そこは王都学園の敷地内の林の中、普段あまり生徒が寄り付かないその場所に集まった者たちは、担当講師の言葉に従い周辺の木々から枝を伐採し、一カ所に集めていく。
「はい、これ位あればいいでしょう。ここは学園の敷地内の林ですので、薪になるような枝が落ちていることはまずありません。学園敷地内は常日頃清掃員の方々が清潔な環境を保ってくださっていますからね、皆さんが心地よい環境で過ごすことが出来るのは、そうした見えない場所で働く人々のお陰であるという事を、心の隅に留めておいてください。
少し話が逸れましたが、街道の野営地などに到着した場合、周辺の林や森の中で薪になりそうな枝を見つけようとしてもなかなか見つからないという事は、往々にして起こり得ます。理由は単純です、皆さんの考えるようなことは他の旅人たちも考えるからです。
枯れ枝などは誰かが使えばなくなります。それが一人ならまだしも日々多くの人々が行き交う街道の野営地であれば、すべて拾われてなくなってしまっていると考える方が安全です。
その為、資金に余裕のある高位冒険者などは魔道竈と呼ばれる煮炊きを行う魔道具を持ち歩くと言われています。
ですがこの講座は生活魔法の講座です。そうした魔道具がない場合どうすればよいのかを実践を通して学んでいきましょう」
三年生になり漸く受講することの出来た生活魔法の講座、受講生はマルセル村のいつものメンバーとロナウドとアルジミールたち、そしてラビアナお嬢様。何故ここにラビアナお嬢様がいるのかと言えば、今やオーランド王国にとって重要とされるメンバーが揃っているこの集まりに王国側の人間を加えておきたいという、アルデンティア殿下の粋な計らいがあったからに他ならない。
だったらアルデンティア殿下が直講座を受講すればよかったのにという声もあるが、講座選択の行われた四月の時点では魔王認定されたケビンお兄ちゃんと深いかかわりのある俺たちの集まる講座に、王子であるアルデンティア殿下が参加することは難しかったという理由がですね。
たかが授業選択、されど授業選択。貴族社会の縮図とも言える王都学園の中で、全体のバランスを意識しながら生活することの難しさ、アルデンティア殿下には本当に頭が下がります。
「既に講義の中でも実演しましたが、生木を薪に使うことは非常に難しく、魔法で無理に乾燥させようとしても木が割れてしまう恐れがあります。生活魔法<ウォーター>の応用による乾燥術は水属性魔法を扱う魔法使いの乾燥に比べるとやや乱暴な印象を受けると思いますがこれも訓練次第、使い方次第で見事な薪を作ることが可能という事を覚えておいてください。
では各自薪の作製を行ってください」
ネイチャーマン先生の指示に従い刈り取ってきた枝を手に生活魔法<ウォーター>を発動する。コツは握った枝全体を範囲指定することをイメージしてから<ウォーター>を発動すること、すると指定された範囲から水分を集め水を作り出す<ウォーター>の働きにより、乾燥された枝が出来上がる。
“バキッ”
「あっ、割れちゃった」
「ジェイク君、水分を抜き過ぎだよ? カリカリにしちゃうと一気に燃え上がって直ぐに燃え尽きちゃうから気を付けないと。長持ちさせるには気持ち水分を残しておかないと、その枝は焚き付け用に避けておいてね」
エミリーに注意されてちょっと反省。こういうことって普段からやってないとついついやり過ぎになっちゃうんだよな~。
その点エミリーは何でも卒なく熟すから凄いと思う。彼女の口癖の「エミリーにお任せだよ♪」は、本当に頼りになります。
「はい、皆さん聞いて下さい。本日の食材に関しては学園の敷地内で採れるものに限らせてもらいます。但し植物園や花壇の草花は禁止です、後で私が怒られてしまいますからね。
それと塩とカラミナ草の粉末はこちらから支給いたします。この二つの調味料は常に携帯することをお勧めします、いざという時に大変役に立ちますので。
では各自食材の確保に入って下さい」
三年生になってから行われる生活魔法講座の野営演習は毎年の恒例行事、二年前のリリアーナ先輩とバルド先輩の野営演習は、見守る会メンバーの中で伝説となっている。あの時ナバル先輩が男気を見せてくれたお陰で、二人の恋物語が一気に佳境へ向かったんだよな~。
そんなナバル先輩も編入生のミリー先輩との複雑な関係を見事乗り越えて一緒になることが出来たんだよな~。
でもエミリーの話によると、ナバル先輩とミリー先輩の仲を取り持つ為に見守る会が相当暗躍したんだとか。スゲーよ見守る会、っていうかヤベーよ見守る会、行動力と影響力が半端ないのに当事者にばれないように動くってどんだけだよ。
去年の野営演習参加者はフレアリーズ第五王女殿下とヘレン先輩。フレアリーズ第五王女殿下が食材として捕まえてきたスライムを前に「私にはこの子たちを食べることが出来ない」って言って涙を流しながら抱き締めてたそうで、ヘレン先輩がひもじい思いをしたそうです。
「焚火を囲んで一晩中スライムがいかに素晴らしい存在であるのかを聞かされるのが辛かったって愚痴られた」ってライオネスが言ってたんだよな。ヘレン先輩にしろライオネスにしろ、お付きの人間は苦労が絶えないんだろうな~。
「エミリー、癒し草と偽癒し草を探してくれ。以前王都学園御敷地がどれくらい広いのか探索した時に見つけたことがある。見つからなかったら学園ダンジョンの草原階層に行こう、あそこなら確実に癒し草があるから。敷地内からは出てないから問題ないだろう」
「ジェイク君天才、それだったら初めから学園ダンジョンに行った方が速いよ、武器はこの枝に魔力を纏わせればいいし」
そう言い手ごろな枝をブンブン振り回すエミリー。子供の頃は木刀が折れまくって泣いていたエミリーが、こんな無邪気に木の枝を振り回せる日がくるとは。尋常じゃない風切り音にアルジミールがドン引きしていることは横に置いといて、エミリーの笑顔に俺も口元が緩みます。
「アルジミール、ライオネス、俺たちは学園ダンジョンに潜って癒し草を取ってくるから、二人はスライムの確保を頼めるか?」
「あぁ、任せろ。王都学園のどこにスライムがいるのかはすべて把握済みだ。伊達にスライム王女の婚約者はしてないからな」
そう言い親指を立てるアルジミール。努力は必ず実を結ぶ、アルジミールのスライム生活がこんな形で役に立つとは、当の本人も思わなかっただろうな~。
俺たちはそれぞれの役割分担を決めると、早速食材探しに出かけるのだった。
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「ジミー、俺もフィリーと癒し草を採りに学園ダンジョンへ行ってくる。具材のスライムの確保を頼めるか?」
「分かった、ラビアナと一緒に探してこよう。ラビアナ、行くぞ?」
「えっ、えぇ」
生活魔法の講義の一環として行われる野営演習、野営という現場で生活魔法の有用性を体感するこの演習は毎年この時期に行われる恒例行事でした。
「どうしたラビアナ、最近浮かない顔をしているようだが何か悩み事か? 解決してやれると明言することは出来ないが、話くらいなら聞く事は出来るぞ? これは俺の兄が言っていたんだが、悩み事の解決法は人の意見を聞く事じゃなく、人の意見を聞くことで自身の中の答えに気が付くことなんだそうだ。
例えば相手のことを心配して親身に話を聞いて、解決方法を提案するとするだろう? 悩んでいる本人がその答えに納得するかと言えばそうじゃない。
大抵の悩みの場合、答えは既に自分の中にあるんだそうだ。ただそれを素直に認められない、殻を破れないだけなんだそうだ。
そんな時周りがしてやれることは、ただ話を聞いてやること、悩みを抱えている者が自分の心と折り合いを付けるのを傍で見守ってあげることなんだそうだ」
ジミーはそう言い私の顔を覗き込む。何て気楽な男なんだろう、私が悩んでいるのはあなたとのことなのに!! 身勝手なのは分かっている、勝手に思って勝手に悩んでいるのは私、答えは私が出さなきゃいけないなんて事は十分承知している。
そんな私の心を知ってか知らでか、ド正論をぶつけてくるジミー。こういうところのデリカシーのなさが、本当にこの男は。
そう、分かっている、分かっているのよ。私が悩んでいるのはバルーセン公爵家の為でも公爵家令嬢としての在り方の問題でもなんでもない、ただ怖いだけ。
この鳥籠から外に飛び立つことが怖い、愛する人たちを失うことが怖い、何よりジミーに受け入れられないんじゃないかと思うと怖くていられない。
結局私は生まれ変わっても何も変わらない、ただの臆病者だった。仕事に逃げて、周りに合わせて、自分ではいい先輩や頼れる同僚になった気になって。
今だってそう、望まれた役割、与えられた使命を熟すことで、自分が立派な人間になったつもりになっているだけの空っぽの私。フレアリーズ第五王女殿下のように、周りにどう思われようと自分の好きなことを追求するだけの強さもない。尤もそれだけ強く思い入れのある事もなかったってことなんだろうけど。
「あっ、ジミー、いたわよ」
「おっ、凄いな、俺はつい見逃していたわ。やっぱりラビアナは頼りになるよ」
そう言い眼鏡をクイッと持ち上げるジミー。その癖、三年間ずっと変わらなかったわね。最初レンズがキランッて光った時は何処の漫画? とか思ったけど、フィリーとディアの眼鏡も同じように光るのよね。
ジミーやフィリーに聞いても「仕様です」としか教えてくれないし、本当に一体何なのかしら。
ジミーは草むらに隠れていたスライムを拾い上げると、人差し指でトンと叩く。すると直ぐにぐったりするスライム、何でも魔力の中枢を叩くことでキレイな状態で仕留めることが出来るんだとか。
「<ウォーター>‟ジャバッ” よし、あと二~三体仕留めたら戻ることにしよう。乾燥スライムは使い勝手がいいからな」
そう言い作ったばかりの乾燥スライムを収納の腕輪にしまい先を行くジミー、私はその後ろをただ付いていくだけ。
「あっ、木の枝のところにいた」
「本当に凄いな、よく見つけられるもんだ。ラビアナは注意力が高いし頭もいい、斥候とか罠解除の才能があるのかもしれないな。
俺なんかはついつい力業でどうにかしちまう方だから、ちょっと憧れちゃうよな」
そう言い笑顔を向けてくるジミー。本当にこの男はどこまでジゴロなのよ、何で私が欲しがっている言葉をサラッと口にするのよ、この天然女誑し!!
私は何か負けたような悔しい気持ちになりながらも、心の奥が温かくなるのを感じざるを得ないのでした。
―――――――――――
“パチンッ、パチンッ、パチンッ”
簡易石窯にくべられた薪が音を立て、夜の林に木霊する。最初の夜番を終えたロナウドとフィリーがそれぞれテントにもぐり、交代番の俺とエミリーが焚火を囲む。
「エミリーさん、盛り上がってまいりましたが首尾の方はいかがなものなんでしょうか?」
「フィリーは一度テントに入ったけど、私とラビアナお嬢様が交代したところを見計らって結界の向こうに移動する感じ。すでに結界は張られていて観客の皆さんは集まってるって感じかな?
ただジミーはとっくに気が付いてると思うんだよな~、その上で合わせてくれるといいんだけど」
「あぁ、それは大丈夫、ジミーの奴どうせこんなことになるだろうって最初から予測してたし、ラビアナお嬢様と本音で話をするいい機会だし、一度きちんと向き合ってみるって言ってたから」
「そうだね~、見守る会の皆には悪いけど、気付かれずに影からこっそり観察なんて、ジミー相手に出来る訳ないもんね~」
俺の言葉にうんうん頷くエミリー。その信頼感、伊達に子供のころから一緒に剣の修行に励んできた仲じゃありませんとも。
“パチンッ、パチンッ、パチンッ”
薪が爆ぜる、夜の闇を照らすように、赤い炎がユラユラと揺れる。
「ところでジェイク君、卒業したら冒険者になって世界に旅立つんだよね」
「そうだな、先ずは暗黒大陸に向かってクルンのご家族に会いに行かないとな。白雲さんが言ってたんだけど、暗黒大陸じゃ“娘が欲しければ俺たちを倒してからにしてもらおうか”とか言って父親とか一族の男たちが襲ってくるらしいぞ?」
「そうなの? そんなのジミー君が喜ぶだけなのにね」
「「アッハッハッハッハッハッ」」
思わず漏れる笑い、ジミーが獰猛な笑みを浮かべて戦いに臨む姿しか思い浮かばない。
「ところでジェイク君はいつお義父さんに挨拶してくれるのかな? 明日かな? 明後日かな?」(ニッコリ)
ヤバイ、今日という日を楽しみにしていたのは見守る会の皆さんだけじゃなかった、エミリーさんが俺を追い込む為に外堀を埋めて待機しておられた!! 隣を見れば笑顔のエミリー、その柔らかな視線の奥に光る瞳が猛禽類のそれです!!
「冬期休暇に入ってマルセル村に帰ったらすぐにでも、両親共々お屋敷へお伺いさせていただきます!!」
「本当? エミリー嬉しい~♪ これからもずっと一緒にいようね、ジェイク君♡」
グホッ、ミスった、今日はジミーとラビアナお嬢様のジレジレ展開が見れると思って思いっきり油断してしまった。
俺はいきなりゴールを決められたことに強い衝撃を受けつつも、“挨拶はどうせ行かなくちゃいけないことだし、今更だよね”と自分を慰めつつ、“エミリーへの贈り物はロイドの兄貴に相談しよう”と今後の予定について考えを巡らせるのであった。