王都学園が再開され二週間が経った。平常通りの授業が始まるようになると、当初どこか落ち着かない雰囲気だった生徒達も徐々に平静を取り戻し、少しずつではあるがこれまでの日常に帰りつつあるのだった。
「ジェイク君、アルデンティア殿下からの招集って一体何の用なんだろうね」
「まぁこんな騒ぎがあった後だから生徒会として生徒たちに気を配って欲しいとかいった話なんじゃないかな? もっとも俺たちに関しては騒ぎを起こさないようにって注意かも知れないけど」
校舎の廊下を歩きながらエミリーが声を掛ける。俺は彼女の疑問に答えながらも、ここしばらくの学園の様子を思い出す。
「それにしても大分生徒が減っちゃったよな、三年生はそれ程でもないけど二年生と一年生が。アルデンティア殿下が懸命に引き込み工作を行っていたようだけど、親が動かなければどうしようもないもんな」
「そうだね、それでも何もしないよりかは良かったんじゃないかな? 三年生の保護者は、ジェイク君が一年生の時に学園交流会で見せた王都上空大爆発でマルセル村のことを理解してくれていたのか、随分前から中央貴族派閥から離れていたみたいだしね。
ブライアント第二王子の造反を受けて危機感を持ったのか自分たちの勢力が台頭したと喜んだのか、その一点が最後の分かれ道だったんだと思うよ」
子供は親を選べない、育った環境により考え方や性格は大きく左右される。多くの人と接することで自身の考え方や常識を見つめ直し、そうして己を顧みることが出来た者だけが王都学園に残ることが出来た、そういうことなのだろう。
「・・・誰もがラグラみたいに立ち回れるって訳じゃないからな」
「ラグラ君も一時期裏切り者とか恥知らずとか陰口を言われてたけど、今じゃそんなこと言う人は誰もいないもんね。物理的にいなくなっちゃったんだけど」
常識を疑い自身を疑い、俯瞰した目で周囲を観察し直す勇気。ラグラは本当に立派だと思うし、俺に同じ真似ができるかと言われれば正直自信がない。
「でもアルデンティア殿下は上のお兄さんたちがいなくなっちゃって、これからは王国の重要な役割を担うようになるんじゃないかな?」
「アルデンティア殿下だけじゃないぞ? ラグラは侯爵家の跡取りとして当然国政に携わるようになるし、カーベルだってなんらかの仕事に就くはずだ。今回の騒動でそれだけ多くの役人が処分されちゃったし、人手不足はとんでもないことになっているだろうしね。今の三年生も卒業後王国の為に働かないかって声掛けが凄いじゃん、それだけオーランド王国が大変だってことだよ」
王家の大粛清が終わって俺たちに関わる一番の変化がこれ、これまで王国人事に多大な影響力を誇っていた中央貴族たちが大量処分されたことで、重しを外されたかのように噴出する不正の数々。
王国人事はコネが無ければどうにもならないと噂されていたものが、人手不足も相まって王都学園ばかりじゃなく魔法学園や武術学園にも大きく門戸が開かれるようになったっていうね。これには上位職入学の寮生たちが大歓喜、なんやかんや言っても王国に採用されることは成功者になることと同意義だもんね。
俺たちは改めて凄い時代に生まれたもんだと実感しながら、生徒会執務室に急ぐのだった。
「皆、忙しいところ集まってくれてありがとう。王都学園が再開されて二週間、生徒達も落ち着きを取り戻してきたがやはり元通りという訳にはいかない。そこで皆に忌憚ない意見を聞かせて欲しい」
生徒会執務室の中、長テーブルを囲む参加者全員を見回した後意見を求めてきたのは生徒会長のアルデンティア第四王子殿下。今度の騒動で相当に考えるところがあったのか、その表情からは多くの苦難を乗り越えた男の哀愁が漂っている。ロナウドに聞いた話では、バルーセン公爵閣下と協力して各貴族家を回り騒ぎを起こさないように説得したり、武術学園・魔法学園に顔を出し生徒の動揺を抑えるよう尽力したりと、かなり活発に動かれていたのだから思うことろもあるだろう。
「ご報告いたします。現在王都学園に在学している生徒で王都外へ避難していた者たちはほぼ復学していると事務室より報告を受けています。全てでない理由はこの騒動を機に婚姻を進めた者がおり、未だ復学か自主退学かの連絡が届いていないとの話でありました」
アルデンティア殿下の言葉に最初に応えたのはカーベル、それは貴族ならではの婚姻の話。そういえばケイトさんも領都学園を卒業する前にケビンお兄ちゃんと結婚式を挙げていたんだよな、オーランド王国じゃ十五歳で旅立ちの儀を迎えれば成人とみなされるし、そう考えると休校による長期の休みで自領に戻った令嬢がそのまま婚約者と婚姻を迎えても不思議じゃないんだよね。
貴族社会が不安定だからこそ婚姻により他家との結束を強くする。一年戦争の時もそういった動きが強かったって、前にホーンラビット伯爵閣下が話していたことがあったんだよね。パトリシア様相手に婚姻の申し込みが殺到して大変だったとかパトリシア様がヤサグレたとか、あの時も大変だったよな~。
“ジ~~~~~~~~~~ッ”
俺がカーベルの報告を聞きながらそんな事を考えていると、何故か隣のエミリーから熱い視線が。上目遣いで顔を赤らめて・・・。
エミリーさん、落ち着こう。確かに俺たちはもう十五歳だけれども、マルセル村が大変過ぎて旅立ちの儀はしてないから、お願いだから脇腹をぐりぐりしないで、痛い痛い痛い!!
まさかこんな所にトラップが。カーベル・ハンセン、恐るべし。
「学園内のことではないが、アルデンティア第四王子殿下の派閥について報告させて欲しい。先の混乱時に殿下が派閥の集まりに足しげく顔を出して下さったこともあり、王家の粛清後も派閥内に目立った動きは発生していない。王家と義父グロリアス・バルデン侯爵との関係は良好で、派閥内の各貴族家にもさまざまな役職が割り振られた。
これによりアルデンティア第四王子殿下を支える基盤は盤石になったと言っていいだろう。俺とミルキーは今後とも殿下を支え王家に忠誠を尽くしていくつもりだ。このような惨劇が二度と起きぬよう、皆も力を貸してほしい」
ラグラはバルデン侯爵家に婿入りしたことで、名実ともにアルデンティア殿下を支える強力な後ろ盾になったといえる。今や中央貴族社会のまとめ役となったバルデン侯爵、入り婿であるとはいえその次期当主という立場は非常に大きい。
「バルーセン公爵家からもご報告いたします。各領地持ちの貴族家はゾルバ国王陛下の下、国内情勢の安定化に全力を尽くすことで意見が一致しております。それは北西部貴族連合盟主であるグロリア辺境伯家、南西部貴族連合盟主であるテレンザ侯爵家も同様の方針を表明しており、一年戦争の時に起こったような国内経済への影響は最小限に抑えられるものと考えられます。
国王派貴族はゾルバ国王の下、結束を強め、国内外に対しオーランド王国の安定を示していく所存です」
続いての報告はラビアナお嬢様、兄であるオルセナ・フォン・バルーセン公爵閣下に強く働きかけ、アルデンティア殿下の右腕として事態の収拾に協力し続けていたとか。
俺達マルセル村の者たちが全力で夏祭りを楽しんでいる中、高位貴族家の方々は目茶苦茶仕事をなさっておられました。
「「「「「・・・・・・」」」」」
生徒会メンバーの皆様方の視線が俺とエミリーに注がれます。そんなに見つめられてもはっきり言って俺たち遊んでただけだしな~、これといって報告できるような凄い事ってないんだよな~。
「えっと、これは既にアルデンティア第四王子殿下ならご存じだと思いますが、ホーンラビット伯爵家は独立領になる宣言をし、ゾルバ国王陛下に承認される形でオーランド王国より独立を果たしました。
王都学園では他国からの留学生という扱いになってるんですかね? スロバニア王国貴族のアルジミールやライオネスと同じ扱いですね。
理由としてはクロッカス第三王子をはじめとした中央貴族家の方々が魔王討伐軍に参加し、ホーンラビット伯爵領に侵攻したこととなります。王家は当初からボルグ教国の決定に反対の姿勢を取っていましたが、クロッカス第三王子が参戦したことでホーンラビット伯爵家としては独立を選ばざるを得なかったということが実情です。
ゾルバ国王陛下は王権の移譲も視野に入れておられたようですが、そのような事態にでもなればオーランド王国が大混乱に陥ることは目に見えていましたから、ホーンラビット伯爵閣下としてもそれは避けたい選択だったと思います」
俺の言葉に厳しい表情になる皆さん。客観的に見てオーランド王国が崩壊寸前まで行ったことは事実、でもホーンラビット伯爵閣下にしろケビンお兄ちゃんにしろ、“国政なんか絶対にいらない、これを機会に陞爵されないように逃げる!!”って判断したことが丸分かりなんだよな~。
だって国の代表になりたいんだったらホーンラビット伯爵家独立領って扱いがおかしいんだもん。ホーンラビット伯爵閣下も「ホーンラビット伯爵家独立領は独立性を持った一地域です。国ではないので気を付けてください」って言ってたしね。
「すみません、一つお聞きしたいんですけど、“蛮族の来訪”と“王城の奇跡”が一体何だったのか。色々な噂話が飛び交っているのは知っていますがどれも要領を得ないものばかりで、ジェイク君たちなら何か知っているんじゃないかと思うんですが」
手を上げて質問してきたのはアリス嬢、隣のカーベルが軽く頭を抱えています。どうやらアリス嬢の空気を読まない真っ直ぐな心は、いまだ健在のようです。
「まぁ別に隠す程のことじゃないんで話しますけど、“蛮族の来訪”に関してはそれ程間違ってないんじゃないですかね。
王都北街門、ホーンラビット伯爵家騎士団総勢四十名による覇気と魔力。詳しいことは言えないというよりよく分かってないんですが、その覇気と魔力を王都全体に満遍なく行き渡らせることが出来るよう、ケビン・ワイルドウッド男爵様が何かをしたようです。
“王城の奇跡”は王城謁見の間でのゾルバ国王陛下との謁見の後、ケビン・ワイルドウッド男爵様が行った広域魔法ですね。王都全体を清浄化する為に行ったもので、魔法以外にも癒しの覇気を使ったようでしたね」
俺の言葉に「あれほどの広域魔法を人の身で・・・」と呟きながら目を丸くするアリス嬢。う~ん、その辺はあまり深く考えない方がいいと思いますよ? ケビンお兄ちゃん=理不尽はマルセル村の常識ですから。
その後魔王討伐軍との間に何があったのかとか、魔王討伐軍はどうなったのかと聞かれたので四回全滅させた話や最終的にケビンお兄ちゃんが影魔法で影空間にしまい込んでボルグ教国に送り返したと言ったら、理解の限界を超えたのかビックリしたグラスウルフみたいな顔になるアリス嬢。
アルデンティア殿下は王城で何か話を聞いていたからか、どこか悲しげな表情をしておられます。
「そんなことって、でもそれじゃまるで・・・」
「まるで魔王みたい、まぁ言いたい事は分かりますけどそれは他所じゃ言わないでくださいね。“聖女アリス様が魔王と仰ってるんだからやはり蛮族は魔王なんだ!!”とか馬鹿なことを言い出してホーンラビット伯爵家独立領に攻め込んでこようなんて馬鹿なことを考える輩が発生しかねませんから。
俺は実際の魔王を見たことがないんで何とも言えないんですけど、これまでも多くの者が魔王と言われて討伐されてきた歴史があるってことは知っています。自分には理解出来ない大きな力を持つ者を邪魔者として排除する、そしてその事に世間は誰も文句を言わないどころか賛同してくれる、魔王って言葉は本当に便利ですよね。
今回は俺たちが偶々魔王討伐軍を打ち破る力を持っていたからいいですが、そうでなければ蹂躙され悪として歴史に名を残していたのは俺たちなんです。
アリス嬢、人って怖いんですよ。あなたは聖女だ、あなたの言葉で動かされる人々は多い。集団の意見が果たして正しいのかどうか、よく考えてみてください」
俺の言葉に押し黙るアリス嬢、先程の自分の言葉が周りに与えてしまう影響について思い至ったのか、顔色を青くして震えだす。
「すまないジェイク、アリスも悪気があった訳じゃないんだ、ただ驚いてしまってな。この通りだ、許して欲しい」
そんなアリス嬢の肩をギュッと抱き締め、俺に謝罪の言葉を向けるカーベル。・・・?
咄嗟に顔を見合わせた俺とエミリーは、ラビアナお嬢様に視線を向ける。
“コクリ”
マジかよ。更に確認の為、視線をアルデンティア殿下に移すと。
“コクリ”
出ました、王家公認!! エミリーさん大興奮、ラビアナお嬢様に“後で詳しく!!”とハンドサインを送っております。
「あぁ、そこまで気にしなくてもいい。ただアリス嬢には自身の発言の強さとそれに伴う影響について考えて欲しかったんだ。
俺も勇者の職業を授かった者だからな、自分の行動の与える影響力の大きさについては考えるようにしている。その上で後悔しないようにはしているさ。
ただ勘違いしないでほしいのは勇者だからとか聖女だからと言って責任を押し付けてくる輩がいるが、それは全部相手の欲だ。職業に責任なんかない、ただ周りが期待を寄せてしまうことは事実だ。
その時周りに潰されずにいかに自分を保つか、アリス嬢にもよく考えて欲しくてな。
まぁこれは難しい事だから一朝一夕にどうこう出来ることじゃないが、侯爵家出身のカーベルなら理解できるんじゃないか? アリス嬢にはカーベルから教えてやってくれよ、俺は人にものを教えるのが得意じゃないんだ」
そう言い肩を竦めてみせると、口元を緩めて「あぁ、引き受けさせてもらうよ」と言葉を返すカーベル。
「カーベル君、私・・・」
「大丈夫だ、少しずつ学んでいけばいい。その為に俺がいるんだからな」
見つめ合う二人、そこには青春の甘い空気が。
エミリーさん、落ち着いて、鼻息が荒いです!!
俺は興奮するエミリーを宥めると、ジト目を向けるアルデンティア殿下に頭を下げ、謝罪の意思を伝えるのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora