“シュ~~~~~~~”
囲炉裏の五徳に掛けられた鉄瓶が湯気を上げる。金子先生は湯呑に湯を注ぎしばらく落ち着けてから、ゆっくりと急須に注ぎ入れる。
“チョロチョロチョロチョロ”
湯呑に注がれた緑茶からは、ほのかに甘い香りが漂う。お茶は金子先生の数少ない趣味で、伊藤代官様から定期的に茶葉が届けられているらしい。
まぁ届けているのは代官所のお役人様である佐々木様なんですけどね。
何でも佐々木様は忍びの里の出身との事で、使い潰されそうになっていたところを伊藤代官様が里に話を付けて貰い受けて下さったのだとか。「いや~、あの時伊藤様が私を貰い受けて下さらなかったらとっくに鬼神様の下に向かっていましたよ、しかもくだらない理由で」とは佐々木様のお言葉。扶桑国の忍びの世界は、ブラックなんて生易しいものではないようでございます。
“コトッ、コトッ、コトッ”
「先ずは一杯、のども渇いておるだろう。して伊藤様からの書状によれば儂に刀を打って欲しいとか、儂は見てのとおり隠遁した身でな、本格的な刀鍛冶からは大分遠ざかっておるがそれでもよいのかな? こちらとしては伊藤様の紹介ゆえ断る訳にもいかんのだが」
流石伊藤代官様、既に金子先生に断るという選択肢を与えておられない。
これが扶桑国の人心掌握術、相手の欲している貸しを与え、負担にならない程度に回収する。日頃からの交流も断りづらい状況を作るのには必要、その為の物資の配達。
清濁併せ呑む真の為政者伊藤代官様、本当に勉強になります。
「はい、金子先生はあの伊藤代官様が“とっておきの人物”と仰られる程の御方、そこに疑いを挟む余地はございません。
申し遅れました、私の名は袈瓶、後ろに控えますは太田玄才。金子先生にはこの者の刀を打っていただきたくお伺いした次第、何卒よろしくお願いいたします」
「お初にお目に掛かります。袈瓶様に仕えさせていただいております、太田玄才と申す者、高名な金子守綱殿にお会いする機会をいただけましたこと、光栄に存じます」
俺の挨拶に続いて自己紹介を行う玄才さん。えっと、金子先生って結構な有名人だったの? こんな山深い森の中で隠遁生活をしているくらいだから変わり者とは思っていたけど、もしかして俺失礼なことしちゃってた?
「ほう、この儂の名を知っておる者がまだ居るとはな。金子本家から縁を切られて久しいで、とうに人々の記憶からは消えているものと思っておったわ」
「何を仰られますか、金子守綱殿と言えば天下に名を轟かせた名工の一人、世が世であれば私などがこうしてお会いすることなど叶わなかったほどの御方、その手により作り出された業物をどれほど多くの剣豪が欲したことか。お恥ずかしながら私もそうした分不相応な望みを抱いた者の一人でございました」
そう言い若かりし日の黒歴史を思い出す玄才さん。分かる、分かるよ~、俺もドレイク村長のマジックバッグに憧れた口だもん。
そういえばジェイク君は父ヘンリーの秘蔵の一振り“魔剣村雨”に憧れてるって言ってなかったかな? 確かダンジョンの隠し部屋の宝箱から見つけた品だったっけ? あれってどこをどう見ても刀なんだよね、それが魔剣って。「村雨だったら妖刀だろう!!」ってツッコミを入れた幼少時代が懐かしい。
でもダンジョン産アイテムって事はコアに頼めば購入可能とか? これからも扶桑国にはお邪魔するし、外見せ用の腰の物は必要だよね。呪われた剣もいいけど、刀は別腹。俺の仮性心が滾ります。
まるで往年の大スターが昔からのファンに握手を求められるような状況に、まんざらでもない表情の金子先生。金子先生は一度奥の部屋に引っ込むと、何やら幾つかの箱を取り出して来ます。
「太田玄才といったか、その佇まい、お主が相当な武芸者であることは見ただけで分かる。だが刀というものは相性があるというのが儂の持論でな、いくら名刀や業物と呼ばれるものでも使い手との相性が悪ければ宝の持ち腐れとなるじゃろう。それは剣士にとっても刀にとっても不幸なこと、儂ら刀鍛冶はその者に合った刀と引き合わせることが最も大切な役目だと思っておる。
じゃがこの考えが中々に理解してもらえんでな、偏屈だのなんだとの散々に言われて本家から追い出されたという訳じゃ。
伊藤様はそんな儂を囲ってくれた奇特な御仁でな、人嫌いになっておった儂に終の棲家を用意して下さったのよ。
話が逸れたの、この箱に入ってる刀はそれぞれ趣の異なる物、数打ちもあれば名刀や業物と呼ばれるものもある。試し振りをしてみても構わん、一番相性の良いと思う一振りを選んでみよ」
なんと、刀のテイスティングですと!? 俺の思う鍛冶職人は自身の思い描いた最強の剣を打ち上げるものだと思っていたんだけど、金子先生は玄才さんに合う玄才さんの為だけの刀を作ろうとして下さっている。
スゲー、まさにオーダーメード。重心バランスなんかは当然のこと、相手の感性に沿ったモノづくり、勉強になります!!
「・・・金子先生、こちらの箱は一体どういったものなのでしょうか? 何か物々しいと言うか禍々しいと言うか、見るからに怪しさ満点なんですけど」
それは幾つかの長箱に紛れるようにして置かれたもの。俺がそのことを指摘すると悪戯がバレた子供のようにニヤリと笑われる金子先生。
「ハハハハ、バレてしまったか。この中の一振りは所謂妖刀と呼ばれるものでな、災いを呼ぶとして儂のところで保管しておるものよ。世の中にはこうした妖刀が思わぬ所に紛れておるものでな、よい機会じゃからちとビックリさせようと思ったのじゃが分かってしもうたか。
袈瓶といったか、中々に鋭い目をしておるの」
そう言い失敗失敗とばかりに自ら蓋を開けられる金子先生、中にはいかにもといった様々な文様が描かれた布地に包まれた一振りの刀が。
「まぁ儂ら刀鍛冶はこうした呪物に触れる機会も多いで慣れておるが、常人であれば気を失うこともある。ただ時には名刀に化ける曲者の妖刀もあるので注意が必要だ。若い刀鍛冶にはそうして妖刀に魅入られる者もおるからの。
この“荒又切”は五代金子安綱の作と言われるもので多くの人と怪異の血を吸ったが故に妖刀に転じた一振りよ。多くの者を救い多くの命を助けることを願い作られた刀が今や血を求めすすり泣く妖刀へと転ずる、因果なものと傍に置いておるのよ」
そう言いどこか優しげな瞳を妖刀“荒又切”に向ける金子先生。
「金子先生、そちらの妖刀“荒又切”をお貸し願ってもよろしいでしょうか?」
「うむ? 袈瓶は変わり者だの。これまでこの話を聞いて手に取ろうと思うような者は一人としておらなんだが」
そう言い包まれた布地ごと手渡して下さる金子先生。俺は両手で刀を受け取ると、どれどれと言って直接妖刀を握ります。
「これ、何をやっておる、そんな事をすればたちまちに・・・平気そうじゃの?」
「いえ、私はこの手の呪物に慣れておりますので」
そう言いスッと鞘から刀身を引き抜きます。すると目の前の景色が赤く染まり、滴る血の匂いと殺人衝動とも呼ぶべき感情が胸の中を駆け巡り。
「うるさい、刀身がよく見えないでしょうが、ちょっと黙ってなさい」
俺は“荒又切”に威圧を掛け、悪さをする手を抑え込みます。
「ほう、中々に美しい、これは日頃金子先生が手入れをされているのですか?」
「う、うむ。これでも長年刀鍛冶をしておるのでな、“荒又切”も少しは儂のことを認めてくれておるのだろう、手入れの時だけは大人しくしてくれておる」
・・・ツンデレ? 妖刀“荒又切”が金子先生に向かって、「ふん、あんたのことなんか別に認めた訳じゃないんだからね。さっさと手入れをしなさいよ」とか言ってる姿が幻視できるんですけど?
「・・・お前、もうちょっと素直になった方がよくね? 本当は金子先生のことが大好きなんだろう? かまって欲しくて妖刀ぶってることがバレバレよ?」
俺の言葉に一気に妖気を噴き出して大物ぶる“荒又切”、図星を突かれて照れ隠しですか、こんなの好きな子に素直になれなくてついつい乱暴しちゃう思春期の中学生と一緒やん。めっちゃ初心じゃん。
「ハイハイ分かった分かった、“荒又切”は凄い妖刀、分かったからいい加減止めなさい、金子先生に御迷惑でしょうが」
“・・・シュンッ”
俺の言葉に落ち込むように妖気を引っ込める“荒又切”、これは中々。金子先生が可愛がる訳です、ツンデレムーブが天元突破しております。
「玄才さん、こんな刀ってどうです? 玄才さんならバッチリ使いこなせると思うんですけど」
「イヤイヤイヤ、無理だから、妖刀を揶揄って遊ぶ奴なんか袈瓶だけだから。袈瓶が余りにも阿呆なことをするから、金子殿と佐々木殿がドン引きなさってるじゃないか、どうするんだこれ!!」
ウグッ、ついつい妖刀“荒又切”で楽しんでいたら玄才さんから容赦ない駄目出しが。だってツンデレの妖刀よ? 属性てんこ盛りよ? 思わずテンションの上がった俺は悪くないよね?
俺はしぶしぶ“荒又切”を鞘に戻すと、「大変失礼いたしました」と謝罪の言葉を添え、封印の布地(これも中々格好いい)に包んで金子先生にお返しします。
「あっ、いや、うん。すまん、儂のこれまでの常識が少々揺らいでしまった。そうか、儂は妖刀“荒又切”に認められておったのか」
「あ、お手入れの際は気を付けてください。“荒又切”は素直じゃないんで、さっきみたいに揶揄うとすぐに暴発するみたいですので。
恐らくですが普段金子先生が手入れをされる際は、静かな心持ちで祈るように手入れなさっているんじゃないですか? 多分“荒又切”にはその時間が心地いいんだと思います。ただ欲を言えばもう少し頻繁にかまって欲しいんじゃないでしょうか。普通に素振りするくらいで構いませんので、偶に鞘から抜いてあげてやってください」
“カタカタカタ”
俺の言葉に動揺して鍔を鳴らす“荒又切”、流石ツンデレ、素直じゃない。
「そうじゃな、儂は心のどこかで“荒又切”のことを怖れ遠ざけていたのやもしれん。これからはもう少し傍に置き目を掛けることとしようかの」
そう言い優しい目を向けながら長箱に戻していく金子先生。荒又切の奴、スゲー大人しいでやんの。あれ絶対照れてますね。
「金子先生、話は変わりますがこの者の刀を打つにあたり一つお願いがございます」
「うむ、何であるかな? 袈瓶殿は儂と“荒又切”の仲を取り持ってくれた御仁、遠慮なく申して欲しい」
「はい、ありがとうございます。この者は嘗て“胴抜きの玄才”と謳われたほどの名手、今は私の下で働いてくれておりますが、少しでもその働きに応えたい。そこで作刀にあたり、こちらの地金を使用していただきたくお持ちいたしました」
そう言い差し出した物、それは濃紺に艶めくインゴット。
「ふむ、ん? ・・・はぁ!? 袈瓶殿、これは一体。儂の職業スキルである<品質鑑定>では<魔物鉄(地龍)>と出ておるのだが?」
「はい、その地金は作り上げる際に龍の鱗の粉末を混ぜて品質を高めたものとなります。龍の鱗は丈夫で硬く、魔法耐久も高い。この地金であれば折れず曲がらず魔法すら一刀のもとに切り伏せる、そんな刀が出来上がるのではないかと」
俺のそんな言葉に腕組みをし唸りを上げる金子先生。
「確かにこの<魔物鉄(地龍)>を使えば良い剣が作れるであろう。だが刀は硬さと粘りを両立させる為質の異なる鉄を用いている。そうであればこの<魔物鉄(地龍)>に匹敵する質を持つ芯鉄となる物を探さねばなるまい。果たしてそのような物がそう易々と見つかるか」
質が良過ぎるが故に合わせることのできる物が見つからない。何とも贅沢なジレンマに陥る金子先生。
「あの~、金子先生。その芯鉄に当たる素材なんですが、無い事もないのですが、その、少々特殊でして・・・」
言い淀む俺に、目を向ける金子先生。
「これなんですが」
そう言い差し出した物は黒鉄のインゴット。
「ほう、これはこれは。ふむ、ん? 袈瓶殿、この<魔物鉄(スライムドラゴン)>とは一体?」
「ハハハハ、いや、まぁ。これは少々特殊な地金と申しますか、硬さと粘りは保証いたします、恐らく芯鉄としても十分かと。おい、金子先生にご挨拶」
“ブルブルブル”
俺の言葉にバイブレーターのように震える黒鉄のインゴット。
「な、これは」
「スライムの性質を残してしまったと言いますか、こちらの感情に応えるんですよね。でも魔物ではないみたいで、ちゃんと金属なんです。
私にもよく分からないんでお出しするのを躊躇ったんですが、質はいいと思います。これでどうにか作製してはいただけないでしょうか?」
「アッハッハッハッハッ、これは愉快、思いの宿った刀というものは何度も見てきたが、既に思いの宿っている地金とは。しかもそれが人の欲とは関係のないただの金属の性質、これで一体どんな刀が打ち上がるのか、こんなに心が躍るのはいつ振りであるか。
袈瓶殿、このお申し出、喜んでお引き受けいたしましょうぞ。信平、忙しくなるぞ。幸い炭の作り置きは売るほどあるが、これ程の地金を使うとなれば揃えるものも多い、社に行って清め水を山ほど用意してもらうのだ、急げよ?」
「あの、その清め水ってこれでいいんですかね?」
俺がそう言って中空に作り出したのは、光属性マシマシウォーターの水球。
「ブッハッハッハッ、これほど質の良い清め水など都に行かねば手に入らんぞ、袈瓶殿は何でもありなのだな。では儂は作業場の準備に取り掛かる、太田殿にはよくよく吟味して自分にあった得物を選ぶように伝えておいてくれ」
そう言い楽しげに奥の部屋へと引っ込まれる金子先生。俺の隣ではそんな騒ぎなど知ったことかとばかりに、玄才さんが二本の刀を手に真剣な表情で唸りを上げているのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora