“スーーーーッ、カチッ、フゥ~~”
それは長い時間であったのか短い時間であったのか、玄才さんは黒竿を白木の鞘へ戻すと長く深い息を吐くのだった。
“コトッ”
「袈瓶様、金子先生、素晴らしい刀をご用意いただき、太田玄才心より感謝申し上げます」
玄才さんは納刀した黒竿を床へ置くと、俺たちに向き直り深々と頭を下げ、礼の言葉を向ける。
「して、どうであったか。太田殿の太刀筋には馴染みそうであるかな?」
「はい、正直に申せば今の私には過ぎたる一振りであるかと。ですがこの出会いはこの刀に相応しい使い手になるべく精進せよとの鬼神様よりの思し召しであるかと。幸い黒竿も私を受け入れてくれるようですし、より一層剣の道に励んでまいる所存。この御恩、終生忘れぬと誓いとうございます」
玄才さん大絶賛、やっぱり金子先生に作刀を頼んで大正解だったようでございます。
でも玄才さん、農業指導員の仕事はちゃんと行ってくださいね、冬場はうちの馬鹿どもを相手に思う存分修羅の道に邁進してくれていいですから。
鬼神ヘンリーと剣鬼ボビーの新しい遊び相手、いや~、素晴らしい人材が騎士として就職してくれてワイルドウッド男爵家も安泰ですわ~。
「金子先生、一つ懸念点があるんですが、拵の作製をよそに依頼するとして、黒竿を見た職人が魅了されたりしませんかね? もしくはどこぞから黒竿の話を聞いた大名なり貴族なりが権力を振り翳して強引に黒竿を奪い取るような真似をしないかと心配なのですが。
いえ、これは扶桑国の職人を馬鹿にしているとか大名や貴族の批判をしたいということではなく、以前私自身が経験したことでして」
俺はそう言うと、収納の腕輪から無骨な剣鉈を取り出し話を続ける。
「この剣鉈は金子先生に依頼したように私が作り出した魔鉄を材料に、知己を得たドワーフ族の鍛冶職人に作製を依頼したものでした」
「ふむ、どれどれ。ほう、これは中々。大陸のドワーフ族の事は聞き及んでいる、鍛冶や細工物、様々な工芸品を作り出す才能に長けた種族であるとか。実際に会ったことはないが、ドワーフ族の作り上げた剣は金子本家でも大陸文化を知る為のものとして保管されておった。
中でも魔剣と呼ばれるものは、その切れ味や付加された特別な力といった高い価値を持つ物であったわ」
「はい、私が制作を依頼したゾイル工房のフレム・ゾイル氏も、そうした特別な剣を作り出すことのできる稀有な人物の一人でした。そして作り出したこの剣鉈を狙った欲深い者の手により襲われ、剣鉈と大切な妻を奪われ右腕の腱を切断される重傷を負わされてしまった。
欲とは人を狂わせ狂気の行いに走らせる、これは人である以上共通の業ではないでしょうか」
金子先生は俺の言葉に腕を組み、唸りを上げる。伊藤代官様の目が光っている以上やたらなことはないと思いたいが、物が物である。黒竿は下手をすれば戦の原因になりかねない程の一振り、やたら大勢の前に晒す訳にはいかない。
まぁこれがオーランド王国ならよさげな変わった曲剣で済む話なんですけどね。
「う~~ん、だが儂が作るのはの~。やはり黒竿にはその道の職人による拵が必要じゃと思うのだが」
「一つだけ心当たりが。その剣鉈の鞘とベルトを作製して下さった武器装具工房ヘンドリック武具店のデリル・ヘンドリック氏であればあるいは。デリル氏の腕の確かさは私がよく知っておりますのでその点は心配していないのですが、専門が剣の装具作りでして刀の拵の知識はあまり持っていないのです。ですのでよろしければ金子先生からデリル氏宛てに刀の装具作りの指南書を書いていただけないものかと。
直接指導いただければそれが一番なのでしょうが流石にそこまで甘える訳には・・・」
俺がかなり図々しいお願いをしていると、腕組みをしていた金子先生が静かに口を開きます。
「いや、袈瓶殿の心配はよう分かる。儂もこれまで多くの刀に触れあってきたが、黒竿ほどの刀は扶桑国広しと言えど片手で数える程しかあるまい。それらは皆扶桑国で名の知れた大名や貴族、帝様が住まう御所に保管されておる。そして過去には一振りの刀を巡り多くの血が流れたことも一度や二度ではない。神刀と呼ばれる程の業物はそれ程に多くの者の心を摑み、決して離しはしない。
であれば他国の、扶桑国とは縁もゆかりもない大陸の彼方の国の職人の手を借りるのも一興というもの。儂も出向くことに否やはない、ないのだがな」
金子先生はそこで一度言葉を切ると、大きく息を吐き、俺たちの顔を確認してから話を続ける。
「これは儂がこの場所に小屋を構えている大きな理由なのだが、儂は伊藤代官殿より一つお役目を任されておってな。それがこの奥深い山々のどこかに隠されておる封印の祠に異変がないかどうかの監視なのじゃ。
ここに食料や物資を運んでくる佐々木信平がおるじゃろう、あ奴は儂の次代の守り人じゃ。
封じられている物は一振りの刀、嘗て鬼神様により倒されたとされる厄災の大怪異、多くの呪術師の手により大業物の中に封印され、今もその祠の中で眠り続けているとされておる」
「・・・あの、それは御刀之守一族が守り伝えたと言われる大怪異を封じた一振りとはまた別の」
「おぉ、袈瓶殿は“国守の鴉”をご存じか。国落としの大怪異を封じし護国の直剣“黒鴉”。失われて百年以上の年月が経つが、未だその名が上げられる名刀、ほんに惜しい事を。一人の刀鍛冶として一度目にしたいと思っておった一振りであったわい。
残念ながらこの地に眠る物は別であるな、既に名は失われこのお役目の意味を知る者も限られておる。完全に忘れられ、大地の一部として眠り続けることを望まれる厄災よ」
そう言いトライデントが差し出した湯呑に手を付ける金子先生、伊藤代官様はその伝承を引き継ぐ者の一人ということなのでしょう。
人知れず世の人々の安寧を守り続ける悪代官、く~~~、伊藤代官様はどこまで格好いいんだか。その清濁併せ持つスタイル、最高です!!
でもそうなると金子先生にお越し願うことは難しいし、ヘンドリック武具店の親父さんに来てもらっちゃう? 何度か日帰り研修をしてもらえれば、あの親父さんならやってくれるはず。伊達にうちの呪われた魔剣たちの鞘作りを引き受けてくれた訳じゃないってね、親父さんの腕前は呪われた魔剣たちのお墨付きですからね。
“ゾワゾワゾワゾワ”
“““!?”””
突然全身を駆け抜ける悪寒、それは俺だけじゃなくその場にいた者全員が感じ取った気配。
「トライデント、場所は」
「はい、ここより北西十六キロ八百四十メート地点、強い闇属性魔力反応。大気の急変、上空に急激な勢いで暗雲が広がっています」
“ビカーーー、ドゴーーーン、ゴロゴロゴロゴロゴロ”
稲光と共に起きた落雷の振動が、ビリビリと襖を揺らす。俺はトライデントと玄才さんに声を掛けると、洗濯物を取り込んでいるであろうお菊さんを手伝う為に急ぎ部屋を飛び出すのだった。
――――――――――――
時は少し遡る、そこは森の魔獣もあまり近寄ろうとはしない大地に刻まれた割れ目の底、その存在を知られることなく決して人の近寄ることのない隠された場所。
「このような何もない山深い森の奥に隠されていたとはな、これでは誰も見つけることが叶わぬわけだ。まさかあれ程精密に作られた古文書が全て捜索の手を混乱させる為の罠であったとは。
まぁよい、全てはこの嵯峨野宗親が陰陽寮の実権を握り、実質的な扶桑国の主となる為の道程。多少の脇道も物語りを彩る添え物と思えば溜飲も下がるというもの。秋村の忍びよ、此度の働き、宗親の胸に留めようぞ。
その方らとの盟約、決して忘れぬ。これからも我に従い働くのだ」
「「「「「ハッ、宗親様の思し召しのままに」」」」」
その場所のことは記録に残されてはいなかった。残った物はごく一部の者たちに引き継がれた口伝のみ、然も本物のように残された古文書の数々は、すべて真実を覆い隠す為の罠であった。
「ふむ、これは相当に古い隠蔽結界、だが隠蔽結界としての耐久性や永続性が深く考えられた造りだな。現代の陰陽師から見れば非効率極まりないが、時代背景を考えれば最高峰の造りと言っても過言ではないだろう。
まぁ我にとっては何の障害にもなりえんがな」
そこは岩肌の壁であった。人の手の加わった痕跡の一切ない、ただの岩壁。嵯峨野宗親は懐から取り出した護符を岩壁に貼り付け円形を作り出すと、何やら呪文のような物を唱え始める。
「“土は土に、水は水に、火は灯り、風は流れ、光と闇は天を覆う。我が名は嵯峨野宗親、我が声に従い真の姿を晒せ。急急如律令”」
突如燃え上がる護符、全ての護符が燃え尽きるのと同時にその場に空間が広がり、時の彼方に隠された石造りの社が姿を現す。
秋村の忍びたちは慎重にその場を調べ、問題がないと判断するや雇い主である陰陽師に一礼をして、周辺の警戒に当たる。
「ふむ、この場は古代の術式により状態保存が掛けられているのかと思いきや、そうしたものは見られないようだな。封印状態で剣が朽ちるようにされていた? いや、剣と共に時間を掛け大怪異を消滅させることが目的であったのなら。クソッ、何が鬼神様に封じられた大怪異だ、既に弱ってしまったのでは我が駒としても然して役に立たぬではないか」
宗親は自身の予測に舌打ちしつつ、社に近付き中を覗く。
そこはがらんとした何もない場所であった。一瞬ハズレを引いたかと落胆しかかった宗親であったが、社の内部をうろつき天井を眺めてから、部屋の中心へ移動し目を瞑る。
「“求める者は見えず、探す者は触れること叶わず、その場に有って無きがごときもの。我が名は嵯峨野宗親、我が名に応えて顕現せよ、急急如律令”」
“スーーーーッ、パシッ”
延ばされた手、虚空で何かを摑むような動きをした宗親は、目を瞑ったまま社を後にする。
「宗親様、社の内部を捜索いたしましょうか?」
これといった成果もなく社から出てきた宗親に、忍びの者たちが声を掛ける。宗親はその声が聞こえていないかのようにその場を離れると、割れ目の下に到着してからゆっくりと目を開ける。
「宗親様?」
「クックックックッ、アッハッハッハッ、まさか惑わしの為に作られていた古文書が最後の鍵となるとはな。“求める者は見えず、探す者は触れること叶わず、その場に有って無きがごときもの”、見えず、触れず、だが確実にそこにある」
宗親はまるで手に剣を握っているかのように鞘から引き抜く動作をすると、岩壁に切りつけるかのように振り下ろす。
”スパンッ、スパンッ、スパンッ、ドサッ”
三角に切り落とされた岩壁、そのあまりに鋭利な切り口に、その場の者たちは一様に言葉を失う。
「さて、物は手に入れた。後は封じられている大怪異を調伏し、我が手足とするのみ。すぐに屋敷へ戻って儀式の準備を『その必要はない。俺は既に目覚めている。俺を調伏する? お前らが? そいつは無理だろう。まぁ退屈なあの場所から解放してくれた恩もあるからな、一応殺さずにはいてやろう。俺の身体として使ってやるからありがたく思えよ?』クッ、何を・・・・・・」
“ブワッ”
突如宗親の身体から妖気が膨らみ、その場の者たちは一瞬にして意識を奪われる。
「さて、実体を手に入れたのはいいが、完全にこの剣と一体化しちまうとはな。鬼神の野郎、面倒なことしやがって。大体なんで神が地上にいやがるんだよ、意味が分からねえ。
次に会ったら絶対に勝つ、これは決定事項だ。しかしここはどこだ? この身体の記憶じゃ随分と山の中みたいだが。
まぁいいや、適当にぶらつけばそのうち街にも出るだろうさ」
“シュタンッ”
一瞬にして姿を消す宗親、その身体は既に上空にあり、辺りを覆い尽くす黒雲が稲光を発して宗親の影を照らす。
「ウ~ン、やっぱり外はいいわ、あの場所は何にもなかったからな。取り合えず百年くらい暴れ回って、身体を慣れさせるかな? 飽きたらまた大陸に渡ってドラゴンでも揶揄って遊んでもいいか。鬼神に勝つにはドラゴンくらい吹き飛ばせないと駄目だからな、本当に面倒くせえ」
“ビカーーー、ドゴーーーン、ゴロゴロゴロゴロゴロ”
特大の雷が大地の切れ目に落ちる、ガラガラと崩れ落ちる岩にチラリと視線を送った宗親は、「運がないね~」と小さく呟く。
「おっ、人の気配。他に全く気配がないところを見ると、変わり者の隠遁者か? だったら都合がいいか。ちょっと行ってみよう」
“ピカーーー、ゴロゴロゴロゴロゴロ”
稲光が走る。宗親は瞬間的に宙を蹴ると、人の気配がする方へと飛び去っていくのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora