転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第93話 転生勇者、現実の厳しさを知る

暗闇の街道をガタガタと音を立てて走る一台の荷馬車。御者の男性は照明の魔道具によって照らされた街道を睨み、荷馬車が壊れないギリギリの速度で先を急ぐ。激しく揺れる荷台には三人の子供と一人の老人。そしてそんな荷馬車を一体の従魔がその太い手足を必死に動かし、息を荒くしながら追走する。

彼らはどこか沈痛な面持ちを浮かべるも、今はただ少しでも前へと進み行く。

“ゾクゾクゾク”

 

突然走る悪寒に、咄嗟に後ろを振り返る。そして彼らは目撃する、天高く舞い上がる闇夜に光る漆黒の龍の姿を。

 

「「「ケビンお兄ちゃん!!」」」

子供たちの口から発せられる、敬愛する大好きな兄を思う悲痛な叫び。

 

ボビー老人は思う、何故自分があの場所に残らなかったのかと。背後から感じる強大な魔力の波動、これまでの人生でもこれ程の気配を感じた事があっただろうか。あの場にいる魔物は間違いなく厄災級の魔物、白金級冒険者どころか、伝説の勇者ですら逃げ出すのがやっとであろう存在。

“儂らを逃がす為に足止めに残ったケビンは既に・・・”

現実とは常に非情である。物事に絶対と言う事がない様に、この世界に完全に安全な旅など存在しない。全ては巡り合わせ、全ては偶然。

何事もなく無事に旅を終えられるのか、それとも困難な事態に襲われるのか、その全ては運次第。

“儂らが生き残り、ケビンの奴が散ったのも・・・いや、奴の事、明日になればひょっこり現れる、そうに違いない。そうでなければ、悔やんでも悔やみきれん”

 

荷馬車は走る、暗闇の街道を明かりの魔道具で照らして。少しでも早く、少しでも遠くへ、それが彼が残した願いなのだから。

マルセル村一行を乗せた荷馬車はその後も止まる事なく街道を進み、日の上る明け方まで走り続けるのであった。

 

「すまないが流石に村にオークの従魔を入れる訳には行かない、脇の道を抜けて村を迂回してくれないか?」

一晩中走り続け疲労困憊のマルセル村一行は、街道沿いの村に立ち寄り宿を求める事にしたのだが、そこで一つの問題が発生した。従魔のブー太郎の事である。

ミルガルの街で“ブラックウルフの尻尾亭”に宿泊出来た事は彼らにとって僥倖であった。本来従魔を宿の部屋に泊める等と言うことは、あり得ない事であった。良くて厩、宿泊拒否は当たり前。それ程に従魔を従えての旅は難しいものであった。これがまだ小型の従魔なら渋々宿泊を許可するところもあるだろうが、ブー太郎は大柄なオーク、それは人々の恐怖の対象であり嫌悪の象徴でもあった。

 

「うむ、では仕方ないの。この脇道を進めば良いのかの?」

「あぁ、それで次の村に続く街道に出る事が出来る。そっちは街道整備で村の中心が現在の場所に移ってからはあまり使われなくなった旧道だ、多少道は荒れているが問題はないはずだ」

村の門番に促され旧道へと向かう一行、その後ろを歩くブー太郎はどこか申し訳なさ気に肩を落とすのだった。

 

「ブー太郎、元気を出すのじゃ。本来ならばこの村はただ通過するだけであった、お主がどうこう言われる事もなかったんじゃ。全ては儂らが宿を取ろうとしたからこそ起きた問題、お主が気にやむ事ではないわい」

そう言いブー太郎を励ますボビー老人に、顔をあげ“フゴフゴ”返事を返すブー太郎。その様子に、すまなそうに眉根を下げるボビー老人なのであった。

 

「か、金を出せ、食い物を置いて行け!」

旧道を進む事暫し、道は薄暗い林の中に続いていた。そんな一行を止めるかの様に街道の真ん中に立ち、木の棒を振り上げる薄汚い格好をした子供。年の頃は十歳程だろうか、その手は微かに震え怯えの感情が見て取れる。

その様子に動揺し困惑する子供たち、彼らは皆自分達よりも困窮しているであろう相手にどうしたら良いのか分からないといった不安の表情を浮かべていた。

 

「よい、儂が行こう。皆荷台より降りるでないぞ?」

ボビー老人は子供たちに声を掛けると、一人荷馬車を降り道を塞ぐ少年に近付いて行く。

 

「ほれ、儂は見ての通り只の年寄りじゃ、何も恐れる事はない。これこの通り何も持ってはおらんじゃろう?

してどうしたんじゃ、腹がへっておるのなら儂らと共に飯でも食べんかの?こんな事をしておっても食べ物なんぞすぐにのうなってしまうじゃろうて。それよりどうじゃ、儂らの村に来て共に畑でも耕さんかの?少なくとも食うに困る事はのうなるぞい?」

その声音は優しく慈愛の籠ったものであった。ボビー老人は目の前の薄汚れた少年に、己が助ける事の出来なかった勇者病仮性の少年を重ね合わせていたのであろう。今度こそ救って見せる。老い先短い自分に出来る最後の仕事、ボビー老人は優しい眼差しで少年を見詰めながらそっと手を差し伸べる。

“トサッ”

 

少年の手から落ちる木の棒。少年は俯き肩を震わせながら涙を啜る。

「俺、俺、なんて事を。俺・・・」

下を向き両の手をギュッと握り締め、一人呟く少年。そんな彼のそばに寄り、そっと肩を抱くボビー老人。

 

「よいよい、何も言わずとも良いのじゃ。お主も生きる事に必死であった、ただそれだけの事、何も気にせんで良いのじゃ」

この時代、親に捨てられ、親と死に別れ、貧困から盗賊に身を落とす者も多くいる。それら全て彼らが悪いと言うのか?彼らはそれしか生き残る手段を持たなかった、ただそれだけの事。ボビー老人はこれまでもそうした子供たちを多く見て来たし、自分に出来る事など無いとその全てから目を反らしてきた。それは果たして正しい事であったのだろうか?

“この子一人くらい、儂の手を差し伸べてもバチは当たるまいて。”

ボビー老人は目の前の幼子をそっと抱き締める。それは同情か、それとも贖罪か。為さぬ善より為す偽善。この行為が純粋な想いでなかろうとそれで救われる命もあろう。

ボビー老人は残りの人生を掛けて目の前の少年を育てようと決心するのであった。

 

「うぅ、俺、俺、お爺さん、俺、って馬~鹿」

“グサッ”

 

突然腹部に宿る熱、それは激痛を伴い自身の動きを制約する。

儂は今何をしておる!?

儂のすべき事はボイル殿と村の子供たちを守り、彼らを無事に村に送り届ける事、なのに儂は一体・・・。

痛む腹部に手を当てる、そこに広がる真っ赤な染み。力無く崩れ落ちる膝、ボビー老人は残る力を振り絞り声を発する。

 

「ボイル殿!儂を置いて先へ!子供たちを頼む!」

託す想い、それは子供たちの無事な帰郷。だがその想いを嘲笑うかの様に、現実の悪意は獰猛な牙を剥く。

 

「アハハハ、何、そこのおじさんはこの道を全力で荷馬車を走らせて逃げるの?どうやって?進んだ先って行き止まりなんだけど?

ププッ、まだ気が付かないかな~、おじさんたちは罠に嵌まった獲物、もうお仕舞いなんだって事が。おい、お前たち、お客さんをいつもの小屋にお連れしろ。後は大人たちの仕事だ」

“ガサガサッ”

物音を立てて街道を囲む木々の後ろから現れる見知らぬ子供たち。その顔は皆笑顔であった。マルセル村の子供たちはその顔を知っていた。それはホーンラビット討伐に赴く時の自分達の顔と同じもの、彼らにとって自分達はただの獲物に過ぎないのだ。

 

「ほら、さっさと荷馬車を降りろ!じゃないとこの爺さん死んじゃうよ?」

ボビー老人の死、周囲に広がる血の臭い、目の前の現実はそれがただの脅しで無い事を物語っていた。

 

「はい、そこまで~。ボビー師匠、一体何をやっているんですか、何を。

いや、分かりますよ?散々ご心配をお掛けした身として申し訳なくも思いますよ?でもこれって、敢えて聞きます、何をやってるんですか貴方は」

緊張したこの現場に響く場違いな声音は、呆れを含んで倒れ伏すボビー老人に投げ掛けられる。

 

「ケビン、お主・・・」

「ハイハイ、無理に喋らなくて良いですから。あ、ちょっとごめんね~」

忽然とその場に現れた一人の少年は、まるで周りが見えていないかの様に勝手に老人に近付き、傷の手当てを始める。

 

「なんだお前は!」

老人に振るわれた凶刃を闖入者に突き付ける薄汚れた少年、だが後から現れた少年、ケビンはそんな事はお構い無しにボビー老人に話し掛ける。

 

「うわ~、ガッツリやられちゃいましたね~。この出血だとかなり深くまで行ってますよ。ですんでこれ、ハイポーションです。でも今回の傷は完全にボビー師匠が仕事を忘れた結果ですからお代はきっちり頂きますからね。後、暫くお酒禁止です、しっかり反省してください」

そう言い手に持つハイポーション(自家製)をボビー老人の口に付けるケビン。

“ゴクゴクゴク”

それを一度に(あお)ったボビーは、直ぐに身体を起き上がらせる。

 

「ふむ、傷口もすっかり塞がった様じゃ。多少血を流し過ぎたからかややふら付くが、戦闘には支障ないわい。ケビンや、助かったぞい」

「まぁ、元気になった様で何よりです。でも幾らなんでも大した警戒も無しに子供とは言え盗賊に近付くだなんて、本気で勘弁して下さい。あれで改心させる事が出来るのはお伽噺の主人公だけですから、歳を考えて下さい、歳を」

心底呆れた目を向けるケビンに、身の置き場がないといった顔のボビー老人。

 

「ええい、よう分かっておるわ、ほんにどうかしておったんじゃわいて。と言うかこんな事を話しとる場合では無かろう。未だ周りを囲まれておるんじゃ、藪の中に大人が隠れてるやも知れん」

真剣な表情で周囲を警戒する仕草を取るボビー老人に、“この人誤魔化しに入ったよ”と呆れの呟きを入れるケビン。

 

「ハイハイ、そう言う事にしておきます。と言うかもう終わっているんですけどね」

そう言い横を指差すケビン、その先には血糊の付いたナイフを振り上げたまま、苦悶の表情を浮かべ固まる薄汚れた少年。よく見れば少年の手足、そして首には細く黒い糸が絡み付いている。

 

「堅糸術、“縛り”。スッゴい練習しました。実戦で使った感想は使用する糸の量が多過ぎる。刺突武器として使う分には良いですが、相手を拘束するのには向きませんね。これなら魔力の触腕の方がよっぽど使い勝手が良いです。ロマン武器はやっぱりロマンで終わっちゃいました。工夫してシンプルな使い方を考えないと」

“めっちゃ頑張ったのに~!”と頭を抱えるケビン少年を見てマルセル村の一同は思った。“ケビンはどこまで行ってもケビンである”と。

 

「じゃがケビンよ、お主どうやってここまで追い付いたのじゃ。お主と別れてからこれ迄ほぼ休み無く進んでおった儂らに」

「あぁ、それですか?賢者イザベルのお陰ですね。えっとこの方は昨日の化物を追って旅をしていた御方何ですが、まぁ~凄かったですよ?あの場で足止めをしていた俺に、“よくやった少年、後はまかせろ”って言って。本物の魔法戦闘ってあんなに凄いものだったんてすね。しかも俺を庇いながら、俺の中では大賢者イザベル様ですよ、マジで。そんであの化物を封じ込めたイザベル様が途中まで送ってくれたんです。あの巨大な狼、あれなんて魔物なんですかね?もの凄く速かったな~。俺なんて賢者様にしがみ付くので一杯一杯でしたから。

あ、そうそう、賢者様に良いものを貰ったんですよ、俺が村でスライムやビッグワームと暮らしてるって言ったら私も幼い頃やってたとか言って意気投合しちゃって、この指輪なんですけどね、従魔を三体まで仕舞える魔道具らしいです。ダンジョン産って言ってました」

ケビンはそう言うと左手の人差し指に嵌まった指輪を誇らしげに掲げるのでした。




本日一話目です。
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