王都の朝は早い。日の出と共に様々な荷物を乗せた荷車や馬車が動き出し、商店主は仕入れのため市場に向かい、そんな商人や職人たち相手に食べ物屋の屋台が並び旨そうな匂いを立てる。
街のあちこちに喧騒が生まれ、王都の一日が動き出す。
“カチャッ”
家の扉を開けレンガ造りの路地に足を踏み出す。井戸の周りに集まり噂話に花を咲かせるご近所の奥様方に軽く会釈をすると、手持ちカバンに愛用のステッキを持ったいつものスタイルで職場に向かい歩を進める。
「ネイチャーマンさんっていつもきちんとした格好で出かけるみたいだけど、どこかの商会の会計係か何かなのかしら?」
「えっ、そうなの? 私、てっきり商業ギルドか冒険者ギルドの事務でもしてるのかと思っていたわ」
「えっ、二人とも知らなかったの? ネイチャーマンさんって王都学園で教鞭を振っている講師だったはずよ? 前にネイチャーマンさんから直接聞いたもの。なんでも生活魔法の講座を持っていらっしゃるんですって。
ただ臨時の講師だから契約が本年度いっぱいで、契約が満了したらご実家に帰られるって話よ? 奥様とまだ小さなお子さんがいるんですって、田舎ののんびりとした環境で育てたいって言ってたわよ」
「「えっ、王都学園の講師って凄いじゃない。でも今年で辞めちゃうだなんてもったいない、もっと早くにお近付きになっていれば」」
女性の会話はとめどなく続く。私は無駄にいい耳に飛び込む噂話に苦笑いを浮かべながら、この騒がしくも楽しげな喧騒の中を王都学園に向かい歩いて行くのでした。
「ネイチャーマン先生、おはようございます」
「おはようございます、ロックケイプさん。今朝もお仕事お疲れ様です。ロックケイプさんは王都学園が休講中はどうなさっていたのですか? 学園の他の講師の方々はご実家に帰られた方も多かったと聞いていますが」
王都学園の通用門を潜り声を掛けてこられたのは清掃員のオータム・ロックケイプさん。普段は地味な見た目であまり目立ちませんが、さりげなく生徒たちの困りごとの相談に乗ってあげるなど、とても生徒思いの優しい方です。
「はい、私も普段より長くお休みをいただきましたが、王都学園には学生寮もあり仕事自体がなくなるということはありませんでしたので。休みの日は友人のところで手伝いをさせてもらっていました」
「そうなんですか、ロックケイプさんはとても働き者なんですね。私は契約期間が本年度いっぱいですのでそれほど長く生徒たちと接する事が出来ませんが、ロックケイプさんのような方が身近にいれば多感な時期の生徒たちにとっても心強いのかもしれませんね」
「そうなんですか? せっかくこうしてお知り合いになれたのに少し寂しいです。ですが私も契約期間が本年度いっぱいなんですよ、王都では親しいお仲間も出来たので寂しくはありますが田舎に帰ることになりまして。
あと半年とはなりますがよろしくお願いいたします」
そう言い頭を下げるロックケイプさん。でもロックケイプさんも、王都から田舎に帰られるんですか。私は「そうなのですね」と短く答えると、軽く会釈をして臨時教務棟へ足を向けるのでした。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
時間となり、担当の“便利な生活魔法活用術講座”の行われる第二校舎203教室へ向かいます。この時間の講義は一年生二年生の合同となっていますが、本年度は一年生の受講生はおらず、二年生の生徒が一人だけ。別の曜日に三年生用の講座があり、そちらには何故か勇者ジェイク君や聖女エミリー嬢といった錚々たる生徒が揃っています。
しかし彼らは王都学園でも飛び抜けた才を持つ生徒たちであり、今更生活魔法の何を学びたいというのか。取り合えず毎年恒例の林の野営訓練は予定していますが。
“カチャッ”
扉を開き教室に入ります。物音一つせず静まり返った部屋の中を教壇へ向かうと、小さく咳ばらいを一つ。
「コホンッ、それではこれより“便利な生活魔法活用術講座”の講義を始めます。講義の前に私の個人的な事情により長く講座を休講させていただいたことを深くお詫びいたします。また学園自体が休校してしまったことを王都学園の教師の一人としてお詫びいたします」
教壇から見る教室には階段状になった机が並び、一目でどの場所にどの生徒が座っているのかが分かるようになっています。そして一見人の気配のない無人の席に向かい、私の声が響きます。
「では本日は久しぶりの講義ということもありますので、質問に答える形の質疑応答方式で講義を進めていきたいと思います。
ベロニカ・マクスウェル嬢、この休校期間中、何か思うところはありましたか? 別に生活魔法にかかわる事でなくとも構いませんよ?」
教室に私の声が虚しく響きます。しかししばらくすると、何処からともなくか細い返事が聞こえてきます。
「なんで分かるんですか、私のことなど家族でも気が付かなかったというのに」
それは教壇の正面、下から二段目の席から聞こえる声。
「そうですね、慣れでしょうか。ベロニカ嬢のスキル<気配隠蔽>は周囲に溶け込み存在を分からなくしてしまうというものとお聞きしていますが、存在がなくなるわけではありませんし、スキルである以上魔力が使われていることは隠しようもありません。
以前も講義でお話しいたしましたが、スキルとは女神様が人々の為にご用意くださった魔力の運用法なのです。つまり魔法現象の一形態であり、魔力の揺らぎを隠す事は出来ません。
ベロニカ嬢の場合そのスキルの制御が不安定な為、感情の起伏によりスキル暴走を起こしてしまうことがある、現在もそうした理由で<気配隠蔽>が切れないのではないですか?」
私の言葉に涙をボロボロ流すベロニカ嬢、周囲から認識してもらえず独りぼっちであるということは相当に辛いかったに違いありません。
「ベロニカ嬢の話はシュテル・バウマン学園長より伺っています。マクスウェル子爵家が先の粛正の対象になってしまったとか。マクスウェル子爵家はマルス侯爵家の子飼いで裏の仕事を専門に引き受けていたんだそうですね。そうした意味ではベロニカ嬢が上級職である<上級暗殺者>に目覚めたのも必然であったのでしょう。
ベロニカ嬢が連座制で裁かれなかった事にはシュテル・バウマン学園長の働き掛けがあったことも確かですが、王都諜報組織“影”がその才能を惜しんだからとも聞いています。
ですがそのようなことはあなたには関係ない、あなたはあなたの思う道を進めばいい。私はこう見えても各方面にそれなりの伝手を持っています、多少のことでしたらご相談に乗れるやもしれませんよ?」
私の言葉に少し不安が緩んだのか、姿を見せたベロニカ嬢。今のベロニカ嬢に一番必要なのは<魔力制御>と<魔力操作>を鍛えること、それにはこの生活魔法の講義は最適であると思わす笑みを浮かべてしまいます。
「まずこれは質問の回答ではなく助言となりますが、ベロニカ嬢に必要なものは<魔力制御>と<魔力操作>のスキルに目覚めることです。繰り返しになりますが<スキル>とは魔法現象の一形態です、何らかの原因でスキルの暴走が起きていたとしても、その大本である魔力を最適化することで暴走を抑えることは可能でしょう。
一般的にこの二つのスキルは魔法の訓練をより多く積むことで目覚めるとされており、魔法使いは自身の魔法をより精密に扱えるように日々訓練に明け暮れることで開花すると言われています。
この事実を端的に示す名文が基礎魔法学の教本である「魔法の書」の序文に書かれた大魔法使いの言葉ですね。“魔力枯渇を恐れるな、我が強大な魔力を身に付け今日大魔法使いと呼ばれる様になったのは、全て若かりし頃に無謀にも魔力枯渇を繰り返しながら魔法の習得に努め、繊細な魔法の運用を身に付けたからである。努力は決して裏切らない、全ては結果として返って来る”、この言葉は魔法訓練によって<魔力制御>と<魔力操作>のスキルに目覚めることを示しています。
ですが一般的に魔法と呼ばれるものの訓練には制限があります。それが魔力量の壁です。魔法使いたちはその壁にぶつかり魔力枯渇を繰り返しながら訓練を続け大魔法使いの道を目指すのです」
私の言葉に真剣な目を向けながらも、何処か諦めにも似た表情を向けるベロニカ嬢。その表情にはそれくらいのことは既にやっているという感情が宿っています。
私はそんなベロニカ嬢に対し笑顔を向け言葉を続けます。
「ですがこの方法は正直時間が掛かります。魔力量の増加と<魔力制御>と<魔力操作>のスキルをより繊細に扱えるようにするための訓練という意味では素晴らしい方法なのですが、今のベロニカ嬢に必要なのは<魔力制御>と<魔力操作>であって、魔力量は正直どうでもいい、そうではありませんか?
ではどうしたら<魔力制御>と<魔力操作>に目覚め鍛え上げる事が出来るようになるのか、それにはこの二つのスキルが何を基準に目覚めているのかを知る必要があります。
先に結論を言えば“どれだけ魔法を使ったのか”に掛かっていると言う事が出来るのです。これは被験者を募り実験した結果ですので、間違いないものと思われます。より正確性を求めるのであればこれらのスキルを持たないものを数万人集め実験する必要がありますが、趣味の講座であるこの講義で取り上げる内容ではないので割愛させていただきます。
では魔法を数多く使うにはどうしたらいいのかという話になります。ここで問題になるのが魔力量の壁です。結局は魔力量の差が物を言うのかという話になってしまいますが、そうではありません。
ベロニカ嬢、この問題を解決するにはどうしたらよいと思いますか?」
私からの問い掛けに暫し沈黙し何かを考えるベロニカ嬢、既に多くのヒントが散りばめられているということを理解できるのかどうかが今後のベロニカ嬢の人生に大きく影響するでしょう。
「・・・生活魔法を使う、ことでしょうか?」
「なるほど、ではなぜそう思われたのですか?」
「ネイチャーマン先生の話では<魔力制御>と<魔力操作>に目覚める為にはどれだけ魔法を使い続けるかと言ってます。私は昔からずっと魔法の訓練を積んできた、そのお陰で中級魔法も難なく発動する事が出来ます。でも発動回数は少なく制御も甘い、父は私の魔力量が少ないからと魔法訓練を繰り返すように命じましたが中々うまくはいかなかった。
家の中では職業は素晴らしいのに才能のない役立たずと蔑まれ続けました。
話は逸れましたが、ただ魔法の訓練を続けるだけではどうしようもないということは私が一番理解しているんです。そうなるとただの魔法ではない、上位魔法でもない、一般に魔法とみなされていない生活魔法に活路があるようにしか思えないんです」
理論に無理やり感はありますが、自身の経験から辿り着いた答えというところでしょうか。こういう思考法は嫌いではありません。
「そうですね、今のお話を聞く限りベロニカ嬢は既に<魔力制御>と<魔力操作>のどちらかに目覚めている、もしくはその両方に目覚めてはいるものの、ベロニカ嬢の欠点を補うにはまだ足りていないといったところでしょうか。要するにこれくらいの精度での<魔力制御>と<魔力操作>が必要かもしれないということです」
そう言い私は右の掌から大量の魔力糸を発生させると、レース模様の布地を作り出すかのように中空に展開させます。その際比較的分かり易い火属性光属性闇属性の魔力を使い色付けすることも忘れません。
「生活魔法の欠点は威力が弱く文字通り生活の役に立つ魔法とも呼べない便利技術である点ですが、威力が弱い分使用される魔力量は極端に少なく、生活魔法で魔力枯渇を起こすことは至難の業となります。
つまりこの地味で何の役に立つのか分からないような生活魔法を只管繰り返すことによって、ここまで繊細な<魔力制御>と<魔力操作>が行えるようになるのです」
ベロニカ嬢は中空に浮かんだ美しい幾何学模様の魔力の布を眺めながら口を開けて呆然としています。・・・おや、何か一部がやたら光ってませんかこれ? えっと、これってライトの魔方陣? 幾何学模様を作りながら無意識に作っちゃったとか・・・。
魔力糸で魔法発動、これってロマンでは? それじゃエルフ魔術の<つむじ風>の魔法陣を作ったら・・・“シュルシュルシュルシュル”おぉ~~~~、これは熱い、この技術は是非研究しなければ!!
「あの、ネイチャーマン先生、これって・・・」
「ハハハハ、失礼しました、つい関係ない事をしてしまいましたね。結論から言えば繊細な<魔力制御>と<魔力操作>を身に付ける事でベロニカ嬢のスキル暴走は制御できる可能性が高い、その為の方法は生活魔法を繰り返し行うことであるということになります。生活魔法は誰でも行える上に魔力消費も少ない魔法ですから回数が稼ぎ易い、回数を重ねることで短縮詠唱を身に付ける事が出来ますから更に訓練が捗るようになる。
それとこれは私の講義を最後まで真剣に聞いてくれたベロニカ嬢にちょっとした贈り物です。以前この講義でもお話ししましたが、生活魔法にもそれぞれの属性に対応した生活魔法が存在します。<プチファイヤ><ピット><ウインド><ウォーター><プチライト><アイマスク>などです、これらを満遍なく短縮詠唱出来るくらいまで訓練してみてください。
そうしたらベロニカ嬢の魔法は一段階上のものになっているはずですよ?
でもこの訓練方法は秘匿しておいてくださいね、色々と面倒なことになりますので」
私はそう言い唇の間に人差し指を添えウインクをすると、中空の魔法布を消し去り質疑応答形式の講義を再開するのでした。
おはようございます
花火大会に行きたい、夏の心霊特集番組が見たい!!
海なんか十年以上行ってないよ~!!
いってらっしゃ。
by@aozora