“ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ”
王都学園前の大通りに集まる多くの馬車、冬期休暇を迎えた学園生徒たちの迎えで混み合うその光景は、ある意味王都の冬の風物詩とも言えるものであった。生徒たちは友人との長期の別れを惜しみ、互いに声を掛け合い春の再会を誓い合う。
領地に戻り近隣貴族家同士の社交に励む者、王都に残り社交界に顔を出す者、学生寮に残り勉学に励んだり各ギルドの仕事を行ったり。冬期休暇の過ごし方は、生徒一人一人の将来に繋がる大切な時間であるとも言えた。
「王都学園に来て三年、今思うと結構早いよな」
毎年恒例の王都学園正門前の混雑、去年今年と大きな騒ぎがあったせいで生徒数が大幅に減ってしまったとはいえ、変らぬ光景に俺はどこかホッとした心持ちになる。
「そうだな、王都学園への入学が決まってからはケビンお兄ちゃんやマルセル村の大人たちから王都は怖い所だと散々脅されたせいで正直ビクビクしていたんだが、俺たちは何とか乗り切る事が出来たんだな」
隣のジミーが俺の呟きに応じるように、大きく息を吐く。
「いいかいジェイク君、ジミー、王都の女性は恐ろしいからね。たとえ目の前で女の人が苦しそうに蹲っていたとしても、決して一人でどうにかしようとしちゃだめだからね? 言われるがままに女性を家に送り届けたらそのまま婚約者にされかねないのが王都だから、これって本当にあった話だから。
ドレイク村長なんか行商に来てマルセル家の食事に誘われて応じたら、料理に一服盛られて無理やり婿にされちゃったんだからね。“血塗れのシンディー”、前の奥様はグロリア辺境伯領じゃ知らぬ者のいない恐怖の代名詞だったらしいよ?」
実例を元に語られる女性の恐ろしさ、俺たちはマルセル村の大人たちの教えを決して忘れない。
「そう言えばギースさんは婚約者を親友に奪われた上に家を勘当されて命まで狙われたんだっけ?」
「ボイル村長は商会を奥さんの一族に乗っ取られて命を狙われたって言ってたな。ジョンさんは元官僚で無実の罪を着せられて職場を追われた後命を狙われたらしいし、王都じゃ暗殺者ギルドに依頼して邪魔者の命を狙うのが当たり前だったらしいからな」
ケビンお兄ちゃんの言う貴族怖い・商人怖いの被害者がゴロゴロいるのがマルセル村、警告の言葉を向けてくれるのも当然だったんだよな~。
「やっぱり守られていたんだと思う?」
「間違いないだろうな。俺たちが下手な誘いに乗らなかったってのもあるだろうけど、ドラゴン襲来のあと黒蜜とシルバリアンが死んだことになってたのなんか、絶対情報操作が行われていたんだろうしな。
当時は上手い事誤魔化せたって喜んでたけど、冷静に考えたらおかしな点が多かった。ドラゴン騒ぎでそれどころじゃなかったから深く追求しようって奴もいなかったんだろうけどな」
王都貴族社会の闇、ラグラの件やアルデンティア殿下の件で相当大変なんだろうってことは何となく理解できたけど、結局大きな騒動に巻き込まれることなく冬期休暇を迎える事ができた。俺とエミリーは本来だったら勇者と聖女として持ち上げられることになってたんだろうけど、ケビンお兄ちゃんの魔王討伐騒ぎの影響でホーンラビット伯爵家の関係者である俺たちに声を掛けてくる者は皆無、結果的に何の柵もなく冒険者として旅立つことができる。
「これが全部計算ずくで、ケビンお兄ちゃんが俺たちを無事に冒険者として送り出す為に裏で動いていたんだとしたら恐ろしいなんてもんじゃないんだけど」
「いや、流石に幾らケビンお兄ちゃんでも・・・完全に否定しきれないところがあるんだよな。ケビンお兄ちゃん、魔王城に乗り込んで三将軍と魔王アブソリュートを倒したらしいし。これはアルジミールに聞いたんだが、ケビンお兄ちゃんはゾルバ国王陛下の目の前でカルメリア第四王女殿下に薬物を飲ませて人格矯正を行ったらしい。この話は王城内で箝口令が敷かれたそうなんだが、人の口に戸は立てられないからな」
俺とジミーは互いの目を見合わせて思う、“ケビンお兄ちゃん、王族に光属性マシマシ聖茶飲ませちゃ駄目でしょう!!”と。
「ジミー、ジェイク、待たせたか?」
そんな俺たちに声を掛けてきたのはロナウド、この冬期休暇を利用して己を鍛え直すと宣言したチャレンジャー。
「ロナウド、お前はやっぱり凄いよ、俺たちの中で一番大人って言ってもいいんじゃないのか?」
「そうだな。アイリスさんやダイソン公国の未来のことを思いエミリーの試練に挑む、そうそう出来ることじゃない。俺はお前のことを尊敬するよ」
そう言いニヤリと微笑む俺とジミーに顔を引き攣らせるロナウド、いくら覚悟を決めたと言っても身体は忘れないもんだよな、分かる分かる。
「ジミー、ジェイク、ロナウド、お待たせしたかしら。あら? エミリーとフィリーがいないようだけどどうしたのかしら?」
「あぁ、あの二人なら魔法研究部の連中と別れの挨拶をしてるよ。すぐに来ると思うから待ってもらえるか? それよりカーベルとアリスがいないようなんだけど」
声を掛けてきたのはラビアナお嬢様、何か生活魔法講座の野営演習で吹っ切れたのか、乙女チックな態度がなくなり以前のような自信に満ちたザ・お嬢様に復活なさっておられます。
「あの二人ならアルデンティア殿下の下へご挨拶に向かったわよ? 荷物はすでに私の馬車に積んであるし、直ぐに戻ってくるんじゃないかしら。冬期休暇中のアルデンティア殿下のことをラグラ様にお願いしてくるとか言っていたわね」
主要な中央貴族が悉く粛清された為、それに代わる政治体制の構築は急務、土台を築かないことにはオーランド王国が立ち行かなくなってしまう。
既に王家の仕事を熟しているアルデンティア殿下としては、卒業を待たずに政務に取り組むことになるのだろう。
ラグラもバルデン侯爵家の婿として社交界に顔を売らないといけないし、本来だったらカーベルも各所との顔繫ぎをしないといけないんだろうけど、アルデンティア殿下としてはホーンラビット伯爵家との繋ぎも作りたいと。
高位貴族家の方々は本当に大変だよな~。
“ガチャガチャガチャガチャ”
「ジェイク、ジミー、待たせたな。エミリーお嬢様はどうした?」
「グルゴさん、お疲れ様です。今回はグルゴさん一人なんですか? だったら俺が一緒に御者席に座りましょうか?」
車輪の音を立て馬車を操り正門前に現れたのは、ホーンラビット伯爵家騎士団のグルゴ・ナイト男爵。御者台を降りたグルゴさんは俺たちの方に近付くと、ラビアナお嬢様とロナウドに礼をしてから言葉を向ける。
「ラビアナ・バルーセン公爵令嬢様、ロナウド・テレンザ侯爵令息様、お久し振りでございます。この度はマルセル村にお越しになり、訓練をお受けになるとか。マルセル村の訓練に忖度はございません、お二人は既に大福チャレンジもご存じかと。少なくとも大福本体チャレンジに挑めるくらいにはなっていただくと、ケビン・ワイルドウッド男爵が申しておりました。
なに、マルセル村であればどのような目に遭おうとも死ぬことはありません、その事は光の勇者グロリアス・ブリッジ様が証明してくださいましたのでご安心ください」(ニコリ)
グルゴさんの言葉に途端顔色を悪くするラビアナお嬢様とロナウド。それは死ぬことさえ許されぬ魔王の試練の始まりを告げるもの、ラビアナお嬢様も厄介な男に惚れたばっかりに。
俺は心の中で“訓練の総仕上げには真・エミリーちゃんチャレンジがまってるぞ~”と思いながら、そっと自身のお腹を撫でるのだった。
「グルゴ・ナイト男爵様、お待たせいたしました」
「あぁ、十六夜さん、話はケビンから聞いています。そちらが例の」
そこにはいつの間に現れたのか、グルゴさんに声を掛ける二人のメイドさん。一人はケビンお兄ちゃんのところの十六夜さんでもう一人は新しく雇い入れた人なのかな?
「あら? あなたは二学年のベロニカ・マクスウェルさんじゃなかったかしら? 確かネイチャーマン先生の生活魔法講座を受講していた」
「はい、この度ネイチャーマン先生のご紹介でワイルドウッド男爵家での修行を付けていただくことになりまして、皆様にご同行させていただくことになりました。道中ご迷惑をお掛けするものかと思いますが、何卒よろしくお願いします」
そう言い頭を下げるメイド姿のベロニカ嬢。
「なぁジミー、これって大丈夫なのか? ケビンお兄ちゃん、パトリシア様たちに怒られない?」
「ケビンお兄ちゃんは昔から人を拾ってきていたからな。最初に拾ってきたのはザルバさんとケイトさん、その次はアナさんたちだし、あの時ってまだ授けの儀も迎えてなかったんじゃないか?」
そうだった、ドレイク村長とビッグワーム農法の普及に周辺四箇村を回っていたと思ったらマルセル村の移住希望者を連れて帰ってきたんだった。
「ワイルドウッド男爵家の使用人なんか全員ケビンお兄ちゃんがどこかからか拾ってきた人材だし、その辺は今更なんじゃないのか? 今回はネイチャーマン先生の紹介だってことだから、クルンやラビアンヌの時と同じ扱いになるんだと思うけどな」
クルンとラビアンヌの名前を出されて納得する。あの二人は暗黒大陸からジミーを追い掛けてマルセル村に来た口、行き場がないってことでケビンお兄ちゃんの所でメイド見習いとして修行していたんだっけ。だったらベロニカ嬢がメイド姿なのも仕方がないのかな?
「ジェイクく~ん、ジミ~、お待たせ~。ラビアナ様、カーベル様、お待たせして申し訳ありませんでした。ロナウド君、アリス、ごめんね~。
でも今回は随分な大所帯になっちゃったね、アルジミール君も来るから馬車は四台になるのかな?」
「あら? アルジミール・マルローニ侯爵子息様もいらっしゃるのですか? それは随分と大きな一団になりますわね」
ラビアナ様は小声で「アルジミール様はスロバニア王国からの指示で動かれていると見ていいわね、そうなると第三王子殿下が魔王討伐軍に参加したことでホーンラビット伯爵家の不興を買ったことを危惧されてということかしら」と呟いておられます。
ラビアナお嬢様、惜しい。正解は想像の斜め上って、よくある事らしいですよ?
「ジェイク、エミリー、ジミー、フィリー、お待たせ。ロナウド、今回は俺たちも同行させてもらうことになったんだ、よろしく頼むよ。
ラビアナ嬢、ジミーの見送りですか? この男は本当に怖いもの知らずというかなんというか。
いや、でも外交的にはそれもあり? 話の中心をケビン・ワイルドウッド男爵と考えればこれ以上ない一手、あの方は一度身内と認定した者にはとことん甘いと聞いているし」
挨拶も早々ブツブツと思考に耽るアルジミール・マルローニ侯爵子息。外交の最前線で戦う男は常に状況分析に余念がないようです。
「アルジミール、準備は出来たのか?」
「あぁ、そろそろ到着するはずだ。噂をしていれば来たようだ」
“ガシャガシャガシャガシャ”
それは地味でありながら品のある、見る者が見れば高級品と分かる一台の馬車。
「えっ、あの馬車に彫られている紋章は、まさか」
途端顔を引き攣らせるラビアナお嬢様とカーベルとロナウド、そんな彼らのことなど知らないとばかりに、停車した馬車の扉が静かに開かれる。
「エミリーさん、お久し振りです、今回はよろしくお願いしますね。ジェイク君、ジミー君、フィリーさん、こうしてお会いするのは卒業式以来でしょうか。今度の旅にはオニキスちゃんとトパーズちゃんとフレンズちゃんも一緒なんですよ。フフフ、楽しい旅になりそうですね」
そう言いにこやかに微笑まれるフレアリーズ第五王女殿下。殿下のスライム愛は相変わらず健在のようです。
「ジェイク、ジミー、フレアリーズ第五王女殿下がご同行なさるなんて聞いていないんだが!?」
「何を驚いているのかな、ロナウド君。これからダイソン公国の外交の最前線で戦おうとしているロナウド君が、これくらいのことで動揺してどうするのかね。もっとどっしり構えなさい、俺は既に全てをケビンお兄ちゃんに丸投げする覚悟ができているのだよ」
そう、ロナウドに必要なのは諦めと責任転嫁、何でも自身で抱え込もうとすると潰れちゃうぞ? その点アルジミールは人に振るのが上手いよな~、まさに高位貴族家令息、やり方が超汚い、そこに痺れる憧れる。
「皆さま、いつまでも王都学園正門前にいては周囲の者たちにあらぬ噂を立てられかねません、ここは一度ワイルドウッド男爵家王都屋敷へ移動いたしましょう。エミリーお嬢様、御乗車をお願いいたします」
グルゴさんの言葉にそれぞれの馬車に乗り込む一同。俺は一年の時の冬期休暇の時もこんな感じだったなと思い出しつつ、このメンバーでマルセル村に向かって大丈夫なんだろうかと、旅の不安に乾いた笑いがこみ上げるのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora