“ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ”
馬車は走る、王都の大通りを抜けて商人街にあるワイルドウッド男爵家王都屋敷を目指して。
「しかし大変なことになっちゃったよな。ラビアナお嬢様やロナウドは前にマルセル村で修行した事があるからまだいいけど、アルジミールは実質的なスロバニア王国の使者みたいなものだし、フレアリーズ第五王女殿下はそのまんま王女様だろう?
俺たちはまだ王都学園で面識があるからいいけど、ホーンラビット伯爵閣下は持つかな? 王城に泊まった時なんか一週間くらい寝込んだって話だったし」
「どうだろう。でもドレイクお義父さんは結構打たれ強いってお母さんが言ってたから、今度のこともきっと乗り越えてくれるんじゃないかな?
「エミリーと手合わせする為だけに必死に剣の腕を磨いたお義父さんを信じなさい」って笑って言ってたの、よく意味は分からなかったけど」
そっか~、ホーンラビット伯爵閣下、エミリーと手合わせをする為だけに血の滲むような努力を。エミリーは「ドレイクお義父さんて受け流しが凄く上手いんだよ。エミリーの打ち込みを紙一重で全部受け流しちゃうの、本当に勉強になるんだ♪」とか言ってるけど、ホーンラビット伯爵閣下にしたら無茶苦茶必死だったと思うよ? エミリーの打ち込みってドラゴンが怯むレベルだからね、下手したら爆散しちゃうからね、いつかのホーンラビットみたいに。
娘を持つ父親って凄い。俺もチェリーちゃんの為だったら必死で頑張っちゃうだろうな~、ホーンラビット伯爵閣下の気持ちは凄く分かります。
でもそんなホーンラビット伯爵閣下に
トーマスお父さんとマリアお母さんは冒険者をしていたのもあってそんなに早くないけど、二十歳を過ぎたら行き遅れっていうのが一般的な結婚観だもんな~。
「どうしたジェイク、何か難しそうな顔をしちゃって」
「ハハハハ、いや~、この前生活魔法講座の野営演習があっただろう? その時冬期休暇でマルセル村に帰ったら、ホーンラビット伯爵閣下にエミリーとの仲を認めてもらえるよう挨拶に行くって約束しちゃってさ。そのことを考えてたらちょっと緊張したっていうか、ホーンラビット伯爵閣下ってエミリーのことを溺愛してるだろう? 大丈夫かなって」
“ビシッ”
瞬間馬車の中の空気が固まる。エミリーからは聖母のような穏やかな気配が流れるが、フィリーとディアからはなぜか死闘前の剣士のような緊張感が伝わってくる。
「・・・そうだな、卒業したら俺たちは冒険者として旅にでる、そうなったら何年もマルセル村に帰ってこれないってことになる。ちゃんとケジメは付けないといけないよな」
““ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ””
馬車の中にはっきりと聞こえる胸の鼓動、無表情を貫きながらも目茶苦茶緊張しているフィリーとディア。
「フィリー、ディア」
「「ひゃい!!」」
飛び跳ねんばかりの反応を示す二人、エミリーが急に俺の手を握ってきます。エミリーさん、鼻息が荒い、聖母の余裕はどうしたの、凄い力が入ってるから、痛い痛い痛い!!
「出会ってから五年半、はっきり気持ちを聞いてから一年半、随分と長く待たせちゃってるか。振るでもなく受け入れるでもない中途半端な返事、我ながら酷い男だと思うよ、本当にすまなかった」
ジミーの口から語られる謝罪の言葉、フィリーとディアは口を結び、感情を押し殺して首を横に振る。その言葉の一つ一つが、ナイフのように二人の心に突き刺さる。
「王都学園での三年間、俺は変われたかな? 相変わらず恋だの愛だのはよく分からないんだが、二人が俺にとって大切な存在だってことはよく分かってる。それは単に冒険者のパーティーメンバーとしてじゃない、人生を共に歩む者という意味でだ。
ジェイクとエミリーは俺にとって掛け替えのない親友だ、でもフィリーとディアはそれとは違う何か、上手く言葉に出来ないんだが友人やただの仲間とは違う俺の一部なんだろうな。
マルセル村に帰ったらボビー師匠とシルビア師匠、イザベル師匠に挨拶に行かないとな。二人には俺がフラフラと他所の女性を引っ掛けないように重しになってほしい、とんでもないお願いだが頼めるか?」
““ガバッ””
「「うん、任せてジミー君!!」」
感極まったといった表情でジミーに抱き付くフィリーとディア。
イヤイヤイヤ、これでいいのか二人共、ジミーの奴、結構碌でもないこと言ってるぞ?
フィリーとディアは“ゴブリンの呪い”を掛けられたことで一度人生を諦めているからか、恋愛目標が高いんだか低いんだか。クルンなんかは“最強イケメン、子種くれ!!”っていうとっても分かり易い肉食思考だから、まぁ頑張ってとしか言えないけど、フィリーとディアにはもっと色々と理想があっただろうに。
ジミーもな~、子供の頃はもう少し女性に優しい王子様ってところがあったんだけど、暗黒大陸で修行して帰って来たらワイルド俺様系になっちゃったからな~。しかもジゴロ、無茶苦茶ジゴロ、どれだけ女性を泣かせる気だ、絶対刺されるぞってレベルのジゴロ。
ケビンお兄ちゃんが地味装備を用意してくれなかったらどうなっていたことか、目の前で繰り広げられるいちゃつきも地味メガネのお陰でとってもシュールに見えるし。三人そろってレンズをキランって光らせるのはお約束なんだろうか。
馬車は進む、ガタガタ音を立てて。俺は御者台に座る十六夜さんが目茶苦茶聞き耳立ててるんだろうなと思いながら、興奮して力の強まるエミリーの握り込みに、只管笑顔で耐え続けるのであった。
――――――――――――――
王都の高級住宅街商人街、王都で成功を収めた者のみが住むことを許されると言われているその街の外れ、人々から“商人街の悪夢”と恐れられた一軒の屋敷は、持ち主が変わったことで新たな呼び名を付けられることとなった。
“魔王別邸”。王都民を恐怖のどん底に叩き落した“蛮族の来訪”の原因となった勇者グロリアス・ブリッジ率いる魔王討伐軍の進行と敗退は、ボルグ教国聖教会が魔王認定を間違いであったとして撤回したとしても、ケビン・ワイルドウッド男爵を魔王よりも怖ろしい人物として印象付けるのに十分なものであった。
そのケビン・ワイルドウッド男爵が購入した商人街の屋敷は、これまでとは別の意味で決して近付いてはいけない禁足地としての意味合いを強くしたのであった。
“ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ”
そんな人の近寄らない住宅地の路地を走る四台の馬車、それは真っ直ぐ“魔王別邸”の前に辿り着くと、開かれた門扉を抜け屋敷内に入っていく。
“キーーーーーーーッ、ガシャンッ”
閉じられた扉、静まり返った街並み。商人街にはまるで何事もなかったかのように、冷たい冬の風が吹き抜けるのだった。
―――――――――――――
「到着した、皆一旦馬車を降りてくれ」
“カチャッ”
外から開かれた馬車の扉、扉の先には御者をしていたグルゴさんが立ち、出口に向かったエミリーに手を差し出している。
風に波打つ草原、爽やかな若草の香りが漂い、暖かな春の日差しが降り注ぐ。目の前には小さな池と一本の木、その隣には二階建ての屋敷が佇んでいる。
「えっとグルゴさん、ここ何処? 俺たちってケビンお兄ちゃんのお屋敷に向かっていたんですよね?」
「ん? あぁ、ジェイクたちはここは初めてか、いつもケビンの影空間だったからな。ここは“精霊の庭”、新しいケビンの移動用空間だな。
俺も詳しくは知らないんだが、ボルグ教国に行った際に色々あったらしくてな、影空間が上手く使えなくなったとか言っていたな。何でも一度入ったら出られないんじゃないかっていう恐怖に襲われるとかなんとか。
ブラッキーや太郎みたいな闇属性系の魔獣には凄く居心地がいいと評判だって言ってたぞ」
またケビンお兄ちゃんがケビンお兄ちゃんしてる、移動用空間ってマルセル村への帰りはケビン航空でってことですね、了解です。
「ここは一体・・・。なぁジェイク、俺たちはワイルドウッド男爵家王都屋敷に向かっていたんじゃないのか? いつの間にこんな草原の真ん中に、それに何でこんなに暖かいんだ!?」
アルジミール大混乱、フレアリーズ第五王女殿下はヘレン先輩とライオネスと御者の方々に馬車から外に出ないように押し止められています。
ラビアナお嬢様の馬車とロナウドの馬車は、普通に出てきちゃってますね。これが一度でもマルセル村を経験した者とそうでない者の違い、明るい分影空間よりかはましとか考えてるのかな? カーベルとアリスは訳が分からないと言った顔をしていますが。
“ガチャッ”
草原に佇む屋敷の扉が開き、品の良さそうな女性と執事らしき男性が姿を現します。
「エミリー・ホーンラビットお嬢様、無事な冬期休暇おめでとうございます。ケビン・ワイルドウッド男爵閣下より皆様のお世話を申し付かっておりますワイルドウッド男爵家王都屋敷代官アーメリアと申します。
お茶の準備が出来ております。皆様、屋敷の中へご案内いたしますのでどうぞお越しくださいませ」
そう言い慇懃に礼をするアーメリア様。・・・アーメリア様!? えっ、何で王家の亡霊アーメリア様がこんな所にいるの? それにワイルドウッド男爵家王都屋敷代官とか言ってなかった?
「ジェイク、エミリー、どうしたんだ? あれ、もしかしてお前たちはアーメリア様がケビンお兄ちゃんの所で代官をしているって知らなかったのか?」
「「えっ、何それ、聞いてないんだけど!?」」
ジミーの口ぶりに顔を向ければ、コテンと首を傾げるジミーの姿。
「イヤイヤ、知ってるも何も、魔王討伐軍騒ぎの時には王都屋敷ごとマルセル村に避難していたぞ? ケビンお兄ちゃんの畑脇の屋敷の側に増設されてたんだが、まぁ用がなければ行かないから分からないか。
シルビア師匠とイザベル師匠の所によく遊びに来ていたから、フィリーとディアは知っていたぞ?」
「「そういうことは教えてよ、聞いてないんですけど!?」」
然も当然ですといった顔で眼鏡のレンズをキランと光らせる三人、めっちゃ息が合ってるんですけど、スゲームカつく。
「ジェイク、ジミー、無視するな~~!! アーメリア様って、アーメリア様って~~!!」
あ、アルジミールが壊れた。そう言えばアルジミールとライオネスはアーメリア別邸にお邪魔したことがあったんだよな。
心霊体験経験者として、その反応は正しいと思います。そして同じく心霊体験経験者のフレアリーズ第五王女殿下御一行が硬直している隙をついて、フレアリーズ第五王女殿下が脱出。アーメリア様に突貫かましています。
あ、デコピン喰らった。
「ウ~~、アーリー様、酷い。オデコが赤くなっちゃったじゃないですか~~」
「酷いのはあなたの態度です、何ですか今のは。あなたはこれから公爵家を興すのですよ? いつまでもおチビちゃんと言われてなんでも許される訳ではないのですよ? 立場と責任、フレアリーズには王家の者としての心構えを確りと教育する必要がありますね」
腰に手を当て、「御主人様がフレアリーズ第五王女殿下のことを頼むといったのはこういうことですか」と言って大きなため息を吐くアーメリア様。
・・・つまりケビンお兄ちゃんがフレアリーズ第五王女殿下対策としてアーメリア様を連れて来たと。
「「「「「お~~~、流石ケビンお兄ちゃん、敵の弱点を熟知している」」」」」
狡猾の魔王ケビン・ワイルドウッド男爵、俺たちはその二つ名に恥じぬケビンお兄ちゃんの策謀に唸りを上げます。
「なっ、えっ、アーメリア様が生きている? イヤイヤイヤ、そんなこと有り得ないだろう。でもどう見ても実体があるとしか思えない、これは一体・・・」
アルジミールが思考の海に流されてしまいました。これも一種の自己逃避? パニックになって錯乱するより全然いいけど、高位貴族ってなんか面白い。
未だ混乱するフレアリーズ第五王女殿下御一行はとりあえずアーメリア様にお任せし、俺たちとロナウドとラビアナ様たちは執事のジェームスさん(実は死霊)の案内に従い、草原の屋敷の中へ入っていくのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora