“ドサッ”
「ハァ~、話には聞いていたがこれがホーンラビット伯爵家独立領マルセル村か。ヘルザー宰相閣下もとんでもない仕事を申し付けてくれたものだ」
精霊の庭から繋がる扉を出た先は、屋敷の広間のような場所であった。大きなテーブルの置かれたそこは、話にあったマルセル村の中心部にある健康広場脇に建てられた宿泊施設の食堂であるとのこと。ケビン・ワイルドウッド男爵は「この扉は食堂のこの場所に設置しておきますので、ご用の際は先程の呪文を唱えてからご利用ください」と言って宿泊施設の者にラビアナ嬢たち宿泊客のことを任せると、フレアと私たちを宿泊施設の隣に移設した屋敷へと案内してくれた。
“コンコンコン、カチャッ”
「大丈夫ですか、アルジミール様。まぁお気持ちはよく分かりますし、私も出来れば暫くベッドで休みたいのですが」
扉の開いた音に顔を向ければ、そこには疲れた表情のライオネス。常に沈着冷静で悪だくみを考えているようなこの男でも、この一連の事態に心が付いて来れなかったのだろう。
「ライオネスもヘルザー宰相閣下から渡された資料には目を通していたんだろう? 俺も心構えだけは出来ていたつもりだったんだが、人から聞かされた話と実際に目にするのとでは全く違うという言葉の意味を理解させられたよ」
俺はライオネスの目を見つめると、肩を竦め言葉を返す。
大体“精霊の庭”って、おとぎ話の存在じゃなかったのかよ。今は真冬だぞ、何で温かな春の風が吹くんだよ。しかも王都三大禁足地“アーメリア別邸”の主にして教会ですら女神様の下に送ることが出来ないと言われているアーメリア様の死霊が、同じく王都三大禁足地の一つである“商人街の悪夢”、現在は“魔王別邸”と呼ばれるワイルドウッド男爵家王都屋敷の代官を務めているって、意味が分からない。
更にそんな状況に俺たちが混乱していればマルセル村に到着したと知らされる始末、辺境までの一月の旅は何処へ行ったと言いたい。
「先程“精霊の庭”に置かれています馬車へ戻り、着替え等の荷物をしまっておりましたマジックバッグを回収してまいりました。この屋敷の各部屋は温度管理がされているそうで寒さは然程感じませんが、この時期のマルセル村の寒さは凍死者が出る程だそうです。特に朝方の寒さは厳しいとのことですので薄着での外出は控えて欲しいとのことでした。
何か用がある際はアーメリア様か執事のジェームス、メイドの伊織に声を掛けて欲しいと、アーメリア様からお言葉をいただいております」
ジェームスというのは私たちを案内していた執事、伊織というのは屋敷に入った際出迎えてくれたメイドだろう。
「因みに執事のジェームスは死霊です。あと一人ドーバンという庭師の死霊がいるそうです」
「ブホッ、はぁ!? 何で屋敷の管理行っている者が皆死霊なんだよ、というか死霊の中にいてあのメイドは平気なのかよ」
随分と聞きづらそうな情報を集めてきたライオネスにも驚いたが、屋敷の管理を死霊に任せるケビン・ワイルドウッド男爵は死霊術師か何かなんだろうか。そういえば過去に冥王と呼ばれた魔王がいたという話があったが、まさか・・・。
「アルジミール様、この場ではこれまでの常識は何の価値もありません。諦めてありのままを受け入れなければ身が持ちませんよ? ヘレンは耐えきれずに部屋で休んでいますので。
それと先程のご質問の答えですが、メイドの伊織は人ではありません、この屋敷です。本人によれば長く大切にされたことで生じた家精霊のようなものとの事でした。
この屋敷はワイルドウッド男爵家王都屋敷、“商人街の悪夢”と呼ばれた屋敷そのもので、執事ジェームスと庭師ドーバンは屋敷の管理を行う為にこの世に留まった死霊なんだそうです。まぁアーメリア様という実例を知っていますからそれ程驚くことも「イヤイヤイヤ、十分驚くから、っていうか俺たち大丈夫なの? この屋敷が魔物化しちゃってるってことだよね!?」・・・どうどう、アルジミール様、落ち着いてください。
空調から部屋の掃除まで、快適な滞在を約束されたのですからむしろ喜ばしい事ではないですか。
そうそう、フレアリーズ第五王女殿下が明日は大福先生の勇姿をご覧になりたいと仰られていましたので、そのおつもりでお願いします。では食事の時間になりましたらお呼びに参りますので、しばしおくつろぎください」
何のこともないようにとんでもない情報を残し部屋を下がるライオネス。アイツ、結構いっぱいいっぱいだったのね、表情が全然笑ってないし。
俺は明日からの生活に不安を覚えるも、フレアが今回の旅の主目的であるホーンラビット伯爵家及びケビン・ワイルドウッド男爵との友好関係を築き上げる足掛かりを作ったことに大きく息を吐き出し、一応の成果はあったのだと自身を慰めるのであった。
翌日の朝の目覚めは快適であった。ライオネスが言っていた通り部屋の温度管理は素晴らしく、柔らかく暖かいベッドで心地よい眠りを得る事ができた。
掛け布団を剥ぎ窓際から外を眺めれば、健康広場に集まる村人たちの姿。何が起きたのかと部屋を出れば、廊下を歩く執事が会釈を向けてくる。
「おはよう、ジェームス、昨夜は快適に過ごさせてもらったよ。ところで聞きたいのだが、窓から外を見たら前の健康広場に多くの村人の姿があったのだが、何かあったのか?」
「おはようございます、アルジミール様。快適にお過ごしになられたのでしたらよろしゅうございました。
健康広場の村人ですが、マルセル村では冬場になりますと健康広場に集まり体操を行うことが日課となっております。健康広場自体村人全員が集まって体操を行う為に造られたのだとか、冬の健康管理の一環とのお話でございました」
ジェームスの言葉にマルセル村に溶け込むにはこの朝の体操に参加することが得策と、ライオネスの下に向かう。
「ライオネス、起きているか? 仕事だ、朝の健康体操に参加するぞ」
「アルジミール様、あまり張り切りすぎては最後まで保ちませんよ? ですがそのお気持ちは大変素晴らしいかと、着込めるだけ着込んだら外に出ると致しましょう」
俺の言葉にいそいそと厚手のコートとセーターを取り出すライオネス。
「おいおい、外を見てみろ、そんな格好をしている村人は一人もいないぞ? 大体そんなに着込んだら身動きが取れないだろうが、早く行くぞ」
「えっと、アルジミール様がそれでよいと仰るのでしたら構いませんが、私は寒がりですので無理は控えさせていただきます。
お待たせいたしました、参りましょうか」
俺の急かす声に急ぎ着替えたライオネスは、護衛騎士にあるまじきモコモコした服装で後を付いてくる。
「おはよう、フレア。ヘレンの姿が見えないようだけどどうしたんだい?」
「おはようございます、アル。ヘレンは昨日の疲れが出てしまったみたいで、今日は一日ゆっくりするようにと言い付けたのです。
やはり環境が変わると慣れるのに時間が掛かるのかもしれませんわね。アルも朝の健康体操に参加なさいますの?」
一階の玄関ホールには動き易そうな服装をしたフレアの姿、その隣にはアーメリア様が静かに佇んでいる。
「ライオネス、身体を動かすのならあれくらいの格好でないと駄目だろう。まぁ冬場の早朝の気温が冷えるという話は分かるが、身体を動かせないほど着込むというのもどうかと思うぞ?」
「そうでございますね。ですが私は寒がりですので、無理をして皆様にご迷惑をお掛けするくらいでしたら端の方で見学させていただければと存じます」
いつも生意気な煽り文句を返してくるライオネスが、今日に限ってやけにしおらしい。その違和感に嫌な予感がするも、玄関扉を開け外に出るフレアを追い掛けるように外へ出る。
「皆さんおはようございます。ケビン様、本日はよろしくお願いいたしますね。まずは大福様の住まわれる池にお伺いして・・・」
外に出るや目ざとくケビン・ワイルドウッド男爵を見つけ言葉を向けるフレア、ワイルドウッド男爵はそんなフレアにたじろぎつつ「そうですね、大福も楽しみにしていると思いますよ」と言葉を返す。
「寒い、何これ、無茶苦茶寒いんだが、昨日の比じゃないくらい寒いんだが!! なんでフレアは平気なのさ、服装は俺と大して変わらないよね!?」
俺が思わず雄叫びを上げていると、その声を聞き付けたジェイクが俺たちの方へとやってくる。
「おはようアルジミール、ライオネス。何か寒いって騒いでいたみたいだけどどうした?」
「おはようジェイク、アルジミール様はお若いからな、体操をするのに厚着はおかしいだろうと言って軽装で表に出られたんだよ。身体を動かす事で寒さに負けないという矜持を「すみませんでした~、俺が間違っておりました~!! もう生意気言わないので上着を取りに行ってもよろしいでしょうか!!」・・・仕方がありませんね、行ってらっしてください」
俺はライオネスに謝罪の言葉を向けると、寒さに耐えられる服装に着替える為、急ぎ部屋へと戻るのでした。
「いや~、懐かしいねジミー、たしかラグラがマルセル村に来た時も寒いって騒ぎまくってなかった?」
「そうだったな。俺たちは小さな頃からマルセル村で育っているから“今朝は寒いな”くらいで済むが、スロバニア王国育ちのアルジミールやライオネスには厳しかったんだろう」
「アルジミール様には言っておいたんですがね、あまり本気になさってくださらなくて。ですが一度経験してくだされば文句もないでしょう。
ところでなぜマルセル村の方たちはこの寒さでも平気なんですか? 服装も動きやすい格好のようですし、何か秘密があるのですか?」
ライオネスが物おじせずに問い掛ける。ジェイクとジミーはそんな友人の姿に、従者って大変だなと思い、村人たちが何故平気なのかという話とラグラがマルセル村でどう過ごしていたのかについて詳しく語って聞かせるのであった。
「昨日ジェイクたちが言っていたことが本当だったとはな。流石に村人全員が魔纏いを身に付けてるという話は大げさに言っているだけと思っていたが、あの寒さで平気な様子を見せられたら納得するしかないわ」
「そうですね、これはジェイクたちの言う通りホーンラビット伯爵閣下にお話しして魔纏い習得の許可をいただいた方がいいかもしれません。魔纏いを身に付けて損はありませんし。
でもまさかフレアリーズ第五王女殿下が魔纏いを身に付けておられたとは、しかもご本人は無意識で使っておられたというのが驚きでした」
部屋に行き厚着をして健康広場に戻った俺は、不格好ながら体操に参加、ジェイクとジミーの紹介で村人たちと交流すると、村人たちが本当に魔纏いを使いこなしている様子を目にするのだった。
そんな俺たちとは違い普通に場に馴染んだフレアは寒さなど関係ないといった様子で体操に参加しており、その様子を不思議に思ったジェイクが魔力視でフレアを観察したところ、全身に魔力を纏い寒さを防いでいるようだと教えてくれるのであった。
「アーメリア様の修行、どんなものだったんでしょうね」
「さぁな。でも相当に恐ろしいものだったはずだぞ、何と言ってもアーメリア別邸の主だしな。あの時も怖かったからな~」
俺はフレアに誘われてアーメリア別邸を訪れた時のことを思い出す。あの時ジェイクたちに一緒に来てもらえてなかったら、もっと醜態を晒してしまい今のような立場に立ってはいなかっただろう。
「朝食が終わったら変身スライムの所に行くんだろう? 俺たち生きて帰れるかな」
「資料では八つ首のヒドラになるとか、にわかには信じられませんが、これまでも信じられないことの連続でしたから」
そういい肩を竦め弱弱しい笑みを見せるライオネス。
「ライオネス、大福スライム見学にはヘレンも参加するんだろう、ちゃんと支えてやれよ?」
「ハハハハ、本音では支えて欲しい方なんですが、瘦せ我慢も男の甲斐性ですから頑張りますよ」
俺たちは互いの顔を見合わせ乾いた笑みを浮かべると、この後の予定に気合を入れるのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora