「「「「「ありがとうございました、また来年のお越しをお待ち申し上げております」」」」」
従業員一同がのれんの前に立ち、店主と共に深々と礼をしてお見送りしてくださるこの光景も今年で三回目。私袈瓶、年に一度しか来ないのにすっかり顔を覚えられてしまいました。
「いや~、今年も全部買い取ってもらっちゃって、扶桑国って本当に裕福だよね。まぁそのお金もお米の購入とお買い物で消えちゃうんですけどね♪」
「ケビン、何かすまないな。俺は魔王討伐軍がマルセル村を襲った時、何も出来なかったんだが」
大森林の魔物素材を買い取り屋さんに卸しほくほく顔の俺に何か申し訳なさそうに声を掛ける玄才さん。でもそんなことを言われると、こっちの方が申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
「いえいえ、本来だったら鬼人族である玄才さんの方が戦いたかったでしょうに、別の仕事に回ってもらっていたのはこちらの都合ですから。その点に関しては本当に申し訳ない事をしたと思ってるんですよ。
ですので今回の事は俺からの感謝の気持ちとお詫びの気持ちが入ってますので、どうか気にしないでください」
鬼人族の太田玄才さんと共に訪れたのは扶桑国、お米の納税も終わった頃という事で、いつもの買い出しに付き合ってもらっております。とは言え今回の移動はとっても楽ちん、精霊モードで一気に扶桑国に飛んで、離界の扉を出して玄才さんを呼んだだけ。影空間がブラッキーたち闇属性魔力大好きっ子専用空間になってしまった為、従業員に関しては離界フル活用でございます。
マルセル村の皆さんの移動には精霊の庭を使用、これまでみたいに空の景色を見せるような真似は出来なくなってしまいましたが、明るく爽やかな草原の屋敷でゆったりとした時間を過ごしての移動方法は女衆の皆様に大変好評でございました。
ケビン航空便はお客様満足度を高める為、日々研究を重ねてまいります。
話は戻って夏祭りに参加しなかった玄才さんが一体何をしていたのかといえば、アパガード商会への出向です。ベルナール会長にリットン侯爵領の稲作の権利を譲り渡したのはいいんですけど、稲作の知識のないアパガード商会に田んぼの管理が出来る訳ないですからね。
アフターケアではありませんが、専門家の玄才さんには引き続き農業指導に従事していただいておりました。
「それに玄才さんのお陰でリットン侯爵領にもビッグワーム農法が広がりつつありますからね、ビッグワーム肥料のお陰か今年も豊作だったようですし、これだけの成果を見せればリットン侯爵家も本格的に田んぼ作りを始めてくれるはずですよ」
「契約ではあと八年、その間に稲作の技術を身に付けてくれるかどうかが今後のリットン侯爵領の農業発展にかかわってくるだろう。俺もこの二年あの領地の様子を見てきたが、あれだけ湿地帯が広がっていたんじゃ畑作は難しいだろうからな。
逆に言えば多くの水を必要とする稲作にはあれくらいの土地が丁度いい、問題は圃場の整備だが、こればかりは一朝一夕にはいかないだろうがな」
玄才さんのお陰もありリットン侯爵領の実験農場村は今年も豊作、魔王騒動のどさくさに紛れて稲作の権利を手中に収めようとしていた監督官や行政官の皆様は、さぞや悔しい思いをしたことでしょう。
アパガード商会からも担当者が現地入りし、周辺の村々の村長さん方を招いて新しい作物の紹介と収益について説明してくれたみたいですしね、ベルナール会長には何か利益になることを考えてあげないと。魔の森に甘木の植林をして本格的な甘木栽培でもする? この辺は御神木様と相談ですね。
「ところで玄才さんは扶桑国に帰らなくてもいいんですか? 農業指導をやらせている俺が言うのもなんですが、玄才さんは今の生活に不満を持っていたりしないのかなって思ったりするんですよ」
「そうだな、最初の頃はなんで俺がこんなことをと思ったこともあるが、今はそうでもないぞ?
前にも言ったが俺は元々農家の小倅だ、農家が嫌で侍に憧れて家を出た、扶桑国の武芸者にはそういう奴が結構いる。幸い俺は剣術の才に恵まれたのか仕官を果たし侍としての地位を得る事が出来た、正直あの頃が一番充実していたし俺の人生の中で一番に輝いていたんだと思う。
だが侍の世界というものは俺が思い描いていたような物とは真逆などろどろとしたものだったよ。人切り胴抜きの玄才なんて呼び名がついてしまうくらいにはな。
その点農業指導はいいぞ、こんな俺でも何かを残せているという実感が持てる。収穫期になって黄金色の圃場で稲刈りを行う村人の笑顔、新米を食べたときのあの笑い声。自分は何であれほど農民になることを嫌っていたのか、今更ながら随分と遠回りな人生を歩んでしまったものだと思い知らされたよ。
それにケビンのところには強者が揃っている、ひり付くような緊張の中で振るう剣というものは格別だからな。だからそんな環境を与えてくれたケビンには感謝こそすれ思うところなんかないさ、これからも従業員の一人として世話になるつもりだ」
そういいニヒルに笑う玄才さん、めっちゃ格好いいんですけど。
「そうだ、俺、正式に領地持ちの男爵になりましたよ。領地と言ってもマルセル村の隣の魔の森、御神木様の結界領域を含んだ土地なんで大したことはないんですけどね。でもこの領地を持ってるというところが重要でして、よかったら玄才さんもワイルドウッド男爵家の騎士になりません? うちの騎士って今のところ白雲一人だけなんですよね」
「あぁ、前に島で手合わせをした鬼人族の青年か。しかし騎士が二人して鬼人族っていうのは中央大陸の貴族的に大丈夫なのか? せっかく魔王騒ぎが収まったばかりだろう?」
「いえいえ、それこそ今更です。馬鹿はどこまで行っても馬鹿ですし、オーランド王国中から非難を受けても別に何も困りませんから。
お米が欲しくなったらこうやって買いにくればいいんですしね」
そう言い肩を竦める俺に、「そんな奴はケビンだけだからな?」とツッコミを入れる玄才さん。玄才さん、もしかしてツッコミの才能に目覚め始めてます?
俺は玄才さんとの会話に淡い期待を寄せながら、代官所までの道を進んでいくのでした。
「袈瓶よ、息災のようでなによりである。して、“雲切丸”は無事に使い手の手に渡ったのであるかな?」
代官所に到着し、身分証を提示して通された御座敷で待つこと暫し、やってこられた伊藤代官様は血色もよく壮健なご様子でありました。
「はい、その者も非常に手に馴染むと大変な喜びようで、その場で素晴らしい剣技を披露してくださいました。やはり扶桑国の剣技には扶桑国の刀、どのような得物であろうとも使いこなせてこその剣技とは申しますが、それでも得物に相応しい剣技というものがあるということを改めて教えられた思いでございました。
さて本日伊藤代官様に御目通りを願ったのは他でもありません、お譲りいただける米の購入と、刀鍛冶をご紹介いただければとお願いに参った次第でございます」
「ほう、米に関しては備蓄米の入れ替えがあるので構わぬが、刀鍛冶とな。刀の作製には時間が掛かるのが道理、本日紹介したとて即座に出来上がるというものではないのだが」
そう言い腕組みをなさる伊藤代官様。お言葉は御尤も、その辺の事情はこの袈瓶も弁えてございます。
「はい、以前国の鍛冶師に“刀造りは剣の作製とは似て非なるもの”と伺ったことがございます。その者は扶桑国より渡りし刀に惚れこみ工夫に工夫を重ね自身の手で刀を作り上げようと模索いたしましたが、遠く及ばなかったと申しておりました。
こちらはその者の研鑽の跡が窺える剣となります」
俺はそう言うと収納の腕輪から以前ゾイル工房で購入した屑鉄で作られた剣をお出しします。
“スーーーッ”
「ほう、これは中々見事な造り、材質の関係で撃ち合いには向かぬであろうが、その分切れ味に特化した剣であると見た。その思想と工夫、確かに扶桑国の息吹を感じさせるものであるな」
伊藤様は鞘より引き抜いた剣をまじまじと眺めると、丁寧に鞘へしまい畳に置かれます。
「はい、そこで私はその者にとある地金を用意し作製を依頼しました。こちらがその剣になります」
次に取り出したのは武骨な剣鉈とショートソード。
「これは、どちらも名工の作と呼ばれてもよい素晴らしい一振り。この感じ、所謂魔剣と呼ばれるものではないか?」
「はい、詳しい鑑定を掛けてはいませんが、どのような場に出しても恥ずかしくない素晴らしい剣であるかと。しかしこれほどの腕を持つ者でも刀は遥か高みにあると申しておりました。
先程も申しましたが扶桑国の剣技には扶桑国の刀、得物に相応しい剣技があるように剣技に相応しい得物というものもございます。私はこちらに控えます太田玄才に相応しい一振りを用意したいと思い、お願いに上がった次第でございます」
伊藤様は俺の言葉に「なるほど、太田玄才ほどの男に相応しい刀となると、造り手も限られよう」と仰り腕組みをなさっておられます。
でもなぜか視線がちらちらとショートソードと剣鉈をですね。
「そうそう、こちらは伊藤様に献上しようと思いお持ちした一振り、どうぞお納めください」
そう言い差し出したのは一年戦争の後にゾイルさんに無理を言って量産してもらった魔物鉄製のロングソード、防具とお揃いのセットでホーンラビット伯爵家騎士団の標準装備となっている品です。
これ、前に玄才さんが無茶苦茶切れるって言ってた奴ですね、織絹さんにも雲切丸が手に入るまでの繋ぎとしてお渡ししたものです。
「・・・本当に良いのか? これほどの名剣、大名筋でも持っている者は数えるほどしかおらぬぞ?」
「お気に召していただけるのでしたら。その代わりと言っては何ですが、鍛冶師のご紹介の件、何卒よろしく願い申し上げます」
そう言い頭を下げる俺に、伊藤様は「任せておけ、一人とっておきの人物がおる。あの者には貸しがあるゆえ断る事は出来まい」と大変心強い言葉を向けてくださるのでした。
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燃えるような山々、紅葉とはよく言ったもので、赤や黄色に染まった森の木々はまるで燃え盛る炎のように山脈を彩ります。
「お二人とも大変健脚でいらっしゃる。これでも私は代官所一の足の速さを誇っているのですが、息切れ一つなく追走されるとは」
伊藤代官様にご紹介いただいた刀鍛冶の方は、深い山奥の鍛冶小屋に引き籠り隠遁生活をされているのだとか。無論そのような場所に向かうには山あり谷ありの道なき道を進まねばならず、森の魔物に襲われる危険も高いとのこと。
「あのお方は非常に偏屈と言いますか変わり者でして、気に入らないとなればてこでも動かないというところがありまして。ですがその腕前は一流、伊藤代官様もその腕に惚れこみ色々と便宜を図られているのでございます」
そう言い崖を軽快によじ登っていく代官所のお役人様。まさに忍者ウォーリアー、クライミング競技で活躍していただきたい。まぁこれくらいは魔力纏いの応用で何とでもなるんですけどね、玄才さんも余裕で付いてきていますし。
「こちらの小屋になります。こんにちは、金子先生、おられますか? 佐々木信平です、伊藤代官様の使いで参りました」
到着した場所は岩山の側に隠れるように造られた鍛冶小屋、周辺には小さな畑が作られており、自給自足生活を送っているだろうことが窺えます。
「何じゃ信平、大きな声を出しおって、森の魔物でも呼び寄せる気か? 儂は気が付かぬうちにそこまで信平に恨まれておったのか、悲しい事だ」
「うわっ、いつも言ってるじゃないですか、黙って背後を取るのは止めてくださいって。今日は一人じゃないんですから、俺に恥をかかせないでくださいよ」
突然背後から掛けられた声に驚きを露にするお役人様。金子老人はそんなお役人様の顔を見て愉快そうに笑うも、疑問の言葉を口にする。
「ワッハッハッハッ、いい若い者がこれくらいのことで驚いてどうする、そんな事では扶桑国一の武士にはなれんぞ? それと一人じゃないとはどういうことだ? お主は初めから一人で来たであろう」
「あっ、初めまして、伊藤代官様のご紹介で参りました袈瓶と申します。それとこちらは連れの太田玄才、今回はこの太田玄才用の刀を作製していただきたくお伺いいたしました」
「「うわっ、驚いた、いつの間に」」
背後から掛けた声に身を跳ねさせて驚く金子老人とお役人様。俺は扶桑国には変わった挨拶の仕方があるんだなと思いつつ、懐から伊藤代官様がしたためてくださった紹介状を取り出すと金子老人に差し出すのでした。
おはようございます。
各地で花火大会ですね。
いってらっしゃい。
by@aozora