“コンコンコン”
「入りなさい」
執務室の扉が叩かれる。部屋の主であるドレイク・ホーンラビット伯爵はペンを走らせる手を休め、書類から顔を上げる。入室許可を受けた執事長ザルバ・フロンティアは、一礼の後報告を上げる。
「失礼いたします。王都へエミリーお嬢様方の迎えに赴いていたケビン・ワイルドウッド男爵が戻りました。ホーンラビット伯爵閣下並びに奥様方に玄関先へお越しいただきたいと申しております」
「そうですか、エミリーたちが帰ってきましたか。しかし今回は随分な顔ぶれになりましたね、ケビン君が対策を打ってくれたと言っていましたが、果たしてどうなる事か。ザルバも細心の注意を以って事に当たってください。
ミランダとデイマリア、それと子供たちにエミリーたちの到着を知らせてください、私は玄関に向かいます」
椅子から立ち上がり、執務室を出るホーンラビット伯爵。ザルバはその背中に一礼すると、急ぎ夫人方の部屋へ知らせに向かうのであった。
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「いいですか、公爵家の当主とはただ臣下に降嫁する者とは意味合いを異にします。降嫁は王家と嫁ぎ先の家や人物を繋ぐことが役目であり、時には国と国との橋渡しの役割を果たします。フレアリーズの姉であるカルメリア第四王女がそれに当たります。
対して公爵家を興すということは王家を支え、国内の安定を図る役割を持つことになるのです。今回のホーンラビット伯爵家独立領への訪問はその一環、オーランド王国にとって独立したホーンラビット伯爵家と友好な関係を築くことは、国内情勢の安定化を図るばかりでなく周辺国との関係の安定化にも繋がる大事、フレアリーズはその事を自覚しホーンラビット伯爵領での生活を行う必要があるのです。分かりますか?」
「はい、アーリー様。オーランド王国にとってホーンラビット伯爵家との関係強化がどれほど大切であるのか、その事はスロバニア国王王城を訪れたケビン・ワイルドウッド男爵様とスロバニア王国国王陛下との会話を目の前で聞いていた私にとっては、切実なものとして理解できます。
今やケビン・ワイルドウッド男爵様の発言が国を動かすほどの物であることは、ボルグ教国聖教会が魔王認定を誤りとして取り消したことからも明らか。ケビン・ワイルドウッド男爵様はたった一人で魔王討伐騒動に関わった四カ国を屈服させたのですから、周辺諸国が恐れるのも当然のことでしょう。
そしてホーンラビット伯爵家はそのケビン様が仕える主家であり、奥様である三英雄パトリシア様のご実家になります。御当主ドレイク・ホーンラビット伯爵様の存在がどれほど大きなものとなっているのかは言うまでもありません。
ですが彼らはこれまでのような力を持った冒険者や発言力の強い貴族、強力なスキルを授かった勇者といった地位や名誉や利益や不利益で動かすことの出来るような者たちではありません。多くの者たちが王都や大都市部から逃げ出し命からがら辿り着いた最後の地がマルセル村、“オーランド王国の最果て”“貴族令嬢の幽閉地”との呼び名はある意味的を射ていると言えるでしょう。
彼らは多くを望まない、その結果何が起きるのかを身を以って知っているから。そして権力や財力や武力に対抗する力を手に入れた。
ですのでまったく新しい取り組み、これまで誰も行ったことのないような接触の仕方が必要なのです」
そう言い真剣な瞳を向けるフレアリーズ第五王女に、頷きで話を促すアーメリア。
「手掛かりは王都諜報組織“影”の上げた報告書にありました。ホーンラビット伯爵領マルセル村の守護獣、スライムの大福様。勇者ジェイクたち勇者パーティーの訓練相手になるばかりか、ホーンラビット伯爵家騎士団の主柱である鬼神ヘンリー・ドラゴンロード男爵や剣鬼ボビー・ソード男爵の訓練相手も務めているとか。
そんな信仰の対象となってもおかしくないスライムの大福様と交流を持つ事が出来れば、おのずとホーンラビット伯爵家との関係も良好となっていくはず。外交とは何も直接的な利益ばかりを提示するものではない、相手を理解しその精神的な主柱が何であるのかを探ることが第一歩である。
これは幼い私にアーリー様が授けてくださった外交の知恵、私はこのスライム外交を通じ、ホーンラビット伯爵家とオーランド王国王家との関係改善に努めていく所存です」
そう言い強い決意を示すフレアリーズ第五王女に、なるほどと同意の頷きを示すアーメリア。アーメリアは成長し王女として立派に役割を果たそうとしているフレアリーズ第五王女の態度に時の流れの速さを感じ、“あのおチビちゃんが立派になったものですね”と優しい笑みを向けるのであった。
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その扉は突然そこに現れた。草原の中に佇む一軒の屋敷、その前に忽然と姿を現した一枚の扉。ゆっくりと開かれたその扉の向こうには、草原とは違った景色が広がっていた。
「さて、皆様はどうお過ごしになられているやら。紬、本日のお客様方はオーランド王国に於いて大変重要とされる人物たちだから失礼のないようにね。とは言ってもホーンラビット伯爵家独立領にとっては他国の偉い人ってだけだから、そこまで気を使う必要はないんだけどね。
紬は精霊女王様だから身分的には上になるの? その辺ってよく分からないよね、紬は紬だし」
“キュキュキュイッキュ~”
俺の言葉に“紬はベネットお婆さんの後継者、縫製工房の副工房長”と言って胸を張る紬。紬先生、普通に偉い人でした。
今や縫製工房はマルセル村主要産業の一角、純利益的にはビッグワーム干し肉を抑えて堂々の一位を叩き出すドル箱産業に成長しております。
やっぱり加工製品は単価が高いですからね、売れれば売れるだけウハウハ、立派な作業場も出来マルセル村ブランドとして確固たる地位を築きつつあります。
「それじゃ皆さんを呼んでくるから、扉の出入り管理をお願いね」
“キュキュキュ”
“了解、任せて”との言葉を受け、精霊の庭に立てられた屋敷に向かう俺氏。精霊の庭はその性質上入った入り口からしか外に出る事が出来ないという制約がありますが、管理者である紬が一緒にいれば好きな場所から出入りすることが可能。
今回は王都のワイルドウッド男爵家王都屋敷の門扉を出入り口として精霊の庭に入ってきてもらった為、本来であれば王都屋敷の門扉からしか外へ出ることが出来ないところを、管理者の紬の権限で間接的などこでも扉とした訳です。
「フレアリーズ第五王女殿下、先日スロバニア王国王城でお会いして以来ででしょうか。御壮健のご様子、喜ばしい限りでございます」
「ケビン様、その節はスロバニア王国王家の処断に手心を加えてくださり大変ありがとうございます。お陰様でスロバニア王国内では大した騒ぎを引き起こすことなく魔王討伐に関する騒動を終息させる事ができました。
また今回の件よりオーランド王国とスロバニア王国はより一層強い信頼の絆で結ばれることとなりました。
災い転じて福となすと申しますが、全ての民の為にもより良い関係を築くことこそ為政者の務め、その為にも大福様に私のお友達をご紹介したく存じます」
フレアリーズ第五王女殿下、ブレない。途中までまさに政治の中枢といった発言をしていたのに最後~~~!! 本音が駄々洩れじゃないですか、何でそこでポロリしちゃうのさ、頑張ろうよ、もう少しだけ第五王女としての職務を全うしようよ。
政治関連はホーンラビット伯爵閣下のお仕事、これは丸投げできると思いきやいきなりスライムって、スゲー無理があると思うんですけど~~~!!
「ハハハハ、そうですか、ですがそうしたお話はまた後程、先ずは皆様方の代表としてホーンラビット伯爵閣下との顔合わせがございます。私はエミリーお嬢様方にお声掛けしてまいりますので、庭先に居られるアルジミール様方をお集め下さいますと助かります。
アーメリア、フレアリーズ第五王女殿下滞在中の世話係りを頼む。ご婚約者様方共々健康広場に移設したワイルドウッド男爵家王都屋敷でお世話させていただく形となる、皆様の要望はなるべく叶えるように、判断の難しいものについては私に相談してくれ」
「畏まりました、旦那様。フレアリーズ、旦那様の仰せです、皆様の下に向かいますよ」
アーメリアの言葉に子犬のように後に付き従うフレアリーズ第五王女殿下、あの調子なら大丈夫だとは思うけど、第五王女殿下のスライム愛は天井知らずだからな~。暫くはちゃんと政務を行わせて後は大福先生にお任せしよう。神の遍在性じゃないけど大福先生はほぼ力を落とすことなく分裂できるからな~。
正確には分裂じゃなくて端末配布とでもいうのか、亜空間に存在する本体の一部を外に出しているって奴なんですけどね。
つまり大福は幾ら殺しても死なない、倒したと思ったものは大福の枝毛って言うね。そのうち本部長様をお呼びして大福の全容を見てもらおう、外でやるとヤバそうだから離界に新しくできたデッカイ島で。
俺は今後の予定を心のメモに刻むと、エミリーお嬢様にホーンラビット伯爵領到着を知らせるべく、精霊の庭に移設した屋敷の中へ向かうのでした。
――――――――――――
「エミリーお嬢様、大変お待たせいたしました。無事ホーンラビット伯爵領マルセル村へ到着いたしましたので、お知らせに参りました」
精霊の庭に建てられた一軒のお屋敷、ワイルドウッド男爵家王都屋敷執事のジェームスさんに連れられ応接屋に通された俺たちは、ケビン航空の新たな移動空間である明るい草原に驚きながらその快適さに感嘆の声を上げていました。
「ケビン・ワイルドウッド男爵、ご苦労でした。お義父さまにはとても快適な旅であったと報告しておきましょう。って言うかケビンお兄ちゃん、ここって前にパトリシアお姉ちゃんが言っていた秘密の場所だよね? ケビンお兄ちゃんと二人きりでお話しして結婚を決めた思い出の場所、心が潰されそうだったパトリシアお姉ちゃんをそっと抱き留め泣き止むまで慰めてくれたっていう」
「ブホッ、それってパトリシアから聞いたんですか? それ、嘘じゃないけど結構脚色されてるから、多分言葉の端々がおかしいから、話半分で聞いといて。
あの時もな~、流れ的には俺に対する想いは諦めて貴族として生きていくって感じだったのが、ケイトに「第三夫人として色々とケビン様の事を教わりに行きますので、どうぞよろしくお願いします」とか言い出すんだもん、女性って怖いって本気で思ったんだよね。まぁ結婚したからには幸せになる為に全力を尽くしますけどね、俺には過ぎた嫁さんたちだし。
っていうことでジェイク君は頑張れ、エリクサーは何本でも用意してあげよう。ジミーはあまりお相手を増やし過ぎるなよ、正直大変だからな。
うちの場合は三者三様で上手い事やってくれてるけど、他の貴族家の話なんかを聞くと、本妻と側室との対立で泥沼の戦いになったなんて話はゴロゴロあるんだからな。
身近な例がデイマリア様とパトリシア、あの二人はジョルジュ伯爵家の第一夫人と第二夫人との争いで家を追い出された口だから。他にはグルゴさんのところ、マルドーラ伯爵家の争いで側室だったガブリエラさんの母親は暗殺されて、あの二人も殺されたことにして逃げだしたって感じだし。
女の人の嫉妬は恐ろしいからな?
ロナウド君は頑張れ、ダイソン公国はまだ建国したばかりで正直先が分からん。まぁそうした意味じゃホーンラビット伯爵家独立領も独立したばかりだし、今後とも仲良くしてください。
それじゃ行くよ~」
現れたケビンお兄ちゃんは全く変わらず。って言うかここってそんな場所だったの? ケビンお兄ちゃん、結構決めるところは決めてたの?
俺なんかエミリーにグイグイ押されてって感じだし、男としてはちょっと情けない。でも前にヘンリー師匠に話を聞いたらヘンリー師匠のところはメアリーおばさんに迫られて結婚を決めたって言ってたし、オーランド王国って女性が強いのが普通なんだろうか?
俺はエミリーから「エヘヘヘ、ジェイク君、頑張ってね♪」という声援を受け、ホーンラビット伯爵へご挨拶に伺わなければいけないというプレッシャーに引き攣った笑みを浮かべるのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora