“カチャッ”
「ただいま~」
「お帰りなさい、ジェイク。ケビンから聞いてるわよ、今度の冬季休暇はフレアリーズ第五王女様と一緒に帰ってきたんですって?
あなたが勇者だって聞かされた時も驚いたけど、まさか王女様を連れて帰ってくるだなんて。まるでおとぎ話の勇者様みたいね」
ホーンラビット伯爵閣下から家に戻るように言われ、ホーンラビット伯爵邸を後にした俺たち。ジミーはフィリーとディアを送っていくと言うので途中で三人と別れ、一人帰宅して玄関扉を開けた途端マリアお母さんから掛けられた言葉に思わず動きを止める。
「マリアお母さん、マジでそれ止めて。確かに俺も子供の頃そんなお話を聞かせてもらった事があるけど、無いから。王族のお姫様と勇者が一緒になるって、勇者が侯爵家の出身ならまだしも平民出身の勇者にそんな話が舞い込むなんて事あり得ないからね?
っていうかそんな話がエミリーの耳にでも入った日には、俺の明日が無くなっちゃうから、俺まだ女神様の下に逝きたくないから」
勇者と王族のお姫様の恋物語は有名で、王都の書店でも扱っていると聞いた事がある。まぁ俺は自分の身が可愛いので手に取ることはなかったんだけど、実際にそうやって勇者を取り込んだ国もあったらしい。
でも実情はかなり不穏なもので、王女とは名ばかりの血の繋がりのない下位貴族の娘を養女とし、勇者を縛り付ける為に行った政策であったんだとか。王都に家はあるものの王家の婿という事で国内ばかりか周辺国を転々とさせられ、数年に一度しか妻に会えなかったんだとか。
妻は妻で屋敷に閉じ込められ軟禁状態だったらしい。
「アハハハ、ごめんねジェイク、王都からお姫様が来るだなんて聞いたものだからお母さんつい浮かれちゃって。夏祭りの後村の皆と王城に行ったじゃない? あの時は緊張しちゃって王様やお妃様のことをよく見れなかったのよね。
ケビンの話だととても綺麗な御方なんでしょう? 冬季休暇中ずっと滞在されるらしいし、一度くらいお話しする機会もあるのかしら?」
「う~ん、どうだろう? でもフレアリーズ第五王女殿下は王女様とは思えないくらい気さくな方だから、普通にお話ししてくれると思うよ。
今回の滞在目的はホーンラビット伯爵家と王家との橋渡しだし、ホーンラビット伯爵家独立領の領民と交流することに否やはないはずだから、お付きの方々も何も言わないと思うしね。
それよりチェリーちゃんは? 王都のお土産を買ってきたんだけど」
今度のお土産は可愛らしい小物箱、モルガン商会のロイドさんから“女の子は大切なネックレスやペンダントをしまう小物箱を喜ぶ”との助言をもらっていたので、エミリーと一緒に探してきた一品。俺はもっと装飾の付いた可愛らしいものがいいと思ったんだけど、エミリーから“チェリーちゃんは大人びたところがあるから装飾は控えめの方が喜ぶ”と言われ購入した物。
「まぁ、中々良いわね、お母さんが欲しいくらいよ。これってエミリーお嬢様と一緒に選んでくれたの? 本当にあの子は昔からお洒落さんよね~」
マリアお母さんはそう言うとチェリーちゃんへのお土産の小物箱を手に取り、繁々と眺める。そういえば俺が前世の記憶を思い出したのも、ビッグクローにとられた洗濯物のハンカチを取り返そうとしたことが切っ掛けだったっけ。
俺が石を投げたらビッグクローが離したハンカチが木の枝に引っ掛かって、それを取ろうとよじ登って枝から落ちて。可愛らしい刺繡のされたハンカチだったことは覚えてるんだけど、柄はすっかり忘れちゃった。
マルセル村にモルガン商会の行商人のギーズさんが来た時は、空色の可愛らしいワンピースを届けてもらってたんだよな。大きなリボンとフリルの付いたやつ、ああいったちょっとしたところからセンスを磨いていったんだろうな。
俺はトーマスお父さんにナイフを買ってもらってホクホク、お父さんは家に帰ってからマリアお母さんに目茶苦茶怒られてたけど、俺にとってはいい思い出です。
“カチャッ”
「おう、ジェイクお帰り、チェリーは一緒じゃなかったのか?」
玄関扉が開き、帰ってきたトーマスお父さんに声を掛けられる。でもチェリーが一緒ってどういうことだろう? 俺が首を傾げると、トーマスお父さんが話を続ける。
「あ~、それじゃあの子達はまだお屋敷にいるのか。ジェイクたちが冬期休暇でフレアリーズ第五王女様と一緒に帰ってくるってことは狭い村の中じゃ知らない者はいないからな、当然子供らも知ってる訳だ。そんな面白そうな話にあの子達が喰い付かないはずがないだろう?
朝食を食べたらすぐに出掛けていったよ、今頃お屋敷のどこかに潜んで王女殿下の訪れを待ってるんじゃないのか? こんなときのあの子達の団結力の強さは、マルセル村航空隊の演舞飛行で証明済みだからな。
本当にあの子達は何を目指してるんだか。ジェイクが子供の頃も“この子は天才だ”って思ったもんだけど、あの子たちまだ六歳になったばかりだぞ?
でもそうか、ジェイクが勇者病に目覚めて剣の稽古を始めたりボール魔法を撃って魔力枯渇を起こして運ばれたのも六歳だったか。そう考えればおかしくはない? いや、でもな~」
チェリーちゃん、フレアリーズ第五王女殿下を見たいが為にホーンラビット伯爵邸でスニーキングミッションに挑んでいる模様。って駄目じゃん、不敬罪じゃん、これって大問題に発展しかねないじゃん!!
俺が慌てて声を掛けると腕を組んで眉間にしわを寄せるトーマスお父さんとマリアお母さん。イヤイヤイヤ、何二人して考え込んでるのさ!!
「ジェイク、よくよく考えてみろ、ホーンラビット伯爵家とオーランド王国王家の間で今更不敬罪なんて騒ぎ立てる者がいると思うか? 大体うちには不敬罪どころの騒ぎじゃない男爵閣下がおられるだろうが」
「そうね~、世界の敵認定されながらそれをひっくり返しちゃう理不尽のことを考えると、子供たちのことをとやかく言えるのかって思っちゃうのよね~」
・・・駄目だ、マルセル村の常識がぶっ壊れてる。これって誰に相談したらいいんだろう。
「あぁ、そうだ。ホーンラビット伯爵閣下が、少し落ち着いたら旅立ちの儀をしに領都グルセリアの教会へ向かうって言ってたよ。グロリア辺境伯閣下にもご挨拶することになってるって」
「その話だったら聞いている、お父さんたちも騎士服で参列することになっている。ジェイクの晴れ姿、楽しみにしているぞ」
「本当に早いものよね、あんなに小さかったジェイクがこんなに立派になって。色々大変だったけど、マルセル村に来てよかったと思ってるわ。
ジェイク、私たちの子供になってくれてありがとう」
そう言い手で涙を拭うマリアお母さん、こんなにも俺のことで喜んでくれるなんて。俺はトーマスお父さんとマリアお母さんの子供に生まれることが出来たことを、心から感謝するのだった。
「それと二人に話しておかないといけないことなんだけど、旅立ちの儀が終わったらエミリーのことでホーンラビット伯爵閣下にご挨拶に行こうと思って。俺たちは前々から王都学園を卒業したら冒険者として旅に出るって言ってただろう? その前に男としてのけじめを付けようと思うんだ。
まだ何を成し遂げた訳でもないのに早過ぎるっていうのは分かってる、でも女性の適齢期は早いって言うだろう? エミリーに変な不安感を与えたまま旅をするっていうのも違うと思うんだ。
正直に言えば王都学園で野営演習をした時にエミリーに迫られて逃げられなくなっちゃったって話なんだけど、俺としてもここまで真っ直ぐに思いを向けてくれる相手を袖にするつもりはないからさ」
“ポンッ”
俺が話を終えると黙ったまま肩に手を乗せるトーマスお父さん。マリアお母さんは「お昼はジェイクの為に角無しホーンラビットの香草焼きを作ってあげるわね」と言って外へ買い物に行ってしまった。
「ジェイク、飲むか。実は夏祭りのあと王都に向かった時、いつかジェイクと一緒に呑もうと思って年代物のワインを買ってきたんだ。十五年物の赤と白、角無しホーンラビットの香草焼きは白の方が合うからな、こっちは料理ができたらマリアと三人で開けるとして、赤の方を出すとしよう」
トーマスお父さんはそう言うと食器棚からカップを二つ取り出し、収納の腕輪から出した赤ワインのボトルの栓を抜くのだった。
“トクトクトクトクトク”
ボトルから注がれた赤い液体、空気に触れたことでやや酸味がかった甘い香りがテーブルに広がる。
「ジェイク、お前は俺なんかより遥かに強いし考え方も確りしている。そのお前が冒険者として世界に旅立つことは応援するし、父親として、一人の男として誇りに思う」
“コトッ”
「そんなお前に元冒険者として言う事は何もない、既に伝えるべき事は全て伝えているしな」
差し出されたカップ、俺はそれを手に持ちトーマスお父さんの目をジッと見つめる。
「ただ父親として、男としてお前に伝えておかなければならないことがある。嫁には逆らうな、それは違うと反発したくなる時があっても、取り敢えずその言葉は呑み込んでおけ。嫁が相談があると言った時は既に答えは決まっている、アレは決定事項の通達だ、選択肢が示されたと思っても油断するなよ。
エミリーちゃんは一途だ、目茶苦茶一途だ。だがそこに甘えるな、ちゃんと相手を見て相手のことを考えることを忘れるな。
俺はそのことを忘れたことが何度かある、どうなるのかは言うまでもないだろう。お前の相手はエミリーちゃんだ、あのエミリーちゃんだ。
ジェイクが何故勇者に選ばれたのかは分からない、だが勇者であることの恩恵は既に実感しているはずだ」
“スッ”
上げられたカップ、俺も同じようにカップを上げる。
「我が息子、勇者ジェイク・クロー。その人生に女神様の加護があらんことを」
「ありがとう、トーマスお父さん。でも俺はこの選択を後悔してないよ。エミリーの気持ちが偽りでないことは理解しているし、神々が俺のことを守ってくれていることも知っているしね。
トーマスお父さんとマリアお母さんのように幸せな家庭を作って見せるよ、暫くは旅を続けることになるだろうけどね」
“カツンッ”
打ち付けられたカップ、俺は本当に素晴らしい家族に恵まれたと感謝の気持ちに包まれながら、赤ワインに口を付ける。
「そうだ、ジェイク、お前避妊魔法はちゃんと習得したのか? 基本的に女性が身に付ける生活魔法だが、男が使ってもちゃんと効果はあるから覚えておいた方がいいぞ?」
“ブーーーーーーーッ”
いきなりとんでもないことを言われ噴き出す俺、この親父、一体何考えてやがる!!
「馬鹿、もったいないことするなよ、そのワイン結構高かったんだからな。それと俺の言ってることはこれから世界に旅立とうとしているジェイクにとっては切実な問題なんだぞ?」
席を立った馬鹿親父もといトーマスお父さんは、棚に置いてあった手拭いで顔を拭きながら真面目な顔つきで話を続ける。
「大体成人して両家の挨拶も終えた男女がそのまま何もなしとはいかないだろう。エミリーちゃんだって女だし、ジェイクだって男だ。どちらかが先といった問題じゃなく、惹かれ合い求め合うのが男女だ、これは別に悪い事でもなんでもない。
ただそうなると当然できる時には出来てしまう、これは自然の摂理であり女神様の思し召しってやつだ、冒険者にとっては非常にまずい事なんだけどな。子供を身ごもったままで旅を続けることは母子共に命の危険が高まる、俺とマリアとミランダがマルセル村に来た時がまさにそんな状態でな、王都から命からがら逃げだしてきたからとはいえ無茶をし過ぎだと助産師のセシルさんには目茶苦茶怒られたよ。
避妊を忘れて子供が出来てパーティー解散、冒険者パーティーの解散理由で一番多いのが男女の問題だからな。幸いジェイクのところは痴情の縺れが起きそうにもないが、男女混成パーティーが長続きしないと言われる理由はそこにある。
世界を見て回るんだろう? だったらしっかりと男を見せないとな」
そう言い飲みかけのワインを空けてボトルを傾けるトーマスお父さん。
「そう難しく考えるな、なんやかんやで立場が変わっちまったが、お前はマルセル村のジェイクで相手はマルセル村のエミリーちゃん。お互い知っているようで知らないこともたくさんある幼馴染同士、時間を掛けて夫婦になっていくしかないんだ。
頑張れよ、息子」
「分かったよ、トーマスお父さん。チェリーちゃんのこと、マリアお母さんのこと、よろしくお願いします」
“カツンッ”
改めてカップを打ち付け一気に飲み干す。ワインって初めて飲んだけど、結構おいしいかも。その後俺はトーマスお父さんとマリアお母さんの若い頃の話を聞きながら、楽しい一時を過ごすのだった。
「トーマス、ジェイク、お母さんを抜きにして随分と盛り上がっているじゃない? せっかく皆の為に美味しい料理を作ろうと買い物に行ってきたのに、これはどういうことなのかしら?」
「いや、その、ついつい飲み過ぎたというか、ジェイクとの話が楽しくてだな。ジェイク、お前もなんとか言ってくれ」
「トーマスお父さん、ここは素直に謝ろう。人生経験の浅い俺にはこの状況をどうにかできる気がしない」
その後三本目のボトルを開けたところで帰宅したマリアお母さんに見つかり、二人して頭を下げたのは、致し方のない事なのであった。
「「どうもすみませんでした!!」」
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora