「頼む、ジェイク、エミリー、この通りだ。ホーンラビット伯爵閣下に口添えしてくれないだろうか」
突然俺たちの前に来て頭を下げるアルジミール。これってデジャブって奴? 確か以前フレアリーズ第五王女殿下に王宮へお誘いされたとか言って付き合わされた時もこうやって頭を下げてたよな~。あの時はカルメリア第四王女殿下に絡まれてえらい騒ぎになったんだよな~。
そうそう、王都三大禁足地のアーメリア別邸に連れていかれた時もこうやって頼み込んできたっけ、ってことは今回もフレアリーズ第五王女殿下絡みってことで間違いないのかな?
「アルジミール、期待しているところ悪いが、大森林にスライムの里はないぞ? ホーンラビット伯爵領のスライムも、王都周辺のスライムとさほど変わらないんじゃないか? スライム塗れになりたいんだったら、いっそのこと王都の下水道にでも行けば堪能できるんじゃないのか?」
俺はアルジミールの肩にポンと手を乗せると、諭すように語り掛ける。コイツも色々と大変だよな、婚約者があのフレアリーズ第五王女殿下だからな、その内スライムの専門家にでもなるんじゃないだろうか。
「そうだよな、スライムが大量に湧いてるのっていったらやっぱり王都の下水道って違うからな!? お前何ヤバい場所を勧めてるんだよ、そんな事がフレアの耳にでも入った日には本当に突貫かましちゃうかもしれないじゃないか、流石に王族が下水道を徘徊したらまずいだろうが!!」
「「お~、乗りツッコミからの切れ芸、アルジミール、腕を上げたな~」」
流石最強の相方を持つ男、ボケに対するツッコミが鋭い!! しかもネタがロイヤル、これは平民出身の我々では中々真似できない、侯爵家次男は格が違う!!
アルジミールのツッコミにはエミリーも満足、「どれどれアルジミール君、何があったのか話してみたまえ。独立領領主の娘としてアルジミール君の訴えを聞こうではないか」と大変ノリノリです。
「お、おう。話を聞いてくれるのは嬉しいが、エミリーは大丈夫なのか? 旅立ちの儀を迎える淑女がその言葉遣いをするのは些か問題があるからな、他所でやらないように気を付けろよ?
で、お願いと言うのは冬期休暇でジェイクたちがホーンラビット伯爵領に帰る際に、俺たちも連れていってほしいってことなんだ。急な話で悪いんだが、引き受けてくれないだろうか?」
「「・・・? そんなこと?」」
アルジミールが何やら物々しい雰囲気だったからどんなやばい話かと思えば、俺たちの帰郷に同行したいという申し出。えっと、これは例の魔王討伐軍絡みの案件かな?
「アルジミール、もしかしてスロバニア王国から何か頼まれたのか? 俺も詳しくは知らないんだけど、魔王討伐軍に第三王子をはじめとして貴族家の子弟が結構参加していたって聞いたんだけど」
「あぁ、うん、まぁ、それもあるんだけどな。今回は他にもちょっとあってな」
何か申し訳なさそうに言い淀むアルジミール。それはエミリーと目を合わせると、“これってどうする?”とアイコンタクトを送ります。
「う~ん、別にいいんじゃないかな? アルジミール君はスロバニア王国のマルローニ侯爵家のご子息だけど、それを言ったらテレンザ侯爵家のロナウド君はどうなのって話になっちゃうからね。
うちは伯爵家だけど独立領になったから基本的に他国みたいなものだし、アルジミール君はそこまで爵位にこだわる方じゃないでしょう? ドレイクお義父さんも、そこまで気にしないと思うよ?」
エミリーの言葉にそれもそうかと思い直す。ホーンラビット伯爵閣下、テレンザ侯爵閣下やグロリア辺境伯閣下と普通にやり取りできるようになってるもんな~。考えてみればこれは物凄い事、だってホーンラビット伯爵閣下ってば元々辺境の寒村の村長さんだよ? 普通に考えてあり得ないでしょう、俺だったらまず無理、胃に穴が開いちゃう。神々の加護も精神的なダメージからの胃痛には効かないと思うんだよね。
でもそんなホーンラビット伯爵閣下でも、王城に滞在しての方々との語らいでは無茶苦茶ダメージを受けてたんだよな~。夏祭りが終わって王都の王城に出向いた後、俺たちは王都観光を楽しんだんだけどホーンラビット伯爵閣下とザルバさんとグルゴさんは王城に引き留められてからのお泊り。翌日ワイルドウッド男爵家王都屋敷に帰ってきたのはいいんだけどそのまま三人でダウン、ホーンラビット伯爵閣下はその後も復活しないでケビンお兄ちゃんがホーンラビット伯爵家のお屋敷に運び入れて一週間寝込んでたって話だし。
ホーンラビット伯爵閣下からエミリー宛てに届いた手紙には謝罪の言葉が書き綴られてたんだよね、すっかり楽しんでいた方としては同情するやら申し訳ないやら。
「本当か、いや~、助かったよ~。俺もさ、ヘルザー宰相閣下からフレアのホーンラビット伯爵領への同行をお願いして欲しいって聞かされた時はどうしたものかと思って頭を抱えたんだよ。
クロッカス第三王子の一件もあって王家としてもどうにか関係性を保ちたいんだろうけど、流石にな~。でもフレアが目茶苦茶乗り気でさ、引くに引けない状況に追い込まれてたんだよ。
いや、マジで助かった。本当、持つべきものは親友だよな」
「「イヤイヤイヤ、聞いてないから、何でそこでフレアリーズ第五王女殿下の名前が出てくるのさ、王家の人間が辺境に来ちゃ駄目でしょう!?」」
やられた、やっぱアルジミールはアルジミールだったよ。これが高位貴族の交渉術、相手に勘違いさせて言質を取る、こんなの分かるか~~~!!
アルジミールの奴、「それじゃ終業式でな」とか言ってさっさと席を離れちゃうし。
「ジェイク君、これどうしよう」
「・・・取り敢えずワイルドウッド男爵邸のアーメリア様にお知らせしてケビンお兄ちゃんに連絡を取ってもらおう。アルジミールの感じだと王家は既にフレアリーズ第五王女殿下を送り出す方向で動き出しちゃってるみたいだし、今更俺たちがどうこう言っても事態は覆りそうにないしね。
本当に俺たちってまだまだだよな、こんなんで世界を股に掛けた冒険者になんてなれるんだろうか」
押し寄せる不安、自らの未熟を突き付けられて大きなため息を吐く俺とエミリーなのでありました。
―――――――――――――――
「「フィリー師匠、私たちをマルセル村合宿に参加させてください」」
「ジミー、フィリー、私からもお願い。カーベル様とアリスを鍛えてあげて欲しいのよ。無論私もなんだけど」
冬季休暇を前にして周囲の生徒たちが慌ただしくなる中、私はカーベル様とアリスを連れてジミーとフィリーにホーンラビット伯爵領への帰郷に同行させてもらえるよう頼み込みにきていました。
「カーベル、お前はアルデンティア殿下のお傍に付いていなくてもいいのか? 冬期休暇といったら貴族との社交もあって、殿下もお忙しくなされるんじゃないのか?」
「あぁ、それは大丈夫だ。今の王家にとってホーンラビット伯爵家との関係性を強固にすることは北西部貴族連合・南西部貴族連合・ダイソン公国との関係を良好にする為の最重要課題と言ってもいい。ホーンラビット伯爵家が独立領となってオーランド王国と直接的な関係性がなくなったと言っても、ホーンラビット伯爵家の影響力の強さは変わらない。アルデンティア殿下もそのことをよくよく考慮し、俺たちを送り出してくれたって訳だ」
カーベル様から告げられた言葉はオーランド王国に於けるホーンラビット伯爵家の置かれた立ち位置についてを如実に表したもの。勇者グロリアス率いる八万七千の魔王討伐軍をたかだか数十名の領兵しかいない伯爵家とは名ばかりの辺境伯爵領が撃退することの異常性、一年戦争終結の立役者どころの話ではないその武勇。ホーンラビット伯爵家が独立領としてオーランド王国を離れていなければ、ホーンラビット伯爵家の意向がオーランド王国の意向となってもおかしくはなかった、それ程の絶対的な力をオーランド王国国内ばかりか世界中に示してしまった。
「あぁ、まぁ、うん。そういう事になってもおかしくはないか。ホーンラビット伯爵閣下は面倒な政治的関りを持ちたくないからこそ独立を宣言なさったのだろうが、王家としてはそうもいかないといったところだろうしな。
だがお前たちはそれでいいのか? 確かにフィリーから手ほどきを受けているからそれなりに基礎は出来ているだろうが、マルセル村の訓練は正直言って異常だぞ? まず魔纏いが出来ることがマルセル村の冬を乗り切る最低条件だからな?」
「ジミー、それでしたら大丈夫です。カーベルとアリスは既に魔纏いを習得しています。魔力障壁・魔力隠し・魔力の触腕・疑似ボール魔法といった魔力の扱いに関する基礎技術は全て習得済みです」
ブホッ、フィリー、あなたはこの二人を一体どうするつもりだったんですか。王都諜報組織“影”の諜報員にでも育て上げるつもりだったんですか?
「あぁ、それならまずは大丈夫か、この二人であればホーンラビット伯爵閣下も覇気習得のご許可をくださるだろう。ラビアナも訓練を受けるとなると覇気習得も視野に入れているってことなんだろう?」
「当然ね。マルセル村では魔纏いと覇気を習得してようやく一人前の村人として認められるんでしょう? そのどちらをも身に付けているのって金級冒険者や白金級冒険者といったごく一部の強者だけなんですけど? それが村人の最低条件って、意味が分からないんですけど?」
ホーンラビット伯爵領の異常性はホーンラビット伯爵家騎士団がとんでもなく強いというばかりじゃない、村人一人一人の潜在戦闘能力が異常だということ、冬場の娯楽と言ってコリアンダがドン引きするような戦闘訓練を行う村人なんか見たことも聞いたこともない。
「まぁ今でこそ食べ物に困ることのない裕福な村になったが、俺の生まれる前は冬場になると寒さや飢えで人が死ぬような村だったからな。ラビアナも聞いた事くらいあったんじゃないのか? オーランド王国の最果て、貴族令嬢の幽閉地。実際マルセル村には幽閉された貴族令嬢がいるし、多くの貴族令嬢が命を落とした記録が残っている。幽閉地扱いされたこっちとしては堪ったもんじゃないけどな。
そんな状況を改善して凍死や餓死をなくして見せたのが当時村長だったドレイク・ホーンラビット伯爵閣下、カーベルやアリスにとっては修行もそうだがホーンラビット伯爵に話を聞くことの方が有意義になるかもしれないな。
俺の兄、ケビン・ワイルドウッド男爵が尊敬し目標とする人物の一人がドレイク・ホーンラビット伯爵閣下だからな」
そう言い口元を緩めるジミー。ジミーはブラコンというか、本当に昔からお兄ちゃんっ子。事あるごとに“ケビンお兄ちゃん、ケビンお兄ちゃん”、こういうことを言っては失礼かもしれないけど、ケビン・ワイルドウッド男爵様には嫉妬してしまいます。
「まぁ三人の気持ちは分かった、テレンザ侯爵家のロナウドも修行のし直しがしたいって言ってたしな、この際一人も四人も変わらないだろう。フィリー、これってワイルドウッド男爵家王都屋敷のジェームスさんに連絡すればいいのか?」
「そうですね、終業式まで日数もありませんし、今日の放課後にでも連絡してくれるように頼んでみましょう。ケビンさんが確認しに来てくれるといいのですが、最悪でも当日には事情を把握してくれるでしょうし、ケビンさんならどうとでもしてくれるという謎の信頼感がありますので」
そう言い腕組みをして頷き合うジミーとフィリー、その分かり合ってますっていうのちょっと止めません? 私だけ仲間外れにされたみたいで凄く悔しいんですけど!!
「とりあえず話は分かった、ケビンお兄ちゃんには俺たちの方から連絡してホーンラビット伯爵閣下にご許可がいただけるように動いてもらう。ホーンラビット伯爵領は独立領になったばかりだからな、来村に関して俺の一存でどうこうできないという点は理解して欲しい」
そう言い頭を下げるジミーとフィリーにこれ以上強いことは言えず、私たちのマルセル村行きはホーンラビット伯爵家からの連絡待ちということになったのでした。
――――――――――――
“コンコンコン”
「失礼いたします。伯爵閣下、ケビン・ワイルドウッド男爵がご報告と相談があるとのことで訪ねてまいりましたが、いかがいたしましょうか」
ホーンラビット伯爵邸執務室、そこでは当主であるドレイク・ホーンラビット伯爵閣下が本年度の収支決算書に目を通し来年度の予算配分について頭を悩ませていた。
「ケビン君が報告と相談? 嫌な予感しかしないんだけど、これって聞かないと後々面倒なことになる奴だよね。本当は聞きたくないんだけど入ってもらえるかな?」
“カチャッ”
当主ドレイク・ホーンラビット伯爵の言葉に執務室の扉が開かれる。入室したケビン・ワイルドウッド男爵はホーンラビット伯爵の前に立つと一礼し、本日執務室を訪れた用件について話し始める。
「お忙しいところ失礼いたします。ご報告というのは王都学園の冬期休暇についてと、王都学園に通われていますエミリーお嬢様とジミー・ドラゴンロードから、帰郷の際友人を招待したい旨の書状が届いたことの二点となります。ご相談はビーン・ネイチャーマンとして講義を行っている生徒の一人を、ワイルドウッド男爵家に置いて訓練させることについてとなります」
ケビン・ワイルドウッド男爵の話、それは義娘であるエミリー・ホーンラビットが帰郷に友人を招待するというものと、ケビンが彼の教え子に訓練を施すというもの。どんな話をされるものかと戦々恐々としていたドレイク・ホーンラビット伯爵はホッと肩の力を抜くと、義娘のエミリーに王都から共にマルセル村へ来るような友人が出来たことに喜びの笑みを浮かべる。
「そうですか、エミリーやジミー君も王都で良い友人関係を築けたようでよかったです。しかしケビン君がそこまで教え子の面倒をみるとは意外でした。案外教員のような仕事が天職だったのかもしれませんね」
「いや、ホーンラビット伯爵閣下、勘弁してくださいよ。俺なんかが未来ある若者の指導なんて、本当におこがましいですっての。
でもこの三年間、あの教壇に立てたことは生涯の思い出となりましたけどね」
そう言い笑みを見せるケビンの姿に、釣られるように笑みを浮かべるホーンラビット伯爵閣下。
「いずれにしても王都学園での若者たちの見守り、ご苦労様でした。それと先程の話ですが、ホーンラビット伯爵家当主として正式に許可を出しましょう。宿泊は一年生の冬の時のように健康広場の屋敷を使えばいいでしょう。ザルバ、村の女衆の中から手伝いの手配を頼めますか?」
「あぁ、それなんですが、聞いた話では大分人数が多いようなので健康広場にうちの別邸を移設させていただいてもよろしでしょうか? それとケビン航空での移動の許可をお願いします、王都学園でのご友人ともなりますとご身分の高い方々となりますので何かあった時が怖いものですから」
そう言い肩を竦めるケビンにそれもそうかと頷きで応えるホーンラビット伯爵。
「そうだケビン君、因みにその友人の名前を聞いているかな?」
「はい、テレンザ侯爵家のロナウド君、バルーセン公爵家のラビアナ嬢、ハンセン侯爵家のカーベル君にブレイク男爵家のアリス嬢、マルローニ侯爵家のアルジミール君とそのお付きでベルーガ子爵家のライオネス君。それとアルジミール君の婚約者とそのお付きの方ですね。
やはり勇者と聖女のご友人ということで高位貴族家の方々となりますが、そこまで心配なさらなくてもよろしいのではないかと。それでは失礼いたします」
そう言い一礼をして部屋を下がろうとするケビンを、ホーンラビット伯爵が引き留める。
「ところでケビン君、そのアルジミール君の婚約者という方はどういった御方と聞いているのかな? もしかして大変スライムに興味を持たれていたりしないよね?」
「ハハハハ、嫌ですよお義父さん、せっかく考えないようにしていたんですから掘り下げないでくださいよ。本当にあのスライム親子はふざけるな? 俺、スライム娘には勝てませんから、ドレイク村長の方でどうにか「無理!! この件はケビン・ワイルドウッド男爵に一任します、本気で無理だから!!」ですよね~、マジでどうしてこうなったし」
ケビン・ワイルドウッド男爵はガックリと肩を落とすと、執務室を後にする。その場に残されたホーンラビット伯爵は、机の引き出しから愛用の胃薬と取り出すと、執事長ザルバに聖茶の準備を頼むのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora