上でしたよね、普段どんなものを食べてるんですか? まさかそれもビッグワーム干し肉のお陰じゃ。そこのところ詳しく教えてください!!」
「そうだな~、食料事情が改善したことと身体を鍛えたお陰かな? 今でも毎日木刀を振るって体力維持に努めてるからね、やはり身体が資本って言葉は本当だと思うよ」
おぉ~、ドレイク村長、躱す躱す。言えないことのオンパレードなマルセル村の生活事情、智将ドレイクの地力が試されております。
「ハイハイ、皆さんそんなに質問攻めにしたらドレイクさんが困ってしまうではないですか。それよりもケビンさんが提供して下さったホーンラビット肉の香草焼きが焼き上がりましたよ。
このホーンラビットはマルセル村で特別な育て方をした物とのことですのでよく味わっていただいてくださいね」
そんなドレイク村長に助け舟を出したのはブラウン男爵夫人。領民たちも男爵夫人には頭が上がらないのか、大人しくテーブルへ戻っていきます。
「旨!! 何だこのホーンラビット、物凄く柔らかいのに確り噛み応えもあって、口の中に肉汁が飛び込んで来て」
「んんんんん、香草が利いてて最高~~!! 私今までこんなに美味しいものなんて食べたことがないんですけど、どうしてホーンラビットがこんなに美味しいの? ホーンラビットはもっと肉が締まっているって言うか、筋張っているものじゃなかったの!?」
角無しホーンラビット肉、絶賛です。普通に焼いても旨いんですけどね、香草焼きにするともうね、絶品なんですわ。
結婚式当日の朝に初めて食べた角無しホーンラビットの香草焼き、俺だけ食べ損ねていた夢の料理。アレは泣いたよな~、これから式だってのに涙と鼻水でグズグズになりながら食べた思い出は生涯忘れない。
ブラウン男爵領の皆さん、これがドレイク村長の力です、その舌と胃袋で確り堪能してください!!
俺は喜びの感想を口にしながら夢中で料理を頬張る領民たちを見ながら、ドレイク村長の帰郷に同行して本当によかったと心からの笑みを浮かべるのでした。
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酒宴の席も終わり領民たちがお土産を手にそれぞれの家に戻った後、俺はドレイク村長とドミトリウス様に誘われて、居間で再びグラスを傾けることに。
「ケビン君、このワイン、相当いいものなんじゃないの?どっしりしているというか、口当たりが凄く良いんだけど」
「そうですね、これはこないだマルセル村に来られた方々をお送りした際に、お土産としていただいたものです。ドレイク村長と一緒に呑もうと思ってとっておいたんですが、里帰りのお話が出たんで丁度いいと思いまして」
俺の話になるほどとワインの入ったカップを見つめるドミトリウス様、ドレイク村長は全てを察したのか顔を引き攣らせておられます。
「ところでドミトリウス様、こんなことを聞いていいのか分からないんですけど、次期当主様はおられないんですか? こう言っては何ですが、ドミトリウス様はかなり高齢でいらっしゃいます、ブラウン男爵領のことを思えば次期当主様に代をお譲りになって、領地経営をお任せになられた方がよろしいかと思うんですが」
俺が疑問に思ったこと、それは領民たちの中に若者がほとんどいなかったこと。生存すら危ぶまれる嘗てのマルセル村ならまだしも、然程気候に問題のないブラウン男爵領で若者の姿が少ないのはどうしたものかと首を捻る。
「そういえば兄さんのところは男の子が二人だったっけ。俺が家を出た時はまだ小さかったけど、年齢を考えればとっくに代を引き継いでもおかしくなかったんじゃないか?」
ドレイク村長は古い記憶を思い出し、そういえばとこの家の違和感に思いが至る。男爵家の屋敷に高齢の夫婦が二人暮らし、これは一体どうしたことなのかと。
「あぁ、あの子たちは家を出てしまってな。長男も次男もこんな何もない田舎に縛られるのは嫌だとか言って、もう二十年くらい帰ってきてないんだ。
長男はランドール侯爵領の文官試験に合格したとかでランドール侯爵家に仕えて、今ではそこそこ大きな街の監督官をしているはずだ。次男も同じくランドール侯爵領に向かって商家に働きに入ったんだが、そこの主人に気に入られてな、次女と一緒になって支店を任されるようになったと手紙で寄越してきたよ。
それこそ数年前にランドール侯爵家とグロリア辺境伯家の間で大きな諍いがあったと聞いた時は肝を冷やしたが、幸い二人の勤め先は被害に遭わなかったようでな。手紙で無事を知らせてきてくれた時は、心の底からほっとしたもんだよ。
離れているとはいえ、子供はいつまで経っても子供だからな」
そう言いカップのワインを傾けるドミトリウス様。ドレイク村長、めっちゃ顔が引き攣っておられます、超面白い!!
「そ、そうなんだ、それは大変だね。そうなると跡取りとかはどうするんだ? 長男に帰ってきてもらうのかい?」
「そうしてくれると嬉しいんだが、こればかりはな。かと言ってやたらな者に任せてしまえば苦しむのは領民だ、それだけは避けなければならない。結果今に至るって感じだな」
そう言い肩を竦められるドミトリウス様。確かに街の監督官を務められているような方が後を継いでくれるのならこれ以上の解決策はないだろうけど、流石に望みは薄いだろうし、そうなると養子を貰うかあるいは。
「ドレイク村長、かなり強引な力技ですが、解決方法はなくもないです。でもそれには<誓約>を受け入れてもらう必要がありますが、どうしますか?」
俺からの提案は相当な無茶振り、聞くにしても何にしても<誓約>が必要なヤバい話。ドミトリウス様はドレイク村長を見つめ、ドレイク村長は深いため息を吐かれます。
「兄さん、ケビン君が出来るっていえばそれは出来るよ、その事はゴブリン討伐を見ても理解してもらえると思う。ただその方法は本当に無茶苦茶だからね、覚悟が必要なことは確かかな」
何故か遠い目をしながら「色々あったよな」と呟かれるドレイク村長、その横顔に哀愁が漂っておられます。
「・・・分かった、ケビン君の提案を受け入れよう。それで私は一体何をすればいいのかな?」
その瞳は覚悟を決めた男の目、ドミトリウス様はブラウン男爵領の為に命を懸ける決心をされたようでございます。
「畏まりました。では俺は少し準備がありますので一旦失礼させていただきます。ドミトリウス様は奥様を呼んでいただき、こちらの部屋でお待ちください」
俺は立ち上がると、居間の扉の一つに足を向ける。ポケットに手を入れ取り出した物は精霊の鍵、扉に精霊の鍵を刺しカチャリと回すと、<オープン>と呟いてからノブを捻ります。
「では失礼します」
退室する俺を口を開いたまま見送るドミトリウス様。扉が閉まる直前「ドレイク、一体何なんだ!!」という声がしたような? 俺は後のことをドレイク村長にお任せすると、精霊の庭の屋敷に設置した自己領域の扉に足を向けるのでした。
――――――――――
“カチャッ”
「お待たせいたしました、只今戻りました」
ケビン君が精霊の庭に向かってしばらく、戻って来た彼の後ろには紬さんと白いローブを羽織った残月さんの姿。
「ドミトリウス様、奥様、大変お待たせいたしました。先ずは<誓約>を行っていただく為に残月に来てもらいました」
「はじめまして、残月と申します。本日はドミトリウス様と奥様に“この場で見聞きしたことを第三者に伝えてはならないし記録に残してもいけない”という内容で<誓約>を受けていただきます。
お二人共、右手をこのようにして私の言葉に“はい”か“いいえ”でお答えください。<あなたがたは“この場で見聞きしたことを第三者に伝えてはならないし記録に残してもいけない”という内容の<誓約>を受け入れますか?>」
「「はい」」
残月さんの言葉に「はい」と返答する兄とお義姉さん。するとその身体が淡く光り、<誓約>が成立したことを示します。
「では次に奥様はこちらのポーションをお飲みください。すでにお身体は健康になられているとは思いますが、その状態を更に元気にしてくれるポーションとなります」
それは七色の液体の入った淡く光るポーション瓶。お義姉さんは一瞬躊躇するも、どこか覚悟を決めた表情でそのポーションを飲み干します。
するとお義姉さんの身体が淡く光り、髪色が鮮やかになり肌艶に潤いが戻っていくのでした。
「次にドミトリウス様ですが、両手を前に出してもらえますか? これから俺が魔力を送りますので、それを感じたらその魔力を自分の魔力で押し返そうとしてみてください」
「なっ、これは・・・。フッ、ハッ」
兄さんはケビン君と両手を繋ぐと、何やら掛け声を発しながら必死に魔力操作に挑んでいきます。
「その調子です。そうです、上手いですよ。今度は魔力を身体中に回していきますので、それを感じ取って下さい」
「ちょっ、まっ、ハッ、フッ」
目まぐるしく変わる自身の中の変化に、ついて行けないといった状態の兄さん。ケビン君、容赦がありません。
「次に両手の掌をこのように向かい合わせにして、その間に魔力の玉を作ってみてください。こんな感じです。コツは生活魔法の詠唱の時のように、頭の中で“大いなる神よ”と考えることです。難しいと思ったら呟いていただいても構いません」
ケビン君の助言に従い魔力球を作り始める兄さん。次第に掌の間に魔力の塊が生まれ、不格好ながらも魔力球が形成されて行きます。
「はい、結構です。ドミトリウス様はこれで“魔力纏い”を身に付けられました。後はその球を板状にすれば魔力障壁になりますし、細く伸ばして触腕として物を摑むこともできるようになります。
身体全体を魔力で覆えば身を守る助けにもなりとても便利です。
俺が何故ドミトリウス様に“魔力纏い”を伝授したかと言えば、身体機能が活性化し、若さと元気を取り戻せるからです。先ほど奥様にお飲みいただいたポーションも同様の理由ですね、ただ奥様を見ていただけたら分かると思いますが外見が必要以上に若返ってしまうんですよ。ですので当主として他領の貴族との付き合いのあるドミトリウス様には内側から若返っていただく事に致しました。
それと最後はこちらですね、こちらの魔物肉は大変効果の高い精力剤となります。心身ともに若返ったお二人がこの魔物肉を食べればどうなるのか、跡取りがいないのであれば作ってしまえばいいというのが俺からの提案です。その効果は既にドレイク村長が実証済みですので確かですよ?」
「ブホッ、ケビンく~~~~ん!!」
顔を赤くして叫ぶ私の姿を、猛禽類のような鋭い眼光で見つめるお義姉さん。スッと立ち上がりテーブルの上の魔物肉の乗った皿を持つと、「あなた、それでは後ほど」と言って部屋を出ていかれます。
「・・・ドレイク」
「兄さん、私たちは今夜野営することにしたから、また明日」
私はケビン君たちに目配せをすると、親からはぐれた子供のグラスウルフのような目を向ける兄をその場に残し、男爵邸を後にするのでした。
おはようございます
いってらっしゃい
by@aozora