“フゴ~ッ、フゴ~ッ、フゴ~ッ”
ふいごを使い火力を上げる。炎が立ち、炭火が赤々と燃え盛る。
“ガサガサガサッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ”
炭火の中で高温に熱せられ赤黒く光る金属の塊を取り出し、金槌を振るう。熱しては叩き、熱しては叩き、そうして少しずつ金属と対話し、互いの心を通わせる。
作刀とは作り出すことではない、刀は既にそこにある。作刀とは本来あるべき姿を取り戻すこと、刀鍛冶はその介添えに過ぎない。
“フゴ~ッ、フゴ~ッ、フゴ~ッ”
作刀の行われる作業場はいわば出産の現場、助産師と呼ぶにはちと無骨な爺ではあるが、そこは勘弁願いたい。
命は吹き込むものではない、招き入れるもの。儂の仕事は刀と使い手を引き合わせる仲人のようなもの。
使い手である太田玄才の希望は聞いた。儂が用意した刀は太田玄才の手に馴染むであろうと見立てたものばかり、その中から更に選び抜かれた刀は二振り。長いことその二振りの間で悩んでおったようだが、必ずしも一振りに決める必要はない。
二振りに絞れたということは既に己の剣の道が定まっているということ、その上で幅があるということを示している。であればその幅を遊びとして持たせた刀を迎え入れればよい。
“カンッ、カンッ、カンッ、カンッ”
しかしこの地金は面白い、こ奴らは儂のこれまでの全てを注ぎ込んでも尚届かぬ高みにある。話せば話す程自身の未熟を教えてくれる、何と愉快な地金たちであることか。
疲れを忘れ、時間を忘れ、ただ只管に刀と向き合う。そしてそれはついに形を持つに至る。
“パサッ”
「フゥ~、中々に難産であり心躍る一時であったわ。儂もまだまだということを心底教えられたわい。しかし楽しいの~、ほんに楽しい。この刀がどのような物語を紡ぐか楽しみでならんの~」
砂地の上に置かれたそれは、粗方の形が整えられた刀の原型。これはいわば形代、光を放ち命の煌めきを見せるには、まだいくつもの工程を経ねばならない。
儂はゆっくりと腰を上げると、額の汗を拭い作業場を後にする。
焦ってはいけない、さりとていい加減でよいということでもない。次の行程に移るまで、金属を寝かせ、粗熱を取り、刀の息吹を感じ取る。
“ガタガタガタ、スーーーーッ”
家から出た儂は山の空気を吸い込み大きく息を吐く。
「お疲れ様でございます、ぬるめの緑茶をご用意させていただきました」
声を掛けてきたのは袈瓶殿の使用人の男性、袈瓶殿は大陸の貴族とのことで、額の角を取って見せられた時は心底驚いたものだ。
そんなお偉い方が何故扶桑国にいるのかと言えば米の買い出しの為とのこと。太田玄才殿はそんな袈瓶殿の下で米作りの指導を行っておるとか、扶桑国の武芸者に一体何をやらせてるのかと思わなくもないが、それもまた人生、本人が楽しんでおるのなら何よりというものであろう。
「すまんの、確か名前をトライデントと申したか、扶桑国風に言えば
「はい、そちらの方が呼びやすいということであれば、三角と呼んでいただいても構いません。マスターからは金子先生のご要望は出来る限り叶えるようにと承っておりますので。
何かご入用の物がございましたら何なりと仰ってください」
三角はそう言い深々と頭を下げる。儂は盆より受け取った湯呑みを口にすると、フゥ~と大きく息を吐く。作業場の熱に当てられ火照り切った身体には冷えた水よりもぬるい茶の方が心地よい。
「そうだの、暫く刀を休ませねばならん故、今のうちに食事を取ることにしようかの。悪いが何か摘まめるものを頼めるか」
「はい、先ずは腹を満たすのに丁度いい塩おにぎりなどはいかがでしょうか?」
そう言い何処からともなく塩おにぎりを載せた皿を差し出してくる三角。
袈瓶殿のところの使用人は気が利くなどと言うどころではない、こんな生活に慣れてしまっては後から困りはせんかと不安になるほどだ。
「ところで袈瓶殿と太田殿はいかがしておるのかの? 長く待たせておるようじゃが」
「はい、マスターは国へ戻りご自分のお役目に就かれております。太田様はせっかくの機会であるからと郷里の両親の墓参りに行ってくると申しておりました」
太田玄才殿は元は農民の子であったとか、どこぞの武家に仕官した際に一度だけ里帰りを果たしたものの、以来すっかり足が遠のいていたとのことであった。
「ふむ、中々に殊勝なことであるな。儂など墓参りすら行っておらんからの」
金子本家から追い出されて幾年月、良くも悪くも時間だけが過ぎたものよ。儂は袈瓶殿が建てた屋敷に目を向けながら、三角の寄越した塩おにぎりに口を付けるのだった。
――――――――――――――
「こんにちは、ネイチャーマンさん。今お仕事の帰りですか?」
「こんにちは、グロウズさんの奥様。つい先だっては妻がお世話になりました。王都のことを色々と教えていただいたと大変喜んでおりました」
王都学園での仕事を終え帰宅した私は、簡単な家事を済ませ二階の書斎兼寝室へと向かいます。
“カチャッ”
開けた扉の先は幾つもの扉があるがらんとした部屋。私はその内の一枚を開けると、廊下を抜け自室へと向かいます。
「お帰りなさいませ御主人様、お食事のご用意が出来ております」
「ありがとう月影、こちらに何か変わりはないかい?」
私は着替えを済ませ魔道具であるロープタイを外すと、幻影の魔法から解放されケビン・ワイルドウッドとしての自分を取り戻します。
「はい、お子様方は皆健やかにお過ごしになられております。それと奥様方から夜の順番についてご相談があるとのお話がございました」
・・・聞きたくね~!! いや、子どもたちの話はいいよ? でもなんで仕事から帰って早々夫婦の
えっ、それだけじゃない? もっと深いライフプランについて? そっすか~、家族計画についてっすか~。
ヴィーゼももうすぐ二歳だしね、お三方ともに第二子をご所望と。いや、うん、分かるんだけどね~。月影から聞かされるとやけに生々しいと言いますか、何とも言えない現実味がですね。
俺は決戦前の腹ごしらえとばかりに気合を入れると、月影を伴い食堂へと向かうのでした。
しかし月影は嫁さんズからそんなことまで相談されてるのかと思い話を聞いてみたところ、「当然でございます、私は御主人様の家族ですので」とのお返事と柔和な笑顔がですね。
お、おう。月影先生、お世話になります、これからもよろしくお願いいたします。
ワイルドウッド男爵家の影の支配者メイド長月影、本日もいい息吸っているようでございます。
「「「ケビン、お帰りなさい」」」
「た、ただいま~。もしかして三人とも食事を済ませずに待っていてくれたとか? なんか悪いことしちゃったね」
食堂に着いた俺を待っていたのはニコニコ笑顔の嫁さんズ、てっきり食事が終わった後のお話かと思いきや、先制攻撃を加えてこられたようでございます。
「ケビン、はっきり言うわね。二人目作りましょう。アルバもすっかりお兄ちゃんになったし、そろそろいいんじゃないかと思うのよ。色んな騒動にも決着がついたみたいだけど、下手に先延ばししたらまた余計な騒動に巻き込まれないとも限らないじゃない?」
パトリシアのド正論、言葉に一切の着飾りがない分否定しづらいことこの上ない。
「ヴィーゼ君もとってもかわいらしいんだけど、今度は女の子がいいかな? 娘と一緒に癒し草を摘みに行ったりお料理を作ったり、夢が膨らむのよね~」
・・・エルフの姫アナスタシア・エルファンドラよ、思い描く夢が目茶苦茶庶民なんですけど? でも女の子、ヴィーゼのようにエルフ耳の俺そっくりな女の子・・・。頑張れとしか言いようがない。
まぁ母親はアナさんですし、母親似ってことも十分考えられますし、その辺は生れてからのお楽しみってことで。
「次は男の子、名前はギャオスかガイガン。力強い濁点は必須!!」
でたよ、ケイトの謎の拘り。濁点付きの真面な名前、俺の語彙力が試される!!
「わ、分かりました。ですが子供は女神様からの授かりものと申しますし、あまり期待し過ぎるのも問題かと「大丈夫、ケビンならイケる。大切なことは諦めずに挑戦し続けること」お、おう。が、頑張ろうか」
俺の返事にニッコリ笑顔の三人、圧が凄い。
こうして俺の新家族計画(医療監修:残月)は開始されることとなったのでした。月影、「これで魔王領の世継ぎは安泰」とか言うんじゃない。子供たちの人生は好きに選ばせるのがワイルドウッド男爵家の基本方針です。
「全ては御主人様(魔王様)の思し召しのままに」
月影の魔王計画は、まだまだ続きそうでございます。
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ひんやりとした秋風が吹き抜ける。落ち葉が風に舞い、そこはかとない寂しさを醸し出す。
「久しぶりに帰ってきたが、この辺は全く変わらないな」
最後に故郷を訪れたのは仕官が決まってすぐのこと、その後は仕事の忙しさにかまけ足が遠のき、職を失ってからは自暴自棄となり帰る気力さえなくなってしまっていた。
「この俺が帰郷しようと思うだなんてな。“胴抜きの玄才”、今にして思えば碌でもない呼び名だな」
侍として剣の道に生きていたころは誇りにすら思っていた二つ名が、生産性の欠片もない重荷にすら感じるようになるとは。状況の変化、生き方の変化は人を大きく変えると言うが、俺にとってはケビンとの出会いが全てを変える切っ掛けであったのだろう。
ヤサグレて、身を持ち崩し、辿り着いた先は大岩の源蔵親分が仕切る口入屋。表の仕事は無論裏の仕事も熟す街の裏の顔を持つ源蔵の下、用心棒としてただ糊口をしのぐ日々。そんな無益な時間を過ごしていた俺の前に突如現れた人物が角無しのケビンと連れの白雲であった。
源蔵はいつもの脅し透かしで二人を屈服させようとするも逆に追い詰められる始末。世間には疎いが剣の腕だけは立つ秋津海月は白雲に敢え無く破れ、おれはケビンに一太刀にして破れることとなった。
こうして俺はケビンの下で働くこととなった。だが意外にもケビンが俺に求めてきたものは、人斬り“胴抜きの玄才”に求めるにはあまりに意味不明なものであった。
「あの自己領域の島というものも訳分からないが、この俺が農業指導を行うようになるとはな」
子どもの頃は農家の手伝いが嫌で嫌で仕方がなかった。俺は剣の腕で身を立てる、そう誓って家を飛び出して何十年経ったか。確かにその夢は果たした、俺は仕官を果たし、名の知られた武士となった。
だがどこの馬の骨とも知れない男に対する嫉妬と敵愾心は俺の生活を徐々に厳しいものへと変えていった。俺は罠に嵌められ全てを失った。
「済まぬ、ちと聞きたいことがあるのだが。この村に太田玄才の生家があると思うのだが」
太田玄才の名を聞いた村人の表情は厳しいものへと変わり、「そんな奴はこの村にはいない」との言葉が返ってくる。仕官先を追い出され、ただの人切りとして各地を放浪した俺は、村の誇りから恥ずべき汚点へと評価を落としてしまったのだろう。
「確かこの辺りだったはずだが」
古い記憶を頼りに道を進む、果たしてそこには古びた家屋が存在した。
家の周りこそ手が入っているものの、建物の修繕までは余裕がないようであった。
「ごめん、誰かいるか?」
「はい、どちら様でしょうか?」
俺からの呼び掛けに応え開かれた扉、引き戸を開けたのはどこか疲れた表情をした年若の女性。
「すまない、こちらは平助殿の家であったと思うのだが居られるだろうか? もしくはご長男の与一殿でもよいのだが」
俺の言葉に一度目を見開いた女性は、ふと悲しげに顔を伏せる。
「祖父平助は十年前に鬼神様の下へ赴かれました。父与一と母は二年前に流行り病で相次いで、今は残った私が家を守らせていただいております」
時は過ぎる、景色は変わる。俺の人生がそうであったように、故郷でも同じだけの時が流れ様々な変化が訪れていた、そういうことだったのだろう。
「そうであったか、知らぬとは言え不躾なことを聞いてしまったようだ、謝罪しよう。俺は生前のお二人に世話になった者でな、墓前に手を合わせたいのだがよろしいだろうか? 墓の場所を教えてもらえると助かるのだが」
「はい、それは構いません。では少々お待ちくだ「おう、いたいた。お菊、こないだの話、決心はついたか? 親の残した借金金貨三枚、その分きっちり身体で返してもらわないとな~」・・・」
横合いから声を掛けてきたのはいかにも素行の悪そうな不逞の輩とその後ろで偉そうにする若造。
「それは、その、必ずお返ししますのでどうか勘弁してください」
「はぁ? そんな訳いくかよ、こっちだって遊びじゃねえんだよ。親の借金は子の借金ってな。払えないってんなら身体で払う、それだけの話よ」
そういい女性を無理やり連れて行こうと伸ばされた手を、寸前で取り押さえる。
「なんだ手前は、よそもんが口出ししてんじゃねえぞ!!」
「まぁそう言うな、この家の者とは少なからず縁があるのでな。すまんがその借金の証文を見せてもらえるかな? なに、悪いようにはせん」
そういい睨みを利かせれば背後の若造に視線を向ける下っ端。
「これが証文だ、与一が妻の薬代欲しさに庄屋である我が家から借金した動かぬ証だ」
「ふむ、確かに借りているな。大銀貨五枚、利息は年利一割、庄屋様は村人を思いやる御仁と聞いていたが、噂にたがわぬ方であったようだ。
その後借財を重ね最終的に元金が金貨一枚に膨れ上がったと、それでも返せぬ額ではないようだが肝心の与一が亡くなってしまったと。
だが一つ解せぬことがある、ここにはこれまでの返済の記録が一切示されていないが、そこの娘が全く返済を行っていないということはあるまい?何せ与一が亡くなったのは二年前、返済の滞りが続けば流石の庄屋様とて動かざるを得ない。それと仮に元の借金が金貨一枚であったとしても借り始めが五年前、金利一割であれば返済額は金貨一枚と大銀貨五枚、差額の金貨一枚大銀貨五枚はどこから出てきたのかお聞きしても?
いや、これは直接庄屋様からお聞きしたほうがよいか」
これは源蔵がよくやっていた手口、相手の無知を利用して威圧することで言いなりにしてしまう。金を借りていることによる負い目を利用した上手いやり方だ。
この娘は目の前の若造と俺のやり取りにただポカンと口を開く、世間ずれしていない田舎娘の典型なのであろう。
「な、なんだ手前は、この話は俺とお菊の問題だ、関係ない奴は引っ込んでいやがれ!!」
途端声を荒らげる若造に、俺はゆっくり自己紹介をする。
「さっきも言っただろう、俺はこの家の者とは少なからず縁があると。
太田玄才、人斬り“胴抜きの玄才”と言った方が話は早いか。姪が随分と世話になったようだ、庄屋様の屋敷で詳しく話を聞かせてもらおうか」
“ギロッ”
「「ヒィ~~~!!」」
睨みつけ軽く威圧しただけで腰を抜かす二人の若造。俺は馬鹿者どもの額の角をガシリと摑むと、「立て、然もなくばこのままへし折るぞ」と脅し、庄屋様のお屋敷へと足を向けるのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora