「フレアリーズ殿下、アルジミール殿、お待たせいたしました。マルセル村の食事はいかがでしたでしょうか?」
朝食後、屋敷の玄関ホールに向かうと、俺たちの案内をする為に訪れていたケビン・ワイルドウッド男爵が声を掛けてきた。
「はい、どれも大変美味しくいただかせてもらいました。米料理というものは初めて口にしたのですが、トメートのソースで炒めた米をコッコの卵で包んだ一品は目にも鮮やかでとても楽しい気持ちにさせていただきましたわ」
「お喜びいただけて幸いです。米は二年前よりオーランド王国南部リットン侯爵領で栽培の始まった中央大陸東部地域の作物でして、現在アパガード商会が中心となって領内の栽培地域拡大に取り組んでいるものなのですよ。
今回同行されてきたラビアナ・バルーセン公爵令嬢も大変気に入って下さり、バルーセン公爵家として購入を決めて下さっております」
「まぁ、リットン侯爵領の穀物でしたの。あの地域は湿地帯が広がっており、穀物の栽培には向かぬ土地であると伺っていましたのに」
「そうですね、ですがこの米は水田と呼ばれる湿地を使った圃場での栽培が可能な穀物でして、小麦に代わる主要作物として期待されているのです。但し水の管理など小麦とは違った苦労もあるので、栽培地域を選ぶ穀物となってしまいますが、今後様々な料理が創り出されるのではないでしょうか。
それでは早速ですが大福の棲む村外れの池にご案内いたします」
フレアとワイルドウッド男爵の会話は然程長くもないものであったが、含まれる内容はオーランド王国のみならずスロバニア王国にとっても非常に重要なものであった。
米の栽培が始まって二年ということはまだ試験栽培段階であるはず、であるにもかかわらず北西部地域のホーンラビット伯爵領に米食文化が広まっているということは、米栽培にホーンラビット伯爵家が深く関わっているということ。
領地経営において穀物の栽培は重要な意味を持つ、領地経済の生命線とも呼ぶべき穀物栽培にホーンラビット伯爵家が深く関わっているとすれば、リットン侯爵領のみならず南部貴族全体に強い影響力を持っていることとなる。
更に言えばリットン侯爵領はオーランド王国の南の玄関でもあり、王都バルセンとスロバニア王国王都ハーベストを繋ぐ主要街道はリットン侯爵領を通過することになる。つまりケビン・ワイルドウッド男爵は朝食の料理を提供することで、オーランド王国とスロバニア王国に対し政治的に強い影響力を持っていることを証明してみせたのである。
「流石は“狡猾の魔王”と呼ばれただけのことはあるな、とても辺境の男爵とは思えない政治手法、今回の来訪が外交の一環である事を思い出させてくれる。昨日の会談で主な目的が果たせたと油断していた自分に気付かされたよ」
「そうですね、ケビン・ワイルドウッド男爵は一代で平民から伯爵にまで上り詰めたドレイク・ホーンラビット伯爵様の教えを強く受けているとか、ただ力を持っているだけでは今のマルセル村の状況は作れなかったということなのでしょう」
俺の呟きにライオネスが応える。メイドの話によれば、食事に出された甘味には甘木汁が使われているとか。甘木汁といえば隣国ヨークシャー森林国の高級交易品、つまりホーンラビット伯爵家はヨークシャー森林国とも深い繋がりがあるということ。
ただ力があるだけではない、様々な布石を置き周辺貴族や国家と手を組むことで強力な地盤を固めている。
「フゥ~、これがホーンラビット伯爵家でありケビン・ワイルドウッド男爵。これで単純な武力でも国家戦力を退けるというのだから最早笑うしかない。ヘルザー宰相閣下が恐れる訳だ、いつでもオーランド王国を滅ぼすことのできる伯爵家が手出しの出来ない状態で存在しているのだからな」
俺は自身に与えられた役割の重さに胃の辺りを摩りながら、後でヘルザー宰相閣下から頂いた胃薬を飲んでおこうと心に決めるのであった。
―――――――――――――
「うわ~、ここがマルセル村の聖地、大福様の住まわれる池ですのね」
健康広場脇の屋敷から歩くこと暫く、辿り着いた場所は村はずれにある何処にでもあるような池であった。表面には厚い氷が張り池全体を覆っている、残念ながらこれではスライムを見る事も叶わないだろう。
「そうですね、大福はスライムですので水辺が大好きなんですよ。ご存じのようにスライムは森の中や草原の枯草の間といった水気のない場所でも生息していますが、水場周辺のスライムは池の水が氷る時期になると水の底に潜ってジッと氷の解ける春を待ち続けるんです」
何枚もの上着を着込み寒さ対策を行ってきてはいたものの、凍った池から吹き付ける風は足下から体温を奪っていく。俺は早々にこの場を離れることを期待しワイルドウッド男爵に目を向けると、彼は口元に手を添え大きな声で呼び掛けを行う。
「お~い、大福~、お客様が来てるぞ~。ちょっと出て来てくれ~」
“スパンッ、スーーーーッ、ガッコン”
するとその声に応えるように氷の中から黒いレイピアのようなものが飛び出し、くるりと円を描く。そうして切り取られた氷が持ち上がると、池の中から漆黒のスライムがのそりと姿を現すのだった。
“プルプルプル、ポヨンポヨンポヨン”
プルプルと身を震わせてから元気よく跳ねる艶のある漆黒のスライム、その様子にこれで満足しただろうと隣に目を向ければ、膝を突き祈りを捧げ始めるフレア。
・・・イヤイヤフレア、一体何やってるの? 確かにずっと会いたがっていたスライムだっていうのは知っているけれども。えっ、もしかしなくても泣いてる? ごめん、流石に俺も付いて行けない。
まるで教会で奇跡を目撃した聖職者のように感動に身を震わせながら涙を流すフレアの姿に、ドン引きといった心境になる俺たち。
だがそんなフレアの様子に額に手を当て天を仰いでいたワイルドウッド男爵は、予想外の言葉を向ける。
「フレアリーズ殿下、これは色々と差し障りのある問題ですので、どうぞご内密に。大福は特殊なスライム、そういうことでお願いします。
大福、あちらの御方が前に話したフレアリーズ第五王女殿下だ、直接会うのは初めてだろうがよろしく頼む」
“ポヨンッ、ポヨンポヨンポヨン、ニュ~、ポンポン”
ワイルドウッド男爵の言葉に応えるように、飛び跳ねながら膝を突くフレアの前に近寄ると、触手を伸ばして頭をポンポンと叩く大福。フレアは涙を拭いながら、「はい、はい、ありがとうございます」と言って深々と頭を下げています。
「・・・ライオネス、ヘレン、俺はどうしたらいいと思う?」
「「アルジミール様、頑張ってください!!」」
クホッ、この従者たち、一瞬にして主人を見捨てやがった。君たち、これから新しく出来る公爵家に仕えるのよ? 俺って君たちの主人の伴侶なのよ? っていうかライオネスの直接の主人は俺じゃん、少しは頑張ろうって気概を見せて欲しいと望むのは、べつに間違いじゃないよね!!
「フレアリーズ殿下、まずは膝をお上げください。大福、手を貸してあげて、騎士モードで」
“ポヨンポヨン、グニョグニョグニョ、カシャッ”
片膝を突き、フレアに立ち上がるようにと手を差し出す漆黒の騎士。フレアはその紳士的な騎士の振る舞いに頬を赤らめながら、手を取りゆっくりと立ち上がる。
・・・えっと、どう反応していいのかよく分からないんですけど、スライムが騎士になって、フレアがまるで初心な少女のようになって。
よし、スライムと戯れるフレア、いつもの事いつもの事。俺は若干現実逃避気味に思考を切り替えると、ワイルドウッド男爵へ言葉を向ける。
「ワイルドウッド男爵殿、そちらが話に聞いていたスライムの大福なのかな? 何でも巨大な八つ首のヒドラに姿を変える事ができるとか。しかし騎士姿にもなれるとは驚いた、立ち居振る舞いなど、その辺の騎士よりもよほど堂に入っている。そうは思わないか、ライオネス」
「そうでございますね。その身から溢れる風格は一流の剣士のもの、おそらく私では太刀打ちできないかと。先程から震えが止まりません」
俺の言葉に表情をこわばらせながら答えるライオネス。俺はそんなライオネスに驚きつつ、改めて目の前の黒騎士に目を向ける。
「流石はスロバニア王国から護衛の為に来られたライオネス殿、まさか一目でそこまで見抜かれるとは思いませんでした。
ご存じの通り大福は多頭ヒドラの姿でマルセル村の剣士たちの訓練相手を務めております。その関係上戦士たちの剣術を誰よりもよく知っており、更にそれらから自身にとって最適な剣技を編み出しているのです。
具体的に申しますと、大福には人のような関節がないのです。つまり人よりも可動域が広い、その特徴を組み込んだ剣技はまさに無限、変幻自在でありながら強力な一撃を打ち込んでくるその技は大剣聖クルーガル・ウォーレンをしても敵わぬと言わしめたほどのものなのです」
大剣聖を剣技で圧倒するスライム、自身の中の常識が再び音を立てて崩れていく。
「なぁライオネス、スライムって一体何なんだろうな。目の前の魔物が最下層だというのなら、人は単に生かされているだけの存在なのかもしれないな」
「アルジミール様、お気を強くお持ちください。私はヘレンを支えるだけでいっぱいいっぱいでございます」
ふと後ろを向けば、今にも倒れそうなヘレンを支えるライオネスの姿。気持ちは分かる、分かるがもう少し頑張ってくれ、ヘレン。
「ケビンお兄ちゃん、大福、フレアリーズ殿下、アルジミールたちもこっちに来てたんだ」
声のした方を向けば、ジェイクたちがこちらに向かってくる。
「ジェイク君にエミリーちゃん、ジミーたちもどうした? 今日は一日ゆっくりするんじゃないのか」
「うん、そのつもりだったんだけど、軽く身体を動かしておこうってことになって。連携の確認もしたいし、大福ヒドラに挑もうと思って」
そう言い歯を見せて笑うジェイクと、それに続くジミーたち。
「ジェイク、ラビアナ嬢たちは一緒じゃないのか? てっきり行動を共にするものだとばかり思っていたんだが」
「あぁ、ラビアナお嬢様とカーベルとアリスはヘンリー師匠とボビー師匠による覇気の訓練だね。で、ロナウドは早速大剣聖クルーガル・ウォーレン卿に捕まってたよ。“大福本体ヒドラドラゴンモードに挑むのなら私を倒してみよ”とかなんとか言ってたかな?
ロナウドも望むところとばかりに闘技場に向かっていったよ、あそこなら死んでも生き返る事ができるしね。・・・ヤベッ、これって言っちゃいけないことなんでしたっけ?」
失言したとばかりに慌てて口を手で押さえるジェイク、死んでも生き返るとはいったい何のことなのか。
「あぁ、まぁマルセル村に長期滞在すれば嫌でも耳にするだろうから別に構わないよ。それに御者や従者の方たちはその辺の調査も命令されているだろうしね。
アルジミール殿はクロッカス第三王子たちが残した魔王討伐軍の戦いの記録には目を通されていますか?」
俺はワイルドウッド男爵の問い掛けに首を横に振る。簡単な概要については聞いているものの、詳しい聞き取りの資料は王家の極秘資料となっており、スロバニア王国王城に戻された第三王子及び貴族子弟たちからの事情聴取も、支離滅裂の内容であったと聞いている。
「そうですね、簡単に言えばマルセル村の前の草原地帯が広大なフィールド型ダンジョンになっているんですよ。とはいっても宝箱や魔物が出現するなんてことはありませんけど。
あのダンジョンの素晴らしいところは、身代わり人形の機能をダンジョンが行う点なんです。身代わり人形は致死レベルの損傷や衝撃を肩替わりして持ち主の命を救ってくれますが、村前の草原ダンジョンは、指定された場所に再生させてくれるんです。
ただ再生には魔力を必要としますんで、予め再生用の魔力をダンジョンに捧げないと使わせてもらえないんですけどね。
向かえば分かるんですけど、村の入り口脇に大きな展望塔が建っていましてね、そこの一階に魔力供給受付があるんですよ。
この後大福の勇姿をお見せすることになっていましたが、ジミーたちと大福の訓練風景をご覧いただくということでよろしいでしょうか?」
ワイルドウッド男爵の提案に、フレアが「是非お願いします」と言葉を返す。こうして俺たちはヘルザー宰相閣下から渡された資料にあった大福ヒドラを、実際に自分の目で見ることになったのであった。
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そこはマルセル村の村門前に広がる広大な草原、村門の隣には王城の尖塔もかくやと言わんばかりの立派な塔が建ち、その隣には王都闘技場を小振りにしたような村には不釣り合いな施設が建っている。
ジェイクたちは先ほどのワイルドウッド男爵の説明の通り塔の一階に向かうと、暫くしたあと各々の手に木刀や盾を持ち戻ってくる。
「それじゃ大福、今日は身体慣らしだから大福本体ヒドラの六つ首からでよろしく。ジミーたちもそのつもりで、八つ首討伐で終了だから。あまり頑張り過ぎても成果は上がらないからほどほどにな」
ワイルドウッド男爵はそう言うと俺たちに少し下がるようにと指示を出し、周囲に魔力障壁を張り巡らせる。
“グニョンッ、ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ”
草原の真ん中、いきなり崩れ落ちるように形を崩した黒い騎士は、その場で見る見る間に身体を大きく変化させ、姿形を伝説の怪物へと昇華させる。
““““““グギャァァァァァ””””””
膝がガクガク震え、その場に立っていることもままならない。恐怖の感情が身体を貫き、目の前の化け物から目が離せない。
「ハハハハ、駄目だ、俺たちはこの場で全員死ぬんだ」
「諦めるな、ライオネス。俺たちにはこれから始まる戦いの結末を見届ける義務があるんだ」
そこからの戦いはまさに神話に謳われる人間とドラゴンの戦いそのものであった。飛び交う炎、全属性のボール魔法がヒドラの口から放たれジェイクたちを襲う。
ジェイクたちはその攻撃の悉くを避け、木刀で六つ首に切り掛かる。
“ズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバ”
“ドサドサドサドサドサドサ”
切り落とされたヒドラの首、俺は思わず歓声を上げそうになる。
「尻尾来ます!!」
「任せろ、<キャッスルウォール>」
“ドガドガドガドガドガドガ”
首を落とされたはずのヒドラが、最後の反撃とばかりに六本の尻尾を使い打ち込んでくる。エミリーのメイドのディアが透かさず前に出て、巨大な<キャッスルウォール>を出現させて尻尾の攻撃を防ぎきる。
“ズドーーーーン”
「勝負あり、勝者:マルセル村若者軍団」
「「「「「よし、先ずは一勝!!」」」」」
勇者パーティーの英雄譚のような戦いを終えたジェイクたちは、喜びの声もそこそこに、すぐに次の戦いの準備に入る。
“グニョグニョグニョグニョ、グギャーーーーー!!”
倒れたヒドラの死骸は形を崩し、くっつき合いながら七つ首の巨大なヒドラへと変化する。
「大福様~~~~、素敵~~~~、頑張って~~~!!」
大きな声で声援を送るフレア、大福は首をクネクネと振りその声に応える。
戦いは続く、魔法と武技の応酬により草原はこの世の終わりを賭けた戦場と化す。俺たちは目の前の光景に唯々圧倒されながら、その場に座り込むことしかできないのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora