静寂に包まれた室内、俺と金子先生は代官所のお侍様に通された奥座敷でこの場の最高責任者の到着を待つ。
“スーーーーッ”
静かに開かれた障子戸から入ってきた伊藤代官様は、平伏する俺たちへ頭を上げるように促すと、緊張した面持ちで口を開かれる。
「先ほどまで街の鬼神様を祀った社から神主が来ておってな、事情はあらかた承知しているつもりだ。思いのほか守綱の訪れが早いことに驚きはしたが、その辺りは袈瓶が何やら不可思議な術を使ったのであろう。
この者は中央大陸の西の端から米の買い付けに訪れるような猛者、もはや何が起ころうと不思議ではないからな。
してその方らが代官所を訪れたということは、やはり鬼神様が施した山の封印が何者かに破られたということなのであろう」
流石は伊藤代官様、既に事態を把握し情報収集を開始していた様子、この場に信平様がおられないということは、忍びの者として現場に向かわれたということなのでしょう。
「伊藤代官様に申し上げます。ご推察の通り、山深くに隠されておりました鬼神様により封印されし大怪異“鵺”は復活を果たしてしまいました。封印を解きし者は陰陽寮所属の陰陽師、名前は分かりかねますが、羽織る衣の色は陰陽寮の所属を示すものでありました」
「何と、だがそれはどういうことであるか、まさかその陰陽師が鵺を従えて姿を現したとでもいうのか」
驚きの表情を浮かべる伊藤代官様に、俺はあの場で見たままのことをお伝えします。
「いえ、私たちの前に現れた者は鵺に取り憑かれ身体を奪われた陰陽師でありました。復活を果たしたばかりの鵺は、ひとまずの拠点とするべく人里離れた山の中に建つ私たちの屋敷に訪れたようでありました」
「そうか、それでその方らは無事に解放されたという訳だな。災難ではあったが命あってのこと、よくぞ無事に戻られた。
であればしばらく住む場所も必要であろう、我が屋敷に部屋を用意する故、ゆるりと身体を休められるがよい。
してその身体を奪われた陰陽師であるが、身体的特徴など、相手が特定できるような情報はあるだろうか。ことは緊急を要する、どんな些細なことでも構わない」
クハッ、被災者に対するありがたい心遣い、流石は伊藤代官様、今後とも長いお付き合いをお願いいたします。
「でしたら後程本人を連れてまいりましょう。今は鵺に取り憑かれていた影響か気を失っていますので屋敷に寝かせていますが、命に別状はないようですので二~三日もすれば目を覚ますかと。
鵺の封印されていた剣は長い年月で鵺と一体化してしまったようでして、鵺も完全に封印から解かれてはいなかったようです。ですので私の方でより安全な場所に移動させていただきました。
金子先生からお話をお伺いした時はどれほどもの凄い相手が現れるのかとワクワクごほんっ、失礼しました。不安になったものですが何とも拍子抜けゴホゴホッ、すみません、のどの調子が悪いものでして。
何とか対処することができました」
いかん、つい本音が。金子先生が額に手を当てていますが、大丈夫ですよね? 上手く誤魔化せていると信じたい!!
「・・・守綱、袈瓶の話しぶりからすると鵺の問題が解決したように聞こえたのだが、この解釈で間違いないか?」
「そうでございますね、解決したと言いますか、問題自体がなくなったと言いますか。伊藤代官殿は“国守の鴉”と謳われた御刀之守一族に伝わりし名刀“黒鴉”をご存じでしょうか?」
「うむ、よく知っておる。御刀之守一族の力を恐れた者たちにより朝廷の命で取り上げられ、中央大陸に送られたのち行方知れずになったとか。もっとも我は御刀之守一族の最後の当主、“破軍”御刀之守天海と後に悪鬼と呼ばれた“闘鬼”織絹の親子による“万軍斬り”の方が印象深いのだがな。
一騎当千とは武器によるものにあらず、己の技量と決して折れぬ信念によるものである。一人の侍として、深く教えを受けたものであったよ」
金子先生の言葉に大きく頷きながら、懐かしいとばかりに遠くを見つめる伊藤代官様。もしかして織絹さんの引き起こした惨状をご覧になられたのですか? 伊藤代官様ってマジで何者? 実は陰の実力者とか? ちょっと怖いんですけど。
「そうですな、悪鬼織絹の話は扶桑国で知らぬ者はいませんからな。ですがこの度は御刀之守一族の話ではなく名刀“黒鴉”の件についてです。
彼の名刀は既に扶桑国に戻ってきておりました。それも儂らなどが思いもよらない形でです」
そう言い俺に視線を向ける金子先生、出せってことですね、了解です。俺は黒鴉に“黒鞘の直刀スタイルでよろしく”と伝えると、胸の中からズルズルと引き出して伊藤代官様の前に差し出すのでした。
「こちらは、間違いなく失われし“国守の鴉”、名刀“黒鴉”でございます。現在は袈瓶殿と契約を結ばれ一体化しているとか、普段は袈瓶殿の身体の中にしまわれているそうでございます」
金子先生の言葉に俺と黒鴉を何度も交互に見つめる伊藤代官様。まぁ身体の中から刀が出てくれば驚きもするでしょう。
「・・・袈瓶が初めて代官所に現れたときに話していたことは本当のことであったのだな。我はてっきり御刀之守天海の
そういえばこの部屋で源蔵親分と扇屋勘兵衛の額の角を切り落としてエリクサー軟膏で引っ付けた後で、海月に偉そうな説教したんだった。
あの後伊藤代官様から黒鴉のことで特に何も言われなかったのは、偽物と思われていたってことなのね。まぁ普通何処の馬の骨とも分からない人物が国宝級の名刀を持っていると口にしていても信じないわな。特にあの時の俺はただの不法侵入者だったしね、清濁併せ呑む伊藤代官様じゃなかったらとっくに手配書回されちゃってたよな。
「ときにこの刀へ封印されている大怪異“黒鴉”はどうなっているのか?」
「はい、黒鴉とは色々ありまして、現在は聖転進化を果たし私の守護獣となって文字通り様々な厄災から守ってくれています。
此度の件も黒鴉に守られる形で解決を見ました、大変ありがたいことでございます」
俺がそう言い頭を下げると、「よし、雲切丸の件と一緒ということだな。上には上手く報告しておこう」と呟かれる伊藤代官様。
流石です、頼りになります。
その後伊藤代官様に「黒鴉に触らせていただいてもいいだろうか」と聞かれ、快くお返事をしたあと「実は黒鴉は刀としても進化しまして」と言って曲刀の姿になってもらったところ金子先生と伊藤代官様が大興奮。調子に乗って聖剣バルボアや聖霊剣グランゾートの姿を取って遊んだり、影空間から“闇喰らい”を取り出して恐怖体験を味わったりと楽しい一時を過ごしたことは、男の子である以上仕方のないことなのでありました。
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“カランカランカラン”
岩肌の続く山の一角、ひっそりと佇む山小屋の扉を開くと、ドアベルの鐘の音が店内に響く。
「いらっしゃいませってケビンじゃない、今日は店の方にはこれなかったんじゃなかったの?」
「トワイライト、お疲れ様。何とか時間を作ってね、それにトワイライトに押し付けちゃった“鵺”の様子も気になってさ。その後アイツどうしてる?」
俺の言葉に店内ホールへ顔を向けたトワイライトは、「そこのテーブルの椅子に座ってるわよ」と言って指をさす。
そこにいたものはトラ柄の猫。大事なことなのでもう一度、そこにいたものは
「・・・なぁトワイライト、なんでこんなところに猫がいるんだ? っていうかこの猫、尻尾が蛇なんだが?」
「だからそれが鵺、トライデントから剣を渡されて事情は聞いたんだけど、念話を飛ばしてきてうっとうしかったから、扉で天上界の鬼神の所に行って押し付けたのよ。
鬼神もちょうどいい暇つぶしだって言って時間加速空間で遊んでたんだけど、鵺がすぐに大人しくなっちゃったみたいで飽きたって言って渡してきたから持って帰ってきたって感じ。
この店に置いておいても平気な生き物って少ないし、癒し要員としてちょうどいいかなと思って」
そう言ってカウンター側から椅子の上で丸まっている鵺の方へ向かうと、ひょいと持ち上げて「可愛いでしょ?」と見せつけてくるトワイライト。
鵺の奴、魂が抜けた顔をしてされるがままになってるし。せっかく念願の鬼神様との再戦を果たしたっていうのに一体どうしたっていうんだ、根性見せろ根性。
『俺は猫、力のない猫、鬼神様に戦いを挑むなどなんて畏れ多いことを』
「鵺~~~、しっかりしろ~~~!! 傲慢で唯我独尊だったお前はどうしたんだ、そんな腑抜けた態度じゃ鬼神様を喜ばせることは出来ないぞ!!」
『ヒーーー!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、もう二度と馬鹿なまねはしませんのでお許しください~~!!』
鵺さん、完全に心がおられているご様子、鬼神様にトラウマ植え付けられちゃってるじゃん。
俺は鵺の処遇をトワイライトに任せると、「後のことはよろしく」と言ってその場を“カランカランカラン”「あ~~~、ケビン、あなた何やってくれてるのよ!! 私の所に鍛冶の神が乗り込んできて大変だったんだから。大体何よあの刀、神刀“黒竿”、そりゃ長年の時間を掛けて意思を持つに至った剣や刀はあるけど、作られた瞬間から意思を示すって、完全にインテリジェンスウェポンじゃない。人が遂に武器でも神の領域に達したって、生産職の神々がお祭り騒ぎよ、どうしてくれるのよこれ」・・・。
そこにおられたのは我らが守護天使、天上界の社畜OL(総合職)あなた様。逃げられないことを悟った俺は大人しくカウンター席へ移動し、トワイライトから鵺を預かるとエールを注文します。
「あら、可愛らしい魔物ね。素の状態の私やトワイライトを前に平然としてるなんて中々やるじゃない。それどうしたのよ?」
「これは鵺っていう扶桑国の大怪異ですね。だいぶ前に鬼神様に剣の中へ封印されて、今日人の手で解放されたんです。解放されたといっても剣とは半ば融合しちゃってたみたいで、完全に元に戻れた訳じゃなかったんですが。
俺が扶桑国に黒竿を見に行った時に偶然そんなことがあったみたいで、封印を解いた陰陽師に取り憑いた鵺が俺の前に現れて、家を寄こせって居直り強盗を働いてきたんですよ。ですんでハリセンで引っ叩いて陰陽師から引き剝がした後、トワイライトに鬼神様に渡しといてって頼んだら、天上界で暇をしていた鬼神様に弄ばれたみたいですっかり大人しくなっちゃって」
そう言いながら膝の上に載せた鵺の頭を撫でていると、「あ~、それはご愁傷さまとしか言えないわね~」と可哀想なものを見るような視線を向けるあなた様。
「昔から鬼神様は人の身体に取り憑いて召喚術ごっこをして遊んでいるのよ。もっとも召喚できるのは鬼神を信仰する鬼人族に限られるんだけど、力いっぱい弱体化した状態で全力の戦いができるとか言って気軽に応じちゃうのよね。
もっとも召喚した側は命を失うってリスクがあるから気軽に行われるようなものじゃないんだけど、人の身じゃどうしようもない時の切り札として長く伝えられてきたみたいよ。
天上界としては地上界に神が直接影響を与えることは良しとしていないんだけど、天使が降臨するだろう? って言われちゃうと反論も難しくてね。
それに神としての影響を極力与えないように相当弱体化した状態での降臨となるから女神様も特別に許可を出しているのよ。
実際暗黒大陸でジミー君に負けてるしね、あの時の勝負は楽しかったとか言って吹聴しまくってたもの」
「あぁ、そういえばジミーには“鬼神討伐者”なんて称号がありましたね。何か忍びの頭領とかいうのが神降ろしを行ったとかなんとか。授けの儀の時に加護に<愛神の寵愛>やら<鬼神の加護>やらを与えられそうになって、神々と時間加速空間で無間死合いを繰り広げていたって話があまりに強烈過ぎて、すっかり忘れてましたよ。
なんか今回も尊敬する刀鍛冶師の金子守綱先生がその神降ろしで鵺に対処しようとしていたんですよ、慌てて止めていなかったらヤバかったんですね。
それで話は黒竿の件ですが、アレは偏に金子先生の技量です。確かに俺が素材を提供したってのもありますけど、それだけでアレほどのものが生まれる訳ないじゃないですか。正直震えましたよ、真の名刀は魂を震わせると言いますが、アレこそ名刀中の名刀、神の刀と呼んでも差し支えないでしょう」
“コトッ、コトッ”
トワイライトが差し出すグラス製のジョッキ、確か天上界から購入したとかなんとか。ますます居酒屋ケビンが人には言えない場所になっていく。
「・・・そうね、確かに黒竿が生まれた経緯は刀鍛冶師の技量と言ってもいいわ。問題はその素材、持ってるんでしょう?」
出せと言わんばかりに手を出すあなた様、俺は仕方がなく収納の腕輪から<魔物鉄(地龍)>と<魔物鉄(スライムドラゴン)>を差し渡す。
「<鑑定>ってやっぱりこいつが原因か~~~!! スライムドラゴンって、大福だろうが、あの危険生物をインゴッドに練り込むな~~~!!」
その後話し合いの上この二つの素材は天上界の審査を受けることに。どうも生産系の神々がこの素材に興味を示しているようで、検証に手を上げているんだとか。
「あなた、魔法杖“スターダスト”の一件から全く反省してないでしょう。魔王デビルトレントの素材は天上界側の不始末だから誰も文句が言えないけど、あれも相当物議を醸したのよ?
最強装備シリーズにしろケビンの作り出すものは世界を震撼させかねないの、自重しろと言っても無理でしょうから何か作ったらトライデントかトワイライトにでも知らせて、天上界に報告するようにさせておいて、後で色々言われるのは私なんだから」
何故かいつの間にか俺の監視業務の下請け要員にされているトライデントとトワイライト、下手に天使を派遣されるよりかはましかと、膝の上の鵺の背中を撫でながら渋々その条件を受け入れる俺なのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora