ホーンラビット伯爵家独立領になって初めての記念すべき秋の収穫祭、村人たちは飲み、食べ、騒ぎ、思う存分祭りを楽しんでいた。
“シュッシュッ、シュシュシュシュシュ、スタンスタンッ、ボッボッ”
会場となった健康広場の脇に設置された武舞台の上では、論功行賞でマルセル村に隣接する魔の森を与えられ実質的な領主となったケビン・ワイルドウッド男爵が、剣の師であるボビー・ソード男爵と父親であるヘンリー・ドラゴンロード男爵から熱い祝福を受けていた。
「グルゴさん、あの三人の動き、なんか凄く変じゃないですか? 俺でも分かるくらい酷くゆっくりした動きに見えるのに、時折姿を見失うんですよ。突然早くなったとかそういうんじゃないんです、ただ不意に意識から消えちゃうんです、意味が分かんないですよ」
「いや、実際は全くゆっくりじゃないぞ? 見守っている俺たちの方が強制的に意識を集中させられてかろうじて見えてるってだけだ。
ただこっちはそうさせられてるってだけで自分たちの力で見えてる訳じゃない、だから時折頭が追い付かなくなるんだ。子供たちの中には音しか聞こえていない子もいるんじゃないのか? おそらく魔力纏いと覇気を習得することがこの戦いを見る最低条件なんだろうな。
で、ケビンだが、極限まで無駄をなくした動きで二人の攻撃に対抗している。ヘンリーさんが“刹那の戦いではスキルも武技も物の役には立たない”と言っていたがその言葉の意味がよく分かる。スキルや武技を使おうと意識した瞬間、そこに生まれる隙をケビンは見逃さない。魔法は発現前の魔力収束を、武技は動作に入る導入を突かれる。
前にケビンが言っていたんだが、スキルや武技は女神様の慈悲が加わりどのような状況でも正確に現象を発現できるようになっているんだそうだ。
例えどれ程緊張していようと、動揺していようと、そうした使用者側の精神状態に全く関係なく同一の結果を齎すもの、それがスキルであり武技であるとのことだった。
あまりに当たり前すぎて考えた事もなかったが、これは物凄い事なんだ」
ホーンラビット伯爵家騎士団の一人グルゴ・ナイト男爵は、同僚のギース・ブレイド男爵に疑問に答えながら、苦笑いを浮かべる。
「“スキルや職業は女神様がお与えになった慈悲である”、教会で授けの儀を受ける時お決まりのように聞かされる文言だが、この意味を本当に理解している者は少ない。大概の者は女神様に感謝の念を抱き、一部の者はどんなに外れスキルや外れ職業と言われるものでも必ず意味があるはずだと考える。
だがあの三人はスキルや職業は人が魔物蔓延る世の中で生き残る為に与えられた補助であると考えているんだ。補助である以上そこには型があり、決まった動きを強制されるとな。
であるのならその隙を突けばいい、起こりを砕くことで流れを乱す、意味が分からないだろう? でもこの世界の前提を全否定するような戦いをあの三人はやってるのさ」
「ハハハハ、何ですかそれ、それじゃ俺たちの努力なんてまったく無意味ってことじゃないですか」
通常戦士はスキルを使い、戦いに挑む。優秀な者たちは自身のスキルを巧みに使いこなし勝利を摑む。達人と呼ばれる者たちは自身の持つスキルに向き合い、理解し、研ぎ澄ませることで更なる高みを目指し、スキルを進化させる。
だがそのスキル自体を否定されてしまっては。ギースは自分たちは一体何をしているのかと足下が崩れるような感覚に襲われながら、乾いた笑いを浮かべる。
「いや、そういうことじゃない。スキルに向き合うこと、スキルと一体になることは確実に身になることだ。さっきも言ったがスキルとは補助だ、スキルに向き合うこと、スキルを高めることとはスキルの補助に頼り切ることなくスキル現象を生み出すということだ。その極端な例が完全に身に付けた武技は技後硬直なく使えるという現象だ。ギースだって特に意識することなく<スラッシュ>を使えるだろう? つまりそういう事だ。
ただあの三人はその発生する現象自体も隙になると考えてるってだけだ、それ程にギリギリの戦いをしているってことだな。
まぁケビンの場合は強制的にそうさせられているってだけで、使っていいとなればとんでもない方法で戦い自体をうやむやにしてくるだろうがな。
ケビンにとっての勝利は生き延びること、相手を打ち倒す必要性を端から考えていない分選択肢が広い、ボビー師匠とヘンリーさんは勝利にこだわるが故の選択の結果という事だな。
どっちが正しいという訳じゃなくこれも一つの到達点であり通過点だと思えばいいだろう。剣の道に終わりなど無いのだからな」
“シュパンシュパンッ、ドカドカッ、シュンッスパンッ、タンタンタン”
武舞台の上の戦いは続く、それはまるで作り込まれた演舞のように華麗で美しく見る者を惹き付ける。
秋の収穫祭恒例のケビン対鬼神ヘンリー・剣鬼ボビーの戦いは、静まり返った収穫祭会場でいつまでも続いていくのであった。
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“ドゴドゴッ、ドサドサッ”
グフッ、死んじゃう死んじゃう。俺は自身の胸をゴリラのドラミングのように激しく叩き、止まりかかっていた心肺機能を回復させる。
“ブヘ~ッ、ヒュ~ッ、ハァ~、ヒュ~ッ、ハァ~”
苦しくて堪らないが何とか呼吸を再開、収納の腕輪から黄色特製の謎ポーションZを取り出し一気に飲み干します。
“ベキバキボキバキ”
「ギャーーー、イテ~~~!!」
この謎ポーションZ、身体中の骨格が内側から整っていくのはいいんだけど、目茶苦茶痛い。欠損部位なんかがあった日には痛みで飛び上がること請け合いってくらいの衝撃が全身を襲うっていうね。
効果的には劣化エリクサーと同等、後の後遺症もなくむしろ整えられて好調になる分優れてると言ってもいいんだけど、如何せん痛い。
という訳で武舞台の上で心肺機能停止の仮死状態になっている馬鹿二名にこの素晴らしい霊薬をプレゼント、触腕でうつ伏せにぶっ倒れている二人を仰向けにして、魔力の管を口から胃に通して謎ポーションZを投薬。
““ベキバキボキバギグショウグシャグジョグジョグズ””
「「グワァァァァァァァァァァァァ、ギャァァァァァァァァァァァァ、グガァァァァァァァァァ!!」」
““ドタバタドタバタ、ビクンビクンビクン、ドサッ””
う~わ、あまりの衝撃に暴れるだけ暴れた後泡吹いて白目向いちゃった。全身から体液やら何やらが噴き出して、ちょっと人前じゃお見せ出来ない姿になっておられます。
「残月、この二人に<クリーン>と<キュア>と<リフレッシュ>を掛けてくれる? それと俺にも<クリーン>を頼む」
「畏まりました、ご主人様。<クリーン><キュア><リフレッシュ>」
残月の魔法が放たれ光に包まれる俺たち。体中の汚れが落ち、スッキリ爽快。クリーンの魔法はよく分からないからまだ再現できないんだよな~、下手に使うと対象ごと消し去りそうで恐いっす。
「う~ん、ここは・・・。そうか、儂らはまた負けてしもうたのか」
「残念だ、今回は確りとケビンの背中を捕らえていたと思ったんだがな」
そう言い悔しがる二人の修羅。イヤイヤイヤ、マジで紙一重でしたから、俺死にそうでしたから。
「あ~、今回はこっちから言う事は何もないです。俺が勝てたのは運が良かったとしか言えないんで。それと今度から戦う場合は村の外の闘技場でお願いします、あそこならダンジョンの管理下に置かれてるんで死んでも蘇生できますから。
正直今回俺も死にそうだったんですよね、無呼吸での長時間戦闘や心臓停止状態の戦闘って、意味が分からないです。二人はリッチかグールの類ですか、聖水ぶっ掛けたら成仏してくれるんですか? あんなの人の領域じゃねえです、観客がドン引きしてるじゃねえですか」
俺の言葉に観客席の村人たちに顔を向ける鬼神と剣鬼。頭掻きながら「いや~、負けちゃいました、面目ない」じゃねえですよ、こんなの試合じゃなくて死合いじゃないですか!! 収穫祭の余興で見せるものじゃないでしょうに。
「ケビンの言いたい事は分かった。今度からはダンジョンマスターとコアに来てもらってこの場を簡易的なダンジョンに「させないよ!? 諦めなさい、この戦闘狂が!!」・・・俺の息子はケチだな~」
何故か近所のおじさんに怒られた子供のようにふてくされる父ヘンリー、あんたはもう孫がいるんだからいい加減落ち着け!!
俺はとんでもない成長を遂げた鬼神ヘンリーと剣鬼ボビーに戦慄しつつ、会場の皆さんに挨拶をしてから武舞台を降りるのでした。
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「ねぇケーナ、お父さんとお爺ちゃんがとんでもない化け物なんだけど。いや、今更って言われるとそうなんだけどさ、スキルも魔法も武技も使わず身体能力だけであれって、正直意味が分からないんだけど」
「うん、そうだね。私の国にも多くの強者がいたけど、その誰もがあの二人を前にしたら子供以下かな? 私の国を滅ぼした勇者パーティーでもさっきの戦いに参戦したら数瞬も保たないんじゃないかな? 地力の差が圧倒的過ぎるもの。
これなら夏祭りの戦いも納得、魔王討伐軍侵攻作戦を夏祭りの余興扱いしちゃうのも当然だよね。でもあの戦いで最大の活躍をしたケイトお母さんが武功第一位じゃないのが納得できないんだけど? ホーンラビット伯爵閣下はケイトお母さんに大陸ぐらい差し出すのが当然だと思うんだけど?」
妹のケーナがまた暴走を始める。ケーナは僕と同じ前世の記憶持ちらしく、前の人生では国王として経済の発展に寄与していたんだとか。でも急激な経済発展を遂げるケーナの国を恐れた周辺諸国に言いがかりを付けられ、魔王が率いる国として滅ぼされちゃったらしい。
何か僕なんかより壮絶なんですけど、ちょっと話が壮大過ぎてこっちのことを聞かれた時に“パーティーメンバーに裏切られて殺された”って答えた僕は悪くないと思います。
そりゃ僕だって最悪の魔王デビルトレントに挑んだ勇者パーティーの一員だったけど、やってたことはパーティーメンバーの世話と荷物持ちだし、戦いは勇者と賢者が中心だったしね。
前世で王様やってましたって妹に前世で勇者パーティーの荷物持ちしてましたって言っても“それって何の自慢?”とか言って鼻で笑われそうだし?
そういえば前にお父さんがボビー師匠の娘さんのイザベルさんが生前勇者の荷物持ちをしてたって言ってたんだよな。既に亡くなってるのに義理の娘になったっていうのがよく分からないけど、そのうち勇者の荷物持ち談義でもしたいな、実際に経験しないと分からない話もあるだろうし、分かり合えることが多いと思うんだよね。
こんな話他所じゃできないし、もう少しお兄さんになった時のお楽しみだね。
「落ち着きなよケーナ、仮にそんな事になってもケビンお父さんやケイトお母さんは嫌がると思うよ? さっきの論功行賞の時もそうだったけど、ケビンお父さんは地位とか名誉とかには全く興味ないし、財産だって面倒事が付随しそうなものはいらないって断っちゃう方だと思うよ?」
「う~ん、そうなのよね~。将来私がオーランド王国を支配してケイトお母さんにプレゼントしようとしてもいらないって断られるばかりか自分で後始末しなさいねって言われそうなのよね。
国を支配なんてしちゃったら、面倒事が多くなって結果的にケイトお母さんに甘えられなくなっちゃうじゃない? だったら私もそんなものなんか欲しくないのよ。どうしたらケイトお母さんは喜んでくれるのかしら?」
そう言い腕組みをして考え込むケーナ、ケイトお母さんに似て美人なケーナが首を傾げて考え込む姿はとっても可愛らしくて微笑ましい。でも中身は一国の王様なんだけどね。
“カサカサカサカサカサカサカサカサ”
そんな僕たちの下にやって来た一体の大蜘蛛、ケビンお父さんの話ではジャイアントスパイダーの一種らしく、体の大きさを自由に変えられるんだとか。そしてその背中には弟のヴィーゼがちょこんと乗っている。
「やぁヴィーゼ、さっきお父さんに何か言われてたけど、どうしたの?」
「お空の雲の上に行こうとしたら止められちゃった。いつのまにか雲がいなくなっちゃった、残念」
ヘンリーお爺ちゃんやメアリーお婆ちゃんの話だと、ヴィーゼは子供の頃のケビンお父さんにそっくりらしい。エルフの血を引くヴィーゼは耳が大きいんだけど、全然エルフに見えないんだよね。凄い普通、だから却って変なんだけどね。
「そうだ、さっきのケーナの話だけど、四角い聖地の戦士を目指したら? ケイトお母さんは喜ぶと思うよ? 僕は何か食べに行くね」
そう言って大蜘蛛に乗ってテーブルに移動していくヴィーゼ。
「ケーナ、今の話って」
「ウゥ、ケイトお母さん、ヴィーゼにまでそんな事を。アルバお願い、ケイトお母さんを止めて!!」
美しい歌声と美貌を持つケイトお母さん。でもちょっとでも暇を見つけると首の輪コッコとのぶつかり稽古を始めちゃうんだよな~。ケーナにも「もう少し大きくなったらお母さんと一緒にぶつかり稽古しようね~」とか言ってたんだよな~。
僕はテーブル席で談笑するパトリシアお母さん・アナスタシアお母さん・ケイトお母さんに目を向けると、“僕のお母さんは普通でよかった”と安堵のため息を吐くのでした。
お盆です。
ご先祖様のお帰りです。
お墓参りにはいきましたか?
by@aozora