“パチンッ、パチンッ、パチンッ”
夜になり、少し肌寒くなってきた風が頬を撫でる。石組みの簡易竈に薪をくべ、鉄鍋の癒し草の煮出し茶をカップに掬いジミーへ手渡す。ジミーは短く「ありがとう」と言うと、カップに口を付け、ハァ~と息を漏らす。
夜番の交代は四回、一番初めはロナウドとフィリー、二番目にジェイクとエミリー、最後がアルジミールとライオネス。私とジミーは三番目の割り振りとなった。
「夏も終わっちまったな。何か今年は色々とバタついていて、アッという間だったような気がするよ」
「そうね、確かにジミーのところは色々とあり過ぎたものね。お兄さんのケビン・ワイルドウッド男爵様が魔王認定されて、故郷のホーンラビット伯爵領に魔王討伐軍が押し寄せて。
普通これだけの事態が起きたら人が変わってもおかしくないっていうのに、ジミーったらまったくいつも通りって、一体どうなってるのよ」
思わず漏れた言葉は愚痴とも文句とも言えない戯言、本当はこんなことを言いたい訳じゃないのに、自分自身が情けなくなる。
「う~ん、そうは言ってもな~、前にも言ったけど俺は俺だからな。
卒業まであと半年、三年生の女子生徒の中には早々に婚姻を決めた奴もいるって聞いている。王都学園に通う生徒は高位貴族家の令息令嬢だからそれも当然だろうし、ロナウドにしろアルジミールにしろ大概の生徒は婚約者が決まっている。
ラビアナの悩みってのも恐らくはそういったことなんだろう? 俺みたいな元庶民と違い、ラビアナは公爵家令嬢としての立場もある。オーランド王国国内におけるバルーセン公爵家の発言力が高まるにつれその重みも大きくなってしまった。
でもそれを言ったら俺たちもそうなんだけどな、エミリーは聖女ってだけじゃなくホーンラビット伯爵家独立領の御令嬢だし、ジェイクは言わずもがなだしな。俺にしたって鬼神ヘンリーの息子で狡猾の魔王ケビン・ワイルドウッド男爵の弟だ、オーランド王国に於ける重要度で言えば相当なものだぞ?
それでも俺たちの進む道は変わらない、子供の頃にジェイクとエミリーとの三人で誓い合った夢、世界を股に掛ける冒険者になること。最初の目的地は暗黒大陸の中心地、魔都。
本当にとんでもないよな、成り立ての冒険者が向かおうって場所じゃないしな。でも俺たちは行くよ、暗黒大陸中を旅してまわって、その後は中央大陸の反対にある扶桑国を目指そうって事になってるんだ」
そう言いまるで子供のように口元を緩めるジミー、何者にも代えがたい夢を持つジミーの横顔が眩しくて、私は思わずそっぽを向いてしまう。
「ジミーはいいわよね、しっかりとした夢や目標があって。その点私は周りが望む自分を演じているだけ、学園に入学した当初こそ自分の思う通り自由気ままに過ごしてやるなんて意気込んでいたけど、自分の本質なんてそうそう変えられるものじゃない。
私は私の持っていない強さを持つジミーが羨ましかったのかもしれない、地味なくせに奔放で自分勝手で、それでいて生き方に芯があって揺るがなくって。私はあなたに憧れていた、だから惹かれた、今思えばそういうことだったのね」
ジミーと二人きりでこうして本音を語り合えることなんかなかった、私はいつもどこかで公爵家令嬢ラビアナ・バルーセンだった。でも今は、夜の闇と焚火の明かりが、私を一人の女にしてくれる。
「ジミー、あなたが好きよ、心の底から愛していると言ってもいい程にね。何かあればすぐにあなたのことを考えてしまう、あなたがとんでもない戦闘狂で天然ジゴロだってことは分かっているのにね」
「ラビアナ、なんか酷くね? その言い方だと俺が最低のクソ野郎に聞こえるんだけど? まぁ否定しきれないってことは自覚してるし敢えて反論もしないけどな」
“パチンッ、パチンッ、パチンッ”
薪が爆ぜる、炎が揺らぐ、沈黙の中時間だけが過ぎていく。
「・・・ちょっとジミー、女にここまで言わせておいて続きはないわけ? ふつうここはバシッと男を決める場面じゃないの?」
「あ~、残念。俺ってば普通じゃないんだわ。戦闘狂で天然ジゴロ、本当にフィリーにしろディアにしろ、何でこんな俺がいいんだか。クルンは俺と同じ戦闘狂の自己中だから分からなくもないけどな」
そう言いやれやれといった態度を取るジミー、なんか無性にムカついてきたんですけど!?
「だから本当はラビアナのこともラビアンヌみたいにキレイさっぱりお別れしたほうがお前の為になったんだろうけどな。ラビアナと過ごす日々が楽しくてな、お前の心をもてあそぶ形になってしまったことは本当に申し訳ないと思ってる」
ジミーが何かを言っている。でも私の心がその言葉を受け付けない。胸の鼓動が激しくしくなる。“やめて、その先は言わないで”と今にも叫び出したい気持ちで、息が苦しくなっていく。
「俺はこんな男だ、普段は格好つけちゃいるが結構ずぼらだし優柔不断なところだってある。ケビンお兄ちゃんに相手の気持ちも考えてあげたらなんてことを言っておきながら、自分のことは棚に上げてな。
はっきり言えば俺はラビアナを幸せには出来ない、何がラビアナにとっての幸せかが全く分かってないからな。仮にラビアナが俺と一緒にいてくれるとして、俺はラビアナを顧みることなく前に突き進むだろう。
男としてと言うより人としてどうなんだって程に終わってるんだよ、俺って奴は」
ジミーは自嘲気味に乾いた笑いを浮かべると、夜空を見上げながら言葉を続ける。
「それでもな~、ここまで自分の駄目さ加減を分かっていながらラビアナに諦めろとかお前にはもっと幸せな道があるはずだってって言葉が言えないんだよ、これが。スゲー自己中で我儘で最低だろう?
だから本気でよく考えろ、こんな大馬鹿野郎に付いていって自分が幸せになれるのかどうかを。
俺はラビアナを幸せに出来ない、だから勝手に幸せになってくれ。俺は父親と一緒で馬鹿だからな、戦うことしか能がないんだ。そんな父親だけど農家として俺を育ててくれたし、その程度であれば俺にもできそうだけどな。
一度旅に出たらいつ帰るのかなんて分からない根無し草だ、旅暮らしが嫌なら最初から諦めてくれ。俺はラビアナを泣かせたい訳じゃない、そんなの誰にとっても不幸だからな。
俺は俺だ、人に何かを言われたからって変わることは多分ない。最終目標は全力の理不尽をぶっ飛ばす事だしな」
そういい頭を掻きながら、「本当にあの理不尽は理不尽なんだよ、意味が分かんねぇ」と、年相応の態度を取るジミー。そんな彼の態度に、思わず吹き出してしまう。
「まったくなんだって俺なんかがいいんだか、今のラビアナだったらオーランド王国どころか他国からだって引く手数多だろうに」
「別にいいじゃない、好みは人それぞれでしょう? そこまで言うんだったらジミーはその天然ジゴロをどうにかしなさいよ、地味顔のくせに女の子を引っ掛け過ぎなのよ!!」
「言ったな!? 俺が本気を出したら凄いんだからな、ケビンお兄ちゃんからも絶対にやめろって釘を刺されるくらいにはヤバいんだからな」
売り言葉に買い言葉、ムキになるジミーも可愛らしい。
「はいはい、分かりました、ジミーの本気はヤバいのね、肝に銘じておきますよ~だ」
「あっ、こいつ絶対分かってない、いつか後悔しても知らねえからな。
ってラビアナ、お前俺が貸した髪留めいい加減返せよ、あれってば特殊な魔道具なんだよ。今は学園がようやく落ち着いてきたってくらいだから皆よく分かってないけど、今のお前、目茶苦茶地味だからな? 返さなくてもいいけど家に置いておけ、身に付けてるとバルーセン公爵家の名前に傷が付きかねない」
何かよく分からないことをさも真剣な口調で話す彼、照れ隠しだか何だか分からないけど、ここはジミーの顔を立てて手首から髪留めの紐を取り外す。
「これでいいかしら? 恥ずかしがり屋のジミー君」
「はいはい、どうもありがとございます。まぁしっかり考えて、何が自分にとって一番いいかってことをよくよく考えてくれ。男らしくない返事で申し訳ないけど、これが俺の精一杯だ」
普段はすましてるのに実は不器用で我儘で、そんな自分を隠しもしないで、本当にズルい男。私はそんな彼のカップに癒し草の煮出し茶を注ぎ差し出すと、「夜番はこれからなんだから寝ちゃ駄目よ、意気地なしジミー」と言って揶揄うのでした。
―――――――――――――――
「エミリーさん、今の一戦をどうご覧になりましたか?」
「そうですね、ラビアナお嬢様が可愛くて可愛くてしかたがない、一生懸命に頑張っているお姿が尊くて愛おしくて、まったくけしからんです、はい」
こちらフィリーの遮音隠蔽結界により区切られた観覧スペースは最早お祭り騒ぎ、ラビアナお嬢様がめっちゃけなげとかよく頑張ったとか。
対してジミーは鬼畜ジゴロが炸裂、紳士の皆様からはヤバい奴認定を受けつつ尊敬の眼差しを向けられております。
「しかしジミーの奴も言い切ったよな、「俺はラビアナを幸せに出来ない、だから勝手に幸せになってくれ」、普通言えるかこんな事? 俺には無理だ、あの領域には到達できない」
「そうだな、俺もアルジミールの意見には賛成だ。ジミーは自身の在り様が世間一般で云うところの悪であると全面的に認めることで、それでも己を貫くと宣言している。そしてその事を相手に強要することなく一見突き放すような態度を取りながら、“諦めろと言えない最低男”と自分を蔑む。
これは高度な駆け引きと言わずしてどうするんだ、完全に女性を虜にする夜の帝王、あれでラビアナはジミーは私がいなくちゃダメなんだって思い込んだんじゃないのか?」
女性たちが盛り上がる中、アルジミールとロナウドの分析が耳に届く。ジミーの恐ろしいところは、これだけのことをまったく計算することなく自身の気持ちの発露としちゃって退けるところ。
計算じゃないから厭らしさが全くない、分かっていてもズブズブ嵌まる底なし沼、それが天然ジゴロジミー。
「でもジミー君、これからどうするんだろう? さっきの話しぶりだとラビアナお嬢様の索敵能力や分析能力に期待しているみたいだったんだけど」
「そうだよな、確かにパーティーとしてそういった力があるに越したことはないし、ディアに盾役と斥候を任せるよりも斥候もこなせる盾役でいてもらった方が安全性は高まるとは思うよ?
でも実際問題、ラビアナお嬢様がジミーの要求に応えられると思う? アイツ大森林中層までは庭とか言いのけちゃうような奴だよ? 授けの儀の前に暗黒大陸へ武者修行に行っちゃうような奴だよ?」
エミリーと俺の会話に一瞬周囲の声が消える。大森林中層までは庭? 授けの儀の前に暗黒大陸へ武者修行に行っちゃう? 意味の分からない言葉の数々に、完全に固まってしまう見守る会メンバーたち。
「あれ? 皆さんどうしたんです? ジミーはあれでも蛮族の一人ですよ? ホーンラビット伯爵領から大森林素材が持ち込まれてオークションに掛けられてた話は有名だと思うんですけど」
「あぁ、普通は親の世代が凄くても子供の世代はまだまだこれからだと思っちゃうんじゃないのか? 勇者のジェイクと違ってジミーは学園交流会の活躍くらいしか知られてないからな。あとは大剣聖に勝ったことがあるって話だが、あれはあくまで指導の一環だったからな」
俺が周りの反応に戸惑っていると、ロナウドが補足を加えてくれる。その言葉にウンウンと頷く皆さん。
「えっと、ジミーはシルバリアンですよ? 去年ドラゴンの襲来の時に侵攻を押し止めていた。因みに黒蜜は俺です、証拠なら剣術部に黒蜜が使っていた巨剣“魔剣ドラゴンキラー”が布に包まれて転がってますから、いつでも確認できますよ?
何かドラゴンに敗れて死んだって話が出てたんでそのまま身を隠したんですよ、いろいろ面倒だったんで。因みにこの話って今の三年生や去年の卒業生だったら結構知ってますよ?」
俺からの話にそう言えばと納得顔になる生徒たちと、更に驚愕する保護者の皆様。どうやら生徒の皆様が確りお口にチャックしていてくれた模様、なんか感謝です。
「ふむふむ、なるほど、問題はラビアナ嬢が大森林や暗黒大陸に行っても生き残れるようにすればいいのかな? だったら冬期休暇にでもマルセル村に連れてきてくれればガッツリ鍛えるけど? 目標はエミリーちゃんチャレンジ突破でいいかな?」
そんなちょっと騒がしい結界内に響く聞き覚えのある声音。
「「はぁ!? ケビンお兄ちゃん、何でこんなところにいるのさ!!」」
「いや~、十六夜から何かジミーが面白い事になってるって連絡があってつい。これはこれはバルーセン公爵夫人並びに王都学園生徒のご父兄の方々、それと各学年の生徒の皆さん、日頃から弟がお世話になっております、ケビン・ワイルドウッド男爵と申します。
不束な弟ですが、今後ともジミー・ドラゴンロードのことをよろしくお願いいたします。
それじゃエミリーお嬢様にジェイク君、俺はこの辺で退散するけどラビアナお嬢様にその気があるようだったらうちで特訓するか聞いといて。少なくともホーンラビット伯爵家騎士団くらいの強さには出来るから、ジミーとの仲が上手く行かなくても無駄にはならないと思うよ?
あとフィリーとディアはボビー師匠に手紙を出してあげて? 夏祭りが終わって気が抜けちゃったのか、最近二人がどうしてるのかってうるさくって。冬期休暇までずっとこれじゃこっちが堪んないの、本当にお願いします」
“スッ”
言いたいことだけを言って幻のように姿を消すケビンお兄ちゃん。壁に耳あり背後にエミリー、いたるところにケビンお兄ちゃん。本気で一体何なのさ!!
俺は焚火を囲み談笑するジミーとラビアナお嬢様に目を向けると、“この弟にしてあの兄あり、妹は五歳のミッシェル司令官、ドラゴンロード家って無茶苦茶だ~!!”と思わざるを得ないのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora