ブラウン男爵邸の近くの広場での野営は、ちょっとしたキャンプのようで結構楽しかったです。
焚火を囲んだ俺とドレイク村長は、俺が子供の頃の思い出話に花を咲かせ、緑と黄色の姿を見た時の衝撃とか、グラスウルフ隊を連れてこられた時に頭を抱えたとか、夜遅くにヒカリゴケまみれになって村に帰ってきた俺が父ヘンリーに新手の魔物と思われて切り掛かられた話とか、まぁ色々と。女性執事姿に戻った残月はそんな俺たちを甲斐甲斐しく世話し、紬さんはキャタピラー姿になって俺の膝の上でくつろいでおられました。
野営の護衛はマイクとタイソン、そしてブラッキー。夜はブラッキーにとっての庭、どんな脅威も逃すなんてことはありません。
翌朝夜明け前に紬と残月には精霊の庭経由でお帰り頂き、ブラッキーは通常のフォレストウルフサイズに縮小してもらって護衛続行、マイクとタイソンにはドレイク村長に指示をもらいながらブラウン男爵家の畑の世話を手伝ってもらいました。
「おはよう二人とも、昨夜はすまなかったね」
朝日が昇った頃、畑で草取りをしている俺たちに声を掛けてきたのはドミトリウス様。そのお顔は大変艶やかで、二十歳は若返ったような溌溂とした表情をなさっておられます。
「いや、こっちこそ兄さんには非常識を押し付けちゃって。ケビン君はマルセル村の歩く理不尽と呼ばれていてね。相談すると大概の問題は解決してくれるんだけど、その解決方法と結果がとんでもないと言うか、想像の斜め上と言うか。
でも最終的にそれが最適解と思えるような結果を残すから誰も文句が言えないんだよ。そんな時は“ケビン君がケビン君しただけ”って考えると楽になるよ」
「ハハハハ、そうか、うん、それはいい言葉だな。しかしあの魔物肉は凄まじいな、気が付いたら朝になっていたんだが、まったく身体に疲れが残っていないんだ。このまま畑仕事に出ても一切支障はないだろう、うちのも張り切って朝食を作っている、ぜひ食べていってくれ」
そう言い爽やかな笑顔を浮かべるドミトリウス様、若い頃は結構女性を泣かせたタイプですね、分かります。
俺は折角畑に来てくれたのでマイクとタイソンの仕事ぶりを見てもらいながら、二体の世話の注意点とビッグワームプールでのビッグワームたちの世話の仕方をレクチャーするのでした。
「それじゃ兄さん、お義姉さんといつまでも仲良くお元気で。それとこれ、グロリア辺境伯領領都グルセリアのモルガン商会への紹介状。小領の男爵家はどうしても借金を抱えちゃうからね、兄さんも返済や借り入れに苦労してると思って用意しておいたんだ。
兄さんも知っての通り、モルガン商会は俺が行商人時代に修行させてもらった大商会で、グロリア辺境伯領一の地方商会なんだ。友人のギースが出世してね、うちもかなり便宜を図ってもらってるんだよ。
借り入れは低金利で貸し付けしてくれるし、返済に関しても相談に乗ってくれる。兄さんのことは前から話ししてあるから、すぐに貸し付け審査を通してくれるはずだよ。借り換えの相談も受け付けてるからよかったら顔を出してやってよ」
オーランド王国の貴族制度は絶対、貴族と商人との間には絶対的な越えられない壁がある。とは言っても商人も商売、返却の目途の立ちそうもない借金を引き受けることなどハイリスクローリターンも甚だしい。
貧乏男爵家であるブラウン男爵家にとって借入先の紹介は喉から手が出るほどの欲しいものであったことだろう。
「ドレイク、本当にありがとう。ドレイクは婿養子だから立場が低いだろうにこんなに気を使ってくれて。元々治めていた村がそのまま男爵領になったとはいえ小さな領地が突然裕福になる訳もなく、貴族になったことで出費が嵩んで大変だろうに。
ドレイクの掛けてくれた恩、私は生涯忘れない。何かあれば言ってくれ、命に代えても恩に報いると誓おう」
感動し涙を流しながらドレイク村長の手を取るドミトリウス様。
・・・言えない、昨晩奥様が飲まれた謎ポーションが実はエリクサーで、お二人で食べられた魔物肉が魔境の亀さんことエクアドルラだなんて。王都のオークションに出品したら白金貨が動くヤバい品だなんて知ったら、ドミトリウス様失神しちゃうんだろうな~。
<誓約>が必要なヤバい品、この秘密は墓場まで持って行きたいと思います。領民の皆さんに聞かれたら、頑張って言い訳を考えてください。
「ありがとう兄さん、お義姉さんもお元気で。いつかまた会いに来ます、その時はお子さんを紹介してください」
馬車は進む、ガタゴト音を立てて。ブラウン男爵夫妻は、そんな俺たちにいつまでも手を振り別れを惜しんでくれるのでした。
「・・・ドレイク村長、よかったんですか、ホーンラビット伯爵家独立領のことを話しませんでしたけど」
「う~ん、それを話すとブラウン男爵家に負担を掛けることになりかねないからね。それに普通国内の小領男爵家のことなんて誰も知らないからさ、ケビン君だって私に言われなかったらブラウン男爵領がどこにあるのかなんて知らなかっただろう? 農業改革のご褒美で辺境の村を領地に頂いたって程度の話なら皆気にしないから、ホーンラビット伯爵家と結びつかないんだよ。
それにあの平和なブラウン男爵領が私たちのせいで荒れるなんて事になったら悲しいじゃないか」
そう言い静かに微笑むドレイク・ホーンラビット伯爵閣下。俺はそんな閣下の優しい御心に口元を緩めると、「ドレイク村長、格好つけ過ぎですよ。この事はミランダ師匠とデイマリア様にご報告させていただきますね」と言ってククククッと笑うのでした。
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「ちわ~っす、薬屋で~す」
王都の貴族街は一般的に庶民が立ち入ることのできない場所と考えられている。だが実際には出入りの商人や依頼を受けた冒険者、物の配達やゴミの収集業者など多くの平民が足を運び、その下支えを行っている。
「おう、薬屋か。最近顔を見せなかったが元気にやっていたか? ちょっと待ってろ、すぐ執事長に確認を取ってやる」
そうした平民たちが貴族家に赴く場合、一部の大商人と呼ばれるような者を除き正面屋敷門を利用することはまずない。彼らの多くは屋敷裏の通用門へ回り、裏門を守る門番に声を掛け用件を伝えることになる。
「薬屋ですか。以前も言いましたがもう少し頻繁に来ていただかなければ困りますね。旦那様はあなたの作る胃薬と酔い止め薬を大層気に入られているのです。
まぁいいでしょう、お話は中で聞くことといたしましょう」
俺は執事長にお小言を貰ってから裏門より屋敷の中に足を踏み入れる。屋敷内はがらんとしており、以前訪れた時より使用人の数が少ないことに違和感を覚える。
「あの~、執事長様。何か以前お伺いした時と違ってお屋敷内の方々が少ないように感じるのですが」
「ゴホンッ、あまり貴族家の内情を気にする事は感心しませんね。とはいえこれ程あからさまでは気にするなと言う方が難しいでしょうが。
単に外向きの仕事の人手が足りず、手伝いの為に出払っていると言うだけです。詳しい事は旦那様よりお聞きください」
そう言いあくまで執事長と出入りの薬屋という設定を崩さず対応する執事長、大変すばらしいと思います。
“コンコンコン”
「失礼いたします、行商の調薬師がまいりました」
「あぁ、入ってもらってくれ」
そうして案内されたのは伯爵家当主の執務室。う~ん、この段階で駄目じゃんと思うのは俺だけじゃないと思います。
“ガチャッ”
開かれた扉、派手過ぎずさりとて高級感を漂わせる調度品の数々。整った室内の奥の執務机に座る人物は、書類から顔を上げ立ち上がると、気さくな感じで俺に声を掛けてくる。
「やぁ薬屋さん、こっちに顔を出したという事はすべて終わったという事なのかな? 忙しそうにしていたからね、どうしたものかと思っていたんだよ」
「これはこれはベルツシュタイン伯爵閣下、このような平民にお声掛け頂けるなど恐悦至極に存じます。っていうか俺の薬屋設定はどうしたんですか、今更ですが薬屋を伯爵閣下の執務室に招いちゃ駄目でしょう。
執事長さん、途中で凄く面倒くさそうにしてたじゃないですか、やるんならちゃんとしましょうよ、例えば在庫管理の使用人に化けるとかなんとか」
俺はこの愉快なものを見る様な目を向けるオーランド王国の偉い人に一言言いたい、設定を作るならちゃんとやれと。
現在オーランド王国におけるホーンラビット伯爵家独立領の立場は非常に微妙、本来であればホーンラビット伯爵家旗下のケビン・ワイルドウッド男爵が王都にくることは避けた方がいいんですけどね。でもまぁそこはお仕事と言いますか、王都学園での若者軍団の監視業務が残っていますんでね、来ない訳にはいかないんですよね~。
「あっ、それとビーン・ネイチャーマンの家の片付け、ありがとうございました。近所の方に聞いたら兵士のような集団に荒らされた三日後には修繕してくれたとか、お陰で変に怪しまれずに済みました」
「あぁ、あの家ね。ケビンが何か気にしていたから何の事かと思ったら、地下下水道に抜ける隠し通路があるじゃないの、よくあんな家見つけたよね。バルカン帝国の工作員が残したああいった物件が他にもあるかと思うと頭が痛くなってくるよ。ケビンは悪用しないようにね」
そういい注意を促すベルツシュタイン伯爵閣下、口調が冗談っぽいのに目がマジです。あの物件は任期満了と共に解約いたしますので、後はご自由にお使いください。
「ハハハハ、あの物件に関しては偶然ですので、悪用は致しませんのでご安心ください。それと簡単なご報告です、近々スロバニア王国・ボルグ教国・ナミビア王国からオーランド王国王家に対し何らかの接触があると思います。
スロバニア王国は例の第三王子と貴族子弟の件ですね、分かる範囲で王城へ届けておきました。ボルグ教国は聖教会の大聖堂並びに教会建物をぶっ壊してきました。詳細に関しては耳目の報告をお待ちください、俺が言うのもなんですが信じられないような内容になっているはずですので。
ナミビア王国は勇者パーティーを送り出したことによる責任でガッツリ賠償金をせしめてきました。金貨千二百万枚、最初の金貨二百万枚は一括で、残り一千万枚は年間二十万枚の五十年分割支払いですね。
まぁそうはいってもうちもそこまで必要としている訳じゃないんで五年の支払いを確認したら残りはナミビア王国の商業ギルド口座に振り込ませるつもりですが。ナミビア王国経済が破綻しない頃合いの賠償金額を決めるのには頭を使いましたよってどうしました? 何かお疲れのようですが」
俺の言葉に頭を抱えるベルツシュタイン伯爵閣下、でも今回の騒動って規模的には国同士の戦争と変わらないのよ? だったら賠償金金額がそれなりになるのは当然かと。
「いや、うん、ナミビア王国はボルグ教国の要請に応じて勇者パーティーを出しただけなのにと考えると少しね。ケビンの理屈ではただの敵だろうから賠償金で解決できるのなら安い物なんだろうけど、相当厳しい出費になったんじゃないかなと思ってね。
でもそうなるとボルグ教国が・・・ボルグ教国の象徴を破壊しちゃって大丈夫なのかい? 第二次魔王討伐軍の派遣なんてことにはならないのかな? そこまでのことをしてしまったら言い逃れは出来ないと思うよ?」
「あっ、その辺は大丈夫です、近々俺の魔王認定は間違いであったという旨の発表が教皇猊下の名で出される手はずになっています。その約束がなされない場合は、まぁそれが彼らの意思ということでしょうかね、残念です」
俺の言葉に目を見開くベルツシュタイン伯爵閣下。そうですよね、魔王認定が間違いであったなんて発表は前代未聞ですもんね、気持ちは分かります。
「そうか、ついに魔王として君臨・・・失礼、魔王認定は取り消されるんでしたね。では何とお呼びしたら」
「なんでそうなるんですか、面倒くさい。俺は辺境の雇われ男爵ですっての、これからはなるべく村でゴロゴロするんです!!
あっ、言い忘れました。俺、ボルグ教国の大聖堂で天使様にスキルを消されちゃいました。そのうちこっそり調べられてバレると思うんで先に言っておきますが、名前以外何もありません。これは鑑定が使える者に確認してもらったんで確かです。ですので俺のことは役立たずになったと思っていただければと思います。
いや~、天使様っておっかないですわ~、本当に参りましたよ、アハハハハハ」
「一つの時代が終わる、魔王討伐軍の侵攻は双方の大きな代償と共に終結した。力を失った魔王と呼ばれた男はこの戦いに何を思いこれから先どう生きていくのか。王都諜報組織“影”の総帥ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵は、その事実を何処か他人事のように振る舞う元魔王の青年を、ただじっと見つめ続けるのであった~」
「ケビン、心の声が漏れてるから。って本当のこと・・・なんだね。すまないが幾つか検証に付き合ってくれないかい?」
その後鑑定スキル持ちに俺のステータス確認をさせたベルツシュタイン伯爵閣下は、地下訓練施設で様々なテストを行った後、「うん、ケビンはやっぱりケビンだった」と言って遠い目をなさるのだが、この時の俺はそんなことになるだなんて夢にも思わないのだった。
おはようございます
いってらっしゃい
by@aozora