“カチャッ”
開かれた扉、それは世界を繋ぐ。中央大陸の北西部地域に位置するオーランド王国の外れ、ホーンラビット伯爵家独立領マルセル村のワイルドウッド男爵家屋敷から離界の秘密の城へ、更にそこから中央大陸の東方に浮かぶ島国扶桑国の山深い森の奥にひっそりと佇む二階建ての屋敷の一室へ。
「ようこそおいで下さいました、御主人様」
「トライデント、任せきりにしてしまってすまない。金子先生のお世話、とても助かったよ。それと玄才さんが戻っているって話しだったんだけど」
扉の置かれた部屋では屋敷の管理と鍛冶師である金子守綱先生の世話を頼んだトライデントが、まるで当然のように出迎えてくれる。
・・・月影や残月、トライデントも何で然も当たり前といった顔で待ち構えることが出来るんだろう? 前だったら<魔物の雇用主>で繋がってるってことで説明できたし、マルセル村の中なら気配察知範囲内と言われればそうなんだけど、今はスキルによる雇用関係なんかないよね? 月影に至っては初めから<魔物の雇用主>の繋がりなんてなかったよね?
予知なの、行動予測なの、俺のすることって確定的に予測出来ちゃったりするの? 理由を聞いても「メイドの嗜みでございます」とか「執事ですので」で終わっちゃうし。
ヤバいわ~、うちの使用人激ヤバだわ~。まぁ優秀なことには違いないんで助かってはいるんですけれども。
「はい、金子先生の作刀の手伝いがしたいと申し出たので、水汲みや薪割りといった仕事を任せております。鍛冶小屋周辺は特殊な結界に守られている為、魔獣の接近は見られませんので」
「そう、それで玄才さんが連れて来たっていう鬼人族の女性はどうしているの?」
話をしながら玄関を開くと、屋敷前の広場で洗濯物を干す襷掛けをした着物姿の女性の姿が。
「御主人様から滞在許可が出ておりましたので、部屋を与えて金子先生の身の回りの世話を行わせております。まだ正式採用が決まっていませんので私服を認めていますが、見習いとしてメイド服を着用させた方がよろしかったでしょうか?」
「いや、彼女には玄才さんの助手としてリットン侯爵領での農業指導を頼もうと思っている。確かに玄才さんのお陰で島とリットン侯爵領での稲作は順調に進んでいるけど、現役の農家から見たらおかしな点や改良点も多いだろうからね。
俺としては稲作がリットン侯爵領の主要穀物として定着し、王都に米文化が広がることが目的だから。これまでにない新しい米料理が作られれば最高かな? 全く知らない穀物だからこそ、これまでの常識にとらわれない新しい食べ方を思いついてくれると思うんだよね」
そう言いどう思うとばかりに顔を向けると、静かに礼をするトライデント。うん、素晴らしい執事ぶり、残月もそうだけどトライデントの基礎となっている生活支援機構には執事の所作のプログラムでも組まれているんだろうか?
でも開発者のケトル研究員はガチのメイドスキーなんだよな、そんな彼女が作り出した生活支援機構の魔力結晶で何故に執事、セシリアって名前の魔導人形は完全なメイドタイプだったんだけど。
そういえばトワイライトはメイドや執事の気質は出なかったな。最新型な分、生活支援機構としての在り方が前面に出ると思いきや、社畜の女神としての思いに染まっていたっていうね。まぁ居酒屋ケビンの給仕をしてくれるし、あの場は特殊だからそれだけでも十分助かってるんだけど。
顧客が下級・中級・上級天使と堕天使、ドラゴンと補助神だもんな~。残月が厳しいって言ってるぐらいだし、トライデント以外に手伝いを頼めそうな者がいなかったんだよな~。
そんな時に現れた救世主がトワイライト、俺とトライデントはなんやかんや忙しいんで、居酒屋ケビンと常連の世話をお願いします。
「こんにちは、はじめまして。話はトライデント経由で聞いています、あなたが玄才さんの姪のお菊さんかな? 俺は玄才さんの雇い主でケビン・ワイルドウッドと言います。こことはずいぶん離れた中央大陸の西の国、オーランド王国の外れのホーンラビット伯爵家独立領というところで貴族をしています。
俺の話は玄才さんから聞いていませんかね?」
背後からお菊さんに声を掛け自己紹介すると、洗濯物を干す手を止めて、慌てて両膝を突き頭を下げるお菊さん。そういえば扶桑国にもお貴族様がいるんだっけ?
俺は会ったことがないけど、帝都という所には帝様とお貴族様が住んでいて扶桑国の政治を司っているとかなんとか。玄才さんは都に行ったことがないから詳しくは知らないって言ってたけど、ちょっと興味あるよね。
そのうち観光に出かけるのもいいかも、額に角を付けてればバレないだろうし、伊藤代官様に身分証明書を発行してもらって、伊助の方向先に顔を出すのもいいかもね。
「あぁ、膝を上げてくれる? 俺はこの国の貴族じゃないし、お菊さんとは大店の店主と奉公人くらいの関係だから。
それに扶桑国は中央大陸の普人族が勝手にうろついちゃいけないんでしょう? だったら畏まる必要もないしね。
それで早速で悪いんだけど、俺はお菊さんに玄才さんの手伝いをして欲しいと考えてるんだけど、どうかな? ちゃんと給金は支払うし、家も用意する。ただ勤め先がオーランド王国のリットン侯爵領って所なんだよね。
今リットン侯爵領では水田による稲作の導入が行われていてね、玄才さんには農業指導員として、農民に稲作の指導を行ってもらっているんだよ。
指導期間は後八年、その後は俺の下で働いてもらう感じかな」
俺の言葉に地面から立ち上がり一礼をしたお菊さんは、真っ直ぐ顔を向けて口を開きます。
「お初にお目に掛かります。太田玄才の姪でお菊と申します。この度は突然押し掛けるように参りました私を受け入れていただきありがとうございます。ケビン様のことは叔父よりお聞きいたしました。
仕官先を追われ無頼の者として燻っていた自分を拾ってくれた恩人であるとか、恥ずかしくもそのお心におすがりした私に大役をお与えくださるというお話、謹んでお引き受けいたします。
叔父太田玄才共々、末永くお仕えさせていただきたく存じます」
やる気十分、こういう人材を待っておりました。うちの使用人たちって基本自由人なんだけど、妙な方向で忠誠心が高いから。
お菊さんのことは、月影率いる特殊使用人部隊“月光”の魔の手から守らねばなりません。
「ところでお菊さんは蒸し茶の茶揉みなんかできる? それと味噌の仕込みとかなんだけど」
「はい、自家使用分になりますが、茶揉みは農家であればどの家でも行っておりますので。味噌造りもそうですね、麴屋で味噌用の麴を購入して仕込むのが一般的ですが味噌玉を作って仕込む方法もあります。一応方法は知っていますのでお役に立てるかと存じます」
素晴らしい、こうした文化の継承は剣術一本だった玄才さんより現役農家のお菊さんの方が上でした。
「お菊さん、あなたの持つ知識はあなたが思っている以上に価値のあるものです。ぜひ我が家にその知恵を授けていただきたくお願い申し上げます。待遇や月の給金については、お菊さんの要望を出来るだけ応えるようにいたします。取り合えず金貨一枚からでよろしいでしょうか?」
「イエイエイエ、そんな滅相もございません、私はただ置いていただけるだけでも十分でございます。それにそんなにお給金をいただいても使うところがありませんし」
・・・いかん、そこまで考えてなかった。いくら離界経由で扶桑国に来れるといってもこんな山の中じゃ買い物にも出れないし、う~ん、今度伊藤代官様にその辺も相談しておこう。
「分りました、そうした契約に関してはまた後でご相談しましょう、その際は玄才さんが一緒にいた方がお菊さんも心強いでしょう。それと金子先生に作刀を頼んでいた刀が打ちあがったと聞いたのですが」
「はい、二日ほど前に出来上がったとお聞きしております。すぐにご案内いたします」
「あぁ、大丈夫、それよりも洗濯物を干す手を止めて悪かったね。皺になっちゃうから早く干しちゃって。トライデント、行こうか」
「はい、御主人様。本日御主人様が御来訪くださることは伝えてありますので、玄才も金子先生の所で待機しております」
俺はお菊さんとの挨拶を済ませると、早速依頼した刀を拝見する為に、金子先生の所へと向かうのでした。
「失礼します、金子先生、袈瓶でございます」
「おお、待っておったぞ。遠慮せず中にはいられよ」
家の中から聞こえるのは金子先生の明るい声、作刀は魂を削る大仕事と聞いていたから心配していたけど、金子先生がお元気そうでほっと一安心です。
「袈瓶殿、よう参られた、まぁお座りくだされ。玄才殿、すまんが茶を頼めるかな?」
「いえ、それは私が。玄才は御主人様に金子先生の作られた刀の説明を」
サッとその場を下がりお茶の準備を始めるトライデント。金子先生は「ほんに
「いや、袈瓶殿、お預かりした地金<魔物鉄(地龍)>と<魔物鉄(スライムドラゴン)>は中々な難物でありました。儂もこの年になるまで刀鍛冶一筋でやってきた自負があり、他の刀鍛冶に負けぬと思い込んでおりましたが、いやはや自身の未熟と小ささを思い知らされた仕事でありましたわ」
そういい豪快に笑う金子先生の表情は、初めてお会いした時よりも晴れやかで、幾分若返ったかのようにも見えました。
“サッ”
差し出された物は金子先生の脇に置かれていた、布袋に納められた長物。金子先生はその布袋をスルスルと取り外すと、中から白木の鞘に収まった刀を取り出します。
「いつもであれば拵《こしらえ》まで自分で行うんじゃが、この刀に関してはそれが失礼に思えてな。儂ごときが我を通すよりも、その道の専門に任せる方がこ奴も喜ぶ気がするんじゃ。その辺は後程伊藤代官殿の伝手を頼るがよかろう。先ずは見て欲しい」
そう言いスッと前に差し出された刀、俺は「失礼します、拝見させていただきます」と言ってから両手で受け取り。
“ゾクゾクゾクゾク”
「はぁ!? 今のは一体。身体の芯にゾクゾクとした震えが走ったんですが」
「ハッハッハッハッ、そうであろう。いや~、びっくりびっくり、儂も自分で打ち上げておきながらとんでもない刀を造り上げてしまったと思ったわ。一度帝都の鬼神様を祀るお社に納められている神刀を拝見させていただいたことがあったが、やはり同じように全身に震えがきたことを思い出したわい」
そう言い愉快愉快と笑う金子先生。うわ~~、拵どうするんだよ、ヤバいじゃん、神刀なんてことになったら大騒ぎ間違いなしじゃん!!
俺はどうするのよこれと思いながら、覚悟を決め刀身を引き抜きます。
“スーーーーッ、カチャリ”
漆黒の輝きを放つ黒光りした刀身、斬るという一点を追求した武器でありながら神聖さすら感じさせるその姿は、神刀と呼ぶにふさわしい存在感を示し続ける。
「銘は」
「うむ、その刀の名は“
金子先生の言葉に、黒竿に向かい話し掛ける。
「黒竿、金子先生はこう仰っているんだけど、お前はどうよ」
“・・・ブルブルブルブル♪”
ウワチャ~、こいつ生まれながらに明確な意思があるよ、魔剣だよ、神刀でないと祈りたい。
「そうか、なら良かった。拵とかはまだだけど、先ずは黒竿の主人となる人物を紹介するわ。太田玄才、嘗て“胴抜きの玄才”と呼ばれた剣の達人。
これからは玄才さんの愛刀として、玄才さんを支えてやって欲しい、頼めるか?」
“ブルブルブルブル”
どうやら了承してくれた模様、いや~、良かった良かった。俺は黒竿を一度白木の鞘に戻すと、隣に座っている玄才さんに差し出します。
「正式な引き渡しは拵が完成してからになるけど、先ずは黒竿と語り合ってみてくれ。これから長い付き合いになると思うから、黒竿の癖もしっかり覚えておいた方がいいだろうしな」
「金子先生、袈瓶様、ありがたく受け取らせていただきます」
“スーーーーッ”
玄才さんは刀身を引き抜くと、黒竿をジッと見つめ続ける。
「ふむ、相性は良さそうであるな」
「そうですね、流石は金子先生、見事な仲人ぶりでございます」
刀と使い手の出会いは偶然にして必然、生涯の相棒に出会える者は幸いである。俺はこの出会いが玄才さんと黒竿にとって離れ難いものになることを祈り、金子先生と共に刀と剣士の語らいを見守るのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora