そこはかつて毎日のように通った道。
切っ掛けは何だったのか、勇者物語の一節か、高位冒険者の冒険譚か。物心ついた頃には剣の道に魅了されていた。
俺が育ったこの村では、八歳を迎えると村外れにある訓練場に通うことになっていた。だが俺はそんなに長く待つ事ができなかった。
ヘンリーお父さんに頼み、元冒険者のボビー師匠に弟子入りを懇願し。幸い父親に似たのか成長が早く、既に八歳児並みの骨格をしていた俺はすんなり弟子入りを認められ、ボビー師匠の指導の下訓練場での修行を付けてもらえることとなった。
「ボビー師匠の家に来るのも久し振りだな、去年の冬は御神木様のダンジョンに通っていたし、その前は草原で大福ドラゴンヒドラに戦いを挑んでいたし。魔王四天王のゼノビアさんがマルセル村に来て、俺が暗黒大陸に剣術修行に出て以来じゃないのか?」
変らぬ道、変らぬ建物、訓練場はあの頃のまま、今も村人たちの憩いの場となっている。
「おや、ジミーじゃないか、フィリーちゃんにディアちゃんも。そうか、王都学園の冬期休暇で帰ってきたのか。早いもんだな~、もうそんな時期になったのか」
声を掛けてきたのは元魔道具職人のマルコお爺さん、その昔は村の便利屋として道具の修理や家具の作製など様々な仕事を請け負っていたが、現在はエール醸造所の所長として頑張っている。時折ケビンお兄ちゃんと一緒になって怪しい物作りに励んでいるらしいから、魔道具職人としての腕は健在なのだろう。
「マルコさん、只今帰りました。今日も訓練ですか?」
「おうよ、畑の後始末も終わったし、農閑期に入ったんだからしっかり身体を動かさないとな。あんまり魔道具ばかりにかまけて家に籠っていると、ウチのに何言われるか分からないからよ。まったくあの若作り婆さんが、年も考えず騎士団なんかに入ってやがるもんだからうるさいのなんの」
「誰が若作り婆さんですって!! 大体アンタはね、ってジミーにフィリーちゃんにディアちゃんじゃないか、帰ってたのかい? ってことは噂の王女様もマルセル村入りしたってことだね、これは歓迎会の準備をしないといけないね~。
やいクソ爺、アンタとの勝負はお預けだよ、あたしはちょっと健康広場の食堂に行って歓迎会のことについて打ち合わせしてこないといけないからね。それじゃジミーたちもまたね」
忙しなく走り去っていくマルコさんの奥さん、マルコさんは「ウチのが慌ただしくてすまないな」と呆れたように頭を掻く。
訓練場には他にもマルセル村に移住した家族の子供たちやお年寄りなど、多くの村人が集まり思い思いに訓練に励んでいる。
「ジミー、ディア、フィリー、よう帰った。こんな所で立ち話もアレだ、家に入るがいい」
「「ボビーお義父様、只今戻りました」」
声を掛けてきたのは偉丈夫の老人、その姿は幼少期に初めて会った時から変わらず、むしろあの頃より若々しくなったようにさえ感じる。
「ボビー師匠、王都学園より戻ってまいりました。お言葉に甘えてお邪魔させていただきます」
俺は一礼すると、満足そうに頷き家へと案内するボビー師匠の後を付いて行く。
始まりであり原点、俺の剣の道はこの訓練場から始まった。
俺は真剣な顔をして剣を振るう移住者の青年に「頑張れよ」と呟くと、家の中へと入っていくのだった。
“コトッ、コトッ、コトッ”
「ジミー、ディア、フィリー、お帰りなさい。王都は大変だったでしょう、三年間お疲れ様」
テーブルに置かれたカップから漂う偽癒し草の煮出し茶の香り、マルセル村の冬場の飲み物と言えばこの偽癒し草の煮出し茶であったと、懐かしい思いに駆られながらカップに手を伸ばす。
「うむ、近頃は蒼雲さんの茶畑が順調でな、うちでもマルセル茶を飲む機会が多くなったのじゃが、偽癒し草の煮出し茶は長年飲み慣れた味じゃからの。安心するというかどこかホッとするような気がするんじゃ。
これも年をとったということなのかの」
ボビー師匠は静かに煮出し茶を口にすると、カップをテーブルに置く。
「ボビー師匠、シルビア師匠、イザベル師匠、本日は帰村の挨拶の他に皆様にお願いがありお伺いさせていただきました」
俺は身を正しテーブルの向かいに座る三人に目を向けると、ゆっくりと息を吐いてから言葉を続ける。
「以前から皆様にはお話ししていましたが、俺たちは王都学園を卒業すると同時に冒険者ギルドで銀級冒険者の昇格手続きを行い、その後暗黒大陸に向け旅に出るつもりです。その前に一度マルセル村に戻り挨拶を行う予定ではありますが、旅に出てしまえばいつ戻るとも知れぬ冒険者生活が始まる事でしょう。
その前にフィリーとディアの義父・義母・義姉である皆様に俺と二人の結婚の許可をいただきたくお願いに参りました」
俺は何の飾りもない真っ直ぐな挨拶を向けると、頭を下げ許可を願い出る。俺の右隣に座るフィリーとディアも、俺の挨拶に合わせ頭を下げる。
向かいの席に座るボビー師匠たちはやや驚いた反応を示しながら、俺たちに頭を上げるようにと声を掛けてくる。
「ジミー、フィリー、ディア、先ずは頭を上げなさい。三人の気持ちは分かったし、その事に関して反対するつもりはない。
フィリーとディアはゴブリンの呪いが解けた時からずっとジミーのことを追い掛けておったからの、あれから五年半になるか、よう頑張ったとしか言いようがないわい。
ジミーは儂がこれまで教えてきたどの教え子の中でも群を抜いて才を示す若者じゃ、腕に溺れず才覚に驕らず只管に剣の道を突き進むその姿勢、剣士としても人としてもどこに出しても恥ずかしくない人物であると自信を持って言う事ができるわい。
じゃがいかんせんマルセル村は子供がおらん村であったからの、心の成長、特に男女の機微というものの成長が難しい土地であった。それはジミーが暗黒大陸へ武者修行に向かっても変わらず、王都学園に入学する際の心配事でもあった。
まぁそうはいっても儂もそちらの方面はからっきしであったからジミーのことをどうこう言えぬし、ヘンリーやケビンの奴は言わずもがなであったからな。ほんにシルビーと出会わなんだら生涯独身のまま終わっておったわい、縁というものはどこでどう繋がっているのか分からんもんじゃて」
そう言い楽しげに笑うボビー師匠の姿に、まったくその通りだなと笑みを漏らす。見た目は若い女性のシルビア師匠とイザベル師匠、その実三百年前に亡くなった伝説の大賢者と魔法の勇者パーティーの同行者。ボビー師匠はといえば“下町の剣聖”と謳われた元白金級冒険者。
そんな王都で流行りの創作小説でも出てこないような人生を歩む師匠たちに比べれば、俺などまだまだひよっこもいいところなのだろう。
「ジミーが根がまじめで不器用であることは儂が誰よりもよく知っておる。お主は周りが思うほどの天才でも何でもない、ただ只管に剣に打ち込み、その努力に応えるだけの才があった。何もしなければただの村の青年で終わったであろう才能は、マルセル村の理不尽という超えることの困難な壁に挑み続けることで高められていった。
それは儂やヘンリーも同じこと、今では鬼神ヘンリーだの剣鬼ボビーだのと大げさな呼び名で呼ばれておるが、儂らは辺境の寒村に引っ込んだ過去の遺物であった。確かにこの周辺の盗賊共には負けぬ自信はあったが、今のように国を相手に戦えるほどの力など持ち合わせておらなんだ。
収穫祭でな、儂とヘンリーは己のすべてを賭して挑んだのだよ。恥も外聞もかなぐり捨てケビンに制約を課したうえでな。
またしても返り討ちに遭ってしもうた、尤もケビンを討ち取っていたとしても儂らも絶命しておったであろうがの。
ケビンに言われたよ、これからはダンジョン以外では戦わないと、これから先の戦いはどちらかが死ぬか両方とも死ぬかでしか決着が付かないと。
遂にあ奴に手が届いたと思うと、思わず笑みが漏れてしもうたわい。
フィリー、ディア、二人に言っておくがジミーという男はそんな儂やヘンリーと同類の男よ。家庭や家族を顧みず剣に生き剣に死ぬどうしようもない愚か者よ。そのこと、努々忘れるでない。
ジミーと共にあるということは、世間一般で云う幸せとは程遠い苦労を背負うということに他ならんのでな。
義理とは言え父親、本来であれば娘の幸せを思い二人に考え直すよう言葉を向けねばならんのであろうが、儂も人のことは言えんからの。
であればメアリーさんに助言をもらうことを勧めようかの。彼女はあのヘンリーを射止めた女傑であるしの。後はパトリシアさん・アナスタシアさん・ケイトの三人かの、彼女らはあのケビンの妻であるからの、ジミーと共にあるということはそれくらいの覚悟を以って挑まねばならんということよ」
ボビー師匠の言葉に美しい花嫁姿の三人を思い出しなるほどと思い至る。
「イヤイヤイヤ、ちょっと待ってください、いくらなんでも俺はケビンお兄ちゃんほどじゃないですから。たしかに剣術馬鹿のろくでなしですけど、ケビンお兄ちゃんほど常識外れじゃないですからね」
「の、こういったことは本人が一番分かってないんじゃ、二人も苦労するじゃろうて。いや、そういえばクルン嬢もジミーの嫁になるんであったの、暗黒大陸にはその挨拶に向かうのであろう?」
ボビー師匠がなぜか誤解したまま話題を変える、俺は不本意ながらも話に乗り言葉を返す。
「はい、それもありますが、暗黒大陸を旅することで世界を回る力を付けようかと。あの土地には力ある魔物や強い戦士が多くいますから」
思い出されるのは武者修行での日々と魔都総合武術大会での決勝戦、バンドリアの奴はあれからどれ程強くなっているのだろうか。
「ふむ、よい顔をしよる。様々な土地を訪れ多くの者と言葉を交わす事がその者の成長に繋がることは、儂らがよう知っておる。三人がどう成長するのか、無事に旅から戻り土産話を聞かせてくれることを楽しみにしておるよ。
シルビー、イザベル、後のことを頼む」
そう言い席を立つボビー師匠、するとイザベル師匠が後のことは任されたとばかりに口を開く。
「それじゃ三人にはこれから冒険の旅に出るにあたって大切なことを話しておくわね、三人は既に体の関係を持ったのかしら?」
「「「ブホッ、一体何を!?」」」
いきなりとんでもない話題を振るシルビア師匠に戸惑う俺たちに、「あらあら、やっぱり王都学園に通うような生徒はその辺しっかりしているのかしら」と言って、冒険者の性事情や避妊の重要性、避妊の生活魔法や光属性魔法の<クリーン>や<キュア>による感染症予防について詳しく語ってくれるのだった。
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「ただいま、メアリーお母さん、遅くなってごめん。フィリーとディアをボビー師匠のところに送っていったらつい話し込んじゃって」
シルビア師匠の話は何と言うか、濃かった。フィリーとディアは初めての話に顔を真っ赤にしていたけど、貴族令嬢たちは授けの儀を迎える辺りでそうした性教育を終えているらしかった。
「学園に通わない一般の子の中にはこうしたことを知らずに育つ子も多いけど、冒険者はそうはいかないのよ。パーティーメンバーの女の子を妊娠させてパーティー解散なんて話はしょっちゅうだし、妊娠に気付かずにポーションを服用して流産したなんて話もあるくらいだしね。
命を懸けて魔物と戦う冒険者の男女が結ばれるのは人として自然なこと、生存本能が刺激されて我慢できなくなるっていうのが正解かしら。だからこそこうした知識が必要だし、世界を股に掛ける冒険者を目指すのなら絶対に知っておかなければならないことなのよ」
シルビア師匠の言葉が耳に残る、自身がいかに守られて生きてきた世間知らずなのかということがよく分かる。
「本当に俺は物を知らないというか、周りに興味がないというか」
情けないほど歪な自分、どんな場面でも卒なく熟すケビンお兄ちゃんの凄さを改めて思い知らされる。
「お帰りなさいジミー、ボビー師匠とお話って、こんなに遅くなるって何かあったのかしら?」
台所から顔を出したメアリーお母さんが怪訝そうに首を傾げる。部屋の奥から姿を見せたヘンリーお父さんが「どうした、何かあったのか?」と声を掛けてくる。
「あれ、ミッシェルちゃんはいないの?」
「あぁ、ミッシェルならトーマスのところのチェリーちゃんと一緒にロバート君のところに遊びに行っている。ケビンの話だと今度の帰郷にはフレアリーズ第五王女殿下御一行が同行されているんだろう? 本物の王女様を見に行くんだと言って張り切っていたからな、ジミーたちが帰ってきたところを遠目から眺めていたんじゃないのか? 詳しいことは分からないが、それくらいであればホーンラビット伯爵閣下もお目こぼしくださるだろうさ、何でも冬期休暇の間はマルセル村で過ごされるという話であったからな」
ヘンリーお父さんの話に、ミッシェルちゃんは相変わらず元気なようだと笑みが零れる。
「ヘンリーお父さん、メアリーお母さん、ちょっといいかな」
俺は二人に席に着いてもらうと、ボビー師匠の家に行ってフィリーとディアたちとの結婚の許可をもらう話をしてきたことを伝え、ヘンリーお父さんとメアリーお母さんには明日にでも挨拶に来る事を伝えた。
「そうか、ジミーは根がまじめだからな、いい加減なことはしないだろうと思ってはいたが、随分と早い決断だったな」
「まぁケビンお兄ちゃんに散々色々言っておきながら、自分のことは棚上げって訳にはいかないと思って。それに旅に出ることになれば、いつまでも地味メガネを掛けている訳にもいかないだろう? だったら周囲に既婚者であることを知らしめておいたほうがいいかなって打算もあるんだ。無論いつまでも中途半端に返事を先延ばしにする訳にはいかないって気持ちも強いけどね。
ケビンお兄ちゃんじゃないけど、俺も好きだの愛しているだのって気持ちはよく分からないんだ。前にケビンお兄ちゃんが“慈愛や愛着も立派な愛の形だよ”って言ってたけど、俺の場合それに近いかな」
俺がそう言葉を返すと、ヘンリーお父さんが「世の中そんなもんだ」と言って肩を竦める。
「メアリーには悪いが、俺も結婚当初はそんなものだった。俺がメアリーと一緒になったのは、メアリーに押し切られて逃げられないと思ったからだしな。状況としてはケビンと変わらない。
一緒に暮らして、冒険者を辞めてマルセル村に移り住んで。ケビンとジミーが生まれて、畑を耕しながら貧しくも落ち着いた日々を送って。
いつしかこの生活を守りたいと思うようになっていた、決して初めから愛だの恋だのに浮かれて一緒になった訳じゃない。想いってやつは時間を掛けてじっくり育てることもできるってわけだ。
だから心配するな、ジミーの人生は長い、お互い苦労しながら助け合って生きていけばいい。俺とメアリーはそうやって家族を作り上げてきたんだ、未だその過程でしかないけどな」
そう言い笑みを見せるヘンリーお父さん。俺は自分がまだまだガキだということを自覚し、「ヘンリーお父さん、メアリーお母さん、今まで育ててくれてありがとう。これからも色々と教えて欲しい」と言って頭を下げるのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora