時は過ぎる、王都学園に来たのが二年八カ月前、あれから色々なことがあったけど、三年生の学園生活も残りわずかとなった。
「ロナウドは冬期休暇はどうするんだ? 卒業したらダイソン公国に行くって言ってただろう?」
「そうだな、テレンザ侯爵家三男の立場としては王都に残って社交に力を入れるべきなんだろうが、今の王都は少々難しい状況にあるからな。
王都では上の兄が調整役として動いているんだが、俺は既にダイソン公国のアイリスとの婚約と婿入りが決まっているだろう? 立場的にあまり社交界に顔を出すのも難しくてな」
一年戦争とその後の外交、オーランド王国とダイソン公国との関係は表面上穏やかなものとなっていても、十二万もの死者を出したあの戦争の傷は早々癒えるものじゃない。ましてや社交界にはあの戦争で当主や嫡子を失った貴族家が多くおり、そのような者たちの前にダイソン公国の中枢に婿入りするロナウドが顔を出すことは折角落ち着いて来た彼らの心の内を逆なでする行為に他ならない。
「こればかりは理屈じゃないからな、一年戦争終結から四年、オーランド王国内の軋轢は未だ明確に残っているのさ」
その後立て続けに起きた軍閥貴族の造反や中央貴族の離反も、一年戦争によって崩れた貴族の権力構造と東西に分裂したオーランド王国国内の政治勢力が背景にあったと言われれば説明が付く。あれは形を変えた内戦であり、一年戦争後のオーランド王国の権力を誰が握るのかといった争いであった。
あの戦争で戦死したセオドア・フォン・バルーセン公爵がどれ程の力を有し、オーランド王国の政治を牛耳っていたのかがよく分かる。良くも悪くも主柱を失ったオーランド王国は、様々な外的勢力に翻弄され、漸くの落ち着きを見せたというところだろう。
「そうか、ロナウドも大変だな。それでどうするんだ? テレンザ侯爵領のお屋敷に帰るのか?」
「それなんだが、ジェイクたちの帰郷に同行させてもらえないかと思ってな。ケビン師匠にコッコ飼育のその後について意見を伺いたいってのもあるが、ダイソン公国に向かう前にもう一度鍛え直して貰いたくてな。
バルカン帝国が大人しくなったとはいえ、ダイソン公国が大国に挟まれた小国である事には変わらない。ドラゴン領域が今後どうなるのかも不透明となれば力があるに越したことはないからな」
国家の命運、既に国を支える覚悟を持つロナウドの姿は、俺には眩しいものに見える。
「分かった、エミリーにも伝えておくよ。俺たちは一緒にエミリーちゃんチャレンジを乗り越えた仲だ、いわば戦友、戦友の頼みを断るような真似はしないさ」
「いや、俺とジェイクは一年戦争終結の為にダイソン公国に乗り込んだ本当の意味での戦友だろう。何でエミリーちゃんチャレンジが・・・すまん、確かにジェイクの言う通りだ。
というかもう一回アレをやるなんて事はないよな?」
「どうだろう? その辺はケビンお兄ちゃん次第だけど、ケビンお兄ちゃんだからな~。因みにロナウドがエミリーちゃんチャレンジをすることになったら普段俺が喰らってるのと同じ威力の奴ね。
俺、子供のころ天使様方に会ったことがあるんだよ、エミリーズの天使の姿、よくできていただろう? あれはエミリーの前でメイドの月影さんに見とれた時だったかな~」
真のエミリーの拳、それは常に死と隣り合わせ。あれから天使様の姿を見ることはなくなったけど、神様は本当にいるんだと魂に刻まれた出来事だったんだよな。
俺の言葉に顔色を青くするロナウド、学園生活で忘れかけていた思い出がフラッシュバックしたのかな? “大丈夫、俺は大丈夫”って小さく口ずさんでるし。
俺はそんなロナウドの肩を叩くと、「一緒に逝こうぜ、親友♪」と言って彼の心配を和らげてあげるのでした。(ニヤリ)
――――――――――――
冬の気配が強くなり、王都の街並みもすっかり様変わりしてきました。私が王都学園へ赴任して三年、ホーンラビット伯爵領出身の生徒たちの見守りももうすぐ終わりかと思うと、どこか感慨深いものがあります。
オーランド王国の最果て、貴族令嬢の幽閉地。大森林に最も近い辺境マルセル村は、大きく変わりました。嘗て人々から忌み嫌われていた土地はオーランド王国から独立し新たな道を歩み始めた、そこに至るまでの多くの動乱は辺境の田舎から王都へやって来た彼らを巻き込み、政治の渦の中で翻弄し続けた。
「これから世界に旅立つ彼らにとってはいい勉強になったでしょう。ですが本番はこれから、世界は広く雄大で厳しい。大人たちの手助けがなくなった彼らは自分たちの脚で歩まなければならない。
いずれは彼ら自身が誰かの助けにならなければならない、そんな時にこの三年間の経験がきっと彼らを支えてくれる事でしょう」
臨時教務棟に与えられた教務員室で荷物の整理をしながら独り言ちる。勇者ジェイク・クロー、聖女エミリー・ホーンラビット、剣天ジミー・ドラゴンロード、賢者フィリー・ソード、彼らの卒業と同時に生活魔法講師ビーン・ネイチャーマンの任期も終了する。
「短かったような長かったような、何と表現したらよいのか難しいですが、充実した三年間でした」
生活魔法の理論は完全に私の趣味、これまで書き溜めてきた自らの考察や知識を纏めたものが「生活魔法と応用」。人に発表しようと思っていた訳ではないものの思わぬ機会を得たことは、私にとっても大きな喜びとなっていました。
「どうやら私は昔から人に何かを披露することが好きだったようですね」
思い返せば初めての生徒はまだ幼かったエミリーちゃん。スキルに目覚めることで木刀を折ってしまい悩んでいたエミリーちゃんに、魔力纏いと力の制御方法を教えたことが最初でしたか。
その後ジミーとジェイク君が自分たちにも教えて欲しいと言い始めて、魔力纏いの訓練方法を伝授して。最終的には村人全員に魔力纏い習得法を施して。
魔法に関しては大福に連敗続きのちびっこ軍団に請われて魔力の講義をした事が始まり、あれが生活魔法の講義の原型だったのかもしれません。
“コンコンコン”
私が本棚の書籍を木箱に詰めていると、扉を叩く音が聞こえます。「どうぞお入りください」と返事をすれば、開かれた扉の先には疲れた表情をした料理講座を指導するサンドニッチ・バケット講師の姿。
「サンドニッチ先生、どうなさいました? 酷くお疲れのようですが」
「ネイチャーマン先生、シルビーナ先生をどうにかしてください。このようなところで話す内容ではありませんが、何ですかこのトラップの数々は。これほど厳しい状況に追い込まれたことはこれまでの人生で初めてです、あなた方は臨時教務棟をどうするつもりなんですか!!」
あの沈着冷静なサンドニッチ先生が荒ぶっておられます。モルガン商会王都支店のロイド氏との結婚を報告されてから幸せオーラを隠されなくなったシルビーナ先生、トラップの設置も巧妙かつ大胆になっており、王都諜報組織“影”の現役諜報員の実力を以ってしても思わず文句を言いたくなるレベルに達しているようです。
「あぁ、それはシルビーナ先生がこの冬期休暇を利用し、ご主人のロイド氏と一緒にご実家へ帰られるからでしょう。結婚の挨拶に向かうと仰っていましたから、長期の留守に備えてトラップを厳重にしたのかもしれません。
臨時教務棟にはシルビーナ先生の魔法関連資料が詰まっていますからね、疎かにする訳にはいかなかったのでしょう。
因みにこれらのトラップは自動復活型ですので、一度解くことに成功してもしばらく経つと復活しているそうです。いずれは自動生成トラップを開発すると息巻いておられました。今やトラップの第一人者、危険なものはありませんのでその辺はご安心ください、ただし精神的に致命傷を受ける場合がありますが」
そう、シルビーナ先生のトラップは何故か私の腹筋を直撃するものばかり。私がトラップに掛かった生徒たちを見て何度崩れ落ちそうになった事か、本当に恐ろしい。
サンドニッチ先生はそんな私の話を聞いて、「であれば新人の強化訓練に使えるかもしれませんね。総帥に意見書を上げてみましょう」などととても恐ろしい事を呟いておられます。“影”の耳目の方々が違う方向性で病んでしまわないか心配になります。
「失礼しました、話が逸れてしまいました。今日お訪ねしたのはケビン・ワイルドウッド男爵閣下に伝言をお願いできないかと」
「・・・それはどういうことでしょうか」
これは異例、サンドニッチ先生は設定を崩されるようなことをしない方です、いくら周りに人の目がないと言っても疑いの目が向けられるような発言をするような方ではありません。
「“スライムが向かう、後を頼む”、以上となります。確かにお伝えしましたよ?」
「えっ、ちょっと、お待ちください。それは何かの間違いではないのですか? 現状でその判断は危ういものと思われます。各貴族家の反発も予想されるかと」
待て待て待て待て、それはいけません、ホーンラビット伯爵閣下の胃痛が天元突破なさってしまいます!!
「・・・残念ながら決定事項です。親スライムたちはドラゴンとの関係構築を子スライムに懸けているそうです。空を飛びブレスを吐く、ドラゴンは恐ろしいですから致し方がありません。スライムの里も必死という事です。
これは少々口が過ぎました、お忘れください。王都屋敷には既に書状が届いているはずですので、どうぞよろしくお伝えください」
「そうですか、ではこちらから連絡させていただくことといたします」
伝えましたよとばかりに笑みを向けるサンドニッチ先生、ビーン・ネイチャーマンとしては文句も言えません。総帥閣下も上手い手を使ってくるものです。
“コンコンコン”
「失礼します、ネイチャーマン先生、少々よろしいでしょうか?」
叩かれる扉、今日は随分と来客が多いようです。私は「どうぞお入りください」と応え、入室を許可します。
「失礼します。ネイチャーマン先生、本年度限りで王都学園を去られてしまわれるというお話は本当のことなのでしょうか?」
それは右の側頭部に可愛らしい花飾りを付けた女子生徒。ベロニカ・マクスウェル嬢、惜しい。あと一歩のところでミスをしてしまったようです。
サンドニッチ先生はただの生徒があれだけのトラップ群を花飾りトラップのミスだけで突破してきたことに驚き、目を見開いておられます。
「そうですね、私は元々三年間勤務の講師として赴任してきましたから、これは初めから決まっていたこととも言えます。
ベロニカ嬢にはこの一年私の講義を受講していただき感謝の言葉しかありません、どうもありがとう。“便利な生活魔法活用術講座”で学んだことが、今後のベロニカ嬢の人生を豊かなものにしてくれることを願ってやみません」
ベロニカ嬢は現在二年生、三年生の授業で行う恒例の野外演習を受けてもらえないことは残念ですが、これもまた巡り合わせというものでしょう。
「ネイチャーマン先生、私はもっと先生から多くのことを学びたい。全てを失った私に光を見せて下さったネイチャーマン先生についていきたい!!
お願いです、私をネイチャーマン先生の弟子にしてください!!」
そう言い頭を下げるベロニカ嬢。オーランド王国における最高学府の生徒さんに頭を下げられてしまっても、たかだか生活魔法講師にはどうすることも出来ません。
「ベロニカ・マクスウェル嬢、確か学園長が残留を求めた生徒の一人でしたか。成績は非常に優秀と聞いています、来年の卒業を待てば王城務めも夢ではないと思いますよ?」
そこに声を掛けたのはサンドニッチ先生、“影”としても送り込むことのできる人材は確保しておきたいところでしょう。
「サンドニッチ・バケット先生、王都諜報組織“影”の耳目の方ですね。学園内には他に数名の耳目の方がおられますが、こうして生徒に声を掛けられてよろしかったのでしょうか? 耳目はつかず離れずが基本とお伺いしていたのですが」
ベロニカ嬢の言葉に驚きの隠せないサンドニッチ先生、優秀だとは思っていましたが、流石にそこまでとは想像していなかったのでしょう。
「う~ん、困りました。ベロニカ嬢、あなたは優秀な生徒です。ですが優秀過ぎるがゆえに、このままでは命が儚くなってしまう。本当に困りました。私は関わりのあった生徒は出来るだけ見捨てたくないのですが、う~ん」
ここはどうするべきなのか、ベロニカ嬢には出来るだけ自由に羽ばたいて欲しいのですが。
私は執務机に向かうと、引き出しの中から一枚の呪符を取り出し窓を開け外に投げます。するとそれはビッグクローに姿を変え、空高く舞い上がるや“カァカァカァカァ”と鳴き声を上げます。
「・・・ネイチャーマン先生、今のは一体」
「あぁ、ちょっとある人に来てもらおうと思いましてね。あぁ、来られましたね」
私が窓から式神を飛ばして暫く、その人物は教務員室の扉の前に立ち、こちらに声をかけて来るのでした。
「ネイチャーマン先生、お呼びでしょうか?」
「お忙しいところをお呼びしてすみません。こちらは二年生のベロニカ・マクスウェル嬢、優秀な生徒さんなのですがこのままですと少々危ういと言いますか。そこでメイド長の訓練を施していただけないものかと」
私の言葉に再び驚きの表情を浮かべるサンドニッチ先生、メイド長の訓練はガーネットさん経由でご存じだったのでしょう。
「畏まりました。では冬期休暇に合わせてお屋敷へご案内するという事で宜しいでしょうか?」
「はい、ワイルドウッド男爵閣下には後ほど私の方からお話しさせていただきます。くれぐれもよろしくお願いします。
ベロニカ嬢、後のことはこちらの十六夜さんにお聞きください、決して悪いようには致しません。ではよろしくお願いします」
そう言い二人を教務員室から送り出します。ベロニカ嬢は何が何だか分からないといった表情をしていましたが、十六夜さんが上手い事言いくるめて下さることでしょう。
「・・・ネイチャーマン先生、ベロニカ嬢はうちでも狙っていたんですよ? ズルくないですか?」
「いえ、ほら、ガーネットさんが補助要員を欲しがっていたじゃないですか。あとは直接本人と交渉していただければ。でもホーンラビット伯爵閣下が文官を欲しがっていたんですよね。そちらで引退された方がおられましたらぜひご紹介いただけないでしょうか? 待遇面はご相談させていただきますので」
人材不足の悩みは何処も同じ、私はベロニカ嬢がより良い未来を摑み取れることを祈りつつ、この冬期休暇が彼女の人生にとって素晴らしい贈り物になることを願わずにはいられないのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora