“コンコンコン”
王都学園の教務棟の脇の林の中にひっそりと佇む古びた建物、教務棟建て替えの際に使用されていたこの臨時教務棟は、現在二人の教員により使用されている。
「はい、どなたでしょうか? どうぞお入りください」
二階に昇る階段を進んですぐの教務室、私ビーン・ネイチャーマンは授業で使う資料を纏めながら、来訪者の訪れを歓迎します。
“カチャッ”
「失礼いたしますわ、ネイチャーマン先生♪」
開かれた扉、そこには頭上に色とりどり花を咲かせクルクルのドリルヘアーを幾本も装備した、ぽんぽこラクーンの化粧をして満面の笑みを湛える豪奢なフレアドレスを纏った女子生徒の姿が。
「ネイチャーマン先生、少々お聞きしたいことがあるのですけれども、よろしくて?」
女子生徒はアハハハと笑いクルクル回転しながら入室すると、カーテシーを決め声を掛けてきます。
「えぇ、構いませんよ? ですがその前にこちらの“光属性魔力マシマシ蜂蜜ウォーター”をお飲みください。大変貴重なキラービー蜂蜜を使用した一品、品のいい甘さに仕上げてありますのでベロニカ嬢のお口にも合うと思いますよ?」
私は瞬時に闇属性魔力を頭に集め精神を安定させると、収納の腕輪から水筒を取り出し、中身をカップへ注いでから女子生徒へ差し出します。
「まぁ、なんて美しい飲み物なのでしょう、ほんのり漂う甘い香りが素晴らしいですわ。ウフフフ、このまま飲んでしまうのがもったいなく思いますわ」
そう言いそっとカップに口を付ける女子生徒。
“コクリ、コクリ、ボンッ”
「・・・死にたい」
白煙が彼女の周囲を包んだかと思うと、一瞬にして学園の制服姿に変わるベロニカ嬢。私は先ほどまでのことなどなかったかのように「何かお聞きしたいことがあるとのことでしたが、講義で分からないところでもありましたか?」と話を進めます。
ベロニカ嬢は裏回りのお仕事をなさっていた家柄のお嬢様ですから、まんまとシルビーナ先生のトラップ群に嵌ってしまったことが悔しいのでしょう。人生は生涯勉強と申します、この事にめげず頑張ってください。
私は執務机に置かれたシルビーナ先生とモルガン商会のロイドさんの結婚報告会の招待状に視線を向けると、“シルビーナ先生、絶好調ですね”と苦笑いを浮かべるのでした。
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「ネイチャーマン、あなたは特別に招待してあげるんだから、絶対に来なさいよね!!」
教務員室に入ってくるや有無を言わさず押し付けられた招待状、どうやらシルビーナ先生はツンデレ気質をお持ちだったようでございます。
「再来週の闇の日ですか、しかしこの場所は半年先まで予約待ちが続いていると言われている有名レストランじゃないですか、よく予約が取れましたね」
「フフ~ン、どう、これがロイドの実力よ。以前私たちの顔合わせの際にケビン・ワイルドウッド男爵が予約を取ってくださったのだけれど、それ以降も頻繁に顔を出しては繋ぎを作り、例の魔王騒動であまり公にホーンラビット伯爵領の作物を取引できない中、グロリア辺境伯領に本店を構える地方商会という強みを生かして継続的な仲介取引に成功したのよ。
今じゃ噂が噂を呼んで、マルセル村の野菜を仕入れることのできる商会として注文がひっきりなしとか言ってたわね。一時期商業ギルド本部がマルセル村の野菜を大量放出したことでその名が一気に広まったとかで、連日大変だってぼやいていたわよ。
まぁそのお陰で今度みたいな無茶も聞いてもらえたんですけど、中央貴族が大量粛清されたことで予約に穴が開いていたことも大きかったとはいえ、これはロイドの日頃の頑張りの成果よね~」
ロイドさんは普段いかにして仕事をさぼるかということに心血を注ぐ方ですが、こうやって押さえるところを疎かにしない点が、生き馬の目を抜く王都で業績を上げていくコツなのでしょう。
「分かりました、ぜひ参加させていただきます。それとここに同伴者についての但し書きがありますが」
「フフ~ン、あのレストランで食事ができるなんてそうそうないことなのよ? 本来なら奥さんをご招待してあげたいところだけどあなたってば単身王都住まいって言ってたし、だったら王都で世話になっている人の一人でも呼んであげたらって配慮よ。
普通に食事を楽しむだけでもいいんじゃない? 私たちは気にしないから楽しんで頂戴」
王都で世話になっている人、学園長は普通に呼ばれているでしょうし、ベルツシュタイン伯爵閣下をお呼びするのも変ですし。これは妻たちと相談する必要があるのかもしれません。
私は「返答は後程致します」と答えると、招待状をありがたく受け取るのでした。
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「席の準備はよし、招待客の参加不参加の確認は取れているし、あとは何を確認すればいいんだ?」
その日ロイドは朝から落ち着かない気分で一日を過ごしていた。今日は親しい友人や仕事関係者を招いての結婚報告会、これまでの人生で最も華やかであると言ってもいい催しに、胸の鼓動が早鐘のように鳴りまくっていたのであった。
「アッハッハッハッハ、あのアダマンタイトの心臓を持っていると言われるロイドでも流石に今日ばかりは緊張しますか。このことはモルガン商会長やギース統括部長にご報告しないといけませんね」
そんなロイドの下にニヤニヤと笑みを浮かべて近寄る一人の女性。
「支店長、揶揄わないで下さいよ、俺だってこんなに緊張するものだなんて思わなかったんですから。こんなことならケビンに何かいい薬でも融通してもらえばよかった」
「何を言ってるんだもったいない。普段ちゃらんぽらんなロイドだからこそこういう経験が大切なんじゃないか。それにドキドキした思い出ってものは忘れたくても忘れられないものさ、特にそれが幸せな思い出であるのならね。
夫婦ってものは長く一緒にいると互いのありがたみをつい忘れてしまいがちになる、そんな時は今日のことを思い出すんだ。
夫婦仲が冷めてしまうのは互いが出会った頃のドキドキを忘れてしまうからだと私は思う。一生忘れない思い出を作るつもりで頑張りなさい」
支店長はロイドの背中をバシッと叩くと、「いいものを見せてくださいよ?」と言って離れていく。
「ロイド君、ご招待いただき感謝するよ。しかし君が王都学園一の才女と謳われるシルビーナ女史を射止めるとは、君の活躍には本当に驚かされてばかりだよ」
「これはこれはベルナール会長、本日はお忙しい中、私とシルビーナの結婚報告会にお越しいただき、誠にありがとうございます」
次に声を掛けてきた者は王都商業ギルドの会長にしてアパガード商会の会長でもあるベルナール・アパガード。ロイドが王都に赴任して四年目、これはその間に彼が王都社会に深く食い込み、人脈を広げてきた成果と言ってもいいだろう。
「それはそうとこの前はありがとう、ホーンラビット伯爵領が独立領となり実質的に独立国になってしまったことで、マルセル村の様々な農産物が手に入らなくなるのではとちょっとした騒ぎになっていたからね。ロイド君が商業ギルド本部にモルガン商会の卸し分を回してくれなかったらどうなっていたことか、騒動に発展しなかったのはロイド君のおかげだよ」
「いえ、魔王討伐軍騒ぎの時はベルナール会長に大変お世話になりましたので。セルジオ・モルガン商会長も大変感謝しておりました、その節は本当にありがとうございました」
商売とは人と人との繋がり。オーランド王国を襲った魔王討伐という嵐を協力し合い乗り越えた両者の間には、年齢や立場を超えた戦友のような思いが芽生えているのだろう。
「ところで今日は男爵閣下はお見えになられるのかな? シルビーナ女史との出会いには男爵閣下の紹介があったと聞いているのだが」
「いえ、流石にそれは騒ぎになるということで、男爵閣下からは祝福と出席できないことに対する謝罪の手紙を受け取っております。本来私のような者とお付き合いいただくことなどはばかられるような御方なのですが、御身分を気にされず接していただきありがたい限りです」
ロイドの言葉に然もあらんと頷くベルナール会長。
「ロイド君、男爵閣下との繋がりは大切にしてくれ、これはモルガン商会がどうといった問題だけでなくオーランド王国の存亡にもかかわることだからね。
あの御方はご自身が身内と考えている者にはとことん甘いところがある。たとえ再び王都にドラゴンの襲来があろうとも、モルガン商会王都支店にロイド君が勤めているというだけで王都を救ってしまう、そんな御方だ。
怒らせると恐ろしいが味方であればこれほど頼もしいお方はいない、厄介事も持ち込むが他の貴族とは違い必ず大きな利益を齎してくれる。
本当に頼んだよ」
真剣な顔をして手を握るベルナール会長に苦笑いを浮かべるロイド。普段ロイドの兄貴と言って慕ってくる若者に対する自身の思いと周囲の者たちが思う人物像との落差に、何とも言えない気持ちが沸き起こる。
ロイドは真剣な顔を作りベルナール会長の手を握り返すと、「微力を尽くします」と言って小さく頷きを返すのだった。
「ロイドさん、花嫁の準備ができました」
モルガン商会王都支店の女性従業員が声を掛けてくる。その声に振り向けばそこには純白のドレスを着た美しい女性。
「シルビーナ、キレイだよ」
「フフフ、どうもありがとう。それにこんなに素敵なドレスまで用意してくれて。私、本当に驚いちゃって」
そう言い感動に瞳を潤ませるシルビーナ、そんな彼女にロイドは首を横に振って言葉を添える。
「喜んでくれたところ悪いけど、これは俺の力じゃないんだ。シルビーナとの結婚をお忍びで訪れたケビン・ワイルドウッド男爵に報告したところ、結婚報告会には出れないけど代わりに花嫁へドレスを贈らせてほしいと仰られてね。そのドレスは俺の要望を聞いたマルセル村の職人の手で作られたものなんだ。
シルビーナによろしく伝えてほしいと言っていたよ、末永く幸せになってほしいともね」
ロイドはどこか気まずげに頭を掻くも、シルビーナか首を横に振りロイドの腕を取る。
「それもこれもロイドがこれまでワイルドウッド男爵様との間に深い関係を築いてきたからこそでしょう? もっと自信を持って、ロイドは私が見染めた愛しの旦那様なんですから」
「ヒューヒュー、暑いぞこの野郎。ロイド、シルビーナ様を泣かせたら俺たちモルガン商会王都支店の男たちが黙ってないからな!!」
「「「「そうだそうだ!!」」」」
周囲の男たちが囃し立てる、女たちが「シルビーナさんおめでとう、どうかお幸せに」と声を掛ける。
「シルビーナ先生、ロイドさん、ご結婚おめでとうございます。このような晴れの席にご招待いただき感謝いたします。
シルビーナ先生、本当にお美しい、そのドレスは今のシルビーナ先生の為に作られたもの、どうかお幸せになってください」
「ばっ、ネイチャーマン、来ていたんなら早く言いなさいよ、急に恥ずかしくなっちゃったじゃない!! えっとお隣の女性は王都のお知り合い? 何よネイチャーマン、浮気は極刑よ?」
仕事場である王都学園で長く馬鹿なトラップ合戦を繰り広げている同僚の登場に、急に恥ずかしさが込み上げてきたシルビーナは、自身の気持ちを誤魔化すようにネイチャーマン講師へからかいの言葉を向ける。
「いえいえ違いますよ、私に浮気をするほどの甲斐性はありませんから。ご紹介します、私の妻のケイトです」
「はじめまして、妻のケイト・ネイチャーマンです。主人がいつもお世話になっております。主人から連絡をもらい今日王都に到着したばかりでして。
でもこうしてお会いしたのがシルビーナ先生の結婚報告会で本当に良かった、それより前に会っていたらシルビーナ先生の美貌に嫉妬して主人にあらぬ疑いを掛けていたかもしれません。
もっとも主人がよからぬ思いを抱いたとしてもシルビーナ先生には相手にされなかったでしょうが」
「ハハハハ、それはシルビーナ先生に失礼だ、私のような枯れた男にはシルビーナ先生は眩し過ぎるよ。
ロイドさん、シルビーナ先生のことをどうぞよろしくお願いいたします」
そう言い礼をするネイチャーマン夫妻、シルビーナは二人からの祝福に嬉しそうに微笑み、ロイドは引き攣った笑みを浮かべ二人に顔を近づける。
「もしかしなくてもケイトちゃん? どう見ても俺より年上なんだけど、それに言葉遣いが全然違うんだけど」
「フフフ、ネイチャーマンの妻の座は私がいただいた。干し肉の誓いは絶対、友の為に駆けつけるのは干し肉の魔導士として当然」
「いや~、ケイトが世話になったロイドの兄貴の結婚報告会にどうしても出たいって言ってさ~。後で歌の祝福を贈るから楽しみにしておいて、ケイトの歌ってば本気で凄いから」
「ちょっとロイドにネイチャーマン、なに三人でこそこそ内緒話をしているのよ、私を仲間はずれにするんじゃないわよ!!」
あまり接点のないはずの三人がいきなり親しげに相談事を始めたことに、シルビーナから物言いが掛かる。
「いや、ごめんごめん、以前ネイチャーマン先生にお会いした時に奥様が大変歌が上手だと聞いていたものだから余興にお願いできないかと思ってね。こういうことはこっそり相談してシルビーナへの歌の贈り物とした方がよかったね。気が急いて失敗しちゃったかな?」
そう言い頭を掻くロイドに「ロイドったら」と言ってまんざらでもない顔になるシルビーナ。
その後順調に報告会は進み、余興として披露されたケイトの歌声にすべてを持っていかれてしまうことになるのだが、この時は誰もそのことを予測できずにいたのであった。
あ、どうもご先祖様。
これですか? 私が書いた小説ですが。
・・・夏目漱石先生と比べられましても。
by@aozora