“ビカーーー、ドゴーーーン、ゴロゴロゴロゴロゴロ”
稲妻が走り、落雷の音が響く。周囲が急速に暗くなり、袈瓶殿が「洗濯物を取り込まないと」と言い慌てて部屋を飛び出し、玄才殿と三角がその後を追う。
だがこれは単なる天候の変化か? 先ほど感じた悪寒、そして急速に広がった暗雲。
「遂に怖れていた事態が起きてしまったのやもしれんな」
儂は立ち上がると、刀をしまっている部屋に向かう。
「金子守綱殿、一つ引き受けてはくれまいか」
それは金子本家から追われ、都に居場所をなくした儂に掛けられた伊藤代官殿の言葉。人との関わり合いにほとほと嫌気が差していた儂に手を差し伸べてくれた伊藤殿が用意してくれたものは、終の棲家となる鍛冶小屋と秘めたる役目。
役割は人に存在の意義を与える。ただ山に籠る隠者ではなく役割を持った立場は、与えられる物資に名目を齎す。
鬼神様により封印されし大怪異の話は都の鬼神様をお祀りする社にて聞いたことがあった。過去多くの厄災が封じられ、その中でも幾つかの大怪異の封印に鬼神様が登場する、この話はその内の一つと呼ばれていた。
封印の地の守り人、伊藤代官殿の心遣いは、当時の儂にとって非常にありがたいものであった。
“スーーーッ”
引き戸を開け、目的の刀を探す。大業物“守綱”、儂が儂の名を付けた唯一の刀。
“カタカタカタカタカタカタ”
すると棚の上の段からカタカタと箱の揺れる物音が聞こえる。
「ふむ、“荒又切”も先程の気配に気づいたか。折角お主ともよい関係が築けたのじゃがこれも定めというもの、新たな主人の下では達者で暮らせよ」
儂は何かを訴えようとしている妖刀“荒又切”に声を掛けると、大業物“守綱”の収められている長箱に手を伸ばす。
“ゴトンッ、ゴロゴロゴロ”
棚から何かが落ちた音がする。顔を向ければ落ちた拍子に蓋の開いた長箱と、床に転がる封じの布に包まれた“荒又切”。
「・・・共に来るというのか、これもまた運命というものか」
儂は“荒又切”を包む封じの布を外すと、腰紐に差し部屋を出る。
「ふむ、案外しっくりくるものだ。“荒又切”、これが最後のお役目になるやもしれん、しかと頼んだぞ?」
“カタカタカタ”
心なしか嬉しげに鍔を鳴らす“荒又切”に思わず笑みを浮かべた儂は、大きく息を吐くと鍛冶小屋の外へと向かうのだった。
「お菊さん、洗濯物の他に干してるものとかない? 干し野菜は玄才さんが干しざるごとしまってくれていたけど」
「はい、屋敷脇に癒し草を陰干ししていたものがあったのですが、回収しましたので問題なく。山の天候は急激に崩れることがあると言いますが、晴れ間がこれ程劇的に変わることもあるんですね。
この雲ですと本降りになることは間違いありません、御主人様もお屋敷の中へ」
そう言い屋敷玄関へ急ぐお菊、袈瓶殿は安心した素振りを見せつつも、空に浮かぶ暗雲をジッと見つめ続ける。
やはり袈瓶殿もこの暗雲が単なる天候の変化ではないことを察しているのであろう。玄才殿と三角も空を見つめ、何かが起こることを予感しているようであった。
“ピカーーー、ゴロゴロゴロゴロゴロ”
稲光が天を染め、雷鳴が轟く。そろそろ一雨きそうだというところで、それは忽然と姿を現した。
「ふむ、これは俺の知らない形式の家屋だな。まぁ俺が鬼神の野郎に負けて封じられてから随分と経つから、人の生活様式が変わっていてもおかしくないか。この男の記憶だと帝都が国の中心みたいだし、そこの屋敷を塒にして各地を飛び回るってのも悪くないか。
おい人間、この屋敷は俺が貰ってやろう。俺は目覚めたばかりで気分がいい、見逃してやるからとっとと出ていけ」
“ブワ~~~ッ”
それは強大な妖気を惜しげもなく振り撒く厄災、怖れていたことが現実になったという証。
「・・・えっと、居直り強盗? 玄才さん、扶桑国の強盗は随分と大らかと言うか開けっ広げというか。まぁ分かり易いと言えば分かり易いんだけど」
「その装い、陰陽師とお見受けするが如何か。衣の色は陰陽寮の所属を示すもの、そのような者が何故にこのような真似を?」
玄才殿は白木の鞘に収まった黒竿に手を掛けると、油断なく侵入者に目を向けながら誰何する。
「ほう、お前ら中々だな、この俺を前にしても態度が変わらんとは。いくら俺が封印から目覚めたばかりとはいえ、ここまで胆力の有る者は早々いないぞ、褒めてやろう。
で、この男は確かに陰陽師と呼ばれる者だな。俺の封印を解いてくれた恩もあるんで生かしてある。意識はないんだがな」
封印を解いた、愚かな陰陽師が己の力を過信し厄災の大怪異を調伏して式神にでもしようとでも思ったか。
儂は最悪の状況に奥歯を噛み締めるも覚悟を決め口を開く。
「袈瓶殿、玄才殿、三角よ、今すぐそ奴から離れよ。そ奴の正体は鬼神様に封印されし厄災の大怪異、雷雲を操り雷と共に現れる雷獣“鵺”。地方によってはその存在を怖れ雷神として祀っているほどの、人の手ではどうすることも出来ぬ厄災よ」
「何だ何だ、分ってる奴がいるじゃねえか。やっぱり年寄りの方が知恵も知識も豊富ってことかね、お前らもちゃんと見習えよ? ほれ、行った行った」
儂の言葉に漸く分かったかといった呆れ顔をした鵺は、手の甲を振りどこへでも行けといった態度で儂らに退去を促す。
「ウ~ン、つまり魔物が人に憑依して居直り強盗を働いていると。ゴブリンやオークが人家に棲み付くって話と一緒かな? リッチが人に取り憑くって話も聞いたことがあるし、要はそういうことだね。
で、当然だけどお断り、というか魔物なら退治してもいいんだよね? 取り憑かれちゃった陰陽師も自分から封印を解きに行ったって話だし、自業自得? 残念だったってことで」
だが袈瓶殿はそんな鵺の言葉に従うどころが、挑発するようなことを言い始める。
「ん? 何だお前は。俺のことをゴブリンやオーク、果てはリッチのようなこの世に未練たらたらの怨霊と一緒って言いたいのか?」
「いや、鬼神様に封印されし大怪異とか聞いていたからどれ程のものかなって期待していたんだけど、案外大したことなかったからちょっと。
ほら、大業物に封印されし大怪異って言われちゃうと、どうしても期待しちゃうじゃん? で、実際に会ってみたらそうでもなかったみたいな。お見合い相手が
“ブワッ”
途端その場の空気が変わる。さっきまで圧倒的な妖気で場を支配していた鵺の気配が、絶望的な殺気に変わる。
「フッフッフッフッ、アッハッハッハッハッ。やっぱり時間の流れってのはスゲーわ、この俺をここまでコケにするような馬鹿が生まれるとは流石に予測出来ねえわ、大したもんだ。
扶桑国を恐怖に染め、大陸で暴れ回りドラゴンに喧嘩を売っていたこの俺に向かって随分と嘗めた口をきいてくれるじゃねえか人間。気が変わった、死ね」
“シュンッ、ボンッ”
急に袈瓶殿の前の地面が爆ぜる。一体何が。
「ほう、大口を叩くだけのことはあるじゃねえか、今の一振りで無傷とは」
「見えない剣、存在の認知すら出来ない剣。位相にでも置かれているんですかね? 現実の世界に干渉するってことは、ただ姿が見えない程度のごく近しい世界なのかな? なら壁を取り払えばいいだけのことなんですけどね」
“パンッ、パリーン”
袈瓶殿が正面で柏手を打つ、すると何かが割れたような音がして、鵺の右手に握られた両刃の直剣が姿を現す。
「アッハッハッハッ、鬼神の施した仕掛けを破るか、これは本気で驚いたぞ人間。名を聞いてやろう」
「そういえば名乗っていませんでしたね。俺の名はケビン・ワイルドウッド男爵、扶桑国では袈瓶と名乗っております。
で、鵺はどうします? 吐いた唾は戻りませんよ?」
「ふん、調子に乗るなよ人間。お前に刃が届かなかったのは俺がこの素体を生かしていたからだ。完全に己が物としてしまえば俺に切れぬものなど無いわ」
“ズオンッ”
大気が重みを増し、全身に圧し掛かる。鵺の身体から紫色の妖気が立ち昇り、周囲を絶対の絶望が包み込む。
「クッ、止むを得ん。袈瓶殿、玄才殿、三角、これより鬼神様を降ろす。後のことは信平に聞いて欲しい、あ奴には鵺の再封印の役割もあるのでな。袈瓶殿、最後に良き仕事を託してくれた、礼を申す」
儂は覚悟を決め鬼神様に顕現していただく為の神降ろしの呪符を懐から取り出す。
「“臨兵闘者皆陣列在前、我が敵、存在すること能わず。我が祈りに応え、わが身に寄りて顕現せしむることを願い奉らむ”「あっ、それキャンセルで。“パンッ”」」
“ボッ”
その瞬間手に持つ呪符が燃え上がり、火の粉を散して消えていく。何が起こったのか理解出来ずに立ち竦む儂をしり目に、袈瓶殿が口を開く。
「金子先生、何を焦ったのかは知りませんが、あまり神に頼るものじゃないですよ? 神とはただ見守って下さるもの、より大きな世界を司る者。神の事情は神々の間で、人の事情は人の間で。神に頼るとなれば代償が必要ですからね。その癖アイツらときたら碌にツケも払いやしない、本当に困ったもんです。
さて、そこの大怪異、未だに剣を携えているということは、完全に封印が解かれたって訳じゃない、むしろ剣と一体化してしまったってところかな?
つまり魔剣“鵺”になってしまったと。使用者を操る妖刀なんてものはゴロゴロしてるからね、お前もその内の一振りってことだ。
そんなこの世にゴロゴロある呪われた魔剣の一振りを紹介してやろう」
“ズズズズズズズズズズズズズッ”
それはケビン殿の影から現れた。一瞬にして恐怖が全身を支配し、すべての思考が停止する。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
ただその思いだけが身を震わせ、鵺のことなどどうでもよくなってしまう。
“ギャッギャッギャッギャッギャッギャッ、ガキガキガキガキガキガキガキガキ”
それは異形の何か、形があって形のない怨念の塊、恐怖の具現化。
「なんだそれは、何故体が動かない」
「あぁ、それは鵺が支配しているその男が恐怖に耐えられなくなったからだよ。この感情は魂に刻まれた根源的なものだからね、人の身で逆らうことは不可能、ましてや支配している側の鵺が理解できない状態に困惑していれば猶更ってね。
でもさ、単純にお前が弱いってだけなんだよ。封印されし大怪異、でもさ、魔物ってそこで終わりじゃないんだわ」
“ズズズズズズッ”
袈瓶殿の身体から現れる黒鞘の直刀、アレはまさか・・・。
“スーーーーッ”
「魔剣“黒鴉”、俺の知る中で最高峰に位置する魔剣、お前は黒鴉を凌駕できるとでも?」
「何なんだ何なんだ何なんだ、お前らは一体なんだっていうんだ。こんなことが許されてたまるか、すべて吹き飛んでしまえ!!」
“ビガビガビガビガバリバリバリズドーーーン”
暗雲から生じた無数の雷が、袈瓶殿目掛け一斉に襲い掛かる。
「ハッハッハッハッ、馬鹿が、人間風情が調子に乗るからそうなる。お前らは俺の存在に怯え地面をはいつくばっていれば「うわ~、眩しかった。目を瞑っていても瞼が赤く光って見えるって、とんでもないよね」・・・」
袈瓶殿の声に瞼を押さえていた手を退ければ、そこには巨大な光輝く鳥の姿が。
「封じられていた大怪異はさらなる進化を遂げ、聖獣へと至る。鵺、お前は魔剣としても魔物としてもまだまだだってことなんだよ。さっき大陸のドラゴンを相手に戦っていたって言ったけど、結局勝てなかったんだろう? ドラゴンってとんでもないもんね。
それで鬼神様との再戦が望みと、その願い、叶えてやろう」
“シュンッ、スパーーーーーン”
大きな音が響く、すると鵺が膝から崩れ落ち、手にした剣を取り落とす。
“スーーーーッ、カチンッ”
「はい、終了。トライデント、この剣をトワイライトのところに持って行って。事情を話して後始末を喧嘩馬鹿に丸投げするように伝えてくれる?」
「承知いたしました、御主人様。では失礼いたします」
袈瓶殿から“鵺”を封じた剣を受け取った三角は、恭しく礼をしてから屋敷の中へ消えていく。
「袈瓶様、この陰陽師、まだ息があるようですがどうしましょうか?」
「おっ、生きてたんだ、大したもんだね。取り敢えず屋敷に運んでおこうか、気が付いたら食糧を渡して送り出せばいいんじゃないかな? こんな山奥に大怪異の封印された剣を探しに来るくらいなんだから体力はあるでしょう、それ以上の事は面倒見切れないしね。
でもこうなると一度伊藤代官様に事のいきさつを説明する必要があるよね。金子先生、お疲れのところ申し訳ありませんが、里に下りてもらってもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ、それは構わんのだが、この巨鳥はどうするのかの? それにそこの呪われた魔剣とやらは」
儂の言葉に忘れてたとばかりに慌てる袈瓶殿。
「闇喰らい、お疲れ様。大変いい仕事でした、またよろしくお願いします。黒鴉、合体!!」
恐怖の魔剣が再び袈瓶殿の影に消えていくや、翼を広げ空に飛び立つ巨鳥。大きく旋回した巨鳥は向きを変えるや袈瓶殿目掛け落下する。
“ブワッ”
吹き抜ける風、消えた雷雲、屋敷から姿を見せたお菊は空を見上げると、「本当に山の天候は変わり易いのですね」とのんきな言葉を漏らすのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora