“コンコンコン、カチャッ”
「失礼いたします。アルジミール様、朝の健康体操のお時間でございます。ベッドをお降りになられ、お着替えをお願いいたします」
部屋の扉が叩かれ、屋敷執事のジェームスが朝の訪れを伝えて来る。俺は寝ぼけた頭もそのままに、ベッドから起き上がり着替えを始める。
ここはどこで自分は一体何をしているのか。よく分からないまでも厚手の上着を着込み、玄関ホールに足を運ぶ。
「おはようございます、アルジミール様。お身体の不調はございませんでしょうか?」
「おはようライオネス、すまんがまだ頭が覚めていない。いくつか聞きたいことがあるのだが、私はなぜ部屋のベッドにいたのだろうか? 昨夜は深酒でもして誰かにベッドへ運ばれでもしたのだろうか」
曖昧な記憶、分からぬ状況、はっきりとしない思考。上の兄が「飲まなければやってられん」と言って深酒した翌日などは、自分は一体何をしていたのかと頭を抱えていたものであったが。
「そうですね、アルジミール様は昨日何をされていたのか覚えておられますでしょうか?」
「ん? そうだな、朝はマルセル村の朝の体操に参加して、朝食の後はワイルドウッド男爵殿の案内でスライムの大福が棲む村外れの池に行って。スライムが騎士のような姿に変わるとは思わなかったから、アレには驚いたな。
その後ジェイクたちがやってきて、村門前の草原地帯へ向かって、それから・・・」
ふいに記憶から甦る巨大な化け物の姿、身を振るわせる咆哮と大地を揺らす足音。マルセル村の守護獣八つ首のヒドラ、その脅威の化け物と正面から戦うジェイクたちの姿に圧倒されて唯々その場に立ち尽くした俺は・・・。
「思い出されたようでございますね。私たちはヘルザー宰相閣下からいただいた王都諜報組織“影”の報告書にあった、巨大なヒドラに姿を変える大福の威容と、大福とジェイクたちとの間で行われた戦闘訓練に圧倒されて、意識を失ってしまったのでございます。
幸い私たちの異変に気が付いたワイルドウッド男爵によりこの屋敷に運び込まれ、朝を迎えたといった状況であったようです。
私も当然気を失っていたのでこのことは私たちの様子を影から見守ってくださっていたアーメリア様からお伺いしたのですが、フレアリーズ第五王女殿下は大福の雄姿を見ることができたと大変満足され、戦闘訓練の後スライム姿に戻った大福とオニキス・トパーズ・フレンズの三体を引き合わせ、皆で戯れていたとのことでございました」
“ハァ~~~”
思わず漏れるため息、自分たちはふがいない醜態を晒したというのに、守るべき相手であるフレアはあの光景を素直に楽しみ大福との交流を深めていたとは。
「そういえばジェイクがドレイク・ホーンラビット伯爵殿に願い出れば魔纏い習得の許可がいただけるやもしれないと言っていただろう、アーメリア様経由で要望を上げておこう。魔纏いを習得すればマルセル村の寒さに耐えることができるばかりか、大福の発する威圧にも抵抗できるようになるやもしれない。
フレアがあの状況でも平気だったのは、幼いころよりアーメリア様の訓練を受け無意識のうちに魔纏いを習得していたからだろう。昨日の光景は俺たちにとっては神話級の戦いであっても、ジェイクたちにとっては肩慣らしの訓練。であればあの程度の衝撃に耐えられないようではマルセル村で生活することなど叶わないということになる。
習うより慣れろとは言うが、慣れる前に潰れてしまっては意味がない、頭の下げ時を間違える訳にはいかないからな」
俺の言葉に深く礼をするライオネス。俺たちはマルセル村において子供以下の来訪者、その自覚がなければ部屋に引き籠って冬期休暇が終わるのを待つしかなくなってしまう。
「おはようアル、昨晩は旅の疲れが出たようで皆して早く休んだのですね。マルセル村は王都に比べると寒いですから、風邪を引いてしまったのかと心配しました。
急激な気温の変化は身体に大きな負担となると聞いています。アルやライオネスは男性だからと我慢しがちですが、本当に無理はしないでくださいね?」
俺とライオネスが真剣に話し合っていると、背後からやってきたフレアが声を掛ける。
それは俺たちのことを心配しての言葉なのだろうが、無自覚な優しさが鋭い刃となって突き刺さる。
「ハハハハ、心配を掛けてしまったみたいだね、すまなかった。昨日はスライムの大福とジェイクたちとの戦いに圧倒されてしまってね、少し興奮しすぎてしまったのかな、環境が変わったことで気が付かないうちに溜まっていた疲れが出てしまったのかもしれない。これからは変に我慢せず、フレアに相談することにするよ」
俺はフレアに笑顔を向けると、心配を掛けてしまったことを素直に詫びる。フレアはにっこり微笑むと、「はい、夫婦は助け合いが大切とセシルおばあさんも言っていましたから」と言葉を返してくれるのだった。
「・・・ライオネス、セシルおばあさんって誰だ?」
「おそらくですが、私たちが意識を失っている間にマルセル村の村人と交流を行っていたのではないかと。健康広場脇に建つ平屋の建物が食堂をしており、村人の憩いの場となっているとジェームスから聞いておりますので」
第五王女が村人と交流。大丈夫、ホーンラビット伯爵領の住民と交流することは、ゾルバ国王のお心に適う行い。
俺は「そうか、それはいいことを教えてもらったね」と返事すると、朝の健康体操に参加する為に玄関へと向かうのであった。
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「「「「「おはようございます、フレアリーズ第五王女様、今日はよろしくお願いします!!」」」」」
朝食後、玄関ホールに向かうと、そこにはまだ六歳のお披露目も迎えていないであろう幼い子供たちが俺たちを待ち構えていた。
「おはようございます、ロバート君。お話はケビン・ワイルドウッド男爵から伺っています。今日はマルセル村の案内をしてくれるとか、どうかよろしくお願いしますね」
「はい、父ドレイク・ホーンラビット伯爵よりフレアリーズ第五王女殿下のお世話を言い付かりましたこと、生涯の誉れでございます。至らぬ点もございますが、どうぞよろしくお願いします」
フレアに声を掛けられたホーンラビット伯爵家長男ロバート・ホーンラビットは、身を正し頭を下げると俺たちを外へと案内する。その年齢にそぐわぬ聡明な態度に、ホーンラビット伯爵殿が案内を許したことはただ子供を溺愛しているからではなく、長男を信頼して送り出したのだろうことが伺える。
貴族同士の交流は幼いころより数を熟すことで洗練されていく。第五王女を案内するという大役を熟した経験は、ロバート少年の生涯の宝となるだろうと、思わず笑みを浮かべてしまう。
「ではフレアリーズ第五王女殿下は私のグラスウルフの背にお乗りください。アルジミール様とライオネス様は、ランディーとポールが、ヘレン様はルビアナがご案内いたします」
玄関を出てすぐ、健康広場にいたものは白い体毛を纏った大型のウルフ種。その精悍でありながら優しげな面立ちは、高い知性を感じさせ・・・これがグラスウルフ? いや、絶対違うよね、じゃ何? 特殊個体って、全部特殊個体なんだけど!?
「まぁ、なんて素敵な歓迎なのでしょう。今日はよろしくお願いしますね」
フレアは伏せの姿勢のウルフ種の背を優しく撫でると、乗馬のように背中に跨る。
「フ、フレア様、そのような振る舞いは王族としての品位が・・・」
「大丈夫よヘレン、これまでの行いのお陰でそうそう怒られることはないから。やはり日々の積み重ねは大事よね、ヘレンも早く乗せてもらいなさい」
いたずらな笑みを浮かべ楽しげに笑うフレア、こうなれば誰も彼女を止めることなど叶わない。
「それでは出発いたします。総員、出発!!」
フレアの前に跨ったロバート君の合図に、立ち上がり歩き出す白いウルフ種たち。テイマーの中にはロックタートルに馬車を引かせる者がいるとは聞いたことがあるが、自身が大型のウルフ種の背に揺られる日が来るとは思いもしなかった。
「ライオネス、昨日の大福の件がなければこうやってウルフ種の背に乗ることなど無理であったかもしれないな」
「そうですね、これほど大きなウルフ種を目にしたのは初めでですから、いくら安全だと言われても恐ろしさが先に立っていたと思います。そうした意味では昨日の経験が活きていると言えるのかもしれません」
思わず笑みを漏らす俺とライオネス。何事も経験してみなければ分からない、合っているかどうかは分からないがそんな言葉を思い出しながら、俺はこの貴重な体験を楽しむことにしたのであった。
「暖かい季節であればホーンラビット牧場の角無しホーンラビットたちの様子をご覧いただけたのですが、この時期は冬眠していまして。代わりと言っては何ですが、これから向かうケビンの実験農場には癒し隊がおりますので彼らと交流を取っていただきたく存じます」
狭いようで広いマルセル村の案内は、非常に興味深い物であった。中でも地下に埋められるように作られた野菜の貯蔵施設や冬の季節にもかかわらず青々とした葉を茂らせるマルセル茶の畑などは、ホーンラビット伯爵領の経済基盤の盤石さを象徴するような光景であった。
「しかし魔王討伐騒動の原因となった礼拝堂は取り壊されてしまっていたんだな。ボルグ教国が軍を差し向けるほどのものであったからには、相当に素晴らしい建物であったのだろうが、騒動の元になるのであればこれも致し方がない決断か。
ドレイク・ホーンラビット伯爵殿にとっては宗教的建造物よりも領民の命が第一であったのだろうな、為政者の姿として学ばせてもらった思いだよ」
ボルグ教国が魔王討伐軍を派遣してまで欲した“祝福されし礼拝堂”、嘘か誠か創造の女神様の祝福を受けた建物であったとか。
いくら争いの元となるとはいえ、そのような貴重な建造物を取り壊すことが相当に重い決断であっただろうことは想像に難くない。
「そうですね、領民の誰しもがドレイク・ホーンラビット伯爵殿に尊敬の念を向けておりました。これほどに領民に慕われる領主はそういるものではないでしょう。
ただホーンラビット伯爵家との関係を深めるというだけでなく、為政者として学ばせていただくことの方が多いように感じました」
ライオネスの言葉に頷きで返す。強烈な印象を残すあまり見えづらくなってしまっているドレイク・ホーンラビット伯爵の政治手腕。俺は真に注目すべき点は、そちらなのではないかと、今後の予定について考えを巡らせるのであった。
“キュキュキュイッ!!”
“““““ピョッコ、ピョッコ、ピョッコ、ピョッコ、コテンッ”””””
「可愛い~~~~~!!」
そこはモコモコフワフワした生き物たちの楽園であった。つぶらな瞳、愛らしい仕草、存在のすべてが俺の心を擽りまくる。
ウルフ種の背中から降りた俺たちは、楽園の天使たちの歓迎を受け、身も心もドロドロに溶かされていくのであった。
「ようこそワイルドウッド男爵家へ。そうですか、皆様はホーンラビット派ですか。ホーンラビットの愛らしさは世界平和の礎、よろしければ共にホーンラビットの素晴らしさについて語り合いましょう」
掛けられた言葉に顔を向ければ、そこには幼子を連れた美しい女性たちの姿が。
「申し遅れました。私はドレイク・ホーンラビット伯爵の義娘でケビン・ワイルドウッド男爵の妻となりましたパトリシア・ワイルドウッドと申します。この子は息子のアルバ、後ろに控えますのは同じくケビン・ワイルドウッド男爵の妻であるアナスタシアとケイト、その子供のヴィーゼとケーナとなります。
本日主人ケビン・ワイルドウッド男爵は所用で留守にしておりますが、皆様のお世話は私どもが務めさせていただきたく存じます」
そろって一礼をする彼女たちに思わず呆気に取られる俺たち。
「失礼ですが、パトリシア様はあの三英雄の。それにアナスタシア様は・・・」
ヘレンが口を開くも言葉を止める。それは目の前の女性の美しさもさることながら、その特徴的な耳に視線が奪われたから。
「はい、一年戦争では必要に応じてそのような役割を。それとアナスタシアはご想像の通り」
「はじめまして。私はアナスタシア・エルファンドラ・ワイルドウッド、ハイエルフと呼ばれる種族となります。主人ともどもよろしくお願いいたします」
そう言い微笑まれえるアナスタシア夫人、これはこれで結構な衝撃が・・・。
“パタパタパタ、キュワッ、クワックワッ”
““キュワッ、キュルクワッ””
““クワックワックワッ””
それは鳴き声を上げながらやってきた魔物の一団、その姿に俺たちの思考は停止し、ただ口を開けたまま固まってしまう。
「パトリシアお姉さん、アナスタシアお姉さん、ケイトお姉さん、ただいま帰りました。お使いを頼まれた蜂蜜は収納の腕輪に入れてきました」
魔物の背から降り立った少女は、パトリシア夫人たちに声を掛けると、こちらに向かい一礼する。
「はじめまして、ドラゴンロード男爵家長女、ミッシェル・ドラゴンロードと申します。こちらは友人のエッガード、それとキャロルとマッシュ、緑と黄色です。
フレアリーズ第五王女様、アルジミール・マルローニ侯爵子息様、マルセル村にようこそお越しくださいました。私たちチームドラゴンは皆様の来訪を心より歓迎いたします」
スネーク系魔物のような形のもの、人のような形のもの、そして羽をはばたかせ宙を浮く小型のもの、それはまさしくドラゴン。
「ライオネス、すまないがこの後のことを任せてもいいか?」
「申し訳ございません、私は既に許容限界を大きく超えております。明日からしばらくお休みをいただいてもよろしいでしょうか?」
“オーランド王国の最果て”、“貴族令嬢の幽閉地”、大森林に最も近い村、マルセル村。“蛮族の里”とも呼ばれるそこは、常人には計り知れない驚きの世界であった。
“ジェイクたちがとんでもない戦いをたかが訓練と言っている訳が分かった気がする”
俺はドラゴンたちを前にはしゃぐフレアを見つめながら、“俺には無理、大人しくフレアのやりたいようにさせておこう”と心に誓うのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora