時は立ち止まらない。若者たちの思いも、大人たちの思惑も、その全ては過去の物へと変わっていく。
「諸君、我々の使命は何だ」
「「「「「祖国の為に戦うことです!!」」」」」
そこは嘗て決意を誓い合った場所、守るべきものを守れなかった者たちが、己の無力さを噛みしめた再出発の地。
「では諸君の言う祖国とはどこのことであるか」
「「「「「ホーンラビット伯爵家独立領のことです!!」」」」」
一糸乱れぬ整列、戦士たちは司令官に目を向け、己の決意を口にする。
「よろしい。我々マルセル村航空隊は祖国の為、故郷マルセル村の為に戦う戦士である。日々の訓練は何の為にあるのか、それはただ祖国を愛し、故郷の同胞たちを思うが故の感情の発露に過ぎない。
我らの思いは決して揺るがない、今こそ思いを形にするとき。
第一期航空隊改め、ロバート隊、騎乗!! 予定空域にて待機」
「「「「「ハッ、ミッシェル司令官!!」」」」」
“““““バッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ”””””
白き魔獣が地を蹴り、空を走り抜ける。
「第二期航空隊改め、バーミリオン隊、騎乗!! 私の後に続き、予定行動に入れ。バーミリオン隊長は全体の動きを把握し、的確に指示を出すこと。なに、上手く行かずとも私や仲間たちが付いている、自信を持って指揮を行うんだ。エリーゼ隊員はバーミリオン隊長の補佐を頼む、若者を導くのは年長者の役割だからな。
では出立する!!」
「「「「「ハッ、ミッシェル司令官!!」」」」」
“““““バッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ”””””
その背に戦士たちを乗せた白き魔獣は、彼らの指示の下、隊列を作り大空を駆けていく。その姿はまるで青いキャンバスに描かれた天使の翼のようであった。
――――――――――――
“ガヤガヤガヤガヤ”
「料理が上がりました。大皿持ってきて、盛り付けの終わった皿はどんどん運んじゃってください」
「エールの空いた樽はどうしますか? それとお代わり用の樽なんですが」
マルセル村の中心健康広場、その端に建てられた食堂では店主のガーネットが指示を飛ばし、村の女衆が忙しなく動き回る。
「いや~、ガーネットさんが収穫祭までに戻ってきてくれて本当に助かったよ。ガーネットさんの指示は的確だからね、収穫祭と春祭りには欠かせない人材だよ」
「本当に助かるわ、でもよかったの? 王都での仕事が終わったらしばらくお休みがもらえるんじゃなかったの?」
マルセル村の古参の女衆はその働きに感謝しながらも、食堂で黙々と手を動かすガーネットとリンダを心配し声を掛ける。
「皆さんにはご心配をお掛けし申し訳ありませんでした。ベルツシュタイン伯爵閣下からは半年ほどの休養とのお話をいただいたのですが、後任が中々見つからず、結局は私が戻ることになりまして。
リンダを一人残しておくというのも不安がありましたので」
ガーネットは調理場で黙々と調理を続ける部下のリンダに目を向ける。そんな彼女の言葉に「あ~、それもそうね~」と憐みの視線を向ける女衆。
「まぁこの前の夏祭りは、うちの村の者でも帰村組なんかは相当に衝撃を受けていたみたいよ? 私らはグロリア辺境伯様とランドール侯爵様との戦いや一年戦争を経験しているからそこまででもないけど、あの子たちはマルセル村が発展してから帰ってきた者たちだし、ケビンのケビンをそこまで理解していなかったみたいなのよね」
「そうよね、せめて盗賊退治の経験を積んでいればちょっとは違ったんだろうけど、この頃はそういう被害もめっきり減ってたから。春祭りの模擬演習であれだけ派手にやったんだから多少の耐性は付いていると思ってたんだけど、魔王討伐軍八万七千だったかしら? 大地を埋め尽くすような大軍勢に攻められる光景やそんな軍隊が全滅させられる光景、それが何度も繰り返されて、そんな戦場を眺めながら談笑している私たちの姿についてこれなかったみたいなのよね。
駄目押しは魔王討伐軍とホーンラビット伯爵家騎士団の連合軍対魔王カオス率いる魔王軍との戦い、この世の終わりのような光景に真っ白に燃え尽きちゃったみたい。白騎士隊の皆さんが献身的な介護をしてくれたお陰でなんとか復活したけど、一月ほど使い物にならなくて大変だったのよ」
「夏の収穫期で忙しいっていうのにね」と肩を竦める村の女性に、然もあらんと納得の頷きを返すガーネット。
数々の修羅場と命懸けの任務を乗り越えてきた自分たちですらすぐには立ち直れず、任務に支障をきたさない程度に回復するのに一月以上掛かったものを、ケビン耐性の低い者が乗り越えるのは相当に大変であっただろうことは容易に想像が付く。
「意外だったのはケープさんよね、王都出身のケープさんが夏祭りの後にリンダさんの介抱に務めていたのを見た時は本当に驚いたわ」
「何でも王宮の仕事を辞めてホーンラビット伯爵家の文官の仕事に就いたんでしょう? それ程優秀な人が来てくれたってことで、村長のボイルさんが喜んじゃって、ケープさんの為に新築の家を用意して欲しいってホーンラビット伯爵閣下へ直談判したらしいわよ?
ホーンラビット伯爵家の文官不足は伯爵家最大の悩みって言ってたから、ケープさんを逃すまいと必死だったんじゃないかしら?」
王宮所属資材管理部ケープ・ゴート、王城内に蔓延る貴族主義の風潮から閑職に回された人物。背後に他家の影もなく、ホーンラビット伯爵家としてはこれ程最良な人材もいないだろう。
まさか本人も追いやられた辺境の地で、厚遇を受けるとは思わなかっただろうが。
「でもなんでケープさんはこんな騒ぎになる前に王都に帰らなかったのかしら? あの人って大森林素材の買取の橋渡しってだけの仕事でしょう?」
「本人は取引停止の責任を被せられて処分されるからとか言ってたらしいけど、違うわよね」
マルセル村の女性たちは噂好きである。村の秘密は食堂にいれば何でも手に入ってしまうと言ってもいいほどに。
「愛ね」
「「「キャー、ガーネットさん、その辺どうなってるのか聞いてないかしら?」」」
そしてそれはガーネットたち耳目の情報も同様、リンダとケープの関係は、マルセル村の女衆には隠しようがない娯楽ということなのだろう。
「相談はされています。私たちには職務規定がありますが、家庭を持ってはいけないということではありませんので。職務に支障がないのであれば婚姻も許可されていますし、リンダに関してはより深くホーンラビット伯爵家との関係を深める切っ掛けにもなりますので」
「「「「職場公認、後は本人たち次第ね!!」」」」
俄然盛り上がりを見せる女衆、対象にここまであからさまに正体がばれている耳目は“影”の中でもガーネットたちだけだろう。結果的にその事が“影”とホーンラビット伯爵家との関係構築の役に立っているのだから、皮肉な話ではあるが。
「おしゃべりはそこまでです、どんどんお皿を運んでください。時間は有限ですよ?」
「「「「はい、ガーネットさん。詳しい話はまた後で!!」」」」
進む準備、今年も無事秋の収穫祭を迎える事が出来た。ガーネットは自身がすっかりマルセル村の一員となってしまっていることに苦笑する。
監視対象の領地に耳目と知られながらも受け入れられる不思議な状況、ガーネットは自らの常識を破壊されることを代償として手に入れた奇妙な平穏に、知らず頬を緩めるのであった。
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「お集りの皆さん、秋の収穫作業、本当にお疲れさまでした。お陰様で本年も昨年を超える素晴らしい収穫量を得る事が出来ました。
マルセル村の貯蔵庫には冬の食糧を十分に賄える量の収穫物が保存され、収納の腕輪や大容量マジックバッグの中には傷み易い果菜類や葉物野菜が新鮮な状態で収納されております。
皆さんの中には何を当たり前のことを言っているのかと思われる方もおられるかもしれませんが、それこそがマルセル村が発展してきた証、冬場の飢えや寒さに怯えることがなくなった証左なのです。
マルセル村は変わりました。餓死や凍死に怯えていた村から豊かな食糧生産地へ、アルバート男爵領・アルバート子爵領・ホーンラビット伯爵領を経てホーンラビット伯爵家独立領へ。
私たちは自分たちの足で立ち歩き出す道を摑み取る事が出来たのです。
ですがこの道は容易いものではありません、ともすれば貧困に喘いでいた頃よりも難しい選択を迫られることがあるやもしれません。
皆さん、これからもこの素晴らしいマルセル村を守る為、私たちの生活を守る為に、ご協力をお願いいたします。
今日は目出度い収穫祭です、飲み、食べ、騒ぎ、この一年の疲れを吹き飛ばしてください。乾杯!!」
「「「「「かんぱ~~い!!」」」」」
“ガツンッ、ガツンッ、ガツンッ、ガツンッ”
打ち鳴らされる木製ジョッキ、ゴクゴクとエールを飲み干すマルセル村の村人たち。
ホーンラビット伯爵家独立領領主ドレイク・ホーンラビット伯爵の音頭の下、秋の収穫祭はつつがなく開催されたのであった。
「ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下、素晴らしいお言葉をありがとうございます。引き続きまして、マルセル村航空隊による飛行演舞に移らせていただきたいと思います」
今年も司会進行を務めるのは私ケビン・ワイルドウッド男爵。俺は、会場の皆様に大きな声で呼び掛けると、上空に合図の音玉を打ちあげます。
“““““シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ”””””
音玉の破裂音の後、上空に姿を現した十数体の白い魔獣。彼らは青い大空に白煙を引きながら、縦横無尽に走り回る。
「「「「「オォ~~~~~、凄い!!」」」」」
“パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”
会場から沸き起こる歓声と拍手、彼らマルセル村航空隊が作り出した物は、大空に浮かぶ白い雲で描かれたホーンラビット伯爵家の紋章だったのでした。
「矢じり隊形!! 包囲隊形!! 十字隊形!! 縦二重円隊形!!」
その後次々と繰り出される見事な飛行演舞、飛行機雲ならぬ白煙の魔道具を使った見事な演出と言いこの隊列飛行と言い、とてもじゃないですが幼児がやる事じゃありません。
ご保護者の皆様方はやんややんやと大喜びですが、ホーンラビット伯爵はさぞや顔を引き攣らせて・・・あの御方、お子様にはデレデレのマイホームパパでございました。
マルセル村航空隊に参加しているロバート君・バーミリオン君・マリアンヌちゃんの活躍に大はしゃぎ、立ち上がって声援を送っておられます。
「全騎、降下!!」
「「「「「はい、ミッシェル司令官!!」」」」」
“““““シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ”””””
上空での演舞飛行を終え、次々と会場脇に設置された武舞台に降り立つマルセル村航空隊の面々。舞台下には部隊隊長のロバート君とバーミリオン君が降り立ちます。
“シューーーーーーーッ、バサッ、バサッ、バサッ”
そしてその隣に降り立つ馬ほどの大きさの小型ドラゴン、その背からサッと飛び降りたミッシェルちゃんがロバート君の隣に並びます。
「ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下、ホーンラビット伯爵家の皆様、ホーンラビット伯爵家独立領の領民の皆さん、秋の収穫祭開催、誠におめでとうございます。
我々マルセル村航空隊は、ホーンラビット伯爵家独立領の空の安全を守る為、日々努力を重ねてまいります。今後とも何卒応援をよろしくお願いします。
総員、礼!!」
「「「「「ありがとうございました!!」」」」」
“パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”
会場に鳴り響く割れんばかりの拍手、お座りするレッサーフェンリルの脇でちょこんと礼をするちびっ子たちの姿、超可愛いんですけど!!
これにはうちのアルバ君とケーナちゃんも大興奮、年相応の子供のようにキャッキャと騒いでおられます。ヴィーゼ君は空に浮かんだ模様が崩れていく様子をボーーッと眺めていたと思ったら守家に合図を送り、ヒョコヒョコと空に向かって。
「はいそこまで、守家も勝手に空へ登っていかないように。お空の雲の上でお昼寝したら気持ちよさそうって気持ちは分かるけど、実際は寒いだけだから。それに今日はマルセル村のお祭りだからね、旨い食べ物もたくさんあるし、皆で楽しもうね」
俺の言葉に動きを止められたヴィーゼ君と守家は、顔を見合わせた後すごすごとテーブルへ戻っていきます。なんかヴィーゼ君めっちゃ自由人、誰に似たんだ誰に!!
俺はマルセル村のちびっ子たちの成長と自分の子供の成長に頬を緩めつつ、“子育てって難しい”と改めて両親の偉大さを実感するのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora